都に到着するや麻袋を頭に被せられ、しばらく馬車に揺られた後、土で固められた広場で解放された。中央に鎮座する城の城門近くの空き地。地面の土は硬く、城壁に沿って藁のカカシが整列している。
ここは騎士団の訓練場らしいが、どういう訳か、訓練場の中心に〝断頭台〟が置かれ、ロマはそれに頭を差し出していた。
「もしかしたら次は蘇らないかも……なんて、これでも人並みに怖がってたんだけど」
ロマは跪いて首を垂れて尚、隣で剣を肩に乗せるゲールを睨んだ。
「ごちゃごちゃ言うな。手っ取り早くていいだろうが」
「自己紹介で首落とす奴なんていないだろ!」とロマは憤慨した。
今現在、二人は数十名の騎士に取り囲まれていた。騎士らも騎士らで、著名な芸人の妙技を見物しに来た観客みたいな姿勢だった。石を投げられるよりかはマシだけれど、不快感が無いと言えば嘘になる。
「副団長、本当にそいつは不死身なんですか?」
騎士の一人が挙手した。そりゃそうだ。大して罪を犯していない人間、ないし天人を処刑しようとしているのだから、正義そのものである騎士がサイアクを案じて声をかけるのも必然の流れである。
だというのに、当の処刑人はロマに一瞥をくれ、平然とこう答えた。
「昨日までは不死だったな」
「おい!」断頭台をガシャガシャ揺らすロマ。
いよいよ気が狂ったんじゃないかと、気をもむ騎士たち。
打って変わって、ゲールといえば落ち着き払って剣を掲げていた。
銀の閃光が走る。
その刃は豆腐のように皮と肉を裂き、枝を剪定するように骨を断って、最後は床の木板手前でびたりと止まった。川岸の丸石のようにころころと首が転がって、騎士たちの前に躍り出る。
騎士たちはうろたえない。罪人たちの処刑は見慣れたもんだ。
だが次の瞬間、手練れの騎士たちはどよめいた。
肉の断面から夜空色の火が上がり、首がひとりでに動き出して、繋がったからだ。ぶるんぶるんとロマは顔を振って、頭の砂を落とした。
「──神の御業か」
騎士の一人が呟いた。
「いいや、ただの呪いさ」
ゲールは拘束を解きながら、忌々し気に呟く。
「副団長、なぜ我々にこれを見せたのですか?」
騎士たちは訳も分からず見物していたらしい。
「お前らには、こいつの使い道を考えてもらう」
ロマを騎士たちに突き出した。反発する磁石のように騎士たちが飛び退く。
「こいつの事は弓矢や剣、あるいは投石器に乗せる石みたいなもんだと思え」
ゲールは鉄剣の血を払い、カルロと数名の騎士を呼んだ。
「まずは基本の動きからだ。カルロ、お前の班で面倒を見てやれ。どう戦で使えるか考えるのは、それからにする。他の者は各々の持ち場に着け!」
ゲールの号令で騎士たちは合掌の後、一斉にはけて、いくつかのかたまりを作る。ゲールも翻って、そのかたまりの一つに入っていった。カルロといえば、あからさまに不満げな顔をしていたが、がくんと肩を落とした。どうやら諦めたようだ。
カルロの指示で騎士の一人が木剣を持ってきて、ロマに投げ渡した。軽く丈夫な木剣は、何本もの裂傷と打撲が刻まれていた。それから、簡単に剣の構え方を教わった。
「その姿勢を維持するんだ」
「……………………………………いつまで?」
「いいと言うまで」
次第にロマの手が下がって来る。途端、太ももに木剣が打ち込まれた。ロマは突然の痛みに態勢を崩した。
「なにしや──」
「構えを崩すな!」
再び、木剣が打ち込まれた。細く冷たい怖気が骨の内側から、血肉に染み渡る。
どれだけの時間を、その構えに費やしただろうか。砂が舞う光景すら鈍重に見え、自分だけ時間の道から外れてしまったかのように思えた。その間も、騎士らの好奇の視線にさらされ続けていた。
◆
あれが、不死の天人か。
ゲールは重く乾いた声に顔を顰めた。騎士らもゲールの背後の人物を見るや、訓練を中止して、指を交差して合掌する。
「ご足労どうも。オズワルド大司教」
大司教オズワルドは煌びやかな祭服に腕を通し、幾つもの勲章を左胸に掲げた豪華な鎧に身を包む騎士を脇に置いて背筋を真っすぐに伸ばし、後ろで手を組んでいる。厳格な教会で弁舌を振るう者の立ち姿だ。
「ゲールくん、あの者は使えそうかね?」
「まだ何とも。今は基礎を教えてはいますが、天人の軍事利用は初めてなので、使い道はこれからです」
豪華な鎧の騎士──騎士団長グラム・セック・ヴァベックが前に出た。
「他の者は下がれ」ゲール以外をはけさせ、十分に人が避けるのを見届けてから、ようやく口を開いた。
「道の整備が終わった。来週の初めから、順次部隊を送り込んで駐屯地の建設に入る」
ようやくか。
ゲールは心臓が一際強く鼓動するのを感じた。
「本格的に戦が始まれば、あの天人も投入することになるだろう。騎士団全体の強化と、徴兵で兵力を増強する。じきに忙しくなるぞ」
徴兵という言葉に、ゲールは目角を立てた。
そこで、オズワルドは二人を通り過ぎ、わずかに顔を横に向ける。
「徴兵制度は廃れたシステムだが、機能させることはできる。ロゼ騎士団の騎士になれるのだから、若者たちは喜んで受けるだろう。志願者も大勢出て来る筈だ」
ゲールは右手で口元に添え、頭を支えた。
騎士団への応募は倍率が高く、一員として迎えられるのは、ほんの一握り。入ったからといって、その日から騎士を名乗れる訳でもなく、騎士の補佐を行う従士として、まずは鎧磨きから始まるのだ。しかも、給与も騎士の半額近い。
しかし、オズワルドは「ロゼ騎士団の騎士になれる」と云った。前代未聞の待遇であるのは間違いない。その上、徴兵で集めるなんて馬鹿げている。今現在所属している騎士たちから、山から吹きあがる炎の如き猛反発を受けるのは明白である。
「対策は考えてある。そう不安がるな。部下が見ているぞ」
そう指摘され、ゲールは口角を引き締めた。老獪な聖職者を前にすると、底なしの奈落に足首を掴まれているような感覚が常に付き纏う。その感覚がゲールは苦手であった。
「素人を育てるとなると、戦に出せるようになるまで五年はかかります。本来は従士として二年、昇格試験で三か月、国土防衛で半年」
そこで、オズワルドは横目でゲールを捉えた。視線が交差するや、ゲールは口を噤んだ。その瞳に確かな信頼の色が見て取れたからだ。
「あくまでもコレールを威圧するための増員だ。今まで通り、キミたちが主力となって最前線で戦ってもらう。私とて流れる血の量は僅かにしたい。大切な信徒の血を異教徒にくれてやるものか」
深い皺が刻まれた顔を鋭く歪め、彼は熱を帯びる拒絶を口にした。敬虔な信徒ほどコレールという異教の国は悍ましく、恨めしく思うものだ。信仰の揺らぎは秩序の揺らぎに他ならない。天秤を傾ける訳にはいかないが故に、教会の代弁者たる騎士団も敗北は許されなかった。
そこで話しは切り上げられ、ゲールは合掌してオズワルドとグラムを見送った。
実のところ、カカト村でロマを発見した後、すぐに騎士の一人に馬を走らせ、先に報告だけ済ませていたのだ。そして、ゲールらが帰還するまでの間に、天人の処遇について議論して頂いた。
昨晩、不死の天人についての議論は、熾烈を極めたそうだ。
シルバーピット・クレーターの受け入れでさえ異例の対応であり、今は時期も悪い。神の権威を再生させるための聖戦が控えている。とはいえ、不死と火力の利便性を無視できる訳もなく、夜通し討論をもって神々への信仰と愛国心を教会の紋章に示し、最後は贖罪に努める者として迎える形で収めた。
グラム曰く、最後までオズワルド大司教が盤面を支配していたとのこと。神の子孫である王族、エポックで家族を失った騎士と、貿易停止に伴う大損失を負った貴族並びに大商人。その全ての意見に耳を傾け、言葉巧みに丸め込み、自分にとって利益が有ると思い込ませた。
三十年以上も大司教を務め得る〝根拠〟を、皆に思い知らせたらしい。
訓練場では、今も鉄剣の風切り音が続いている。
湖の湿気を含んだ空気を斬るとき、重みのある音になる。今は年長者の武勇伝として煙たがれてしまい、若い頃は他の騎士に言っても可笑しな奴だと、笑い飛ばされるばかりだった。痛快なほどに。
つぶった目の奥に、黄金に染まる平原が見えた。
ルラックル大陸を縦断するバッセ山脈の合間から、橙色の陽光が草原を駆け、艶やかな顔を覗かせる夜空を抱きしめていた。こねたパン生地のような雲は慎ましく雨を落とし、銀色の鎧にこびりついた血を流してくれる。涙を拭う母の手のように、優しく。
それから、こつこつと燃ゆる肺の中身をどっと吐き出し、雨と草原に紛れた血の匂いを一気に吸い込むと、視界が弾けるように広がって、同じく息も絶え絶えの仲間の姿が目に入る。
その剣に寄り掛かって首を上げる姿は、確かな気高さを宿していた。
妙な異音を聞いて、ゲールは、ゆったりと瞼を開けた。
若い男が何か苦痛を感じているときの声だ。
その声の辺りまで歩き、腕を組んで訓練の様子を見守る。ゆっくり、ゆっくりと剣を振り上げ、下ろす動きは、ただ剣を振り回す以上の体力を要する。その中で一人だけ赤い髪の男だけが、剣を構えたまま微動だにしていなかった──いや、今にも崩れ落ちそうになりながら、疲労を噛み締めて、必死に態勢を維持していた。
ロマ。
病に、国に復讐を果たすと誓った青年。
深い赤の髪は乱雑に散り、黄色い瞳は強張った瞼の裏で憤りと悔しさを宿している。無駄の無い肉付きではあっても、戦う者としては不十分と言わざるを得ない。これから本腰を入れて一人前の騎士に育て上げたとて、不死の運用方法が確立され、そこで剣が不要になれば、その労力も無為になってしまう可能性すらある。
だが、
「誰か、こいつと手合わせしてみろ。相手は不死だ。より実践的な訓練ができると思えば得だろう。誰かいないか!」
◆
ロマは当惑していた。
断頭台は取り払われ、他の騎士が円状に取り囲むことで境界が作られている。何の境界かと聞かれれば、決闘場と観客席を隔てる境界線と言う他ないだろう。
必死に耐え忍び、今か今かと終了の合図を待っていた。ところが、ゲールが不機嫌な面持ちで現れ、自分たちの輪を睥睨するや、模擬戦を命じてきたのだ。
しかも、相手は然るべき訓練を積んできた相手である。自分のような素人が相手取れる訳がない。
相手は若輩の青年で、自分の優秀さや才能を主張する場としているように思えた。その身の内に燻る期待と可能性を抑えきれておらず、瞳をらんらんと輝かせている。その煌めきに、場違いな感情がロマの胸中に広がっていた。
郷愁だ。
「構え!」
その号令が轟くや、両者ともに構えた。
相手の装備は鉄剣と鉄盾と鉄鎧だが、自分の装備は木剣と鉄盾のみ。ゲール曰く、万が一を考慮した結果らしい。欠片ほどの勝ちの目すら潰されている。
合図役の騎士は深く息を吸い込んだ。それに合わせ、両者の耳に野次馬の声が届かなくなる。
「──始め!」
火ぶたは切って落とされた。しかし、両者は動かない。相手は拍子抜けしたのか、眉頭を僅かに動かした。相手との距離は六メートルほど。右に身体を滑らせると、相手は左に進むので一定の間隔を保たれる。
先に動いたのは、ロマだった。
こちらの防具が麻の服と革の足具だけなら、その軽さを生かして動き回った方が有利に運ぶと考えたのだ。狙うは左肩。鎧に身を守られているとはいえ、重心を動かされてしまえば、技術も何もないだろう。木剣を脇腹に添え、踏み込みに合わせて突きを放つ。
「甘いな、不死の怪物!」
だが、相手は左半身を下げて回避し、右足を前に大きく出した。そのままロマの左側につくが早いか、迷いなく鉄剣が振り下ろされた。咄嗟に盾を構えて防御する。
ミシリと腕の関節が悲鳴を上げた。たまらず飛び退く。
その瞬間、相手の盾による打撃がロマの右頬を打ち抜いた。続け様に、裏拳の要領で繰り出された二撃目が顔の正面を捉え、
「頭を下げて押すんだ!」
誰かの、痺れるような怒声が轟いた。その声に反応したのか、はたまた生存本能の発露によるものか定かではないが、ロマは盾の表面に付着した血で顔を滑らせ、相手の懐に踏み入ってみせた。
そのまま太腿に身体をぶつけ、全力で持ち上げる。さらに、途中で脚を解放し、無防備なうなじ目掛けて木剣を叩きつけ、痛恨の一撃をお見舞い──できなかった。
「まるでコレールの獣みたいだったぞ。生き汚いな、不死」
ぬるりと青年の声が唇を撫でる。ロマは、それに言葉を返せなかった。
「こふっ!」
喉に剣が突き立っていたからだ。銀色の刃が首の中心を貫通し、半ばまで突き刺さっていた。ごぼりと口と傷口から血が溢れ、底冷えする死が足先から食らいつく。ロマは壊れたカラクリのように崩れ落ちた。
相手の青年は態勢を崩して尚、右手の剣を逆手に持ち替え、全身を翻しての突き。その一撃は見事にロマの首を穿ち、致命傷となる。
「恨みっこ無しだからな、天人」
そう言って、倒れ伏しそうになるロマを支えた。あえて剣の柄を握ってだ。
「っ──ぁ──」
何をする、と叫びたかったが、喉を潰され、代わりに傷口から空気が漏れるばかりであった。
そうして、また〝死〟がロマの視界を黒く染めた。
◆
ペルペテュエル・ボンド。
これが僕の名前であり、誇りそのものである。
ペルペテュエル家は代々騎士の家系で、母も祖父もロゼ騎士団に勤めていた。家は上流階級ばかりが住むエリアのほぼ中心にあり、侍女の数は町一番。幼い頃から剣と教会の教えを学び、家庭教師を雇って日夜鍛錬に励んだ。
多くの者は親からの期待を煩わしく思うだろうが、僕は違った。
教会の剣は神の指先。
絶対の正義。揺るぎない真理を騎士の紋章に見たのだ。
成人の儀を終えると同時に、ロゼ騎士団の入団試験に臨み、難なく合格できた。大した喜びもなく、当然だと思えたのは、それまでの研鑽に一切の怠慢が無かったお陰だろう。
たとえ上流の生まれだろうと優遇はされる訳じゃない。その扱いに不満などあるものか。たとえ騎士としての英才教育を受けていたとしても、騎士団に入ったからには、皆が同じ教会の剣となり、都の盾となり、市民を癒す雫となる。
騎士団に入団した瞬間から、僕は七光りのボンドではなく、従士のボンドになった。
そして、この場で僕は騎士団の中でも、特に腕の立つ剣士なのだと証明してみせる!
「ん?」
ボンドは妙な違和感を覚えた。
肩甲骨の間、背後から冷たい何かが突き抜け、鎧、服、皮、肉、骨を超えて、心臓を掴まれて引っ張られるような感覚だ。
軽率な悪戯で大惨事を招いた時のような──。
カッと天人の首、その傷口が光った。
天人はだらだらと血を流しながら、口角を持ち上げて、突き刺さる剣身を直に掴む。その様子をジッと見つめ、ボンドは剣を手放さず見守っていた。その時だった。
傷口から吹きあがる火が、白く染まり始めた。
熱が上昇している。火が炎となり、炎が透明になる。
ドロリと何かが落ちた。
「っ!」
動けなかった。いや、動いてなるものかと自分に言い聞かせた。
地面に落ちたのは剣──否、熔解し、半ば液状になった鉄。ちょうど傷口の入り口と出口で剣身が溶け落ち、地面の土を灼熱で焼いている。
ゆるりと、天人は面を上げた。
歯が軋むほど食いしばり、その瞳に刃を宿して。
ボンドは足を引かない。それでも確かな敵意を込め、柄を強く握った。
「それは何だ。何をした?」
天人は足元で冷えて黒くなりつつある鉄塊を一瞥し、眉を顰めた。
「……なんじゃこりゃあ」
「はぁ?」
ボンドはあんぐりと顎を落とした。
これまでの人生で、最もマヌケな顔をしていたと思う。