夜犬のロマ   作:黒船頼光

6 / 6
訓練開始

 ──復活の際、再生する部位に障害物があった場合、障害物を焼却してから再生する事が判明した。模擬戦後、いくつかの実験を経て、障害物が熔解するまで火力は上昇していく事も発見し、騎士団はこの火力こそ最大の強みであるとして、不死と火力を最大限に生かせる戦法を熟考、議論した結果──最小限の鎧と四本の短い鉄剣を基本装備として、市街地における遊撃が最も有用な使い方だと、とりあえずの結論が出た。

 

 

 ロマを中心にした遊撃部隊が新設され、ロマと面識がある者では、ボンド、カルロ、ゲール。その他、騎士団員九名。ゲールを教官に据え、計十二名の訓練兵は王都の北にある旧歓楽街に移った。

 

 旧歓楽街の風俗店、酒場は寒さに耐えるように肩を寄せ合って軒を連ねている。しかし、全ての戸が硬く閉ざされ、さながら乾いた死体のように建築物は横たわっていた。中には、脱臼した肩のように扉が風に揺れている建物もある。

 

 ここにいた人たちは、

 

「みんな、エポックにやられたよ」

 

 そう言ったリップは目を伏せる。ぞろぞろと歩く列の最後尾で、ロマはリップと並

んで歩いていた。思い出すにも気が滅入るだろう。目に見えない脅威による日常の崩壊。その恐怖は今だに瑞々しく、ねっとりと皆の記憶にこびりついている。

 

 エポック蔓延による約四千人もの死者の殆どが、この旧歓楽街から出ていた。エポックを引き起こす小さな呪いを「病原菌」と呼んだシルバによると、空中や建物に付着した病原菌は数時間で死滅するそうだが、病の始まりとなった場所は、区画封鎖が解除された後も忌避され続け、すっかり廃墟と化していた。

 

 旧歓楽街の最北端まで行くと、湖岸同士を繋ぐ巨大な橋があり、その傍に起立する石造りの建物の中に入った。もとは門衛の宿舎兼取り調べ室として機能していた四階建ての建物で、遊撃部隊が門衛の任も請け負う条件付きで宿舎の居住権を得た結果、ハリボテ同然だった守衛も城へ帰っていった。

 

「各自、三階から上で好きな部屋を選んで荷物を置いたら、建物前に集合しろ。行け!」

 

 ゲールの指示で一斉に階段を駆け上がる騎士たち、少し出遅れてロマが足を踏み出したとき、後ろからやって来たボンドの肩とぶつかり、よろめいた。

 

「ああ、すまない。不死だからと粗雑に扱ってはいけないな。できれば、僕たちが見分け易いように髪を白く染めてくれるか? その髪色だと、なんだ……廃墟の柱みたいで見分けがつき難いんだ」

 

「はぁ?」

 

 カッときて言い返そうとするも、ゲールに肩を掴まれ、入り口脇の地下階段を指差された。彼の言わんとしている事に察しがつくも、異を唱えられる立場にないのも理解していたので、大人しく従った。

 

 あの模擬戦以降、彼は何かと突っかかってきた。なんでも、由緒正しい家系の長男坊らしく、正々堂々たる騎士の姿を夢見ていたのに、奇襲や翻弄を主とする遊撃部隊の訓練兵に選ばれたことが不服だったようだ。彼の怒りの矛先は、自然と元凶であるロマへ向いてしまうのも、必定と言えた。

 

 だからといって、あそこまで謂われる筋合いは無い。嫌なら辞退して城へ戻ればいいだけではないか。

 

 ロマは腹の虫が治まらないまま、地下階段を下りた。

 地下室、もとい地下牢は聖クレタ病院の別棟地下に比べると、天と地どころか天と奈落の差であった。じめじめとした空間、錆びた鉄格子、かび臭いベッド、便所役の桶、くすんだ燭台。ロマは苦虫を嚙み潰した表情のまま荷物をベッドに投げ捨て、ゲールに不満をぐちり、それを無視され、建物を出る。

 

 すでに他の訓練兵は建物前で整列していたので、ロマも列に加わり、これからの生活について簡潔な説明を受け、ついに訓練が始まった。

 

 

 

 朝焼けの気配が残る空の下、まず初めに、体力調整訓練が行われた。腕立て、懸垂、綱登降、障害走、走り込み。この全てにおいて、鎧を装着させられた。長年、騎士として勤めてきた者であっても、滝のように汗を流し、大きく肩を上下させる。

 

 それを何日も何日も。

 

 意外にも、ロマは訓練に音を上げたりはせず、懸命に食らいついていた。

 

 確かに、剣を握る身体として未熟なのは否定できない。けれど、木こりを生業にする男たちの体躯は、総じて巨木のように太く強かなもので、細身に見えるロマも例に漏れず、基礎体力の一点だけを見ると、すでに訓練兵内の平均値に達していたのだ。

 

 あくる日、宿舎の前でゲールは仁王立ちで訓練兵を睥睨していた。

 

「お前たちに求められる能力は、機動力。馬に乗って槍を構える騎士とは違い、身軽さを売りにする遊撃部隊は、馬から降り、装備を最小限、武器も槍ではなく短い鉄剣を握ってもらうことになる。そんな装備で敵と正面切って戦える筈も無い。よって、お前たちは常に敵の裏を掻い潜り、横、背後、上、あるいは下から意表を突くための発想と判断の素早さが必要となる」

 

 ゲールは紐でくくられた羊皮紙を掲げた。

 

「歓楽街再生計画にあたって作成された旧歓楽街の地図だ」ゲールは傍の机に羊皮紙を広げ、全員を囲わせた。□や〇がぎっしり詰まった図は、見ているだけで眩暈を起こしそうになる。

 

 そして、地図の一か所を指差される。「ここがオレたちの宿舎で──」それから、次々と地図の上に石ころが置かれ、置く度に訓練兵の名前を言った。訓練兵たちも意図が分からず首を捻る。最後に地図の端に石ころを置いて、彼は不敵に口角を持ち上げた。

 

「今から指定された場所に行ってもらう」

 

 そこまで聞いて、訓練兵全員がハッとして地図を凝視した。

 

 どの石が自分の名前だった?

 ここが宿舎だとすると、この石までの道は?

 

 皆の動揺を楽し気に見つめていたゲールは「それと」と口を開いた。

 

「敵がいることを想定して、表通りの使用は禁じる」

 

 その言葉で全員の思考が停止した。考えていた道のりが使えなくなり、また宿舎の位置から石ころまでの道を探さなければならない。

 しかし、ゲールは地図に食らいつかんばかりだった訓練兵を押しのけ、石ころを払って地図を丸めた。「あっ」と声を漏らしたのは誰だったか。

 

「戦場は瞬きの間の判断で生死を分ける──走れ!」

 

 瞬間、数人が弾けるように走り出した。足踏みして自分の記憶を辿る者、地図と眼前の光景を照らし合わせようとする者が大半。ロマも目を右往左往させて、地図と石ころの位置を思い出し、遅れて傍の裏路地に走った。

 

 木箱と桶などでごみごみした裏路地に入り、もうぼやけつつある地図の輪郭を頼りに走り、跳び、時には小屋をよじ登った。自分の示された場所は、旧歓楽街中心付近の裏路地の十字路。ここだ、と思える場所で立ち止まって周囲を見渡し、人影が自分の足元にあるのに気づいて、それを追って空を仰いだ。

 

「なんで、お前がここにいるんだ」

 

 ボンドが腰に手を当てて、城の方角を見据えていた。

 ちらりとロマを見て、眉頭を上げた。

 

「〝自明の理〟という言葉を知っているか?」

 

 何を唐突に、と言うが早いか、ボンドは続けた。

 

「神々の創世以前に存在した古い神々の間で使われた言葉を『輪国語』と呼び、その中に〝自明の理〟や、まんまと罠にかかった愚か者を〝飛んで火にいる夏の虫〟と言い表す表現、所謂ことわざが生まれ、現代でも僕たちの間に根差している」

 

 なぜ彼は唐突に神話を語り始めたのだ。ロマは首を傾げ、その反応に彼は舌打ちをした。

 

「旧盛教典にも書かれていることだぞ。それで教会の騎士になろうだなんて、烏滸がましいにも程がある」

 

 旧い時代に栄えた時代の話という意味で、旧盛教典。村の教典にそれほど古い話は出てこないが、エポール神父の口から聞き慣れない言葉を耳にした記憶が蘇る。

 

「王都のために木を切る毎日だったもんで、読む暇なんて無かったのさ。結局、お前は何が言いたいんだ?」

 

 あんまりな言い草に頭にきて、皮肉交じりに言い返す。それも彼には通用せず「すぐにわかる」と肩をすくめた。そのとき、桶の転がる音が裏路地に響いた。

 

 

「さてはお前ら、仲良いな」

 

 

 ゲールが顎を摩りながら、ゆったりとこちらへ歩いて来ていた。ボンドが立つ建物の上にも、見慣れない騎士の姿がある。

 

「お前のいる場所、全然違うぞ」

 

 ゲールはロマに向けて、言った。短く情けない声を上げてボンドを見上げると、彼は当然だと言わんばかりの表情を見せ、屋上の陰に騎士ともども消えた。地図を見せてもらい、自分のいる位置と本来の目標地点を確認する。

 

「表通りを挟んだ先」

「そう。惜しいが、戦場では致命的だぞ」

 

 目標地点にはゲールの部下が控えており、目標地点に辿り着けた者は待機していた騎士に合格を言い渡され、最初の地点へ戻ることを許可される筈だった。

 

 ゲールが設定した制限時間内に到達できなかった者、表通りに出てしまい、これまた潜んでいた騎士に失格を言い渡された者、さらに連帯責任で合格した者も加えて、結局は全員で旧市街地の外周を一周だけ走らされた。

 

 一周だけとはいえ範囲は広大で、宿舎に辿り着いた時には、全員が汚れるのも厭わず大の字で転がった。合格したのは、ボンドとカルロの二名のみ。他の訓練兵は失格。あからさまにゲールは呆れ、合格者二人には恨めしそうに睨まれる屈辱を味わい、失格者たちは己の未熟さに歯噛みして、翌日の訓練はより一層の集中力と胆力を発揮した。

 

 

 

 そうして訓練は日に日に過酷なものとなり、冬も佳境に入った頃の早朝、整列する訓練兵の間に数か所の隙間が空いた。それを気にするでもなくゲールが訓練内容の説明を始めてしまったので、すかさずボンドが挙手した。

 

 

「ドニ、シャルル、マチアスの姿がありません。おそらく疲労で寝過ごしているのでしょう。私が叩き起こしてきます!」

 

 意気揚々とボンドが駆け出そうとするのを、ゲールは手で制した。

 

「必要無い。奴らは落第者として城へ返した」ボンドは前に出た足を引っ込め、しゃんと背を伸ばした。ゲールの眼光に刃が宿り、残された九名の訓練兵に緊張が走る。

 

「これからの訓練において、少しでも遅れのある者は城へ送り返す。他の騎士と同じ訓練を受け、戦場へ出てもらう」

 

 ゲールは左胸に縫い付けられたロゼ騎士団の紋章を拳で叩いた。

 

 

「だが、遊撃部隊の一員となった暁には、オレが歴史に名を残す機会をお前たちに与えてやる! 誇り高き『白狼』の群れに加わりたいのなら、オレに認められるだけの力を手に入れろ!」

 

 

 落雷のような轟声で、訓練兵の顔つきが一変した。雷に打たれた大木のように、彼らの中でごうごうと炎が荒れ狂う。自分の目の前にいる男は、ただの一度も敗北したことの無い一騎当千の騎士であり、教会最高峰の剣。名乗りを上げ、華々しく決闘する時代を終わらせ、訓練という概念を生み出し、ルラックルを無双の大国にまで押し上げた生ける伝説に自分たちは師事している。

 

 これほど名誉な事は無く、これほど過酷な道も無い。

 その逆境が、彼らの心は熱く滾らせた。

 

 ロマの心にも火が灯っていた。ただ、他の騎士に比べて異質で若々しく、静かに、確かに燃えている。

 

 

 右目の潰れたコレールの戦士の顔が、脳裏に浮かんだ。

 

 母。

 ラング。

 ダン。

 マムロン。

 エポール。

 タロン。

 

 

 復讐の道は、まだ遠く。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。