近距離パワー型のじゃロリ狐っ娘守護霊 作:名無しの狐信者
筋トレは一日にしてならずだ。
そして毎日同じことをしていては飽きるので、今日は早朝ランニングのルートを変えて新しい景色を眺めながら走っていく。
すると河原の橋の下で、こっそり雀の血を吸っている女の子を見つけた。
一般人なら見逃してしまうが、狐っ娘の超感覚は索敵範囲が広いのだ。
とにかく少々気になり、放っておくには不味い予感がした。
なのでイズクに有効範囲十メートルまで近づいてもらい、妾が話しかけてみることにする。
イズクは女の子と話すのに慣れてない。
ガチガチに緊張するのは目に見えており、現状でまともに話せるのは家族と、いつの間にか師匠ポジに収まった妾ぐらいだ。
彼にとってのじゃロリ狐っ娘は、異性にカウントされないのかも知れない。
けどまあそれはそれとして、今は雀の血を吸っている女の子への対処だ。
妾は橋をすり抜けてこっそり近づき、実体化して音もなく地面に降り立ち、彼女に後ろから声をかける。
「そこの娘。何をしておるのじゃ?」
「だっ……誰ですか?」
雀を抱えて背後を振り向いた女の子の口元は、血で染まっていた。
なかなかにスプラッターな光景だ。
しかし予想はしていたし、イズクの擦り傷や切り傷なら毎日のように目にしている。
少しだけ驚いたが平静を装いつつ、続きを話す。
「妾は守護霊で、お狐様と呼ばれておる」
彼女は妾の上から下までを観察して、可愛らしくコテンと首を傾げる。
「神様ですか?」
「うむ、昔は神じゃったかも知れぬな」
妾はいつの間にかあの場所にいて、神社はもう取り壊されてしまった。
手がかりは消えてしまったし己の過去に興味もなく、今はイズクの守護霊をしていて特に不満はない。
だがそこまで彼女に伝える必要はないので、気にせず会話を続ける。
「神様が、どうして私に?」
「ちと気になってのう」
この世には個性があるので、雀の血を吸うのは良くあることかも知れないが、妾にとっては珍しい。
そしてこっそりしていたということは、何かしらの後ろ暗い理由があるのだろう。
(妾以外の誰かが気づいて、少女を教え導くのが一番良いが)
何でこんな面倒そうなことに、首を突っ込んでいるのやらだ。
しかし気になるものは仕方なく、心の中で大きく息を吐いて率直に尋ねる。
「そこで何をしておったのじゃ?
もし良ければ、妾に教えてくれぬかのう?」
少女は何やら迷っているようだが、ここで焦ってはいけない。
取りあえず彼女の隣に腰を下ろして、川のほうに顔を向ける。
そして気長に待ちながら、橋の上のイズクに念話を送った。
『少し時間がかかりそうじゃ。イズクもしばし休んでくれ』
『了解。軽く体をほぐしておくね』
イズク限定だが、意識を集中すれば口を開かなくても会話ができる。
しかし十メートルの距離しか移動できないので、念話を使う機会はそうないだろう。
妾が川の流れを見ながらのんびりしていると、やがて少女が決心したのかおもむろに口を開いた。
「血を吸うのは普通じゃないです。
でも私は、普通じゃないと駄目なのです」
それが彼女がこっそり血を吸う理由らしい。
この世界の常識を知った妾からすれば、何ともアホらしい理由で思わず本音が出てしまう。
「吸血衝動も普通じゃろう? 隠す必要などあるまい」
少女にとっての吸血が、個性によるものなのは大凡察しがついた。
その上で全人口の八割以上が何らかの特異体質の世の中で、普通とか言われても説得力が皆無だと呆れてしまう。
「えっ?」
「えっ?」
しかし少女は、妾が何故呆れているのか理解できないようだ。
目を白黒させて、こっちを見ている。
どうやって説明したものかと考えながら、取りあえず霊体化して半透明になり、薄い胸をポンと叩いて堂々と発言する。
「妾を見てみよ。人と狐が混じり合った守護霊じゃぞ。
半透明の体で壁もすり抜けられるが、世の中にはそのような特異体質が八割以上も占めておるのじゃ」
実証するために霊体化して、右腕を伸ばして少女の胸を透過させる。
予想通り、彼女はとても驚いていた。
「妾からすれば、吸血程度で普通の枠組みから外れるなど。
呆れてものが言えぬのう」
少女を元気づけるために右腕を引き抜いたあと、はっはっはっと豪快に笑う。
「私は、普通ですか?」
「うむ! 妾から見れば至って普通じゃのう!」
前世では違うが個性で溢れている今世では、目の前の少女は全然普通の枠組みに入っている。
そのように、はっきりと言い切ってやった。
「しかしそうは言っても、普通の基準は各々で異なるものじゃ。
視野が狭い者もおるじゃろう」
誰が彼女を縛りつけているのかは知らない。
けれど無理に抑圧しても良いことはなく、隠れてこっそり血を吸っていた時点で、精神的に色々と限界なのだろう。
(じゃが、血を吸う個性か。……ふむう)
妾の知識にあるのは、女性が吸血する最たる例はヴァンパイアだ。
目の前の少女がそうとは限らないが、このままではいつか暴走して取り返しがつかないことになる。
自分が面倒を見る理由はなくても、関わってしまった以上は見て見ぬ振りすると寝覚めが悪くなるのだ。
妾は物凄く困った顔をしながら、どうしたものかと考える。
そして彼女は己の個性と、上手いこと折り合いをつけていくしかないと結論を出して、大きく息を吐いた。
「普通を押しつけておる者は、親か?」
「えっ? あっ、……はい」
学生にとって、親の命令は絶対だ。
もし外れたら先生かもと思ったが、一発で当たったらしい。
妾はぐいーっと伸びをして、彼女に続きを話していく。
「では、妾を家に案内せよ」
「えっ!? あっ、あの」
「今から直談判して、親の普通を改めさせる」
「「ええーっ!?」」
十メートルの距離なので、これまでの話も全て聞こえていたようだ。
橋の上で休んでいたイズクも、少女と一緒に驚いていた。
だがまあ彼女を放置すると、十中八九でろくなことにならないのは目に見えている。
強引でも考え方は改めさせる必要があるため、直談判もやむなしだ。
それこそ、ここがあの女のハウスとばかりに強引に乗り込んで、『説教の時間だおらあっ!』と、扉を蹴破っても許される。
もし警察を呼ばれたら引子さんに迷惑がかかるが、少女を緑谷宅に連れ込み、しばらく預かってでも止めるつもりだ。
完全に行き当たりばったりで勢い任せだが、そんなことを考えたのだった。
その後について簡単にまとめると、少女の名前は渡我被身子と言うらしい。
イズクと三人で簡単な自己紹介をしながら、マイホームへと向かった。
もちろん扉を蹴破るような殴り込みではない。
彼女の友人と偽り、玄関から堂々とお邪魔する。
そして一般常識の異なる家族を相手に、妾は根気強く説得した。
渡我少女の吸血衝動は、生存本能やアルコールやギャンブルの依存症に近く、理性でいくら抗っても抑えきれない。
これが個性によるものなら、たとえ薬で抑え込んでも再発する危険が一生付きまとうため、完治の見込みはないだろう。
だが真面目に話しているが、相手はのじゃロリ狐っ娘である。
説得力など皆無かも知れないが、せめて渡我少女に強要する前に、ちゃんとした医師の診断を受けさせるべきだ。
少なくとも無理やり抑え込もうとしても抗いきれずに、雀から吸血していたのだ。
どう足掻いても理性で堪えるのは不可能だと理解し、何とか折り合いをつけていくしかない。
その場合は周りの協力が必要になり、特に家族の支えは重要だ。
渡我少女に親身になって寄り添い、吸血衝動を受け入れる。
少しでも負担を緩和して、彼女の個性について深く理解しておくべきだ。
何か気づけばいつの間にか、カウンセラーかお医者さんのようなことをしていた。
けれど、そのおかげで彼女の両親は、今すぐ医師の診断を受けに行くと確約してくれた。
さらに守護霊の妾を直接目にしたことで、普通の認識を改めたようだ。
本日限りで娘に強要するのを止めると宣言し、これまですまなかったと謝罪しながら抱き合っている。
後先考えずに勢いに任せて突っ走ったが、取りあえず何とかなったのでヨシとしておくのだった。