村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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1章 星見少女たちの伝承
1.旅のはじまり


 転生したらファンタジー世界でした。というのは最近よくある題材の話だ。

 自分がそうなるとは思ってなかったけれど、とりあえず今目の前で起きていることはファンタジーではないと思う。

 

「帰りたいなあ」

 

 石造りで囲われた城にいくつもあるだだっ広い通路、一定の距離で壁に設けられた細長い開口から陽の光がのぞく。柔らかい春風が頬を撫でた。これだけ見れば確かにファンタジー。

 

 でも、わたしは目の前で言い争う、黒いローブを着た男女を見ながら溜息をついた。

 

「星見の占いはまるで信用に値しない。未だに旧式天体図による魔術式に頼っている時点で時代遅れの田舎者だろう。夜空ばかり見て目の前の輝石の輝きに向き合わない夢想論者よ」

 

 今日も魔術学院レアルカリアでは学生同士の論争が起きている。

 珍しいことじゃない。いつものこと。その正体は自分が所属している学派や教室が支持する理論でどれだけ相手にマウントが取れるかのレスバトルでしかないので論争というよりただの言いがかりによる喧嘩という方がたぶん正しいと思う。

 

「はぁ? 夜な夜な外にも出ず暗いカビ臭い部屋の隅っこで輝石を弄んでるだけの汚らわしいネズミがなんですってぇ?」

「言ったな、小娘」

「あら、図星?」

 

 顔を紅潮させた男子学生が一歩飛び退くと、迷いなく杖を抜き魔法を放った。杖先から3つの青白い光の玉が飛ぶ。

 

 おぉ、とわたしは思わず感嘆した。これは《輝石の速つぶて》というレアルカリアで学ぶ基本的な魔術だけれど、一気に3つ同時に展開するのは普通の学生ではむずかしい。ちなみにわたしもできない。

 

 迫る輝石のつぶて、艶のある黒いショートカットが目立つ勝気な少女は口角をつり上げて、慌てることもなく杖をぐるりと扇風機のようにぶん回した。それだけで魔術は薄い硝子のごとく砕けて光の粒子が舞う。

 

 男子学生はひどく驚いたような顔をしていた。

 

「しょっぼ! こんな程度の曲芸で防げる魔術に何の価値が?」

 

 少女が杖を掲げると蒼い光がぐねぐねと形を変えながら光のナイフとなった。

「えい」と杖を振り下ろすと同時に、高速で男子学生の足下にそれが突き立つ。大理石の床を深々と貫いていた。

 

 男子学生は思わず後ずさり尻餅をついた。

 

「攻撃するならこれくらい正確な創造をしないと。これが天才と無能の差ってわけ。わかりますかー? 杖からちまちま光る玉出すだけで喜んでるお馬鹿さんとは頭の作りが違うの、私。これに懲りたらたまには外に出て夜空でも見上げて散歩してみなさいよ。そうすればそのだらしない腹も少しはマシになるかもね。じゃ、運動しろよ!」

 

 あざ笑うように一方的に言って、少女がこちらに鼻歌交じりで杖を弄びながら近づいてきた。わたしはそれを見て溜息をついた。

 

「ねえレナラ、あらためて思ったんだけど」

「何? アヤノ」

「……あなた、口悪すぎ」

 

 レアルカリア開校以来の天才と言われる女。レナラ。

 わたしの幼馴染みであり、一緒にこのレアルカリアに入学した親友ということになっている。

 

 

 

 

 わたしはこのファンタジー世界でアヤノと名乗っている。

 明らかに生まれ変わっているのに前世と同じ名前を使うのはなんだか引きずりすぎな気もするけれど、それでも自分を自分たらしめる唯一の証なので別の名前を名乗る気にはなれなかった。

 

 どうやら捨て子だったらしく、前世の記憶を思い出して意識がはっきりした時には既に捨てられていて、アルター高原の草原地帯にある小さな星見の村でわたしは育った。

 

 レナラもわたしと同じように捨て子で、実の親がいない同士小さな時から意識せずとも一緒にいることが多かったように思う。

 

 星見の修行さえしていれば特に大人達から邪険にされることもなかったし、ちゃんとご飯も食べさせてくれたので捨て子にしては運がよかったんだろう。今考えればそうなることがわかっていたから、実の親はこの村にわたしを捨てたのかな。

 

 たいして才能のないわたしはともかくレナラは天才であり、同じ14歳にして村のどの大人よりも星見として卓越していた。星の動きを詠みその輝きを己が物にすることなどレナラにとって息をするのと同じくらい容易いことだった。

 だからこそ早く村を出たくてうずうずしていたのかもしれない。

 当時のレナラには火の玉のような知識欲と野心があった。

 

 アルター高原から大滝を降りた、遠くリエーニエの湖にはレアルカリアと呼ばれる魔術学院がある。ただ『星見』と『魔術師』は考え方からして違うものらしく、わたしたちが育った村の大人たちはレアルカリアのことを蛇蝎の如く嫌っていた。

 

 わたしからすると杖からヒューンって魔法を出すのは同じだし変わらない気がするんだけど、そんなことを言うと村の皆に怒られるので口に出したことは無い。

 

 ある日のこと。

 

「アヤノ、私はレアルカリアに行くわ。こんな村に居続けても時間を無駄にするだけだもの。大人たちはみーんなどんくさいし、そのくせ私を全く評価しないし、嫌になるわ。だからあいつらがいちばん嫌ってる場所に出て行ってやるの」

「まあ、いつか言い出すと思ってた」

「あなたも行くわよね?」

「へいへい」

 

 当たり前のようにそう言われて、わたしは頷いてそういうことになり、今に至る。

 

 そしてレナラは抜き身のナイフのごとく口が悪く高慢で生意気だったので、レアルカリアでも年上だろうが関係なく喧嘩を売りまくった。

 

「かの高名なレアルカリアの学徒なのだもの。当然魔術師とやらのプライドをかけて星空の真理、魔術の研鑚、彗星の軌跡を追究しているのでしょうね? ならぜひお互いの知識を賭けて語り合いましょう? まああなたたちの愚鈍かつ狭窄な脳味噌じゃ私には勝てないでしょうけど」

 

 よくいる井の中の蛙、つまり田舎でイキってる子供かと思われたけれど、それでもレナラはレアルカリアにおいても天才だった。

 結局、少なくとも私が見ている範囲でレナラとの舌戦で勝てる学徒はいなかった。いや、本当は居ると思うんだけど、レナラが高慢すぎてそういう知識層には相手にされてないだけのような気がする。

 

 本人に言ったら間違いなくブチ切れるから言わないけれど……。

 

 ただ、学生達とのレスバトルに勝ってもレナラはいつも不満そうな顔をしていた。

 

「つまらないわね。この学院の学生はみんな下ばっかり見てる。本を読んで夜な夜な輝石を弄んでるだけ。空を見上げればそんなものより遥かに美しいきらめきが広がってるっていうのに」

「いや……レアルカリアにいるのはみんな魔術師だし、わたしたち星見のほうが少数派じゃない? だから空を見る習慣がないのは仕方ないと思うけど」

「そうじゃない。あいつらは星の輝きの本質を追究する気なんてこれっぽっちもないのよ。ただ杖の先からどれだけ強い光を飛ばせるかってくだらない競技をやっているだけなんだわ。沢山の愚か者どもと話して私もやっと理解したわ。村の大人たちが言ってたのは正しいと認めざるを得ない」

 

 肩をすくめて吐き捨てるように言うレナラのその言説はレアルカリアの輝石魔術全てをバカにしている気がした。わたしはたいした星見ではないので、レアルカリアの授業で輝石を扱うのは十分新しい魔術を覚えるのに役立っているのだけれどレナラにとってはつまらないものだったようだ。

 

 ただ、レナラの言うそれはわたしも少しだけ思っていたことだった。

 

 杖の先から星の光っぽいものを出せた所で、それが一体何になるというのだろう。

 いや、山賊や獣に襲われた時の防衛術としては役に立つのだけど、学術的にそれ以上何か意味があるものなんだろうか? わたしに学がないからそう思うだけなのかしら。

 

 晴れた昼下がり、合同討論室の外にある中庭に並ぶテーブルを挟んでレナラと一緒に食堂から持ってきたサンドイッチを食べながらそんなことを考えた。

 

「ねえアヤノ」

 

 サンドイッチの欠片を飲み込んだレナラがいきなりずいっと顔を寄せて、深い青のぱっちりとした瞳でわたしを見つめた。引き込まれるようで思わずどきりとしてたじろいでしまう。

 

「な、なに? 近いんだけど」

「私は星見の源流に逢いに行くわ。はるか東にある巨人たちが住む山嶺、その空に一番近い場所へ。こんなところで授業を受けてるより、そっちのほうがはるかにわくわくするもの」

「……いきなり何言ってんの? 行動力の化身かー?」

 

 星見の源流とは村で伝わる伝承である。かつて星見の始まりは東の果てにある白い山嶺より始まった。卓越した星見にならんとする者は永久凍土の山を越え『始まりの地』への巡礼を行うのだと。

 

 まあ確かにレナラの気質からしたらレアルカリアにいるより巡礼の旅の方が似合っているかも知れない。

 

「で、その……あなたも一緒に行かない?」

「話を聞けよ。ま、いいけど」

「……ええ! それでこそ私の親友ね!」

 

 わたしが肩をすくめて仕方ないなというふうに頷くと、当然のようにレナラは笑った。

 頷く前にレナラがほんの少しだけ心配そうにわたしを見つめていたのはちょっぴり気分が良かったので「断ったらどうするつもりだったの?」なんてからかうのはやめておいてあげよう。

 

 ま、レナラならひとりでも行くんだろうけれど。

 

 

 

 

 入学3ヶ月にしてわたしたちはレアルカリア魔術学院に休学届を出した。

 

 そもそも入学してすぐ休学など許されるのかと思ったけれど、そこはすでにゴールデンルーキーもとい天才(又の名を問題児)の名を欲しいままにしていたレナラがゴリ押して許されたようだった。

 

 ちなみに休学ではなく退学はそれほど珍しいことではなく、自分の才能のなさを思い知り自信喪失した学生が短期間で自主退学するのはよくあることらしい。

 

「まさか入学3ヶ月で休学するなんてねぇ」

 

 晴れた日、わたしたちはレアルカリアの黒い制服ではなく、幼い頃から着慣れた星見の装束を着ていた。

 エンジ色のローブに白い外套を羽織り、旅用のバックパックを背負って学院前の活気ある門前街を歩く。

 これで晴れて哀れな野良星見少女が2人出来上がってしまった。

 

 一歩先を歩いていたレナラがこちらを振り向いた。その顔は一抹の不安もなくいつも通り自信に満ちていた。

 

「あらアヤノ、今更怖じ気づいたの?」

「そうじゃないけど、わたしたちまだ14歳だよ? 子供の女ふたりで巨人が住んでる東の山嶺まで行くのはなかなか怖くない? しかもめっちゃ寒いらしいし、その星見の始まりの村って山頂の近くにあるんでしょ」

 

 それだけでなくここ……この世界は『狭間の地』と呼ばれているのだけど、勿論ファンタジー世界らしく治安が悪い。

 山賊や夜盗は当たり前。獣どころか化物の類が普通に闊歩している。

 ヒグマの何倍もあるルーンベアなどその最たるもので、出会えばまず間違いなく死ぬだろう。

 そして混種と呼ばれる不規則に角が生えた異形の好戦的な亜人たち。

 さらにはこの辺の水場にいる凶暴なデカいカニとザリガニとタコ。

 極めつけに永久凍土の東の山嶺は、天を突くほど大きい巨人たちが暮らしている、らしい。見たことないけど。

 

 うーん、まあ魔法でそれなりに戦うことはできると思うけれど、改めて考えるとファンタジー世界ヤバいなあ……生きてたどり着けるのかしら。

 

 わたしのそんな不安をよそにレナラは自信満々に向き直り、腕を組んで仁王立ちしながら言い放った。

 

「私を誰だと思ってるの? 千年に一度、彗星のように狭間の地に現れた超天才のレナラ様よ。そんな私に不可能なんて有りはしないわ」

 

 こういうとこなんだよなあ。村でみんなから煙たがられてたの……。

 ただ、レナラのこういう自信過剰なところに昔から引っ張られていたのも事実だし、乗ってあげよう。親友だしね。

 

 わたしはくすりと笑った。

 

「ま、そういうとこがレナラらしいよね。付き合ってあげる」

 

 こうしてわたしたちは東の果て、巨人たちの山嶺へ向かう。

 まだ黄金樹が狭間を征する前のこと。まだ狭間が美しい世界だったころ、幼いわたしたちは旅をした。

 

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