村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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10.ザミェルの影人

 人間ふたりとトロルふたりで、崖と雪に染まった針葉樹に挟まれて曲がりくねった雪山の道を進む。

 ボルスさんとイジーさんほどの巨体が2人に増えるとさすがに野生動物たちも警戒するようで、それまでとは違い獣に襲われる頻度も少ないまま先に進むことが出来た。大粒の雪が降るどんよりした曇り空の隙間から、僅かに夕焼けの光が差し込んでキラキラと輝く雪が舞う。わたしたちは切り立った崖沿いに道を逸れて歩き、やがて見つけた大きく抉れるように窪んだ横穴で夜を過ごすことに決めた。

 

 夜になると雪は止んで、空を覆っていた雲もいつの間にか無くなっていた。4人で大きめの焚き火を囲んでいると、雪山なのにもはや熱いくらいだった。風が吹く度にうねるように焚き火の炎が揺らめく。

 ついさっき返り討ちにした大きな猪を解体した肉を焚き火のそばにかざすとあっという間に焼ける。焦げる前に慌ててかぶりつくと、肉汁と一緒に胡椒にレモンが混じったような、舌にぴりっとくる香辛料の味が広がった。

 えっ、めっちゃ美味しい。ただ焼いただけなのに居酒屋のジビエ料理食べてるみたいな。

 

「ボルスさん、これすごく美味しいんですけど何塗ったんですか?」

「おお、アヤノも気に入ったか。ケイリッドの湖畔に咲く黒いロアの実と雷花を練り込んだものを少々な。こうすると肉の味に飽きぬであろう? 旅をしている時に、たまたま森に居合わせた狩人に教わったのよ」

 

 わたしはボルスさんにこくこく頷きながらひたすら肉を頬張っていた。食べるほどお腹が空いてくる。メチャクチャに魔術を使って動き回ったので、自分が思っているよりずっと身体がエネルギーを欲しているのかも知れない。

 ちなみに火はイジーさんが「火の祈祷」で火の玉を出して一瞬で付けてくれた。これはトロルであれば誰でもできることらしいけれど、ボルスさんは「まこと便利よのう。儂では掌に小さな小火を出す程度しかできぬわ」なんて言っていた。でもそれでもすごい。魔術じゃ火は扱えないし。

 ただ逆に言えば、このくらい簡単に火が扱えるからこそ巨人とトロルたちはこんな厳しい雪山で生きていけるんだろう。

 

「この分ですと明日にも山嶺の中腹に到達するでしょう。私はそこから一旦別れなければなりませんが」

「なんだ、お主はそのまま山頂に向かわんのか?」

「西側の雪原に降りて少々寄らねばならぬ場所がありましてな」

「寄り道も良いが我らが大樹の《再誕》の瞬間には遅れては元も子もないぞ」

 

 ボルスさんはチラリとわたしを見た。ほんとごめんねえ……。

 わたしが心の中でさめざめと泣いていると、隣で肉をもしゃもしゃと飲み込んだレナラが目線を上げた。

 

「ねえ、再誕って何?」

「ああ、お主らには言っておらんかったな。それこそが儂らトロルが里帰りする理由よ。我らトロルは全て《大樹》と呼ばれる巨人の遺体より生えた一枝を手折ることにより生まれる。そして今、我らが大樹が寿命を迎える刻が来たのだ」

 

 わたしとレナラは「ん?」と揃って首を傾げた。《再誕》なんて言いつつ、寿命を迎える? 言葉の意味が逆のような気がする。

 わたしたちがしっくりきていない様子を見かねたのか、イジーさんがたしなめるように口を開いた。

 

「ボルス、その説明では不十分でしょう。我らが大樹……巨人の遺体は死した後大樹となり、それが朽ちる刻に新たな巨人として生まれ変わるのです。我々はそれを《再誕》と呼び、その瞬間を大いに祝います。巨人はそうして古より途方も無い年月を生き続けてきました」

「仕方なかろう! 儂はお主のように口が上手くないのだ」

 

 ボルスさんがすねて視線を逸らしながら肉を口に運んでいた。なんだか友達の違う一面を見たようでちょっと面白い。

 

「なるほどね。では巨人は不死を実現しているということかしら? それであれば、古から不滅なのも納得だわ」

「不死というよりは、子孫の繋ぎ方のひとつと考えるべきでしょうな。再誕と一言で言っても、大樹となる前と後ではその巨人は全くの別人です。死した後に我らトロルを生み出し大樹と化した己を守護させ、新たな子を成すという方が分かりやすいでしょう」

「ふうん、興味深いわね。その再誕の瞬間とやらは私達も見ることはできるのかしら?」

「ええ? レナラ、そういう儀式っぽいのって普通一族以外は見ちゃダメなんじゃない」

「言うだけならただでしょう。アヤノ、聞きもせず勝手に自分の頭だけで判断するほど無意味な事は無いわよ」

「まあ、それはそうだけど……」

 

 レナラの言うことは正しい。ただわたしはダメそうだと思えばやっぱり躊躇してしまう。だからこそ何ごとも恐れないレナラが羨ましく思える。

 わたしはボルスさんを伺うように見上げた。意外なことに、機嫌良さそうな笑みを浮かべていた。

 

「応よ、レナラ。お主たちさえ良ければ我らが偉大なる大樹を目にして欲しいと思っておる。あれこそが我らトロルの原点である故な」

「あら、気前が良いじゃない。超天才たる私の頭脳の偉大さを理解しているようね。講義をしたかいがあったかしら」

 

 ほらね、と流し目でわたしを見るレナラを無視する。素直にありがとうって言いなさい。

 

「い、いいんですか? わたしたちみたいな人間がいたら場違いだったりして」

「アヤノ、お主は先程何でもすると言ったな?」

「い、言いました」

 

 ボルスさんが有無を言わせない調子でわたしを見下ろしてきた。マジで言ったので、それを出されてしまうと何も答えられない。

 

「なれば儂と共に《再誕》の刻を見守って欲しいのよ。お主がそう呼んでくれたように、友としてお主らとこの祝祭を味わいたいのだ」

 

 

 

 

 深夜、横穴の奥でレナラと一緒に肩を寄せあって、バックパックで持ち込んだ厚手の布に包まる。焚き火の向こう側に満天の星空が見えた。

 レナラがごそごそと布から手を伸ばして一点を指さした。

 

「アヤノ見て、月が大きくなっている」

「ありゃ、ほんとだ」

 

 見慣れたまっさらな白い満月が浮かんでいた。

 普通に考えれば山に登ったくらいで月は大きくなるわけがないけれど、それでもレナラの言う通り少しづつ大きくなっているような気がする。ファンタジー世界だから地球とはまた違う法則が成り立っているのかもしれない。

 

「ようやく近づいてきたわね」

「そうだねぇ」

 

 こんなに寒い山の中なのに、レナラの声は弾んでいた。星見の始まりの地への巡礼、その末に何が得られるのか、わたしたちは何も知らない。

 

「ねえ、レナラ」

「何?」

「旅って、いいよね」

 

 それでも、レナラといまこうして一緒に旅をしていることに意味がある。楽しいことにも、怖いことにも、不思議なことにも出会った。だからきっと、そう思う。

 

 

 

 

 次の日、抜けるような青空に眩しい朝日が輝いていた。早朝から出発して山嶺の中腹、登り道と崖沿いに下る細い道に分かれた場所に着いた。ここでイジーさんとは別れることになる。

 

「ボルス、貴方は流石に分かっているでしょうが、この先はザミェルの住処です。ただでさえ貴方はあの者らと幾度も刃を交わしている。出会い頭に襲われることはないでしょうが、油断なきよう」

「ザミェル……?」

 

 わたしは呟きながら疑問に思った。レアルカリアの授業ですら聞いたことのない名前だ。レナラの方を見ると、レナラも心当たりがないようで怪訝そうな顔をしている。

 イジーさんはわたしたちに穏やかな表情を向けた。できるだけ怖がらせないように気を遣っているのかもしれない。

 

「山嶺に住まう、雪と氷を操る者たちです。ザミェルは我々とは異なり、言葉や声を持たず眠ることもありません。ただ影のように凍土に在り続ける。故にザミェルの影人とも呼ばれます。古来よりあの者たちは山嶺において我ら巨人とトロルの宿敵でした」

「昔は事あるごとに襲ってくるザミェルと何度も戦ったのう。奴らの舞い踊るような恐ろしき剣技は今でも夢に出るわい」

「戦ったって、なんか明らかに危なそうな人たちだけど大丈夫……?」

「応。イジーの言う通り、目が合ったら切り掛かってくるような奴らではないでな。ザミェルはみなが生粋の戦士。宿敵とは言え、幾度と無く剣を交えた仲。故に奴らも然るべき戦場での血湧き肉躍る血闘を望んでおる。ただ住処のそばを通るだけであれば何も言わぬだろう」

 

 そ、そういうものなのかなあ。説明を聞いても、どう見ても危険にしか見えない。ただでさえ獣に襲われまくったのに、それよりヤバそうな存在が出てきてしまった。この先わたしたちは生きて巡礼を達成できるんだろうか。

 

「やっぱりレアルカリアの授業は不十分ね。知の集積地を気取っているくせに、こうして旅していれば容易に得られる知識ですら漏れているなんて許されざる失態よ。学院に帰ったら担当教授への追究と授業内容の改訂を要求するわ」

 

 レナラはいつも通り正常運転で母校をディスっていた。

 これはこれで頼もしいんだけど、レナラが怖がったり恐ろしさを感じるのが全く想像できない……。

 

 

 

 

 不思議なことに中腹を越えるとわたしたちを襲ってくる獣たちはほとんどいなくなって、なだらかな雪道を3人で登る足音と、鋭い風が針葉樹の森を揺らす音だけが聞こえる。そしてやがて前に灰色の煉瓦を積み上げたような、屋根の無い廃墟の群れが見えた。

 ボルスさんが姿勢を低くして囁く。

 

「あれがザミェルの住み家よ。古くはヒトの集落だったというが……念のため、できるだけ静かに脇を通り過ぎるのだ。儂が先導する」

 

 わたしとレナラは揃って頷いた。そして静かに雪を踏みしめて、右手の廃墟をちらりと横目で眺めながら慎重に進む。ふと、廃墟の隙間から背の高いほっそりとした灰色の人影がいくつも幽霊のように滑らかに歩いているのが見えた。

 

「あれがザミェル……?」

「人間では無いわね」

 

 レナラの言うとおり、遠くから見ても何一つ人間味が感じられない無機質な人型だった。雪山なのもあるかもしれないけれど、体温そのものがないように思える。

 

 やがてわたしたちに気づいたのか、人影のいくつかがこちらを見た。みんな鉄の仮面を被っていて表情はまったく見えない。

 ボルスさんの姿はただでさえ大きいし気づかれずに通り過ぎられるとも思えなかったけれど、敵対行動さえしなければスルーされるというボルスさんの言葉を信じて、視線を前に戻して足を進める。

 

「待て!」

 

 しばらくして、ボルスさんが鋭い声を飛ばした。

 

「え、何……?」

 

 右を見ると、3人のザミェルが雪の上を滑るようにこちらに迫っていた。暗銀の鎧を纏ってエンジ色の腰布を纏っている。隙間から覗く肌は灰褐色で、両手で持つのがやっとのような巨大な曲剣を軽々と細腕に携えている。

 

「レナラ、アヤノ。杖は構えるな。奴らが攻撃するつもりなら既に我らは斬られておる」

「その言葉信じるわよ」

 

 レナラは杖を降ろした。わたしも無意識に胸の前で両手に握っていた杖を降ろす。それほどに目の前のザミェルは底冷えするような雰囲気を纏っていた。いるだけでさらにこの場所の温度が低くなった気がした。

 まるで吹雪が人の形をとっているみたいだ。生き物というより、自然そのものに近い雰囲気があった。

 

 ザミェルがわたしたちの前に立った。何故かボルスさんではなく、わたしとレナラをじろじろと見ているようだった。仮面の奥の表情は全くわからないけれど、どうしてだろう? 

 わたしたちが無言のまま様子を伺っていると、ザミェルたちは頷き合う。そしてその中のひとりが、剣を持っていない方の手で廃墟の方を指さした。

 そしてザミェルたちは踵を返して廃墟の方へ戻っていく。そしてちらりと仮面越しにわたしとレナラを見た。

 

「ついてこいってこと……?」

「好意的に受け取ればそうかもね」

「……意図は分からぬが、敵意もまるで感じられぬ。ゆえにおそらく危険は無い。むしろ無視して先に進む方がまずかろうな」

 

 わたしたちはボルスさんを見上げた。

 

「行くしかあるまい」

 

 先導するザミェルたちは全く足音をさせなかった。雪に残される小さな足形だけが、ザミェルがきちんとこの場所に存在することを示しているような気がした。そのくらい存在感が希薄なのだ。

 

 着いていくとやがて、かろうじて屋根部分が残っている廃墟に着く。ザミェルたちはその入口で立ち止まり、わたしとレナラをじっと見つめていた。

 

「入れってことだよね」

「儂は入れぬ。すまぬがお主たちだけで行けい」

「分かってるわよ。どう見ても入れないのだから。行くわよ、アヤノ」

 

 トロルが入れるほど大きな入口ではなかったので2人で中に入る。廃墟の中はすこし薄暗かったけれど、それでもところどころ壊れた屋根から陽の光が差し込んでいた。

 目をこらすと、奥の方の地面に誰かが寝かされているのが見えた。

 

「えっ、人間?」

 

 早足で近づくと、寝かされていたのは肩まであるウェーブがかった金髪をした女の子だった。歳はわたしたちと同じくらいだろうか? 服を見れば、わたしたちと同じ星見の装束を着ている。

 手首を取ると、異常に冷たかった。首を触る。まだ脈がある。生きてる。

 

「レナラ、この子温めないと。このままじゃ死んじゃうわ」

 

 

 

 

 とにかく女の子を温めるために必要なのは火だった。

 ボルスさんが焚き火を作るために掌に火を作り出すとザミェルたちがいきなり殺気立ったので(ボルスさん曰くザミェルたちは火の祈祷を敵視しているらしい)、わたしたちは寒い中頑張って火おこしをしなければならなかった。ありがたいことに今日は晴れていたのでなんとか焚き火を作ることはできた。

 

 女の子をありったけの布でくるんで焚き火の前に寝かせる。廃墟の屋根がところどころ大穴が空いているおかげで煙は気にしなくて良かった。

 

「ザミェルはこの子を助けて欲しかったのかな?」

「まあ、そういうことになるのかしら。人間でもないのに人間を助けるなんて、話よりは随分お節介に見えるけれど」

「助けたはいいけど、どうしたらいいかよく分からなかったってことかなあ」

 

 ふたりで眠ったままの女の子を見ながら話す。気になるのはやっぱりこの子も星見だろうということだった。

 

「この子、もしかしてわたしたちと同じで巡礼中だったのかな?」

「かもしれないわね。ただ、たったひとりで山嶺を登っていたというなら相当な自信家か無鉄砲でしょうけど。私達が来なければこのまま死んでいたでしょうね」

「だよねえ……起きたらどうしよう?」

「そうね、会話はひとまずあなたに任せるわ」

「えー……そんなあ」

「私が明らかに向いていない事くらい分かるでしょう。適材適所よ」

 

 レナラは肩をすくめた。ま、そうだよね。でもそうやって頼られるのは悪い気分じゃないかな。

 目の閉じたままの女の子の顔を見る。色白でずいぶん綺麗な子だと思ったけれど、どこか儚げなか細さがある。見ただけの印象だとレナラの言う通りの自信家のようには思えなかった。

 

 ぼうっと顔を観察していると、女の子の瞳がわずかに開かれた。

 

「う、ううん……」

「お、起きた?」

 

 声を掛けても気づいていないようで、女の子はぼうっとした瞳のまま上半身を起こす。

 そしてやがて、はっとしたように目を見開くと、かけた毛布をばっと取り払ってぎこちなく立ち上がる。

 

「ちょっ、まだ立ち上がっちゃ危ないよ」

 

 そのままふらつきながら外へ向かおうとするのを、思わずわたしは立ち上がり左手を掴んで止めた。

 

「行かなきゃ……お姉ちゃんが、この先で待ってるから……」

「まだ無理しちゃダメ! そんな身体で外に出たらすぐ死んじゃうよ!?」

「離して……! 私はお姉ちゃんに会うまで、こんなところで休んでいられないの! 星見の始まりの地で一緒に星を見るって約束したの! だから……!」

 

 女の子は余裕なく浅葱色の瞳でわたしを睨みつけた。やっぱりこの子も巡礼中だったのか。でも、どうも話が通じそうにない。

 こうなったら強硬手段で止めるしかなさそう。トリーナ、力を貸して。

 

「レナラ。耳塞いでて」

 

 囁いて、レナラが両耳を塞ぐのを確認するとわたしは杖を掲げた。そして坑道でトリーナから聞かされた旋律を思い出しながら同じように口ずさんだ。そして、何故かわたし自身もぐらりと意識が落ちそうになる。

 

 げっ、これヤバい! もしかして自分も眠くなるじゃん!

 

 思わず女の子から手を離して、頬をつねってむりやり眠気を飛ばしてギリギリ持ち堪えた。この魔術危すぎる……安全なときに試せて良かったかも。

 目の前を見ると、女の子は目の前で力なく倒れ込んで既に眠り始めていた。なんとか止めることができたみたいでほっとする。

 そして、その閉じた眦の端から一筋の涙が流れていた。

 

「だから、私を置いていかないで……お姉ちゃん……」

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「……はい」

 

 暫く経って、わたしとレナラは目覚めた女の子と焚き火を囲んでいる。 

 女の子はわたしが手渡した湯気の立つコップから雪を溶かしたお湯を啜り、ほんのり頬が赤くなっていた。ここまで血の気が戻ればひとまずは大丈夫だろう。

 

 レナラは会話はわたしに任せると予め言っていたので、横にはいるけど自分から喋る気はなさそうだった。

 

「わたしはアヤノ。こっちはレナラよ。この格好の通りふたりとも星見で、始まりの地を目指して巡礼の途中、ってところかな。ね、あなたの名前を聞いてもいい?」

「……クラリス。きっと、あなたたちと同じ場所を目指してます」

「ひとりで?」

「はい……えっと、お姉ちゃんを探しに」

 

 色々訳ありのようだ。でも本当にひとりでここまで来たのか。わたしたちでもボルスさんとイジーさんの力があってようやくここまで来たので、死ぬ寸前だったとはいえ本当に凄いと思う。

 

「それで、あの……私……」

「無理して喋らなくてもいいよ。ゆっくりでいいから」

「ううん……さっきはごめんなさい。助けてくれたのに、迷惑をかけちゃって。だから、なんでここにいるかくらいはちゃんと話したいの」

 

 クラリスは目線を下げたままぽつぽつと語った。

 かつてローデイルに暮らしていたこと。6歳のとき、両親はローデイルの外で占星をしている時に獣に襲われて帰らぬ人になったこと。それからは双子の姉と一緒に協力しながらなんとか生きてきたこと。不安な時はふたりでいつか星見の始まりの地へ巡礼して、綺麗な星を見に行こうと語り合ったこと。そして姉がひとりで山嶺へ向かったこと。それを追って自分もここまでやって来たこと……。

 

「クララ……お姉ちゃんはとても優秀で、身体が強くない私の代わりに酒場で占いをして働いたり、頼まれればローデイルの外で狩りや採集をして、私が働けない時も嫌な顔ひとつせずに頑張ってたんです。それである日言われたの。条件付きで兵士として取り立ててもらえるって。山嶺の星見の始まりの地には秘法がある。それを手に入れれば、軍に認めてもらえるんだって……星見はローデイルだと軽んじられてるけれど、それでも頑張ってたから星見の能力が認められたんだって喜んでて……これでわたしたちもいい暮らしができるって」

 

 わたしたちは何も言わなかった。クラリスは口を真一文字に結んで涙を浮かべた。そして、絞り出すように口を開いた。

 

「私のせい。私がこんなに頼りないから、お姉ちゃんを焦らせてひとりで行ってしまったの。無理そうならすぐ帰ってくるって言ってたのに、ひと月経っても、お姉ちゃんは帰ってこなかった……」

 

 クラリスは俯いた。両手で持ったコップがわずかに揺れていた。会ったばかりのわたしたちにここまで話したのは、もしかすると抱えていた絶望を懺悔したかったのかもしれなかった。

 1ヶ月もの間、この山から帰ってこなかったら生きていなくても全くおかしくはない。あるいは星見の始まりの地に到達して、そこで秘法とやらを伝授されているのかもしれない。

 わたしはレナラと顔を見合わせた。

 

「秘法、ね。そんなのは初耳よ。アヤノ、あなたは聞いたことある?」

「わたしもないよ。でも巡礼したら星見として卓越できるって話だから、そういう凄いパワーが貰える可能性はあるんじゃない?」

「ま、巡礼を達成した者にのみ授けられる特殊な魔術が存在すると言えなくもないわね。そうでなければ……」

 

 レナラは顎に指を当てて軽く考える素振りをする。

 

「レナラ?」

「いえ、星見の始まりの地に辿り着いたとして“巡礼の旅そのものが星見として卓越した証左”だなんて詭弁を弄されたらどうしてやろうかと思っただけよ」

「ええ? いやあ、さすがにそれはないと思いたいかな……」

 

 想像しただけで嫌すぎてわたしは顔を顰めた。

 こんなに大変な思いをして山嶺を登っているのに、この巡礼の旅こそが星見にとっての秘宝なんです! なんて言われたら確かに一発殴りたくなりそうだけど、なんかその可能性もありそうなのが嫌だな……実際トリーナに杖貰ったり魔術教えて貰ってるし、旅そのものに意味があると言われても否定できない。

 

「クラリス、あなたは誰から伝承を聞いたの?」

「始まりの地の巡礼のことについては父と母から聞いてました。そこに秘宝があるっていうのも、その時に。ゴホッ! ゴホ……ごめんなさい。いつもはこんなに酷くないのに。」

 

 クラリスは軽く咳き込んで、息を整えるとコップの中身をゆっくりと啜った。身体が強くないのにここまで来る勇気は凄いと思うし、同時にそこまでクラリスを突き動かすお姉さんがもう生きていないかもしれないという事実に気が重くなる。

 考えて、話題を変えたくなった。

 

「……ね、いきなりだけどクラリスって何歳?」

「えっ……? 今年で14歳になります」

 

 同じくらいの年かなとは思ってたけど本当に同い年だった。クラリスの勇気と行動力はわたしなんかよりもずっと並外れている。

 

「わたしたちも同じだから、敬語は無しでいいよ」

「そう、なんですか? あは、ふたりとも私なんかよりずっとしっかりしてるから、年上かと思った」

「そんなことないよ。ね、レナラ」

「そうね、アヤノ。あなたは年相応にそそっかしいところがあると思うわ」

 

 クラリスは涙目のまま笑った。わたしも笑った。レナラはつまらなさそうにふんっと鼻を鳴らした。

 同い年の子は出会うだけで嬉しくなるものだ。

 

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