相談の末、クラリスもわたしたちと一緒に星見の始まりの地を目指すことになった。お姉さんが生きているとするならそこにたどり着いている可能性が一番高い。それにクラリスをひとりここに置いていくわけにもいかない。
ザミェルの住処で2日を過ごしクラリスが問題なく動けるようになった朝、軽い吹雪の中でわたしたちは出発した。
クラリスはザミェルたちにお礼を言っていたけれど、ザミェルたちはそれに対して特に何も反応することもなく一瞥するだけで、出会った時と同じく幽霊のように廃墟を歩き回っていた。
この廃墟にいる間ザミェルたちを観察していたけれど、時々剣を振り回して鍛錬のようなことをするくらいで、驚くことに水も飲まなければ何か食べることもない。どうやって生きているのかもわからなかった。
レナラの言う通り、人間じゃない。人の形をしていても全く違う生き物なんだと思わされる。
「しかし、ザミェルがヒトを助けるとはのう」
「珍しいの?」
「珍しいというか……まず見たことが無い。そもそも奴らに自らの一族以外を助けるような意思が在るなど、まず信じられぬ。前にも言ったが、ザミェルたちは生粋の戦士故、他者に安易な哀れみを持つとも思えぬでな……」
「ザミェルの中の誰かが前にクラリスに助けられたとかだったりして」
「ううん、私は何も……。この山嶺に登ったのだって初めてだし、本当に心当たりが無いの」
わたしとレナラの後ろを着いてくるクラリスが、吹きすさぶ雪に顔の前で手を翳しながらやや遠慮がちに答えた。バックパックと星見の装束、そしてわたしたちが見慣れた星見の杖と同じものを右手に携えた姿を見ると、最初から3人で旅をしていたんじゃないかと錯覚しそうになる。
「じゃあ、やっぱりただの親切かなあ」
「ボルスも知らないザミェルが持つ元々の生態という線もあるわね。ただ、そうでないのなら……クラリス個人が原因じゃなく、何かしら人間を助ける理由があったということになる。まあ、それを真面目に考えるほどの興味は無いけれど」
「ザミェルって何も喋らないからさっぱりだしねえ。確かに考えてもしょうがないかも」
私はレナラに苦笑いで同意した。理由を考えるにしても、その材料がなければ手も足も出ない。
「まあ、ザミェルの親切でクラリスが助かったって思えばありがたいよね。クラリスのお姉さんだって同じように誰かに助けられていてもおかしくないもの」
「そうだと、いいのだけど……」
できるだけ明るく言ってクラリスを振り返ったけれど、クラリスは暗い顔のままだ。自分自身が死にかけていたのだから無理もない。14歳の小娘がひとりで生き抜くにはこの山嶺は危なすぎる。
それに、お姉さんはきっと生きてるよ、なんて気休めの言葉を言えるほどわたしは純粋じゃない。かといって、たぶん死んでるよ、と言えるほど残酷な大人にもなれない。
わたしはクラリスやレナラより長く生きていたはずなのに、レナラのように生死について沈黙することもできず、浅い気休めの言葉をかけて自己満足に浸る。
嫌な奴だと思う。目を瞑って、軽く息を吐く。今はそれより、目の前のことに集中しなければいけない。
「ちなみに“星見の始まりの地”って、たしかボルスさん場所は知ってるんだよね?」
ボルスさんは沈黙したままわたしたちの先を歩いていた。えっ、坑道で話したときに心当たりがあるって言ってたからそのまま何も考えずにいたんだけど、もしかしてわたしの勘違い? 思わず不安になってボルスさんにもう一度呼びかける。
「ボルスさん? どーしたの」
「お、応。何だ? アヤノ」
「えっ、聞いてなかった? 星見の始まりの地の場所がどこにあるかって話」
どうやら聞き逃していたらしい。考え事でもしてたのかしら。ボルスさんがぼうっとしてるの初めて見たかも。
「ああ、そうさな。この先を登った先にある氷河の崖上にかつて巨人たちと交流した、魔術を使うヒトが棲まうという堂宇がある。儂が生まれた頃には既に縁は途絶えておったと聞くが……まだそこで生きるヒトが居るのであれば、お主らが向かっている“星見の始まりの地”で間違いなかろう」
「崖の上って……ここまで山を登ってきてさらに今度は崖を登るとか無理。無理だよぉ……」
降り積もった雪にずむずむと足跡を付けながらわたしはげんなりした。切り立った崖をロッククライミングしろって言われたら無理。いくら狼とか猪とか鷹を魔術で倒せたとしても、今度こそマジで無理。
「ボルス、今さらそんなことを言うのだからちゃんと手はあるんでしょうね?」
「任せておけい。崖と言ってもよじ登れとは言わぬし、上まで登る道筋はしっかりと在る。儂の故郷に向かう道もまた崖を登らねばならぬでな」
レナラが訝しげに言うと、ボルスさんはわたしたちに自信ありげに笑いかけた。そしてはっとしたように表情を硬くする。わたしは首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いや、登ることはできる。できるのだが……問題がひとつ在ることを思い出した」
※
やがて崖に囲まれた広大な氷河についたわたしたちは小さな小型の狼を追い払いながら進む。地面が割れやしないかと思ったけれど、青白い地面は踏みしめてみるとカチカチに凍っていて、表面がざらざらしていて滑ることもなければ全く崩れる様子もなかった。感触はただの地面と同じだ。
そして上流に合流している分流路に行き当たった。そこには巨大な黒い鉄塊らしきものが浅く雪を被ったまま打ち棄てられていた。
およそその鉄塊まで20mほど、ボルスさんが立ち止まった。
「なにあれ」
目を細めると手と足が長い人の形をしている。手にはビルの高さほどもある大きな斧槍を握っていた。形はファンタジー系だけど、なんか映画で見るロボットみたいだなあ。
「ちょっと、あれゴーレムじゃない。どうして雪山の中にこんなものがあるのよ」
「ゴーレム?」
「魔術式人型自律駆動兵。はるか昔の文明が作り出したと言われるはた迷惑な兵器よ。色々な場所に打ち棄てられているらしいけれど、まさかこんな所にまであるとはね。どうやってここまで来たんだか」
「すごいねえ……昔の人はこんな大きなロボット作れたんだ。でも見た感じ、もう壊れてるみたいだね」
「ろぼっと……?」
あっ、クラリスが
相変わらず博識なレナラ先生を心の中で称賛しながら、わたしは背伸びして倒れたままのゴーレムを眺めた。するとレナラに手を取られた。えっ? 見れば、レナラはもう片方の手でクラリスの手首も握っていた。いつの間にか杖はバックパック越しに背中に背負っている。いつの間に?
わたしとクラリスは困惑気味なままレナラを見た。レナラの視線は余裕無くボルスさんを見ていた。なぜか2人は頷き合っていた。
レナラは低く呟いた。
「壊れてない」
「「えっ?」」
「アヤノ、クラリス、走るわよ! ボルス! 道は分かっているんでしょうね!?」
「応! お主ら、今から何が起ころうと足を止めるなよ! 死ぬ気で走れ!」
「えっえっ」
レナラに手を引かれた拍子に、言われるがままわたしたちは上流に向けて走り出した。やがて、後ろで地鳴りのような音が聞こえた。
ぎちぎちぎち。
鈍い音を立てて、溶鉱炉に舞う火花のような光の束を胸から垂れ流しながら、ゴーレムが起き上がってフルフェイスの兜越しにこちらを見ていた。うわうわうわ。
「レナラアアア! なんでアレ起き上がってるのぉ!?」
既に手を離していたレナラが前で叫んだ。
「奴らは《不壊のゴーレム》よ! 何度壊しても自己修復して蘇り近づいた者に反応し襲い掛かる! だからはた迷惑な兵器という訳! 対策は、出会ったら磨り潰される前に逃げる事だけよ!」
ズシンズシンと地鳴りのような音を立てながら、斧槍を振りかぶってゴーレムがこちらに迫ってくる。もうやだぁ! この山嶺!
※
「今回ばかりは死ぬかと思った」
「奴が別の場所に消えておればと思ったのだがのう」
なんとかゴーレムを撒いて、ボルスさんがギリギリ通れる程度の幅しかない、崖沿いにせりだした細い獣道で休みながらわたしは肩を落とした。こんなにも寒いのに走りすぎて身体が熱い。何とかなった、何とかなったけど……今まで巡礼した人たちはみんなこんなヤバイ道を通って星見の始まりの地まで来たんだろうか? 命知らずすぎる。そりゃ巡礼する人もいなくなるし伝承にもなるでしょうね。
「ゴーレムの感知範囲はそこまで広くはない。出会ったとしても、今みたいに下手に戦おうとせずすぐに逃げればそれほど怖いものではないわ」
「そうかもしれないけどね、あんなのに初めて出会って冷静でいる方が無理だってば……」
「あら、私だって実際に見るのは初めてよ。本で読んだだけだもの」
「レナラちゃんは知っています、ってことね」
「はあ?」
「魔界的表現だよ」
「それ、いい加減ついていけなくなってきたわ」
レナラが溜息をついた。ほんの少しだけわたしの気分を味わってもらおう。
確かに思い出してみると、レナラも珍しく焦っていた気がする。それでも慌てるわたしとクラリスの手を取ってすぐに逃げおおせるのだからわたしに比べれば十分冷静だけど。
「ありがとう、レナラさん。手を引いて貰わなかったら怖くて、きっと私、足がすくんで動けなかったと思うから……ケホッ、ケホ」
「クラリス、大丈夫? お湯作ろうか?」
「ごめんなさい、アヤノ。大丈夫。走ったら少し息苦しくなっただけだから。それに、こんな場所で留まっていられないでしょ?」
クラリスは立ち上がり、強がるように無理矢理笑って見せた。確かにこんな獣道の真っ只中で休んでいたらまた何かに襲われるかもしれない。それに、クラリスは一刻も早くお姉さんが居るかもしれない場所に向かわなければいけないのだ。
「たかが手を引っ張っただけでお礼なんて結構よ。あなたをおんぶして走った訳でもあるまいし……あと、レナラでいい。そんなかしこまらないで頂戴。聞いてて疲れるのよ。そういうの」
「ご、ごめんなさい」
「別に怒ってないわ。先を急ぐわよ」
レナラは軽く息を吐くと、ぷいっとクラリスから目線を逸らして立ち上がった。クラリスは申し訳なさそうに目線を落とした。
「お姉ちゃんも、ちゃんと逃げられたよね……?」
「…………」
自分に言い聞かせるようなクラリスの呟きに、わたしは何も言うことができなかった。
再び細い獣道を登り、よじ登れないほど高い段差があればボルスさんの手で上げて貰いつつ、徐々に崖上に近づいていく。
やがてなだらかに道が落ち着いてきた頃、わたしはクラリスの隣に寄って小さく耳元で囁いた。
「レナラはね、怒ってないと言えば本当に怒ってないよ。ちょっと言葉きつい時もあるけど……普通に遠慮せず友達みたいに話してくれたら、あの子も喜ぶと思う」
「え……?」
「無理強いはしないけれどね」
目を丸くするクラリスにわたしは苦笑いした。するとクラリスは少し言いよどんだあと、小さく口を開いた。
「……アヤノとレナラは、なんだか姉妹みたいだね」
「え、そうかな? 確かに昔から一緒にはいるけど」
「うん、お互いに遠慮してなさそうな所とか、すごくいい姉妹だなって。そう思う」
クラリスは力なく笑ってみせた。わたしはどういう反応をすればいいのかわからなくなった。
レナラのことは、家族だと思っている。姉妹と言ってもまちがいじゃないのかもしれない。でも、それを目の前で肯定したくなくなるほどにクラリスの浅黄色の瞳は暗く、その表情には影があった。
「お姉ちゃんと私も……きっとそうだったら良かった」
「クラリス……」
クラリスは寂しげに目を細めると、わたしの顔から目をそらして、ただ前を見て歩き続けていた。
※
どれくらい歩いただろう。獣道を登り切りようやく崖上に立つと、眼下にはついさっきまでいた広い氷河が一望できた。そして反対に向き直ると、吹雪で白く霞がかっている景色の向こう側に、切妻屋根の重厚な建物らしき影が見えた。
「3人とも、ここまでよくぞ耐えた。あれが巨人の隣人たるヒトが棲まっていた堂宇。おそらくお主たちの言う“星見のはじまりの地”よ」
「つ、着いたの? 本当に?」
「まあ、行けばわかるわよ」
さばさばと言いながらさっさと進むレナラにわたしたちは着いていく。横のクラリスは無表情で、何を思っているのか感じ取れない。
近づけば、建物の輪郭がよりはっきり見えてきた。背の高い、灰色の煉瓦壁で囲まれた建屋のまわりを取り囲むようにいくつも太い円柱が立ち並んでいて、まるで神殿のような雰囲気もある。
そして玄関らしき、大きな分厚い黒金の扉の前に立った。ボルスさんが入れるくらいの高さと幅があった。
「これどうすればいいんだろう。ごめんくださーいってノックすればいい?」
「そんなことしなくても勝手に入ればいいじゃない。私達はどこからどう見ても星見なのだから、私達の格好を見れば勝手に巡礼者だって察するわよ」
「いやダメでしょ。人の家なんだからそこはちゃんとしないと。ごめんくださーい……ってうわぁ!?」
扉を叩こうすると、叩く直前で扉が左右とも内向きに開いた。思わず体勢を崩しそうになって前のめりになる。ええ、なにこれ。こういう仕掛け?
眉間に皺を寄せながら前を見ると、まるで待っていたかのように目の前に人が佇んでいた。
「トロルが1人と小娘が3人か。ここは宿じゃないんだがな」
とてつもなく美人なほっそりとした女の人だった。地面に着きそうなほど長い雪のような白い髪が踝あたりで揺れていて、わたしたちと同じえんじ色のローブから、日焼けと全く縁がなさそうな肌が覗いている。
その青い双眸はレナラの瞳の色に似ていたけれど、ほんの少しだけレナラのそれよりは暗い、より夜空に近いように見えた。
そして面倒くさそうに頭をぼりぼりと掻いている人間らしい仕草がミステリアスさを台無しにしていて、逆になんだか俗っぽくて安心してしまう。
「あ、あの……お邪魔します。星見のはじまりの地ということで、巡礼しに来ました」
「チッ、さっさと入れ。すきま風が入って寒くてかなわん」
い、今舌打ちしたよねえ?
無言で奥に進んでいく女の人にみんなで着いていく。天井は高く、廊下も広い。ボルスさんは「成程。巨人の隣人だからこそ、これほど広く作られている訳か」とひとりで納得していた。
やがて奥まったところにある、広間のような部屋に行き着く。天井と壁、床の端からは薄青い結晶のようなものが大小びっしりと生えていて、それらが《星灯り》のように水色の明るい光で空間を照らしていた。その一番奥にはその結晶で作られたんだろうか、薄青い重厚な玉座がある。
そして女の人は玉座に乱暴に座り足を組んだ。そして、わたしたちを観察するようにひとりひとり見回した。
「ふん。この忘れ去られた僻地を尋ねてきた物好きどもに敬意を表して名乗ってやる。我が名はゴライアス。この《創星の頂》最後の生き残りよ。他の星見どもはとうに滅んだ」
「滅んだ?」
「ただの寿命だ。あの馬鹿ども、何もかもを私に任せおって。お前らのような命知らずもようやく消え去ったかと思えばいきなり続けてやってくる。面倒極まりない―――おいそこのお前、名乗れ」
青色の眼がいきなり動き、わたしの右にいたクラリスがびくりと反応した。
「ク、クラリスです。ローデイルのクラリス。ここに姉を探しに来ました」
「成程。やはりお前、この間来たあの小娘の妹だな」
その言葉に、クラリスの目が見開かれた。
「お姉ちゃん、ここに来たんですか!? あの、教えてください、今はどこに」
「死んだよ」
「え」
クラリスの表情が固まった。わたしたちは、目を逸らせなかった。
「もう一度言う。クララだったか? お前の姉は死んだ。お前たちが通ってきた門の前で虫の息だったよ。扉の前で死なれるのも寝覚めが悪いんでな……できるだけのことはしてやったが、どうにもならなかった。墓ならば簡単なものを裏手に作ってある。確認したければ案内はしてやる」
そう吐き捨てるように言って、ゴライアスは気怠そうに立ち上がった。そして俯いて震えながら、地面を凝視しているクラリスを一瞥もせず横切る。
「うそ、嘘だよね? お姉ちゃん……だって、帰ってくるって言ったじゃない……ねえ……」
「納得できぬなら墓の下を掘り起こせば嫌でも分かるだろうよ。勧めはせんがな」
ゴライアスの言っていることはわかる。ただ事実だけを淡々と説明しているだけだ。でも……。
わたしは意を決してゴライアスを見た。怖気が走った。わたしが見る前に、ゴライアスの夜空のように青い瞳は既にわたしを捉えていた。
「私を血が通わぬ人間だと思ったか?」
「……はい」
わたしは素直に頷いた。見透かされている。ゴライアスは面白いものを見たかのように、口角を上げて笑みを浮かべた。
「ふん、星見共も山を下りてから随分腑抜けたと見える。だが腑抜けを押し通すその意思は良し。小娘、授業をしてやろう。我ら星見は星の動きを読み、やがて星の奴隷となる。ゆえに我々に寄り添うのは星の運命のみと心得よ。孤独を恐れてはならない。失うことを恐れてはならない。なぜなら既に我々は失うことを運命により理解しているからだ。森羅万象は宙の元で不変にあらず。運命は受け入れなければならない。変化を拒んではならない! たとえそれが死であろうともだ!」
※創星雨はもともと《ゴライアスの星雨》という名前だったそうです。