村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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2章 大いなる意志と呪いの火
13.肉体の死、魂の死


 次の日から早速ゴライアスによる魔術の授業が始まった。

 ボルスさんは《大樹》の再誕の瞬間に間に合わないかもと心配していたけれど、ゴライアスは自分のもとの身体の状態が死体になった今もある程度わかるようで、その時が来たら転移魔術でみんなまとめて送ってくれるとのことだった。

 

 そもそも転移魔術なんて存在したんだ……。

 

 わたしたちは最初に案内された青い結晶だらけの部屋で、玉座であぐらをかいて座るゴライアスの前に3人並んで立たされている。さっきからずっと立たされたまま講義を受けてるのだけど、できれば座らせて欲しい。足が! 疲れる!

 

「魂を持った肉体を離れた場所に転送しようとすれば本来、肉体を再構成する際に魂ごと引き裂かれる。だが魂と肉体を分離し、魂のみを保全したまま転送し再構成した肉体へ再度吸着させることで擬似的な瞬間移動が可能となるという訳だ」

 

 な、なるほど~? ちょっと意味分からないけど。というか、転移魔術を使うたびに身体が消し飛んでるってことだよねそれ!? 大丈夫なのかな。

 

「ふうん、つまりあなたが肉体を捨てその人形で生き長らえているのもまた同じ理屈という訳ね」

 

 わたしが戸惑っている隣で、レナラは納得しているようで頷いていた。いやあ、この魔術結構怖くない?

 

「その通り、だが魂を全く異なる物体に吸着させるのは巨人の魂の強靭さあってのこと。到底人間が真似できる所行では無いことを覚えておけ」

「別に私はあなたと違って不死に興味は無いわ」

「小娘が。果たして老いてから同じ事をほざけるかどうか見物だな」

 

 ゴライアスが青い目を細めて意地の悪い笑みを浮かべた。

 レナラは興味ないって言ってるけど、実際にやったらどうなるんだろう? 気になったわたしは手を上げた。

 

「ゴライアス先生! 質問です! えっと、仮に人間が同じ事やったらどうなるんですか?」

 

 完全に授業の体裁なので、わたしはゴライアスのことを先生と呼ぶことにした。ゴライアスはほんの少し怪訝そうな顔をしたけれど、すぐに嘲笑うような笑みを返した。

 

「フン、死を遠ざけようとする素直さは実に愚かだなアヤノ。だが、その恐れこそがお前を研鑽させる。さて、答えだが……当然、魂が耐えられないだろう。良くて変質、悪くて消滅。どちらにしろ本来の人格は失われると思え」

「うわあ意味ない」

 

 わたしはげんなりした。まあ、今のところ不老不死になりたいとは思ってないけど……そもそもそんな風に寿命を越えて生きられる手段があるのならとっくに人間の誰かが試しているはずである。

 

「だが転移魔術はお前達人間でも到達できるものだ。意図的に魂と肉体を切り離す業はいずれ習得させる。それよりも先ず優先すべきは、お前達が星の輝きをどの程度己が物にしているかという事だ。杖を持ち外に出よ!」

 

 

 

 

 建物の外に出ると、相変わらずの雪景色だった。

 とりあえずわたしたちが今使える魔術のレベルを見たいということで、ゴライアスが見ている中でわたしたちは自分たちが使える魔術をあらかた披露することになった。

 

 レナラが曇り空に向けて《ほうき星》をかっ飛ばした時ですらゴライアスは眉ひとつ動かさなかったけれど、わたしが《桜吹雪》を出した時だけはなんだか変なものを見るように目を細めていた。ただそれだけで何も言われなかったので、たぶん怒っているわけではないんだろう。

 

 ただ、トリーナから教えてもらった《子守歌》だけは出さなかった。杖で片手が塞がる以上、他のみんなに耳を塞いでもらったとしても自分が眠くなるのが確定しているので、できれば使いたくなかったのである。この世界にも耳栓あればいいのになあ。

 

 クラリスはやはり眠れなかったようで目の下に濃い隈を作っていた。お姉さんが死んだのだから無理も無い。それでも無理にでもこうやって集中できることがあるのは、ただぼうっとしているよりは良いことなのかもしれないとも思う。

 

 そしてわたしたち3人が使える魔術をだいたい見せ終わると、ゴライアスがわたしたちを見回した。

 

「以上か?」

 

 わたしたちは頷く。ゴライアスの長い白髪が風に吹かれてはためくように揺れた。

 

「さてお前達3人に改めて問う。昨日の私が見せた星雨をその瞳に焼き付けて何を感じ取ったか答えよ」

 

 そういえばレナラだけは昨日のゴライアスの魔術に対して感想……もとい罵倒してたけど、わたしとクラリスは何も言っていないのだった。まあ、わたしは綺麗だと思ったくらいだけれど。

 レナラは昨日のことを思い出したのか、憮然とした表情になって腕を組んだ。

 

「何も変わらない。くだらない大道芸だと思ったわ」

「えーっと、綺麗だと思いました……」

 

 遠慮がちに言うと、ゴライアスはわたしを見て溜息をついてクラリスに視線を移した。

 アッ、これはダメなやつですね。

 

「クラリス、お前の答えを聞こうか?」

 

 クラリスはゴライアスの青い瞳からあからさまに目線を逸らした。何か言いづらそうにまごついている。

 

「なぜ黙っている?」

「その……」

「構わん、言え! お前程度の小娘がこの私を不快にさせられると思うな」

 

 ゴライアスは舌打ちした。どうやらクラリスはわたしとは違う感想を持ったらしい。そしてそれはきっとわたしのように肯定的なものじゃない、気がする。

 クラリスは意を決したように、隈をためた浅葱色の瞳でゴライアスを見つめた。

 

「……怖かった」

「ほう? 続けろ」

 

 ゴライアスが面白いものを見るように口角をつり上げたのが見えた。

 

「よくわからないけど、怖かったの。綺麗なはずなのに、なんだか恐ろしい物のような気がして……気のせいかもしれない。でも、見た瞬間にぞっとしたあの感覚は今でもあるの。あの光の糸の束が星だというのなら、私たちが見上げてる星って、本当は一体何なんだろうって……星は私たち星見を見守ってくれてるんだってお父さんとお母さんは言ってた」

 

 クラリスはつばを飲み込んだ。そして不安そうな顔でゴライアスを見て、改めて口を開いた。

 

「でも……本当に、そうなの?」

 

 怖かった、という感覚はわたしには分からなかったけれど、原初の星見であるゴライアスならクラリスの疑問にも答えられるのかもしれない。

 ゴライアスの表情を見ると、ひどく愉快そうに笑っていた。

 

「ハッ、星の遥か向こう側を垣間見たか。その答えはお前自身で到達せねばならぬものだ。だが、僅かな違和感でも良い。その疑問、決して忘れることなかれ。それこそが源流に到達する鍵のひとつでもあるのだからな。いいだろう! レナラ、クラリス、お前達2人こそが創星の魔術を継承するにふさわしい!」

 

 えっわたし、もしかして1人だけダメだったパターン!? 勝手に仲間だと思っていたクラリスに裏切られてしまったので(言いがかり)、おずおずと手を上げてゴライアスに質問する。

 

「あ、あのー、それだとわたしはどうすればいいんでしょう」

「放り出されると思ったか? 昨日私が言ったことを覚えていれば確認は不要な筈だがな。アヤノ、お前は暫し待て!」

 

 

 

 

「ということで、わたしだけゴライアスの試験に落第してヒマしてるってわけなの」

 

 ゴライアスはレナラとクラリスを連れて外で魔術指導をしている。

 わたしと言えば、言われたとおりに建物のエントランスでやることもなく、白湯を飲みながらボルスさんと駄弁っていた。魔術指導を見学しようと思ったけれど、継承者以外は見てはいけないとのことで追い出されてしまったからだ。

 

「ほう、つまりお主、星見の秘法をただ1人受け継げない事が悔しいのか?」

 

 ボルスさんはオブラートに包まずにぶっちゃけてくる。いや~、わたしは気にしないけど普通の14歳の子供ならそれ言われたら普通に傷つくと思うんだよね……。ほら、自分だけが劣ってるんじゃないか、とか思っちゃうじゃん。

 

「ううん、まあちょっとはがっかりしたけど悔しくはないよ。どっちかというと1人蚊帳の外なのが寂しいって所かな」

「お主は利口よの。まあ、そんなことで悔しがるような娘ではないことはなんとなく分かるがな」

「そお? まあわたし、自分がそんなに優秀じゃないってことは分かってるつもりだからね」

「……アヤノ、お主はもう少し己の評価を改めるべきだと思うぞ」

 

 ボルスさんはしかめっ面でそんなことを言う。

 

「わたしなんてレナラに比べたら凡だよ凡」

「そこよ、お主はなぜ事あるごとに己とレナラと比べる? 我らはまだ付き合いは浅いが、お主はレナラを立てようとしすぎておるように見える」

「凡人が天才を立てることは悪いことではないと思うけど……」

「そのような形もある。が、お主にはその思考に至るまでにあるべき苦悩がまるで感じ取れない。アヤノ、何をそこまで諦めておる? 儂はお主のことを勇敢さと優しさを併せ持つ得がたい友だと思っているがな」

 

 照れるぜ。でも、諦めている? そうなんだろうか。確かに、わたしはこの二度目の人生を厭う時がある。元々死んでるんだからまあいいか、みたいな。そしてそのたびにレナラがいるから、生きる方向に引き戻される。あの坑道で怪物と戦った時もきっとそうだった。

 

「……わたしは、きっとレナラのために生きているのかもしれないね」

「他者を尊重するのは良い。だがまずは己のために生きよ、アヤノ。レナラと共に生きて行きたいなら、それが必要だ。過ぎた献身はいつかお主たち自身を苛むぞ」

「今日のボルスさんはなんだかお節介だね」

「はて、お主のそれが移ったのかもしれぬな」

 

 ボルスさんは皮肉気味に笑った。言うほどお節介かな? だって友達には優しくするものでしょう。ボルスさんはわたしと似たような立場で失敗したことがあるのかもしれない。

 

「ボルスさんもそういう風に悩んだことある?」

「さあな、だが、何事も確固たる己あってこそよ。儂とてゴライアスか大樹だと分かった時の衝撃は計り知れぬものが有った」

「確かにいきなり目の前にお母さんが現れたら焦るよね。ああ言われても事実、ゴライアス先生の身体からボルスさんは生まれたわけでしょ」

「先生? そう呼ぶよう言われたのか」

「ううん? でも魔術を教えてくれるなら先生って呼ばなきゃでしょ」

 

 隣に座っているボルスさんはなぜか苦笑すると、正面にある窓の外を見た。

 代わり映えのない、木も地面も白に染まったどんよりとした景色だった。その向こう側にはボルスさんの生まれた故郷がある。

 

「……そうだな。我らトロルは母なる大樹、そしてそれに連なる巨人たちは何よりも偉大であると疑わなかった。だが、巨人もまたこの狭間に生きるにひとつの生命に過ぎないのだ。考えてみれば当然よな。我らを生み出したからと言って、過度に神格化して幻滅するほど愚かなことはあるまいよ」

 

 ゴライアスは尊大だけれど、それでも俗っぽく面倒見が良さそうな1人の人間にしか見えない(身体は人形だけれど)。ボルスさんはもしかすると、ゴライアスにもっと超然とした神的な神聖さを求めていたのだろうか?

 

「正直、ゴライアス先生にああ言われてショックだった?」

 

 母親に認知されないというのはまあ、ちょっと傷つくだろうな。

 

「お主が今、ひとり除け者にされたことに落ち込んでいる程度には、な」

「なにそれ~」

 

 要するに大して傷ついてないってことじゃん。

 ボルスさんは笑った。わたしもちょっとだけ面白くなって、つられるように笑った。

 

「何から生まれようと儂は儂であり、歩んできた道筋まで変わる訳では無い。アヤノ、己が歩んだ道筋はお主だけのものだ。儂は友にそれを卑下して欲しいとは思わぬよ」

「要は自分に自信を持てってこと?」

「そうさな、お主はもう少し自信過剰になるくらいが丁度良い。レナラほどとは言わんがな」

 

 あれはあれで羨ましいけどね。ただ、友達がそう言ってくれるのなら、それも悪くないのかな。

 

「わかった。ボルスさんがそう言うなら、ちょっとくらい自分のことを凄いって思ってみることにするよ」

 

 それからわたしとボルスさんは旅先で見たものについて色々と話をした。

 ボルスさんが行ったことのあるという狭間の南東、ケイリッドにはたくさんの竜が住んでいることとか、透き通るように綺麗な湖があることとか、わたしの知らない土地の話は聞いているだけでも楽しかった。

 

 やがて玄関扉が勢いよく開け放たれ、冷たい風とともに3人が戻ってきた。

 そしてゴライアスはわたしに一直線に近づくと、屈んで目線を合わせてから指で強制的にわたしの顎をしゃくりあげた。

 

「アヤノお前、この私に対して己の力を隠すとは良い度胸をしているな?」

 

 えっ、もしかして《子守歌》を使わなかったことがバレた?

 はっとしてわたしは冷や汗をかきながらレナラを見た。レナラはばつの悪そうな顔をしてわたしから目線を逸らした。ああ、レナラが喋ったのか……でもなんでだろ?

 

「いや、あの、それには深い理由がありまして……さっき見せなかった魔術は確かにあって、人を眠らせる魔術なんですけど、それ使うとわたし自身が寝ちゃうから使いたくなかったんです」

 

 わたしの答えにゴライアスは舌打ちした。

 

「小娘らしい短慮な理由だ」

「ごめんなさい先生」

「そんなことは問題ではない。おい、今ここでその眠らせる魔術とやらを使ってみろ」

「わ、わかりました。じゃあみんな、耳ふさいでてね、先生も。あとわたしが寝たら起こしてくださいね」

 

 わたしは傍らに置いた杖を構えた。みんなが耳をふさいだのを確認する。でも、ゴライアスだけは何もせずわたしを見下ろしていた。

 

「この私がそんな低俗な魔術に掛かると思うか? 早くしろ」

 

 ええい、ままよ。わたしは旋律を歌った。一瞬でわたしの意識が朦朧となり視界がぐらつく。

 バン! 爆竹が破裂したような大きい音がした。わたしは夢の世界に行く一歩手前で覚醒した。

 眠気が吹っ飛び、ゴライアスが杖をこちらに向けているのが見えた。

 

「成程、術者ごと眠らせるとは寵愛者を小馬鹿にしたあの女らしい魔術だ。―――おい、見ているのは分かっているぞ!

 

 ゴライアスが誰もいない方向を見て怒鳴った。するとその空間が歪んで、白い靄が人型を形成してやがてひとりの女の子が現れた。

 

「あら、私はできるだけ干渉しないで楽しんでいたというのに、下世話な人ね」

「トリーナ……」

 

 坑道の医務室でうなされていた時に出会った、修道女の姿をしたトリーナがそこにいた。

 にこにこと余裕のある柔和な表情は崩さずに、それでも人間離れした薄紫の瞳がゴライアスを冷たく見据えている。

 

「チッ、アヤノお前、厄介なものに憑かれおって。唯一平凡かと逆に安心したものだが、お前ら3人揃って一体どうなってる?」

「厄介だなんて酷いわね。私はこの子を見守りたいと思っているだけなのに」

 

 背筋がぞわりとする。トリーナの声が突然私のすぐ後ろから聞こえたからだ。

 一瞬にしてトリーナが背後に瞬間移動していた。これが転移魔術? 

 

 やがてトリーナのほっそりした冷たい指がなまめかしく動き私の肩を揉んだのが分かった。ぶるりと身体が震えた。この子、いい人なんだろうけどなんかスキンシップが生々しくて気持ち悪いんだよな……。

 

「数えきれぬ人間を破滅させた身で何を言ってるこの馬鹿は? この小娘は今日より私の預かりとなった。お前の所有物ではない。退け、トリーナ。所詮夢の中で運命の死を恐れ震えることしかできない愚物が」

「あら、人形に魂を移してまでご自慢の魔術を守りたがる貴方の可愛らしさには負けるわ。そうね……良い機会だから、今回ばかりはあなたに忠告しておかないと。この子の魔術を矯正させるような真似は許さないわ」

「矯正だと?」

「ええ、貴方があの花吹雪を見て何を感じたか知らないけれど、この子の持つせっかくの美しさがあなたによって損なわれたら嫌だもの」

「ハッ、何を心配しているのかと思えばくだらぬ。仮にその小娘にそんなものがあったとして、それが損なわれるとしたらお前のせいだろうよ! 人間を誘惑し己に囚われさせ、意のままに操るお前のような売女が言えたことか」

 

 ゴライアスとトリーナはわたしを挟んで煽り合っていた。どうでもいいけど、わたしをこの挟まれたポジションから開放して欲しい。

 わたしは遠巻きにこちらを見ている3人に目線を移して助けを求めた。クラリスとボルスさんは困ったような、心配しているような顔でわたしを見ていた。うん、心配してくれるだけで嬉しいよ!

 レナラはなんだか興味深そうな顔でトリーナのことを見ている。そういえば前に、レナラはわたしがトリーナに会った時の話を楽しんで聞いていた気がする。トリーナの魔術に興味があるのかな? 

 姉妹の絆より魔術的興味を優先するレナラに涙を禁じ得ない。まあ、それでこそレナラである。

 

 目線を後ろにやってレナラと同じようにトリーナを見る。

 トリーナはしなをつくり、口角を上げて壮絶に笑っていた。

 

「下品な言い草ね。長生きしすぎて性根が歪んでしまったのかしら……それにこの子にそんなことはしないわよ? 今までだって何もしていないもの。ね、綾乃」

 

 一転、トリーナはにっこりと笑って私の顔を覗き込んだ。人間離れした薄紫の瞳は相変わらず吸い込まれるようなぞっとする魅力がある。わたしは少し目を逸らして話題を変えることにした。

 

「あっ、そういえば怪我治してくれてありがとう」

「あんなのは恩のうちに入らないわ。貴女の見せてくれた花吹雪に対する対価に過ぎないのだから、ね。尤も貴女が望むのなら、()()()()()()()だってしてあげるけれど」

 

 トリーナは艶っぽく微笑んだ。同い年くらいの見た目でいちいちアダルトっぽい雰囲気出してくるの、普通に怖い……。

 

「う、うーん、今は特に何も困ってないから大丈夫かな」

「あら、無欲なのね。でも貴女のそんなところも好きよ。私のあげた杖や魔術も律儀に使ってくれているようだし」

 

 今度はくすりと子供っぽく笑った。性格の悪い大人のような煽り合いをしたと思えば、こうして年相応の顔も見せる。相変わらずトリーナの印象はあやふやだ。

 あとごめん、できれば今は帰って欲しい。今のこのポジション、ものすごく肩身が狭いんだよね。

 

「アヤノ、そんな杖はさっさと燃やしてしまえと言いたいところだが……その色欲に脳がやられた淫蕩馬鹿と事を構えるのも不毛極まりない。殺しても死なん幻影のようなものだからな。相手にするだけ無駄だ」

「あら、それが分かっているのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「チッ、さっさと去れ。臭いんだよお前は。その腐ったスイレンの臭いをこれ以上まき散らすな」

「この香りの甘さが分からないだなんて勿体ないわね。綾乃、わたしはいつでも貴女を見ている。それを忘れないでね」

 

 トリーナが私の耳元で囁くと、次の瞬間に身体が靄になって霧散した。

 坑道の医務室で嗅いだような柔らかなユリの香りが漂っていた。ゴライアスは不快そうに空気を手であおっていた。

 

「トリーナ……奴の正体を知っているか? 肉体どころか魂の死をも退けるために宵闇の眷属どもを殺し続けた狂った古の聖女。その末が生きてもおらず死んでもいない狭間の亡霊に成り果てた愚者だ」

「亡霊……?」

「奴の肉体も魂も本来であればとうに滅んでいる。滅びたくないという妄執が生み出した幻影。元の人格などとうに失われ、本能と欲望によってのみ行動する。最早奴はああして人間を誘惑することでしか他者と関わりを持つことができない。哀れだとは思わんか? アヤノ、レナラ、クラリス、よく刻み込んでおけ。あれこそが人間が運命の死から逃れようとしたその結末の1つであると」

 

 ゴライアスは嘲笑って私達を見回すと、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 

「だがまあ、私も奴を笑えんか……」

「えっ?」

「フン、死を超えるなどと考える者は何れも愚か極まりないと言うことよ。まあ、あんな物でも利用価値はある。せいぜい魅入られない程度に利用することだ。だがアヤノ。一つ忠告しておく。奴にけして何かを望むな。願うな。その瞬間に奴は致命的な対価を求める。そうして奴は寵愛した相手を悉く破滅させてきたのだからな」

 

 それはまるで悪魔のようなあり方だと思った。ただ、トリーナの誘惑するような態度と、出会う人によって見え方が違うというのは確かにそう言っても差し支えないような気がした。

 まあ、今みたいなエロい方面で誘惑されても大して魅力的には感じないので、大丈夫な気がする。

 

 ていうかそれより、いつもわたしを見てるとか言ってたけどストーカーじみてて少し怖いんだよな……。なんかねっとりしてるし。

 

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