「う、うおおおお!」
あれから何日か経って、今日も今日とて朝から夜まで魔術の修行にあけくれている。
建物の外にある、雪がまばらに降り積もった広場。レナラとクラリス、ボルスさんが見ている中、わたしはゴライアスの前で魔術理論的には全く無意味な気合いの叫びを発して力みながら杖を掲げた。
杖の先から光る桜の花びらが群れを成して飛んだ瞬間、それが拡散しないように、花びらを優しくこねるようなイメージを保ち続ける。すると花びらたちは塊となってぐるぐるとわたしの周囲を回り始めた。
よし、今までは大ざっぱに桜吹雪を出せるだけだったけれど、ゴライアスの指導によって桜の花びらの群れをある程度自在にコントロールできるようになってきた。
やったあ、これで芸の幅が広がったぞ!
「その魔術、ただの目眩しだけではなく他にも応用できよう。アヤノ、お前は幻惑の魔術に光る物がある。星光を変質させ書き換えるということは、すなわち幻を作り出しているに他ならない! そして幻とは相手の精神に干渉し喰らうということを意味する」
わたしはゴライアスに頷き、杖を横に振りかぶった。ここからが本番だ。
「《桜の鞭》!」
唱えると、わたしの周囲を大人しく回っていた花びらの塊が杖先に引き寄せられ、ぐねぐねと変形し、蛇のような紐状の光の鞭の形を取った。
「いきます!」
そしてわたしはそれを思いっきり横薙ぎにした。
桜色に光る鞭がまったく身構えていないゴライアスに直撃するが、ややのけぞっただけで傷ひとつ着いていない。
それはそうだ。この魔術に攻撃機能は備わってない。もともとこの桜の花びらたちには何の効果も無い。それはわたし自身が一番わかっている。
それでも、わたしの中で少し元気を取り戻したような感覚があった。暑い日に喉が渇ききった時、炭酸をガブ飲みしたときの気分に似ている。
おそらく鞭を通して、魔術を使ったときに減る《精神力》が回復したのだ。やった、成功した!
わたしは思わず両手でガッツポーズしながらゴライアスの顔を見た。
「先生! 今、精神力が回復した感じありました!」
「そうだ、ゆえにお前の魔術は精神力を削り取る! その感覚を忘れるな。魔術の徒であろうが、戦士であろうが、精神を喰らわれれば容易に業を練ることはできない。アヤノ、お前はそれを大道芸だのとのたまっていたが、己の魔術の深奥を見誤る愚かさを脳に刻みつけよ! 魔術の本質を理解できぬ愚者に、星光の源流を追究する資格など有りはしないのだからな」
とりあえず自分の使っている魔術のことを簡単に分かったつもりになるなということかもしれない。
「ごめんなさい。これからは何となくじゃなくて、もう少し頑張ります」
「原初の星見の薫陶を受けてなおその態度、気に入らんな。全力で追究すると応えるのが当然であろうが。お前、魔術がそれほど好きじゃないだろ?」
「星を見て《占星》するのはそこそこ好きですよ」
星光の源流、と言われてもわたしにはよく分からない。星空を見てもただ綺麗だと思うだけだ。
そして魔術はただの便利な技術にすぎない。そう思っているからこそ、ゴライアスの「試し」にただ1人落第しているのだろう。
「そうやって論点をずらしやり過ごそうとする所が気に入らんと言っている。まあ確かに、かつて私に連なった凡百の星見どもには魔術のみに傾倒するなと教えてはきたがな。だがそれは無才であろうと杖を折る理由にはならぬという戒めに過ぎなかった」
「それでも魔術の才能が無くてもできることがあるなら、それは素敵なことじゃないですか。だからわたしは占星術を気に入ってます」
魔術の才能に寄らない評価軸があるという点が、わたしが星見でい続ける理由のひとつでもある。
それは、前世より生きる力そのものが重視されるこのファンタジー世界において優しい在り方だと思うからだ。
「そんな温い理由でこの私がそうしたとでも?」
「たとえ先生がそう思ってなくても、わたしはそう思います」
わたしはにっこりと笑って見せた。村の大人たちが杖で使う魔術より、星を眺める占星術を重視していた理由がゴライアスの教えにあるなら、それはとても良いことである。
「口の減らん小娘が。それほど占星術が好きだと言うのならば星より運命を読み解く手法を改めて叩き込んでやる。今日の夜からは静かに眠れると思うなよ?」
ゴライアスはシニカルに笑みを浮かべながら、尊大にわたしをその夜空のような瞳で見据えていた。この人はやっぱり面倒見が良いんだと思う。
「レナラ! クラリス! お前達も今日の深夜より星を見る準備をせよ!」
「当然ね」
「は、はい……」
ゴライアスが声を飛ばす。レナラはけろっとしていたけれど、クラリスは既に頭を使いすぎて疲労が限界を迎えていそうだった。目の下に隈を作ったままの顔で緩慢に頷いている。
わたしはもともと覚えている魔術をブラッシュアップしてもらっているだけなのでそこまで負担はないけれど、原初の星見の魔術を叩き込まれているクラリスとレナラの負担はわたしと比べものにならないだろう。
そしてふとわたしは、ついこの間、この《桜吹雪》の魔術をどこで覚えたのかをゴライアスから質問された時のことを思い出していた。
わたしは困った。だって、なんかいつの間にか使えてたんだもん。桜のある風景って好きだったし、もしかして魔術を使えばそれを再現できるんじゃないかなって思ったのが始まり。
で、完成してそれをレナラに見せたらめちゃくちゃ凄いって褒められたんだっけ。
星の光をここまで変質させて、なおかつ安定化させるなんて「何となく」じゃできないんだとか。そしてゴライアスにも似たようなことを言われた。
「フン、それにしても何となくでこれほど星光を歪めるとは。
「え~、そんなにわたし面白いですか?」
ほんの少し声が上ずる。おもしれー女って言われるのは悪い気分じゃないけど、何となくやってるだけのことでそこまで面白がられるのもなんだかむずかゆい。
そんなわたしを見て、ゴライアスは嘲笑いながら見下ろしてきた。
「つまり珍獣扱いということだ。それほど嬉しいか?」
「ひどい……」
「アヤノ、お前の弄ぶその花吹雪は源流への冒涜に等しい。だが何故そんなものを生み出したかは聞かぬ! どうせ深い理由は無いのであろう。只1人で十分だが、お前のような星見が居ても良い。我が創星の魔術を受け継げなくとも、お前は存分にその冒涜を追究せよ。その多様性の末に我ら星見の探究は新たな段階へと移る」
「た、ただ杖から花びら出してるだけですよ、わたし」
「お前の認識などどうでもよい。その啓蒙により出力された成果のみが真実だ」
いや絶対そんな大した魔術じゃないってばこれ。
褒めてるのか、それとも貶してるのかよくわからないゴライアスに対して、わたしはただ流れで頷くことしかできなかった。
※
ゴライアスが予告したとおり、魔術指導は日が落ちてからも容赦なく続いた。むしろ星見にとっては星空が出る夜の時間の方が本番なのでそれはそれでいいのだけど、問題はさっむいさっむい雪山の屋外授業だということと、その内容の難解さとボリュームの膨大さだった。
この満天の星空の中から48個の星を繋げて、それをさらに繰り返し3次元的に重ね独自の星座を作り一個人にフォーカスした詳しい運命を導くなんていう謎の理論を説明された時は頭が痛くなったし、ひとまずの宿題として4桁にのぼる見たこともない星座(運命を導くための例題)を覚えさせられ始めた時は地獄かと思った。
「こんなの覚えられるか~!」
わたしは寝室のベッドの上で、星座が書き込まれた羊皮紙の山を広げながらぶっ倒れた。でも、一個人の運命を導くとはある意味未来を知ることに近いのだから大変であるべきだとも思う。
村で教えられた占星術では、そんな方法は教えて貰えなかった。運命の線というのは対象がより細かくなればなるほどその具体性を失うと教えられたからだ。だからこそ運命を読む対象は大まかな土地や家であることが多い。
とりあえず今日は寝てしまおう。羊皮紙の山を床に除けて毛布を被り目を閉じる。
「……眠れん」
瞼の裏側に色んな形の星座が瞬き全く眠れる気がしない。ザリガニ座ひとつだけで解釈の方法が128種類あるっていったいなにごと? あー、夢にザリガニが出てきそう。
逆に目が冴えてきてしまう。わたしは観念して起き上がり少し歩くことにした。
ずらりと壁並ぶ燭台の火のおかげでやや暖かく明るい廊下をひとり歩く。
この燭台は《火の祈祷》を利用して点火しているらしく基本的に消えることがないらしい。わたしも火の祈祷、使いたくなってきたなあ。
あてもなく歩いてエントランスに着く。いっそ外を散歩しに行こうかと大きな玄関扉に向かおうとすると、扉が重い音を立てて内向きに開いた。
「あれ、クラリスも起きてたの?」
外から帰ってきたのはクラリスだった。寒い中それなりに歩いてきたのか、頬がほんのりと赤くなっていた。クラリスはわたしの姿を認めると、ばつが悪そうに目を少しだけ逸らした。
「……うん、ちょっとね。アヤノも眠れないの?」
「勉強しすぎて頭の中がザリガニだらけになって眠れなくなったんだよ」
「アハ、なにそれ。でもその気持ちわかるかも。覚えること、沢山あるもんね」
大げさに肩を落とすわたしに、クラリスはくすりと笑ってくれた。ウェーブがかった金髪が揺れて、雪の欠片が肩に落ちる。
「髪に雪ついてるよ」
「あ、うん……。ありがとう」
わたしはクラリスに近づくと、手を伸ばし髪を梳いて雪を落とした。さらりとした絹糸のような手触りが残った。燭台の赤みがかった光に照らされるクラリスの顔は、相変わらず疲れ切っていて歳不相応の険しさがある。
この子はまだ14歳の女の子なのに、両親も姉も失ってただ1人になってしまった。そして今、いったいどれだけの悲しみを抱えているのだろう……。
「……アヤノ、どうしたの?」
「ねえ、クラリス。正直さ、ゴライアスの魔術の修行きつくない?」
わたしは軽く笑いながらそんなことを言った。クラリスの悲しみには寄り添えないけれど、修行に関しての愚痴であれば気軽に共有できると思ったからだ。
そもそもクラリスがどう見ても疲れ切っていたのが気になっていたこともあるし、その重荷を少しでも軽くしてあげられないだろうか。
「うん。でも……頑張らないと。ゴライアスはどうしてか分からないけれど、私なんかに凄い魔術を教えてくれてるんだから、その期待は裏切りたくないの、私」
クラリスはやや伺うようにわたしをの顔を見ながら、力なく笑った。
「それに……お姉ちゃんがここに来た理由もそれだったなら、たとえ私が力不足だったとしても、投げ出したくない……」
はっとした。そうだ、クラリスのお姉さんもゴライアスの創星の魔術を求めてここに来たんだった。こんな誰も聞いていない場所なのに、弱音のひとつも言わないクラリスは強すぎる。
14歳のときのわたしなんて、遊ぶこと以外何も考えてない中学生だったように思う。
重荷を軽くしてあげたい、なんて余計なお世話だったかもしれない。
クラリスのそれは狭間というファンタジー世界に生きているからこそ備わっている死生観であって、きっとクラリスだけがそうであるわけではない。けれど死が日常ではない現代日本に生きていたわたしがそれを正面から受け止めれば目が眩む。
わたしの精神がいかに浅く幼いのか思い知らされるからだ。
ボルスさん、わたしが凄いなんて自分じゃとても思えないよ。
「凄いね……クラリスは」
「えっ?」
「わたしなんて、こんなのやってられるかー! ってすぐ思っちゃうもん。今だって覚えることがありすぎて、イライラしちゃったからこうやって気晴らしに歩いてる。きっと創星の魔術を教わってるクラリスとレナラに比べたら、大したことはしてないのにね」
わたしは意外そうに目を見開いているクラリスの顔をまっすぐ見た。
「ねえクラリス。だから、私なんか力不足だから、なんて思わないで。あなたは自分が思ってるよりずっと強いし凄い。たとえクラリスがそれを信じられなくても、わたしはそう思ってるよ」
するとクラリスは悲しそうに目を伏せた。そしてわずかに身体を震わせていた。えっわたし何か変なこと言ったかな!?
「……どうして」
「……?」
「どうして、あなたはそんなに優しいの!? こんな私みたいなっ、あなたたちについてきただけの私が、助けられてなければ死んでただけの私がっ! あなたを差し置いて星見の秘法を教えられているのに! なのに、あなたはなんで何も言わないの!? 私はあれからずっと、どれだけ酷いことを言われてもいいって、叩かれても、殴られてもしょうがないって、覚悟してたのにっ!」
クラリスはわたしを涙目で睨み付けた。
「ねえ……なんでそんな風に、私に接してくれるの……? 私が、可哀想だから? 家族を失った私が、哀れだから?」
違う。わたしは確かにクラリスを可哀想だと思っていたかもしれないけれど、そうじゃない。
ただそれでも、わたしの言葉はひどくクラリスを傷つけてしまったようだった。
ボルスさんはわたしのことを利口すぎると言った。
確かに私の在り方は14歳の小娘のそれじゃない。だって、前世で生きていた人生が確かにわたしの魂には焼き付いているから。子供らしい嫉妬による暗い感情をわたしは持つことができない。
そうでしょ? わたし。とっくに死んだ人間が、何かを成し遂げたいだなんておこがましい。だからこそ今、人のために生きているのだから。
「ううん。ただそうしたいから、そうしてるだけ。わたしは凄い魔術を覚えて偉大になりたいわけじゃない。ほら、こんなお気楽な性格だからさ、なれないのもわかってるし。周りの人が笑顔で楽しくいてくれれば、わたしはそれで幸せなんだ。だからわたしは今レナラと一緒にここにいるの」
クラリスの目が揺れた。信じられないというふうな顔だった。
「ねえ、時間はかかるかもしれないけれど……クラリスとも楽しくやっていけるなら、わたしも嬉しいなって」
「そんなこと……いきなり言われたって……」
ためらうように言うクラリスにわたしはできるだけ柔らかく微笑んで、手を差し出した。
「わたしたち、友達になれないかな? 楽しくない駆け引きなんて、やってて疲れるだけだよ」
クラリスは今度こそ鼻をすすりながらぼろぼろと泣いてしまった。そして震える手で、私の指を力なく握ってくれた。前とは違う、柔らかくて、暖かい感触のする手だった。
「アヤノ、あなたって本当に、ずるい。そんなふうに言われたら、1人で悩んでた私が本当にバカみたい……」
「少しは元気出た?」
わたしは軽口を叩きながら笑みを浮かべた。まあ、ちょっとだけ大人らしいズルをするのは許してね。
クラリスは泣き笑いしながら涙をぬぐって、赤い頬のまま鼻をすすった。
この子の本来の優しさが垣間見えて、わたしはクラリスともっと仲良くなりたいと思った。
「ふふ、本当にレナラが言ってたとおり。アヤノほど凄い星見は居ない、ゴライアスは見る目が無いって言ってたけど、私も今、その理由がわかった気がする」
「えっ、レナラそんなこと言ってたの?」
わたしは首を傾げた。レナラぁ、姉妹だからってそんなわたしのこと盛らなくてもいいんだけど……。
「うん。ゴライアスがアヤノのことを平凡だって言ったらね、いかにアヤノが凄い魔術を扱うのかをもの凄い勢いで喋ってたよ」
「あ~、もしかしてわたしが《子守歌》使わなかったことがバレたのってもしかして、その流れでレナラが喋っちゃったのか……」
「あっ、レナラもしまったって顔してたから、悪気は無かったはずだよ」
「だろうねぇ。ね、クラリス。レナラってわたしのこと過大評価気味だからあまり気にしないでね」
そう言って苦笑いすると、クラリスは気の毒そうに小さく笑ってから溜息をついた。なんで?
「うん。レナラも苦労してるんだね」
「えっ、逆じゃない? 苦労してるのわたしじゃない? ねえねえ」
「本当にそうかなあ。あなたたち、ほんとにいい姉妹だね」
クラリスの涙はいつの間にか消えていた。そしてその跡には優しげな柔らかい笑顔だけがあった。
「むー、なんか納得できない。レナラの日常の言動で苦労してるのはわたしなはずなのに」
「そうなの?」
「そうだよ。だってあの子、いつも初対面だろうが目上の人だろうが気に入らなければ煽るんだもん。ゴライアス先生に初めて会った時もそうだったでしょ? だからいつも大丈夫かなあってドキドキするんだよね……」
「フフッ、苦労してる割には楽しそうに話すんだね。アヤノ」
「えっ、そんな風に見えた!?」
お互い様の姉妹だとは思ってるけど、レナラのそういう性格を楽しんでいる自分がいるだなんてまさかあ。思わずわたしは自分の頬を触って変な表情をしてないか確認してしまう。うん、別にニヤついてはいない。大丈夫大丈夫。多分。きっと。
「ううん、勘だよ。でもそんなに慌てるなら、心当たりはあるのかなぁ~?」
クラリスは意地悪そうにわたしの顔を覗き込みながら微笑んだ。ちょっと待って、クラリスこんな性格だったの?
「ひ、ひどいよぉ……」
「さっきのお返しだよ」
完全に根に持たれている。ごめんて。
「ほ、ほら、一発芸見せるから、桜吹雪見せてあげるから許して。って、杖無かった」
「アハハ! アヤノ、そんないきなり旅芸人みたいなこと言わないでよ。それにそんな小さな子供相手にするみたいに、おかしいってば」
杖が無いので仕方なくろくろを回して機嫌を伺うわたしを見ながらクラリスは爆笑していた。だってェ……わたしの特技なんてこの曲芸しかないんだもん!
わたしは思わず頬を膨らませて抗議の構えを見せた。クラリスはなぜかツボに入ってしまい今度は口に両手を当てながら笑いを堪えはじめた。
「くすくす、芸を見せる方がそんな子供みたいな顔して、さっきはあんなに大人っぽかったのに……アハハ、おっかし。―――でも、アヤノのあの花吹雪はすごく綺麗だよね。自分で考えた魔術だって聞いたけれど、本当なの?」
ようやく笑いやんだところで、クラリスが興味深そうにわたしの目を覗いてきた。
「うん、レナラやゴライアス先生にも言ってるけど……本当になんとなく作った魔術なんだよね。桜って言って、ええと、前世っていうのかな。昔住んでたところにたくさんあった樹の花びらなんだ。満開の桜の樹って本当に綺麗なんだよ。だから綺麗って言ってくれるのは嬉しいな」
「レナラが言ってたけれど、アヤノは生まれる前の記憶があるって本当なんだね」
「うん。信じられないかもしれないけど」
レナラとゴライアスはあっさりと信じてくれたけれど、全ての人がそうであると思うほどわたしはお気楽ではない。それでも、クラリスは首を横に振った。
「信じるよ。そのくらい、ぞっとするほど美しい魔術だったから」
「そ、そう?」
クラリスは真っ直ぐにわたしの瞳を見つめながら確信したようにそう言った。わたしはその迫力に少しだけのけぞってしまった。
「でも……」
「えっ?」
「ううん、なんでもない。ねえ、アヤノ」
一瞬だけわたしから目線を外して、クラリスは佇まいを直した。ぱっちりと開かれた浅葱の瞳は、相変わらず優しげな色のままわたしを見つめていた。
「うん」
「こんな私と友達になってくれて、ありがとう。でも、だからこそあなたも辛いときがあったら、私にそれをぶつけてね。私が今、あなたにそうしたように」
今度はクラリスが両手で私の右手を包み込むように握った。
「約束だよ」
「うん、わかったよ。クラリス」
わたしはただその言葉に頷いて答えた。その声音にはほんの少しだけ必死さのようなものが見えたけれど、その理由がついぞ今のわたしには分からなかった。
※
それから7日後。
ボルスさんを含めたわたしたち4人は朝起きるなり、ゴライアスの下へ呼ばれた。
ゴライアスはいつも通り尊大に、輝石で出来た玉座に足を組んで座りながら言い放った。
「新たな巨人が生まれる時が来た。支度をせよ!」
《桜の鞭》
桜の魔女が用いたという古い魔術
桜の花弁の群れを鞭とし、前方になぎ払う
触れた者のFPを奪い、のけぞらせ
己の糧として吸収する
連続使用することで、鞭は左右に打ち払われる
足を止めずに使用できる
桜の樹とは葦の地にあり
淡い桃色の花を咲かせることで知られる
だがこの花はより鮮やかに紅く
残り香は血のようにどろりと甘い
桜色とは、人の臓腑の色である