村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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16.祭りのあと

 《再誕》の儀が終わったその日の夜。キャンプファイヤーのような巨大な焚き火が山嶺のそこら中で燃やされていて、雪山の上なのにほとんど寒さを感じないし暗くも無い、不思議な夜をわたしは体験していた。

 夜なのに暗くないなんて思ったのはいつぶりだろう。

 

 そしてトロル達のお祭り騒ぎが始まっていた。

 みんな岩をくりぬいたらしきごつごつしたドラム缶くらいの大きさの器を持って、お酒らしき麦色の液体を口から流し込んで上機嫌に話していた。別の場所では肩を組んで歌っていたり、合いの手を入れられながらふらふらと踊っている人もいた。焚き火の上ではわたしを丸呑みできるくらい大きな動物が丸焼きにされまくっていて、そこだけ見るともう完全に蛮族のお祭りだった。

 ルーンベアの熊肉が振る舞われた時はマジかぁと思った。あんなヒグマを3倍くらい大きくした熊を倒せるなんて、さすがトロルは人間と性能が違う。

 

「おうヒトの姉ちゃん! こんなチンケな成りでこの山頂まで来るなんざいい根性してやがる。どうだ一杯やらんか? うめェぞ俺らトロル自慢の火酒は!」

「あっあっ、わたしまだ14歳なので大丈夫です……」

 

 わたしと言えばべろべろに酔ったトロルの1人に絡まれつつ全力で両の掌を構えて愛想笑いしていた。火酒ってアルコール度メチャクチャ高いヤツだよね……? 大人ならとともかく、まだ子供の身体のわたしが飲んだら多分ぶっ倒れると思う。

 

「俺らなんて生まれた時から酒飲んでたぜ。最初に水代わりで飲まされるのがこの酒だもんよ! なあお前ら!」

「違えねえ」「俺たちの血は酒でできてっからなあ」

 

 顔を見合わせながら赤い顔でガハハと笑って新しい会話を始めたトロルたちを伺いながら、わたしは隙を見てその場を忍び足で離れた。

 トロルたちが岩のジョッキ片手に行き交う人混みを潰されないようにスルスルと通り抜けながらレナラやクラリスを探す。お祭り騒ぎを眺めながら適当にほっつき歩いていたらはぐれてしまったのである。

 

 やがてひとつのキャンプファイヤーの前でふらふらよく分からない動きをしているクラリスが見えた。

 もしかして、踊っているつもりなんだろうか……。そして周囲ではトロルたちが珍しい見せ物を見るように合いの手を送っていた。

 

 うわぁ。わたしは思わず小走りに近づいてクラリスの手を取った。

 

「クラリス! あなたお酒飲んだでしょ」

「ちょ、ちょっとくらいいいと思ってぇ……えへへへ」

 

 クラリスは赤い顔で目尻を下げてにへらと笑った。駄目だこれ。完全に出来上がってるよ。

 

 お酒は20歳になってから! っていうのはまあ日本の話だけど、ファンタジー世界だろうと14歳でお酒飲んでたらちょっと危ないって。クラリスただでさえ喘息気味なんだし。ちょっとくらいならいいかもだけどさ。

 

「ダメだってば。トロルのお酒なんてどう見ても人間用じゃないんだから」

「えぇ~? レナラだって飲んでるのに……私ばかり怒られるなんてずるい!」

 

 クラリスは赤い頬を膨らませてぶーたれはじめた。完全に年頃の子供に戻ってしまったクラリスを見て溜息をつきながらふと気づく。待てよ。

 

「……え、もしかしてレナラも飲んだの?」

「うん、そこにいるよ~」

 

 へらーっと笑いながらクラリスが緩慢な動作で明後日の方向を指さした。そこには体育座りをしながらぼうっと焚き火を見つめているレナラがいた。こっちは完全にダウンしてるじゃんか!

 

「ちょっと! なんでレナラまで酔いつぶれてるのよ」

「舐める程度よ」

「あのさあ、顔真っ赤だよ……」

「気になるでしょ……巨人の酒なんて、二度と飲めないかもしれないのだし……」

 

 レナラは限りなく目を細めてわたしを見ながら船をこいでいた。本当に舐める程度でこんなふうになってるならレナラはたぶん酒が弱い。こっちも水を飲ませないと。

 それにしても、レナラが不用意にお酒飲むなんてわたしのミーハーっぷりが移っちゃったんだろうか。それならそれで少し責任を感じる。

 まあ単に挑戦してみたかったのかもしれないけれど……。

 

 わたしはぽやぽやしているクラリスを無理矢理レナラの横に座らせてから、そこら辺に降り積もってる綺麗そうな雪を見繕ってから持っているカップにぶち込み焚き火にかざした。近づくだけでめちゃくちゃ熱いので、金属製のコップの中に入っている雪はあっという間に溶けて水になっていく。

 

「ほらクラリス、水だよ」

「アヤノありがと~、えへへ」

「うぅん、私のは……? 喉が乾いたわ、アヤノ」

「はいはいちょっと待ってね。レナラ、そこに転がってるコップ借りるよ」

 

 レナラのそばに転がっていたコップを取り上げると同じように雪を溶かして水にする。そしてレナラにコップを持たせようとしたけれど、レナラは目をしょぼしょぼさせるばかりだった。

 隣のクラリスはちびちび水を飲みながら満足げにぷはーっと息を吐いていた。

 

「ほらコップ持って水飲んで!」

「私は疲れたわ。飲ませて頂戴」

「マジで赤ちゃんかよ」

 

 わたしは素直にげんなりして、つい魔界的表現(日本語)が口から出た。

 前にローデイルで《追跡》を使うかどうかでレナラから赤ん坊だとからかわれたけれど、これじゃあの時のわたし以上に今のレナラは赤ちゃん状態だと思われる。大丈夫? 酔いが醒めた後に死にたくならない?

 

「おいお主ら……その、大丈夫か?」

 

 仕方なくレナラの口元にコップを押しつけて無理矢理水を飲ませていると、遠慮がちに近づいてきたボルスさんが声をかけてきた。

 ひたすら美味しそうに水を飲んでいるクラリスはともかく、今の赤ちゃんプレイをしているレナラを友達に見られるのは完全に黒歴史な気がする……。

 

「レナラとクラリスがお酒飲んじゃった」

「トロルの酒は只でさえ強いからのう。言っておくベきであったな……」

「いやわたしたちみたいな子供がお酒飲む方が悪いよ。だから今こうなってるのはレナラの自業自得。クラリスだって身体が強いわけじゃないんだから、こんな寒いところでお酒飲んじゃダメだって」

 

 わたしが投げやりにそう言うと、ボルスさんは「そうか」と苦笑いして髯を撫でつけていた。

 髯を撫でるのはボルスさんがちょっと困った時にする癖みたいなものだと、わたしはなんとなく分かり始めていた。

 

 もしかすると、ちょっと苛ついてたかもしれない。ボルスさんに虫の居所の悪さをぶつけても仕方がないのだ。

 わたしは小さく息を吐いて首を振った。

 

「ごめんなさい。別に子供がお酒飲んじゃダメなんて誰も決めてないのにね」

「いいやアヤノ、お主が言っているのは最もであろう。2人とも若くして聡明ではあろうが、それでも年相応の娘であることは変わらん」

「……わたしはそうじゃなく見える?」

「そうかもな。だが儂から見ればお主とて可愛いものよ。前世の記憶だったか? そんなものがあろうと、お主は歳の割に多少大人びている程度の娘に過ぎん。儂が知っているお主はほんの少し利口で自分に自信がなくお人好しで、そして誰よりも勇敢なヒトの友だということだ」

 

 ボルスさんは口角をつり上げて笑った。わたしを安心させるような気安い笑みだった。

 

「それでは不服か? 我が友よ」

「そうじゃない、けど……」

 

 前世があろうと、何も関係ないとボルスさんは暗に言っている。レナラだって、ゴライアスだってそうだった。前世の思い出に囚われているのはわたしだけだ。このファンタジー世界の人たちは等身大のわたしだけを見ている。

 

 わたしは14歳の小娘のアヤノである。

 前世があるからちゃんとしなきゃ、とか、そんな肩肘を張らなくて良い。

 体育座りで酔いつぶれて年相応な表情をしている2人を見ながら、なんとなく思う。

 

「……わたしもお酒飲もうかな」

「それはやめておけい」

「冗談だよ」

 

 ちょっとだけ慌てていたボルスさんを見ながらわたしはくすりと笑ってみせた。

 

「今日のお酒は飲めないけど……また今度、皆で一緒にご飯食べたときにさ、ちょびっと飲んでみるくらいはいいかなって、思う」

 

 ファンタジー世界ならばそれが許される。そうだ、修行が休みの時に皆で飲み会をしよう。ゴライアスも呼んだら来てくれるだろうか?

 

「ボルスさんは、これからどうするの?」

 

 レナラの水を飲み終わらせたわたしはボルスさんの横に座って、その大きな顔を見上げた。わたしたちとボルスさんの旅路はここが終着地点だった。わたしたち3人はきっとゴライアスのもとでまだしばらく修行するんだろうけど、ボルスさんがそれに付き合う義理もない。

 もしまた旅立つなら、会えなくなる前にお別れ会をしたいと思う。

 

 ボルスさんは空を見上げて、相変わらず巨大なまま眩く白く光る月を見つめていた。

 

「……アヤノ、友として《再誕》の刻を共に迎えられたこと、感謝している」

「うん、わたしも。あんなすごい光景が見られると思ってなかった。それにボルスさんとしたこの旅は、きっと一生経っても忘れないよ」

「そうだな、だからこそ……もう少しこの旅の先が見たくなってしまうというものよ」

「えっ?」

 

 ボルスさんは手に持ったジョッキから一気にお酒を流し込んだ。そしてこちらを見る顔はほんのり赤かった。

 

「友よ。お主の旅に、儂も暫く付き合わせて貰おう」

「えっ、それって、まだわたしたちと一緒にいてくれるってこと?」

「お主らさえよければな。それにお主らの話を聞いていたら、儂もいつの間にか星見というものに興味が沸いてきたのよ。ゴライアスにも相談したが、儂にも魔術を教授してくれるそうだ。なんでも星見と巨人たちの交流が盛んだった頃は、我らトロルの中にも魔術師が僅かながら居たらしい。この羽織はかつてゴライアスに学んだトロルの魔術師が着ていたものらしくてのう」

 

 相変わらず奴は面倒そうな顔をしていたがな、とボルスさんは面白そうに笑っていた。

 わたしは、自分の顔がほころんでいるのが何となくわかった。

 

 危ないことや悲しいこともあったけれど、楽しかったのだ。わたしはこの旅を通して、失われた人生を取り戻したような感覚があった。

 それはわたしがこの世界に来てから初めて感じた、掛け替えのない時間だったのかもしれない。

 

 だからこそ、わたしは年相応に───そう、14歳の子供だった頃のように、自然と笑うことができた。

 

「うれしい! わたし、またみんなで一緒にいられるのがうれしいよ! ありがとう、ボルスさん」

「うむ、お主はそのくらい素直に笑う方が似合っておる」

「えっそうかな、わたし、今どんな顔してる?」

 

 わたしは思わず自分の頬に両手を添えた。鏡なんて高級品はここにはないから、似合っていると言われてもよくわからなかったりする。

 

「フン、何も考えていない思慮の足りん小娘のにやけた面が映っているだけだ。間違っても魔術指導の時にそんな顔を見せるなよ、アヤノ」

「うわぁ! ……先生、いつの間に?」

 

 誰も居なかったはずの左隣からいきなり声が聞こえて思わずびくりとしてしまう。いつの間にかゴライアスがわたしをジト目で見下ろしていた。転移魔術でも使ったのかな。そして焚き火の前で眠そうにしているレナラとクラリスにちらりと目線をやると小さく舌打ちする。

 

「だがお前は他の2人よりは利口だったようだな。愚か者どもが、私が連れ帰るからと言って気を抜きおって。酩酊している状態でまともに転移などできるわけがなかろう。チッ、これでは今夜の魔術指導は中止せざるを得ん」

「酔いつぶれてたら帰れないんですか?」

 

 わたしは疑問に思った。転移魔術そのものは一瞬で移動が終わるし、そこまで気を遣わなきゃいけないものなんだろうか。そして今日も当たり前のように夜の授業があったという事実に震える。

 

「酩酊は即ち精神の淀みを意味する。そのような不安定な魂を肉体から切り離せば、精神を病む可能性が高い。即ちこいつらは酒を飲んだ状態で魔術を使おうとしている馬鹿だということだ。自分が魔術を使う時にはあれほど精神を集中しておきながら、なぜ他人の魔術に乗るときはそれが適用されないと思うのだ?」

「た、確かに……」

 

 ごめんなさい先生! わたしも車で行き帰り送迎してもらうくらいの気持ちで考えてました!

 でもよくよく考えれば集中してなければ魔術を使うことはできないし、ゴライアスの言う通りである。

 

「ふむ、では今宵はここで夜を明かすということになるわけか。レナラとクラリスの酔いが覚めるにはそれなりに時間が掛かろう。我らの酒はそれほどにヒトにとっては強いからな」

「以前、弟子共を連れてきた時に使った横穴があるはずだ。寝かせるならそこにぶち込んでおけ。まだ有るかは知らんがな」

「せめて場所くらいは教えて貰えるのであろうな?」

「今より案内する!」

 

 ゴライアスがローブを翻して焚き火から背を向けて歩き出すと、わたしとボルスさんは慌てて半分寝ているレナラとクラリスを立ち上がらせた。そこで気づく。ゴライアスの口ぶりは、かつて連れてきた人たちもこの山嶺で寝泊まりした経験があるように聞こえた。

 

「……もしかして、昔も同じようなことがあったんですか?」

「フン、過去の星見もお前達のように後先考えず、勧められるまま酒を飲んで酔い潰れる馬鹿だったということだ」

 

 表情はわからなかったけれど、いつも通り機嫌が悪そうに語るゴライアスの声音の中には、ほんのすこしだけ懐かしそうな響きがあった。

 

 

 

 

 トロルや巨人たちが集まっている雪原のはずれ、ちょっとした崖の裏側で針葉樹に隠されるようにして、トロルでも入れる程度に大きめの洞窟の入口があった。

 中に入ると地面はふかふかの土で平坦にならされていて、不思議と綺麗に整った10人以上が楽に入れるくらいのスペースがあった。ゴライアスに聞くと動物を遠ざける魔術がかけてあるらしく、長い間巣穴にされていないのはそのおかげとのことだった。

 

「ここってどのくらい使ってなかったんですか?」

「お前が老いさらばえて死ぬ程度には長い。私にとっては星が瞬く間の出来事だがな」

 

 何十年にもわたって効力を発揮する魔術なんてとんでもない技術だけれど、ゴライアスにとっては大したことではないのかもしれない。というか、わたしがお婆ちゃんになるまでの時間が瞬く間の出来事だなんて、いったいゴライアスは何千年生きてきたのだろう?

 

 そしてゴライアスは明日の早朝また迎えにくることを伝えるとまた外に出て行ってしまった。わたしたちはそれを見送ってから火を熾すと、敷物の上にレナラとクラリスを寝かせて持ってきた毛布を掛ける。

 2人とも歩きながらほとんど寝ていたのであっという間に寝息を立て始めた。これだけ熟睡してたらたぶん明日の朝まで起きないだろう。

 

「ボルスさんはここにいていいの? レナラとクラリスはわたしが見てるから、友達ともっと話してきたらいいのに」

「儂は下戸ゆえな。奴らに朝まで付き合っていたら身が持たん」

「えぇ? さっきすごいお酒飲んでたじゃない」

 

 わたしは首を傾げる。ついさっきお酒を一気にあおっていた人が言う言葉には思えないけど……。

 ボルスさんの顔を見れば、なぜかふいっと目線を逸らしてきた。

 

「……儂とて酒の力を借りねば言えぬこともある」

「あ……」

 

 ぼそりとそこまで言われて、わたしはようやく察した。

 きっとさっき、まだわたしたちと一緒に居てくれることを話してくれたのも、ボルスさんにとって勇気が必要な行動だったんだろう。

 

 恥ずかしいことを言う時は人間だろうとトロルだろうと、緊張するのは変わらないんだなってちょっと嬉しくなる。そのくらい、大切な友達がわたしたちのことを想ってくれていることも。

 

 だから、ごめん、とは言わなかった。わたしはただ、できるだけ柔らかい笑みを作ることで答えた。

 

「そっか、でもまだ話したい人とかいたら行ってきていいからね」

「それについては既に終えておるゆえ問題ない。だが……イジーの奴を探していたんだがあやつだけは見当たらなんだ。もしや本当に遅参したのではあるまいな」

「あ、そういえばイジーさんいなかったね。それか《再誕》の儀が終わったらさっさと帰っちゃったとかかな?」

 

 少し話しただけだけれどかなり知的そうだったし、イジーさんは飲み会が嫌いなタイプなのかもしれない。

 わたしはそう思ったけれど、ボルスさんは納得できないようで難しい顔をして髯を撫でつけていた。

 

「はて、奴は特に宴が苦手ではなかったはずだが……」

「歳取るとそういうのが煩わしくなってくる人もいるからねえ」

「ふっ、若い娘がそんなことを言っても説得力はなかろう」

「前世ではそういう人もいたんだってば」

 

 気を遣わなくてもいい年齢になると地が出てくるタイプの人もいる。

 わたしはひたすら長いものに巻かれていた気がするけれど、そうやって嫌なものは嫌と言える人が羨ましく思う時もあった。だから個性的な人はどこか輝いて見える。

 

 きっと、わたしはレナラのことを最初そう見ていた。ただ仰ぎ見る、才能に溢れた永久に輝き続ける一番星なのだと思っていた。でもそれだけじゃなかった。お互いに支え合う存在だと思い始めたのは、いつ頃だったか。

 

 熟睡しているレナラの寝顔をちらりと見ると、相変わらずスースーと浅い寝息を立てて随分可愛らしく眠っていた。こうして見ると長めのまつげがとても目立つ。

 時折こうして子供らしい部分を見るにつけ、妹のように思える。ま、いつもはレナラがお姉ちゃんだけどね。

 

 わたしはちょっぴりおかしくなって目を細めた。そして気持ちよさそうに寝ているレナラとクラリスを見ているとわたしもなんだか眠くなってきたので、素直に眠ることにしよう。

 

「眠くなってきちゃった。ボルスさん、おやすみ。また明日ね」

「応、明日も早いからな。ならば儂も眠るとするかの」

 

 レナラの隣で毛布に包まり横になる。眠る前に最後に考えていたのは、5人でご飯を囲みながら宴会をしている光景だった。

 

 調子に乗ったレナラがべらべらと魔術論について語るのをクスクスと面白そうにクラリスは聞いていて、また始まったと苦笑いしているボルスさんとわたしが顔を見合わせていると、ゴライアスが意地悪そうな顔をしながらレナラの理論に重箱の隅をつつくように突っ込んで煽り合いが始まるのだ。

 

 近い未来にきっと日常になるであろうそれを楽しみにしながら、わたしは眠りについた。

 

 そしてそうはならなかった。

 

 

 

 

 最初にあったのは、雷が落ちたような轟音だった。

 

 わたしたちは全員飛び起きて何ごとかと一斉に洞窟の外を確認する。

 外はまだ太陽が昇る前の艶やかな薄青い空をしていた。

 

 気がつけばボルスさんが蒼白な表情のまま、グレートソードとマントを引っ掴んで外に駆けだしていくのが見えた。

 わたしはレナラとクラリスと一緒にそれを追いかけたけれど、体格差による歩幅は埋められなくて、あっという間にボルスさんの姿は早朝の雪原の向こう側に消えてしまった。

 

 そして、クラリスが一点を指さした。

 

「巨人が……」

 

 クラリスの声と指は、わずかに震えていた。

 その遠く先では、1柱の巨人が大きく腕を振りかぶって、空中を飛行する蚊のごとく小さい何かを叩きつぶそうとしていた。

 

 懐がほのかな熱を帯びるのを感じた。思わず手を突っ込んで、ポケットの中にあるものを取り出す。

 それはマリカに貰ったお守りだった。鈍いゴールドだったはずのそれは今や光を放って黄金色に輝いている。そう、あの演説の時にマリカが掲げていたあの苗木の葉の色のように。

 

 この世界で生きると決めたなら、きっと捨て去るべきもの。でも、わたしにこれを捨てる勇気はなかった。

 

「アヤノ、あなた、それ……」

 

 レナラが息を飲んだ。わたしは、凝視しながら呟いた。

 

「マリカが、来てる」

 

 果てしなく遠くにあるのに、わたしはその小さい何かの姿を明確に視認していた。

 到底戦うための装束とは思えない、黒いドレスを纏ったマリカが灰色の石鎚を振りかぶる。その瞬間、蝶が鱗粉をばらまくように目が眩むほどの黄金色の光が舞った。

 

 そして振り降ろされた巨人の腕を逆に足場にし跳躍、さらに飛び上がり、巨人の頭上に迫る。両腕、大上段に石槌を構えたマリカを、驚愕の表情で見つめる巨人の赤い瞳が捉えた。

 

 マリカが自身より遙かに巨大な巨人の脳天に石槌を振り下ろした。落雷の轟音と共に空に、巨人の頭蓋が脳ごと爆散した。脳漿のような灰色の血液とともに、酷く美しい黄金色の粒子が舞った。次の瞬間、サイレンのような音が響いた。それが、巨人の断末魔だった。

 

 巨人の身体が崩れ落ちる轟音、地震のような地面の揺れ、それを塗り替えるように、マリカの声が山嶺すべてに語りかけるように響いた。黒澤茉莉花(くろさわまりか)としてわたしに接していた時の気安い声ではない、あの演説で聞いたような、支配的な咆哮だった。

 

『愚かなり古き者たちよ! 消え去る前に刻みつけよ! 我が名はマリカ! 黄金樹の名に於いて貴様ら巨人を討ち滅ぼし、この狭間を律する《人の神》である! 覚悟せよ! 貴様らが守り続けてきたささやかな燃え滓は今日、我が黄金の流星、輝けるエルデンリングによって消え去るであろう!』

 

 ───これが、はるか未来にまで語られる戦い。巨人戦争、その始まりだった。

 

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