村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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17.裏切り

 わたしたちは杖を持って、雪原に刻まれたボルスさんの足跡を追いかける。走っていると徐々に異常に殺気立った喧噪が耳に付くようになった。

 

 向こう側で燃え上がる火の玉と黄金色の光が火花のように飛び交い、太陽が昇る前の薄暗い雪原をおぞましく照らしていた。そして剣と盾がぶつかり合う音、怒声、叫び……。空を見れば、巨人たちが地面をなぎ払うように腕を振り回し襲い来る敵ごと地面を叩き潰しその度に地鳴りが起きる。その中でマリカは空中を飛び回り4体の巨人が巻き起こした炎の嵐をひたすら石鎚から迸る閃光でいなしていた。

 

 木陰に身を隠して見回せば、斃れたローデイル兵とトロルの身体から流れた血が真っ白な雪を染めているのがいくつも見えて思わず目を背けて目を瞑る。

 

 それでも、何も変わらない。できれば夢であって欲しかった。目の前に広がる戦場の光景は、映画の向こう側の光景ではない。紛れもない現実だ。

 

 ふと、視線の先でうつぶせに倒れ伏した1人のトロルがもぞりと動いた。背中が深々と切り裂かれていて、その周囲もまた血に濡れていた。

 

「アヤノ、待ちなさい! 不用意に動いたら危険よ!」

 

 レナラの声が聞こえたけれど、わたしはそれを無視してトロルに駆け寄って頭のそばに屈んだ。

 

「ねえ、大丈夫!? 生きてますか!?」

「あ、あんたは……昨日の……」

 

 震える口元から漏れ出る聞き覚えのある声が、昨日わたしに酒を勧めてきたトロルだと知れた。

 

「一体何があったんですか」

「奴ら、裏切り、やがった……っ。おい、お前達もそうなのか? あの金色の光で、俺たちを殺しにきたって、のか……」

「違う、わたしたちは……」

「教えて、くれよ。俺達が……お前らに、一体、何をしたって……」

 

 落ちくぼんだトロルの表情、普通なら見通せない眼窩の奥の瞳に、ぞっとするような絶望と憎しみの光があった。それを直視した瞬間、ガクリと顔が地面に落ち、そのトロルは動かなくなった。

 

 ほんの少しだけ知っている相手にすぎなかった。それでも、昨日あれほど上機嫌で酒を勧めてきたあの顔と、たったいまわたしを射貫いた視線が全く一致しない。

 

 なんとか震える足で立ち上がる。けれど、身体の中心がどこにあるかわからなくなって、思わずぐらりとふらついた。

 

「どうして、こんなことに」

 

 マリカの言った言葉をわたしは改めて思い出した。巨人を殺し日本の景色を作り直すと言った、あの時の憎悪に濡れた顔は紛れもなく本気だった。そして言葉通り、マリカはわたしたちの目の前で巨人を殺して見せた。

 

 ローデイルは本気で巨人を滅ぼすつもりだということだ。

 

 茉莉花(まりか)がやりたいことはわかるつもり……でも、そんなことが許されていいのか?

 ただこの世界で生きるためにそうしているのなら、わたしはきっと何も言わない。この世界はそういうことが許される場所なのは、わかっているから。

 

綾乃(あやの)、巨人も竜も人間以外を全部ぶっ殺して私達が生きていたあの世界を一緒に取り戻そう! 日本の景色を私達の手でこの狭間の地に作り直すの。私にはその力がある!』

 

 ただ……たとえ2度と日本に帰れないとしても、そんな理由でわたしたちはこの世界に生きている生き物を踏み躙って良いというのだろうか?

 

 きっと行かなければならない。茉莉花のところへ。

 

 左手に握ったお守りを通して、生暖かい熱が伝わる。包み込むようなぬくもりが今はただ恐ろしい。

 あなたは……間違ってる。

 きっとそれは、ローデイルで初めて出会ったあの時に言わなければいけなかったことだ。

 

 何の力も持たないわたしのような小娘が言ったところで一体何が変わる?

 何も変わらない。

 それでも……同じ日本人として、わたしは茉莉花のやろうとしていることを否定する。

 そうでなくてはならない。

 

「待ちなさいアヤノ、何処に行くつもり」

「マリカの所へ」

 

 戦場へ向かおうとしたわたしの肩をレナラが掴み、無理矢理向き直らせた。レナラの視線はきつくわたしを睨んでいた。

 

「冷静になりなさい! 私たちがすべきはそんなことじゃないでしょう!」

「この山嶺がこんな風になっているのは、わたしたちのせいだよ。レナラ、わたし前に言ったよね、マリカが何をしようとしてるのか」

「アヤノ、あなたとあの女は確かにかつて同じ世界に生きていたのかもしれない。それでいかにあの女が愚かなことをしているのか、あなただけが理解しているのかもしれない! でもね、だからといってあの女の行動にあなたが責任を感じるのは間違っているわ!」

「だったら無視しろっていうの!? ボルスさんだって、たった今戦って傷ついているかもしれないのに! 同じ()()()が巨人を殺しましたって、そのつもりなのを知ってて放置してましただなんて、ゴライアス先生にだって顔向けできない! だから何もせず逃げるなんてわたしにはっ……できないよ……」

「あなたはあなたでしょう! そのニホンジンとやらが何かは私は知らない! でもね、目の前にいる姉妹のことは誰よりも知っている。だからよく見て、アヤノ。今、あなたの目の前には一体何が写っている?」

 

 レナラは必死の形相で、こんなに寒いのに額には汗が滲んでいた。隣でわたしをただ心配そうに見つめていたクラリスが言葉を選ぶように口を開いた。

 

「……アヤノ、私はローデイルの市民で、女王様のことは何度も見たことあるよ。ローデイルは凄くいい街で、誰に聞いても女王様ほど偉大な人はいないって言うくらい。でも……決して優しい人じゃないってことは知ってる。当然だよね。王様なんて、それが普通だもん。お姉ちゃんだって……」

 

 クラリスの表情に陰が差した。クラリスのお姉さんはローデイル軍に迎え入れられる条件としてたったひとりで創星の頂に到達する難行に挑み、そして死んだ。

 

「女王様は、私たちの話の通じる相手じゃないと思う。あなたの前世に何があって、今何を背負ってるのかはわからない……でも、どうか抱え込まないで。私とお姉ちゃんみたいにならないで。これは、私の我儘なのかもしれない。でも言うね。お願いアヤノ。過去じゃなくて、今ここにいる私たちを見て欲しい」

 

 ふたりにそう言われてはっとする。わたしが何より大切にしているのは、目の前にある絆だったはずである。それはけしてわがままでないがしろにしていいものじゃない。わたしは顔を伏せた。ここまで2人に言わせなければ気付かなかったわたしは愚かだ。

 

「ごめんなさい……」

「分かればいいわ」

 

 レナラはそっとわたしの肩から両手を離すと、小さく息をついた。

 

「あなたが向こう見ずなのは知っているのだから、いつものことよ」

「うん。アヤノが明後日の方向に走り出しそうになったらいつだって止めてあげる」

 

 ふたりはわたしに笑いかけた。その表情はどこかぎこちなくて、無理していることがありありとわかる。

 

 この間にも魔術と祈祷が炸裂する爆発音と地鳴りは止まない。レナラもクラリスも、きっと怖いはずだ。それでも、わたしのことを思いやってくれる。

 

「……ねえ、レナラ、クラリス」

「何?」「うん」

 

 わたしはふたりの顔をじっと交互に見つめた。

 

「わたしと一緒にいてくれてありがとう」

「今更過ぎるわ」

「それは私の台詞だよ」

 

 ふたりは拍子抜けしたような顔で呆れたように薄く笑みを浮かべた。そしてレナラが表情を引き締めて杖の石突を地面の雪に突き刺した。

 

「さあ、方針を統一するわよ。私たちがすべきは、この先の戦場の中でボルスとゴライアスを探し出し5人で一緒にこの山嶺を離脱すること。異論はある?」

「うん、ゴライアスと合流できれば転移魔術でここを脱出できるはずだよね」

 

 クラリスの言う通りで、転移魔術を使えば一瞬で安全なところまで逃げられるだろう。

 でもボルスさんはきっと今、巨人たちを守るためにローデイル軍と戦っている。そんな人がこの生まれ故郷を放ってわたしたちと一緒に逃げてくれるのだろうか?

 

『友よ。お主の旅に、儂も暫く付き合わせて貰おう』

 

 わたしはボルスさんに言われたことを思い出した。

 

「アヤノ?」

「あっ、うん」

「思ったことがあるなら言いなさい」

 

 レナラが青い瞳を細めてわたしの顔を射貫いた。

 

「……ボルスさんは、わたしたちと一緒には来てくれないかもしれない」

「そうかもね。でも、そんなことは関係ない」

「「えっ?」」

 

 わたしとクラリスは一斉に声をあげた。レナラはきっぱりとした、有無を言わせない調子でわたしたちを見据えた。

 

「力尽くでも私達と一緒に来て貰う。この私の友人があんな女が起こした戦いで死ぬなんてあってはならない」

 

 それはひどく傲慢な話だった。

 それでも、自分の意志を曲げず、欲しい物は自分の手で掴み取るレナラらしい意見だとわたしは思った。そしてまた、姉妹のその強靭な意志にいつも手を引かれ救われているわたし自身がいることを改めて実感したのだった。

 

 

 

 

 ボルスさんの足跡を追って、3人で固まるようにして戦場に突入したわたしたちの目の前に広がったのは地獄のような乱戦の光景だった。

 

 頭上に半月型の大樹のモチーフをあしらった兜、そして鈍い黄金色の甲冑を全身に纏ったローデイルの黄金騎士たちが棍棒を振り回し暴れるトロルを取り囲み、その大剣で両足を切り裂いた。そして倒れたトロルの背中を集団で滅多刺しにすると、高台に集まったトロルの術士が巨大な火の玉を投げ込み、ローデイル騎士たちが鎧ごと燃え上がり兜を脱ごうと首に手を掛けた姿勢のまま倒れ焼け死んでいく。

 

 いつしか夜が明けて空が明るい。時間の感覚が無い。喉が張り付きカラカラに乾く。

 

 前を見ると、鎧馬に乗った大柄な騎士が馬上槍を構えてトロルの1人に突っ込み深々とその腹を刺し貫いたのが見えた。そして遙か向こう側では巨人たちが足下に炎の嵐を起こし、うねるような火柱が手当たり次第に敵を焼き殺していた。

 

「アヤノ、右っ!」

 

 レナラが襲い掛かってきた敵に《ほうき星》を放って吹き飛ばしながら怒鳴った。見ればトロルがわたしたちに棍棒を振り上げて迫っていた。

 

「ッ《桜の鞭》!」

 

 桜の光を鞭にして杖を薙ぎ払った。突っ込んできたトロルがわずかにのけぞり足を止める。きっと今のトロルにとって人間は全て敵なのだ。わたしたちだってそれは例外じゃない。私は意を決して叫んだ。

 

「クラリス!」

「任せて!《星光爆破(せいこうばくは)》!」

 

 クラリスの杖先に暗い藍色の光が収束し束になり疾走するとトロルの胸元で連続で爆発し吹き飛ばした。その跡には星の残光が瞬く。それはゴライアスの瞳の色と同じで、これがクラリスとレナラが修行で学んだ魔術のひとつだと知れた。

 

「ケホ、ケホッ」

「クラリス、大丈夫?」

「大丈夫、少し息苦しくなっただけ……行こう!」

 

 青い顔で口元をぬぐうと強がるようにクラリスは表情を硬くした。わたしたちのすぐ頭上を火の玉と黄金色の光弾が飛び交う。こんな場所にいてまともでいられる方がおかしい。クラリスの体調は心配だけれど、数秒後には流れ弾で死んでいるかもしれないこの場所で立ち止まることなど出来ない。

 

「走るわよ! ローデイル兵はおそらく同じ人間の私達を攻撃することは無い!」

「うん!」

 

 わたしは先頭を行くレナラに頷きクラリスの手を取った。もはやボルスさんの足跡など判別できない。この戦場の中でわたしたちは死なずにボルスさんを探さなければならない。

 

 死体に溢れ血に濡れ炎が舞う赤い雪原を駆け抜ける。

 倒れ伏したトロルの死体を見る度に、それが一瞬ボルスさんに見えて心臓が締め付けられる。

 遠くにいた巨人たちの姿が近づくにつれて、その足下に詰め寄せる敵の姿が見えた。

 

「どうしてトロルが巨人と戦ってるの……?」

 

 わたしたちは呆然とした。しかもトロルだけではない。ローデイルの馬上騎士達たち、そしてかつて山の中腹で見たザミェル達までもが巨人の起こす炎とその足を踏みならして起こす地震をいなしながら攻撃を加えていた。

 

 ザミェルたちが吐く吐息が渦巻き氷嵐となり巨人の炎嵐と衝突する。

 火と雹が降り注ぐ異常な空、天上が噴火した火山に漂うような黒い雲で覆われ始めているのが見えた。

 

「進撃せよ! 立ち塞がる者は全て切り捨て、潰し、粉砕せよ! 例え同族であろうとも、永遠なる女王に忠誠を誓うならば迷うまいぞ! 拝領した黄金剣を巨人の血で染めあげ輝かせよ! さすれば女王マリカは貴様らの献身を必ずやお認めになるであろう!」

 

 見慣れない赤銅の騎士が身の丈ほどもある大剣を掲げて尊大に言い放った。その声を受けた沢山のトロルたちが一斉に巨人に向けて走り出す。

 そして皆一様に黄金色の大剣を背負っていた。それを見ただけで、彼らは巨人を裏切ったのだと理解した。

 

 あの苗木の葉の輝き、そしてわたしが持っているお守りの輝きと、全く同じ色をしていたから……。

 

「我らが女王、マリカ万歳。ローデイルに栄光を」

 

 黄金剣を構えたトロルたちが声高に叫ぶと、巨人を守るためにローデイル騎士やザミェルと戦っている味方のトロルに向かっていく。その中に青いマントを翻して黒金の剣を振り回して敵を振り払っている戦士が見えた。

 

「ボルスさんッ!」

「───ッ、お主ら、何故来た!」

 

 ボルスさんはわたしたちの姿を認めると信じられない風な形相で叫んだ。

 向かってきたトロルに向き直るとグレートソードの一閃で剣ごとその胴体を横薙ぎに粉砕する。

 全身に赤黒い返り血を浴びたその姿は恐ろしい。でもそんなことは気にならない。

 

 わたしたちはかまわず一直線にボルスさんのもとへ走った。3人とも息を絶え絶えにボルスさんを見上げる。

 

「無理をしおって……」

「はぁっ、はぁっ、友達が急に居なくなったら、探すでしょ」

 

 わたしは無理矢理笑みを作る。ボルスさんはそれを見て、苦々しそうに口をつぐんだ。

 

「……お主らは逃げよ。これは所詮巨人と我らトロルが仕掛けられた戦に過ぎん。故に手出しは無用」

「で、あなたはどうするの?」

「止めてくれるなよ。儂はこの地で我らが祖の礎となる覚悟」

「そう言うと思ったから私達はここに来たのよ」

 

 レナラがにべもなく言うと、ボルスさんは言葉に詰まった。

 

「何故、お主らがそこまで……」

「ボルス、あなたにとって、友とはそれほど軽いもの? 私達にとっては命を賭けてでも優先するものだと思っているのだけれど、勘違いだったかしら?」

 

 同じ気持ちだ。どんなに独善的だって言われても構わない。わたしは友達に死んで欲しくない。

 わたしもレナラみたいに、掴み取りたいものは14歳の小娘らしく、自分の言葉と我儘で掴み取る。ねえボルスさん、あなたがそう言ったんだよ?

 

「ボルスさん、昨日言ったよね!? わたしの旅に着いてきてくれるって! 嘘じゃないよね!? だから一緒に逃げよう!」

「……確かに言った、だがアヤノ、儂は」

「あなたがどれだけこの故郷を大切にしてるかはわかってる! でも、それと同じくらいわたしたちはボルスさんのことが大事なの! だから……」

 

 わたしはボルスさんの足にすがりついた。服や頬にべっとりと血がついたけどそんなことはどうでもよかった。

 

「死なないで。私達の前から、いなくならないでよ!」

 

「私からも、お願いします。もう私は、お姉ちゃんの手を取れなかった私でいたくない。大切な人が死ぬゆくのを黙って見ているのは嫌」

「クラリス、お主、このような戦場に来られる身体ではなかろう……」

「ケホ……ふふ、こんな戦場で心配なんて、やっぱりボルスさんは優しいですね? そう思うなら、一緒に来てください」

 

 クラリスは青い顔のまま汗だくで笑みを浮かべた。自分の体調の悪さですら利用して人を説得せしめる強かさがクラリスにはあった。

 

「儂は───儂は……」

 

 ボルスさんは空を見上げた。その先では太陽のように赤い瞳がぐつぐつと煮えたって襲い来る敵を睨み付けていた。

 

「───ボルス、探しましたよ。確信していました。やはり貴方ほどの戦士が死ぬ筈が無い」

 

 聞き覚えのある声だった。わたしたちははっとしてその声の主を一斉に見た。

 

「イジー……お主……」

 

 ボルスさんが唖然としたような声を出した。イジーさんの顔は見えなかった。代わりに、しゃらん、と小さな鏡をつなぎ合わせたような、不思議な兜が音を立てる。

 

「何故、それほど平然としておる?」

 

 イジーさんは何も答えない。巨大なハンマーを持つその身体には傷一つ無かった。それどころか一滴の返り血すら浴びていなかった。この戦場において、イジーさんの格好はあまりに小綺麗すぎた。

 ほぼ逃げに徹していたわたしたちですら、服はところどころ火の粉で焼け焦げて、手や頬は黒い煤が張り付いて汚れている。

 

 だからつまり、全くイジーさんは戦っていないということだ。

 この最前線において、そんなことが可能なのは……。

 

「裏切りおったかッ!」

「───ええ、今の私は巨人を殺す大逆を成すもの。即ち貴方の敵ですよ。ボルス」

「何故だ! お主ほど賢きトロルを儂は知らぬ! だのに、何故……!」

 

 ボルスさんは慟哭した。イジーさんはそれを見て、ただ佇んでいる。兜の内でどのような表情をしているのかは、わからない。

 

「貴方はおかしいとは思わないのですか? ボルス」

「何……?」

 

 イジーさんはおもむろにハンマーを空に掲げた。その先には戦い続ける巨人がいる。

 

「逆に問います。何故あなたは巨人を守るのです? たった今ですら、塵芥のように我らトロルを使い潰す巨人に疑問を抱かないのですか?」

「それを招いたのが貴様らであろうがぁ!」

 

 ボルスさんは今にもイジーさんに斬り掛かりそうなほどの怒気を発していた。わたしは一層強くボルスさんの足にしがみついた。

 怖かった。でも、そうでもしないと、すぐにでもボルスさんはわたしたちの元から去ってしまいそうだったから……。

 

「大局を見よ、ボルス! 古より犠牲となり続けた我らトロルは巨人の奴隷でも墓守でもない! 女王マリカは我々を《人》として認めてくださった! 貴方もこちら側へ来るのです。その剛剣、このような不毛な戦いで失うにはあまりに惜しい」

「不毛な戦いだと!? イジー……裏切った身の上で、のうのうとそのような戯言を宣うか!」

「ボルス、貴方は本当に哀れだ。その視野、この局面ですら啓蒙できぬほどに狭窄だったとは見抜けなんだ」

 

 イジーさんはハンマーを降ろすと、大げさにかぶりを振った。そして身体を乗り出して叫んだ。

 

「巨人が我らに親らしい慈しみを見せてくれましたか? いつだって我らは彼らの尖兵に過ぎなかった。武器ならばまだ良かった。だが、ただ手折られ朽ちれば捨てられる枝葉でしか無かった! 我らがどれだけ献身を見せても、巨人にとってトロルとは所詮(ひこばえ)のごときもの。断たれる序でに使われる《物》でしかない! 我らは、都合の良い道具なのですよッ!」

 

 その絶叫のような叫びに、ボルスさんは唖然としたようにのけぞった。そして先程の怒りが嘘のように、落ち着いた表情で口を開いた。

 

「……イジー、お主は、そう思っておったのか。不思議だな。初めてお主の本音を垣間見た気がするぞ」

「ええ。これは、嘘偽り無い私の本音です」

「そうか。だが、儂はそうは思わぬ」

 

 大きな身体がわたしを見下ろした。思いやりを感じる、いつも見ていた暖かい表情だった。

 

「アヤノ、もう良い。世話を掛けた」

「でも」

「手を離しても兎のように飛び出すことはせぬよ」

 

 わたしは恐る恐る、ボルスさんの足から手を離した。そして、ボルスさんは正眼に鈍く光るグレートソードを構えた。そして、呟く。

 

「……ゴライアスよ。お主の言葉は、この愚か者にこそ語りかけるべきであったのだろうな」

 

 剣の切っ先がイジーさんに向けられる。

 

「イジーよ、聞けい! 我らが巨人の死体より生まれた事実は変わらぬ! だがその運命が画一に定められているのだと誰が決めた!? 巨人は何もかも我らを導き給う全能の存在では無い! ゆえに運命は我ら1人1人の歩む道と意志の中にこそ有る!」

 

 ボルスさんはわたしたち3人に視線を移して、にやりと笑った。そして再びイジーさんを強い眼光で睨み付ける。

 

「儂はそれを得がたい友たちと、かの憎たらしい星見の師より教わった! 故に今より、貴様のその惰弱な考えを正そう!」

「……残念ですよ。ボルス」

 

 そう答えるイジーさんの声は、底冷えがするほどに低かった。わたしたちでも分かる。たった今、この2人は袂を分ったのだと。

 

「貴方は古き友で、私が知る中で誰よりも強き戦士だった。だからこそ、共に来て欲しかった。ですが、もはや会うことはないでしょう」

 

 イジーさんはわたしたちに背を向けた。そして、入れ替わるように向こう側から黄金のローデイル騎士達が隊列を作って、剣や槍を構えてこちらへ立ちはだかる。ここでわたしたちを殺すつもりなのだろう。

 

「フン、最後に背中を押すのは同族が造り上げた他山の石というわけか。ままならぬものだな」

「ボルスさん……」

 

 わたしは杖を強く両手で握った。そしてレナラとクラリスの顔を見た。3人で見つめ合いながら、静かに頷き合う。ふたりとも、何も言わなかった。

 何か喋れば、どうしようもない弱音しか出てこないような気がした。

 

「お主達、怖いか?」

 

 ボルスさんがわたしたちに静かに語りかけた。

 

「……怖いよ」

「怖い、です」

「そうでも、ないわ」

「嘘でしょ」

 

 わたしは思わずレナラに突っ込んでしまった。レナラはキッと目を細めてわたしを睨んだ。

 レナラがそういうことを言いたがらないのはわかってる。強がっているんだろうけど、今回ばかりは素直になった方が良い。

 

「言葉に出さずとも良い。死への恐れは誰にとっても等しく有る。だが、忘れるな。今より戦うのはけして死ぬためでは無い。生きるために戦うのだ」

「! それって……」

 

 わたしたちははっとして、ボルスさんの顔を見た。

 ボルスさんは、確かに笑っていた。

 

「儂はこの戦いを生き抜いて、お主達と共に生きることをこの剣に誓おう」

「遅い。最初からそう言っていればいいのよ」

 

 ふんと鼻を鳴らして、レナラが杖を構えた。

 

「お姉ちゃん……私達に力をちょうだい」

 

 クラリスが、両手で祈るように杖を構えた。相変わらず顔色は青かったけれど、それでも咳は止まっていた。

 

「───みんなとまた、一緒に笑いながらご飯を食べられますように!」

 

 騎士達の隊列に向けて、わたしは杖を向けた。そして、騎士達が一斉にこちらに走り出したのが見えた。

 

「ゆくぞ!」

 

 ボルスさんが短く叫び突撃した。わたしたちは、それを追いかけるように走り出して一斉に魔術の詠唱を始める。無意識に震えていた足は、なんとか動いてくれた。

 

 

 

 

 あれから、どれくらい時間が経ったのだろう。

 

「はぁ、はぁ」

 

 一体どれほどの敵を倒したのかわからない。火の煤けた臭いに混じって、濃厚な血の香りがする。

 黄金騎士達は無限にいるのかと錯覚するほどに、仲間達の死体を踏み越えてわたしたちを圧殺するように迫る。

 

 わたしはかつて無いほどに自分の魔術を自在に操っていた。杖の先から桜の鞭が蛇のようにうねり、迫る騎士達を打ち据え、のけぞるどころか吹き飛ばす。光る花びらの色も、どこかいつもより紅い気がした。

 その理由も何もわからないまま、わたしは火事場の馬鹿力を振るい続ける。

 

 茹だった脳のまだかろうじて冷静な部分が、おかしいと告げる。

 普通なら、戦いを生業にしている黄金騎士たちが、わたしのような小娘に遅れを取るわけがない。

 自分でも知り得ない力が、わたしの中で渦巻いているのを感じていた。

 

 怖い……。

 

 でも、それでもよかった。

 

 背中合わせにボルスさんがグレートソードを振り回し騎士達をまとめて砕くように斬り飛ばす。レナラが青い流星で黄金を星光に塗り替え焼き払う。クラリスが杖を掲げ、夜明けの暗い色をした流れ星を雨のように降り注がせた。

 

 皆と生きる未来を掴み取るには、そんな不安は些細なことだ。

 そう思い、再び目の前に迫った騎士へ杖を振る、おうと、した。

 

「え」

 

 ガクンと身体の重心がぐらつく。ほんの一瞬、虚脱感で身体の力が抜ける。なんで、どうして。

 そんな、今、倒れたら……。

 

 騎士が、わたしに剣を振り下ろしたのが見えた。力が僅かに戻ってくる。とっさに身体をねじった。

 

「ぐうっ!?」

「アヤノ!」

 

 レナラの悲鳴がわたしを呼んだ。右足が爆発したような、骨を揺らす衝撃が走った。

 右足の感覚が無い。見てはいけないのに、思わずわたしは目をやってしまう。ふくらはぎを深々と斬られ、ぱっくりとピンク色の筋肉が露出していた。骨が見えていた。

 

 テレビの向こう側にある映像のようにリアル感がなかった。脳が、それがわたしの足だと受け入れることを拒否していた。

 

 わたしはその場に倒れた、目線を上に向ける。血まみれの剣の切っ先が、わたしの心臓を刺そうと迫っていた。

 

 皆の声が聞こえる。でも、間に合わない。

 思わず乾いた笑いが出てしまう。忘れていた。皆の中で、1番弱いのはわたしだということを。自重して戦えばいいものを、謎の力と全能感に身を委ねた結果がこれなのだから、本当にわたしはバカだ。

 

 ごめん、みんな……。

 

 死を覚悟した瞬間、懐が異常な熱を持った。心臓を刺されたのかと思った。

 でも違った。服に突っ込んだままのマリカのお守りが、倒れた拍子に顔を出していた。

 火傷するような熱さと共に、それは目が眩むほどの光を放った。

 

 目を瞑る前に、騎士がのけぞるのが見えた。

 

 そして───わたしの目の前に輝ける黄金の流星が落ち、不機嫌さを隠そうともしない、暴力的な声が聞こえた。

 

ねえ……私の友達に何してるの?

 

 

───────────────────────

 

《星光爆破》

始まりの星見、ゴライアスの魔術

杖先に星光を束ね放ち、着弾の後に小爆発を起こす

足を止めずに使用でき、連続でも使用できる

また、タメ使用で強化される

 

艶めいた暗い藍色の星光は

夜明けの空の似姿であり

星雲の琥珀の輝きをも覆い隠す禁忌である

 

ゴライアスは、星空の輝きを恐れていた

星見の垣間見た源流、その秘した正体を





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