村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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20.レナラ - 満月

 頭が痛む。目の前がぼやけて、うまく目の焦点が合わない。

 アヤノの金切り声のような悲鳴が聞こえる。

 

 後悔だけが私の心の中にある。

 

『わたし、ね、なんて言うのかな……今まで言ったことなかったけど、前世の記憶があるんだ』

 

 前世の記憶があるとアヤノに打ち明けられた時に一番最初に思ったこと。

 それでいて、問うことができなかったこと。

 

 生まれる前の記憶があるというのならば、死した時の記憶すらあるのだろうかと、そう思った。

 そうだとしたら、あなたに一体どれほどの痛みと絶望があったのだろう。

 

 なのにあの時、私の心からはあなたへの心配など消え失せていて、ただ己のことのみを考えていた。

 

 怖かったのだ。

 

 あの女とアヤノが同じ世界に生きていた記憶を覚えていると知ったとき、もしかするとあなたが私から離れていってしまうのではないかと。

 

 いや、それは言い訳だ。あなたに「行かないで」とさえ言えば私の隣にいてくれることはわかっていた。物心ついた時から一緒に居るのだ。そのくらいは自惚れたっていいでしょう?

 

『だからこれからも一緒に行こう? 星が一番近くで見える、この世界で一番高い場所にさ』

 

 だからこそ性根のねじ曲がった私は、あの時わざと不安であるかのように見せかけた。そしてアヤノの方から私と一緒にいたいのだと言わせるよう仕向けて、必要とされている実感とともに密かに暗い喜びに浴していた。

 

 穢くて陰湿な女だと思う。

 

 だから私は許せなかった。あのクソ女、世界全てが塵のように見えているくせに、アヤノを見る目だけは穢らわしい独占欲に満ちている。

 どうしてそんなことが分かるかって? その時だけ私と同じ目をしていたからに決まっている。だからあの女があなたをどうしても手に入れたがっているのはすぐに分かった。

 

 あの女は私とアヤノは血が繋がっていないと言った。

 

 そうなのかもしれない。それでも私達は満月の下で誓い合った、心で繋がった姉妹だ。それすらも理解できないあの女にあなたを奪われるなどあってはならない。

 

 私はきっと、これほど長く一緒に居ながらあなたのことを信じられなかった。

 どうしようもなく傲慢な私が無理矢理あの子の手を引いているだけなのだと、心のどこかで思っていた。

 

 だからこそ愚かな私は、あなたが私を必要とする言葉を引き出して、それをよすがにするしかなかったのだ。

 

 自分が信じていないのに、相手に信じて貰おうだなんてばかげている。

 かつての愚かな自分自身を思い出して自嘲する。

 それでも一緒に満月を眺めたあの時、あなたは言ってくれたわね。

 

『つまり何が言いたいかって言うと……難しく考えなくたって、お互いに足りないところは委ねあって、信じ合ってる。って風でいいんじゃないかなって事!』

 

 それでようやく気づいた。必要なのは、私自身の弱さを認めることだった。

 意地なんて張っていないで、たったそれだけでよかったのだ。

 

 私達は完全じゃない。1人では至らないことなんていくらでもある。

 だからこそ、お互いに支え合っていけばいいのだと。

 

 マリカ、神を名乗り人間であることをやめたお前には、きっとそんな気持ちは分からないでしょうね。

 

 四肢を動かそうとするだけで全身が激痛で軋む。それでも歯を食いしばって、痙攣する腕に力を込める。

 

 視界の隅に、血がにじむ脇腹を抑えて力なくうずくまるマリカの姿が見える。

 人狼の騎士に守られるその姿は神とは程遠いただの人の女だ。

 

 元はと言えばあの時、ローデイルでこの女とアヤノを会わせるべきではなかった。この女の存在がアヤノを苦しめる!

 

 出来るのなら、今ここで殺してやりたい。

 少なくともたった今、お前が私だったならそうするでしょうね。

 

 目線を前に向ける。全身を真っ黒な汚泥に染めながらただ狂笑する娘がそこにいる。

 ああ、どこまでも向こう見ずで、脳天気で、誰よりも優しく私に寄り添ってくれたあなた。

 

 何故そんな姿に、なんてことは言わないわ。ねえアヤノ。きっとあなたは私達を助けるためにそうなってしまったのでしょう。一度決めたら一直線で、本当にそそっかしいんだから。

 

 分かっているわ。あなたはそういう子だから。

 1人で危ないところに走って行ってしまう、そんなあなたを止めるのが私の役目。いつものことよ。

 

 マリカ、だからお前のことなんてどうだっていい。

 

「今の、私は、お前とは違う……!」

 

 私はアヤノと生きるためにここにいる。ずっと一緒に生きていくのだと、そう誓った!

 

 ふらつく足になんとか力を入れて立ち上がる。熱風が吹き、火の粉と雪が舞う。

 

 あの黒い魔術が発動する度に、ひどい香りがする。

 

 星のそれとは程遠い、肉がグズグズに腐って黒ずんだような、暗い香り。絡め取られたらそのまま暗黒へ引きずり込まれそうな、纏わり付く嫌な温さがある。

 こんなおぞましい香りを放つ魔術が良いものであるはずがない。それに加えて、死ぬような傷でさえも何事もなかったかのように元通りになるあの現象。一体何を代償にすればあれほどのことが可能なのか、考えるだけで心臓が早鐘を打つ。

 

 アヤノの身体が取り返しの付かないほど蝕まれていくだろうことを想像する。このままでは、きっと戻ってこられなくなるに違いないと。

 

 一瞬だけアヤノと目が合ったような気がした。明るい桃色の瞳がいつの間にか真っ黒になって、虹彩が炎のように燻っている。

 その時、口角がつり上がってアヤノじゃない何かが笑い、杖の先から汚泥のような黒い奔流が放たれ人狼を襲うのが見えた。

 

 駄目……それ以上その力を使っては駄目! アヤノ! やめて!

 

 思わず手を伸ばそうとする。そんなことは無意味だと分かっているのに、痛みでそれすら満足に出来ない。

 

 今この瞬間、私は何の力もない無力な小娘でしかなかった。姉妹を助けることもできず悲しんでいるだけの馬鹿な女。自覚した瞬間、胸に怒りがこみ上げる。

 

 この私が、痛み程度、堪えられなくてどうする! この世で1番大切な人のために手を伸ばせなくて、何が天才だというのか! 

 

 天才、天才か。ねえ、もう覚えていないでしょうけど、あなたがずっと昔にそう言ってくれたから……。

 

『レナラはすごいねえ。天才ってやつかな』

 

 私が同世代の子供の中で誰よりも早く杖を使った魔術に成功した時、あなたはそう言った。

 

 きっと何気なく言ったのでしょう。でも屈託のない、悔しさも嫉妬も無いあなたのその言葉が、私を孤独でいさせなかった。私が誰もを遠ざける偉そうで嫌な奴だなんてことは昔から自分が1番分かってる。そしてそんな性格はどうにも変えられなくて、村ではいつからか腫れ物扱い。

 

 なのにあなたはずっと私を見捨てなかった。私のそばにいて、ただ寄り添ってくれた。

 私達が杖を与えられた12歳の頃だろうか、私は1度だけその理由をアヤノに聞いたことがある。

 

『ねえアヤノ、あなた、何でずっと私と一緒にいるの。嫌われ者の私といたって、あなたに得なんてないでしょうに』

『そうでもないよ。レナラの近くで練習すればわたしも魔術が上手くなるかもしれないじゃん』

『ふうん、私が天才だからあなたは得してるって訳?』

『それもあるけど、それだけじゃないかも』

『何よ』

『たぶんレナラ怒るから言いたくないなー』

『何故? 怒らないから言ってみなさいよ』

『レナラは性格も口も悪いし生意気だし皮肉ばっかりしか言えないけど、本当は不器用なだけってことも知ってるからさ。それを知ってる人間がひとりくらいいてもいいと思うんだよね』

『何ですって? 少し声が小さくて聞こえなかったわ。だからもう一度言いなさい』

『怒らないって言ったじゃん!』

『断じて怒ってないわ』

『ウソ! その杖おろしてってば! ああもう、まだ理由あるから、魔術ぶっ放す前にそれだけ聞いてよ───』

 

 目の前には杖が打ち捨てられている。

 ゴライアスの左腕が斬り飛ばされた時に転がってきたもの。

 

 私は、必死に足を動かした。身体は何とか動いてくれた。

 杖を拾い走り出す。アヤノが杖から放った黒い飛沫が流れ弾となって頬を掠めた。構うものか。この程度、今のアヤノの苦しみに比べれば無に等しい。

 

「アハッアハッ! バラバラ痛イ痛クナイ痛イイタイイタイタイ! アハハハハハハ!」

 

 人狼の放つ死の斬撃がアヤノを切り刻み、その側から黒い触手が身体を再生させる。

 

「クゥアアアアアア」

 

 絶叫、黒い瞳が虚のように見開かれてアヤノが再び杖を掲げた。

 

「それ以上、させない……!」

 

 杖を振りかぶって、渾身の力で《ほうき星》を練り上げ放つ。直撃しアヤノの身体が星光で焼かれる側から修復されていく。それでいい。こっちを見なさい!

 

「青イ? キレイ! キレイ! 青青青青青ッ! モットモット見セテエエエエ!」

 

 傀儡人形のようなアンバランスな走りでアヤノがこちらに向かってくる。それでいい。その歪んだ笑みに、かつてのアヤノの柔らかな表情が重なる。

 

『───わたしはね、レナラの魔術の色が好き。あなたの鮮やかな青い星の光が、きっと誰の魔術より綺麗だと思ってるから一緒にいるんだよ』

 

 そうね、アヤノ。わたしもそう思っているわ。そんな姿になってしまっても、きっとあなたの心は生きてるんだって信じてる。

 

「ええ、いくらでも見せてあげる、かつてのように! 《創星雨》!」

 

 アヤノの頭上に星の雨が降り注ぎ歩みを止める。くぐもった金切り声。その背後から人狼の刃が迫る。瞬間、撃ち込まれる大火球がその鎧を焼いた。

 

 人狼が飛び退きうめく。そして怒りのままに咆哮した。その目線の先には転移魔術で出現したゴライアスが隻腕のまま右腕で剣を向けていた。

 

「貴様、なぜ止める! この娘は何れ世界を壊す災禍となるぞ!」

「知らんな。少なくともそれを決めるのはお前では無いことは確かだ。指の奴隷の分際で星の守護者気取りか? 生憎だが私は不肖の弟子どもを薫陶してやっている途中でな。お前に水を差されるのは都合が悪い。それほど功に飢えているなら私が相手をしてやる。気が済むまでそのか弱き女を守護するが良いさ」

「大いなる意思に連ならぬ死に損ないが……!」

 

 ゴライアスと目線が合う。息も絶え絶えで、それでも高圧的な眼差しは変わらない。

 その態度を通してまるで自分を見ているようで、出会ったときからずっと気に入らなかった。どうして? 理由は分かってる。人と上手くやれない自分自身が嫌いだったから。

 

 でもただこの時だけは、その迷いの無い眼力に安心してしまう自分がいる。

 

「レナラ、未だその神は幼体に過ぎん。ならば今ならば引き剥がせよう! 然らば、往け!」

「ええ───最初からそのつもりよ!」

 

 アヤノを支配しているあの暗黒も神だというのか。神とは祈れば人を救ってくれるものじゃないのか。 

 違うのなら……神なんて居なくたって構わない。

 

 星の雨が止む。私は走った。もはや痛みなど感じなかった。黒い虚のようなアヤノの瞳がこちらを見て、口元が不気味に歪む。杖がこちらに向けられ、闇色の飛沫が撃ち出された。

 

 星光を展開してそれらを全て叩き落とす。それでもその中の1つが私の左肩を貫いた。血が噴き出すのを感じた。痛い。痛すぎて息が止まりそうになる。涙が出る。そんなもの、ただの身体の反応だ。叫ぶな。喚くな、足を止めるな!

 

「……ッ! 自分自身のことですら嫌いだった私を、あなたはいつだって肯定してくれた!」

 

 そう。だから私はあなたの横にいられるような星見でい続けようと誓った。

 あなたは私のことを天才だという。でも違う。まだ幼かったあの日あなたの桜吹雪を見た時、あなたこそがそうなのだと思った。これほど精巧に星光の姿を変えて、新たな形を創造できる星見を私は他に知らない。

 

「星光を変質させれば魔術の可能性は無限の彼方に届く。アヤノ、あなたが教えてくれたことよ!」

 

 そんなあなたが、私のことを信じて、天才と呼び肯定してくれる。側にいてくれる。

 それがどれだけ今まで私の心に力を与えていたか、お気楽で脳天気なあなたはきっと知らないでしょうね!

 

 だからどうか、戻ってきて。

 いつものように、そのままでいてよ。

 ねえ、私の横で笑っていて。

 

 きひ、と悲鳴のような笑い声が、アヤノの口から漏れる。

 

 大切な姉妹の心が泣いている。

 お願い、そんな顔をしないで。

 

 泣きたくなって、目を背けそうになる。目線の端に、気絶したまま倒れ伏すクラリスが映った。

 

 掛け替えのない友。ねえアヤノ、あなたがいなければ、クラリスやボルスを友と呼ぶこともなかったでしょう。私が見つけたかったものは、あなたの導きで既にこの手にある。だから、絶対に失いたくない。

 

 思い出す。お互いに姉妹であると、ずっと一緒にいるのだと誓い合ったあの時に見た満月の空。

 

 もっと色んなことを知りたい。空に瞬く輝きを掴み取りたい。そう思って努力と研鑽を重ねた。星空に手を伸ばし続けた。そして届いた。全てを白く染める眩い月。星の光すら置き去りにして暗黒を照らす光。

 

 彩を失って漆黒に染まったアヤノが迫る。

 

「アヤノ、あなたにそんな色は似合わない」

 

 大好きだった、あなたの魔術と同じ桜色の瞳。恥ずかしくて言ったことはないけれど、今だってそう思ってる。だからあなたがあの美しい桜吹雪を創り出したように、私もそうしよう。

 

「助ケルタスケルッ貴方ヲミンナオ願イ! 殺スゴメンナサイ死ナナイデダカラダカラ殺ス、コロス! ワタシ!」

 

 ほんの一瞬だった。アヤノの口元が苦しそうに歪んだ。そして燃えさかる暗い瞳から黒い涙が伝う。

 

「ワタシヲ、助ケテ……」

 

 確かに聞こえた姉妹のか細い声。怒りで血が沸騰する。

 絶対に許さない。私の姉妹をこんな風にしたお前を。アヤノの中に居る何かに対して私は呟く。聞いているか。お前は神なんかじゃない、ただの醜い化物だ。

 

 だからそこを退(しりぞ)け。

 

 私の脳裏に満月が宿る。

 

「ええ、助けるわ、絶対にッ! 世界で1番大切なあなたを!」

 

 満月よ! だからどうか、その闇を消し去る光を私にちょうだい!

 

 掲げた杖の先から白光が舞う。それが空に真円を描き、月となって浮かび上がるのを見た。私達の視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 幻を見た。

 

 この狭間とは全く違う世界。

 誰かに突き落とされて、溺れるように水の中に沈むあなた。冷たさと絶望の中で助けを呼ぶ。

 

 お願い、誰か。

 

 助けて、お父さん。助けて、お母さん。

 ざっくりと切られた手首から、水の中に煙のように血が混じる。

 

 水中をもがいてあなたの手が力なく振り乱される度に、身体から命が抜け出していく。鮮やかな紅い霞があなたの身体を海月の足のように、ふわりと覆う。水面から射した一筋の光が、ほんの一瞬あなたを照らした。

 

 私の脳裏に恐ろしい考えが浮かぶ。けしてそんなことを思ってはいけないのに、照らされたその血の色はあなたの瞳と、あなたが手繰る魔術の色にとても似ていて。

 

「わたし、死にたく、ない……よ……」

 

 最後の言葉は泡となって消えた。

 暗くて冷たい水底で、深淵にあなたの身体が沈む。雲に覆われた夜の暗黒のように、何も見えなくなる。

 

 そして私は、かつてあなたが死んだことを識る。

 

 

 

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《レナラの満月》

満月の魔女、レナラが見出した魔術

 

その身に満月を呼び、敵に向かわせる

満月は、触れる魔術のすべてを消滅させ

当たった者の、魔力カット率を一時的に下げる

 

星を目指した少女が、その幼き日に出会い

ただ闇を晴らすために描いた、美しい月である

 

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