村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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ご注意:少しですが昆虫食の表現があります。


24.わたしに好きなことはある?

 からん、からん。

 

 鐘の音でぱちりと目が覚める。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

 外を見れば、相変わらず星空がノクステラの街全体を照らしていた。これでは朝なのか夜なのか、そもそもどれくらいの時間寝たのかすらよくわからない。

 

 かったいかったいベッドから起き上がるとすぐに肩と首に痛みを感じた。覚悟はしていたけどやっぱり寝違えちゃったな。

 

「いったぁ……」

『ぷぷぷい?』

 

 首をひねって肩を押さえていると、プララが触手でわたしの首にちょんと触れた。心配してくれてるんだろうな、っていうのがなんとなくわかるようになってきた。

 

「うん、ちょっと寝違えただけだからすぐによくなるよ。ありがとね。プララ」

『ぷいぷいぷいぷい』

 

 傘をむにむにと撫でつけてやるとプララはぷいぷい言いながら気持ちよさそうに身体を震わせた。こうされるのは嫌ではないらしい。

 ぽよぽよした感触がなんか触っていたくなる感じでいいのよね。弾力性のあるお手玉クッションみたいな。

 

 プララの傘の感触を一通り堪能してから、バルコニーに備え付けてあった瓶の水で顔を洗い髪を整えて部屋の外に出る。そして昨日来た道を思い出しながら一階に降りエントランスに出ると、ゆったりとした白い貫頭衣を纏った侍女の人に深々と礼をされた。

 

「おはようございます。アヤノ様。ご足労頂き申し訳ございません。すぐに朝餉をご用意いたします」

「えっ、あの、ありがとうございます……?」

「ルクス様より仰せつかっておりますので、こちらへ。ご案内いたします」

 

 食堂のような場所に案内されるかと思ったら個室だった。壁の開口から覗く庭では白い植物の葉が淡く煌めいている。高級料亭に来たような気分だった。

 

 座っているとやがて料理が運ばれてくる。ふかした芋と焼き魚が運ばれてきて食べれそうだとほっとしたのも束の間、最後に目の前に出された皿を見てわたしの思考は停止した。

 

 ぎこちない動きで給仕さんを見上げる。

 

「あ、あのぉ……この料理は」

「養殖ホタルの成虫の素揚げと茹でた幼虫を和え、白妙菊をの葉を添えたものになります」

「ヴッ! ワァ……ァ……」

 

 現実を直視できなかったので思わずちいかわみたいな声を出してしまった。

 

 目の前にはそこら辺を飛んでいるものより大振りなホタルをカラッと揚げて盛りつけられて、その上にクリーム色をしたぶつ切りにした幼虫が和えられている。

 

 なんとなく予想はしてた。してたけどさぁ!

 こんな地下の洞窟で地上と同じ食べ物があるとは思ってなかったけどさぁ!

 

 わたしは狭間の地で14年間生きてきたけど、それでも虫はできるだけ食べないようにしていた。村が凶作のときに食べるものがなくて、どうしても食べなきゃいけない時だけは仕方なく、本ッ当に仕方なく口にしていたけれど、今でも土臭い味とばさばさした食感は記憶から消し去りたいと思っている。

 

「……お気に召しませんでしたでしょうか?」

「い、いいえ!? ソンナコトアリマセンヨアハハハ」

 

 言って、嫌なものを嫌と言えない性格に嫌気がさす。厚意で出された食事を気に入らないから下げてくれだなんて言えない。

 

『ぷい……』

 

 プララが本当に食べるのかと言わんばかりにホタルの素揚げを眺めながら傘を傾げた。

 大丈夫だ。他の料理も虫だったならともかく、魚と芋は普通なんだし。

 だから、こ、この虫さえ突破すれば……。

 

 わたしは美味しいものは後に残しておくタイプである。つまり、そういうことだ。

 息を呑むと、覚悟を決めて皿に盛られた黒いホタルに手を伸ばした。

 

 

※

 

 

 ホタルはまったく土臭くなく海老と豆乳が混ざったような味がした。

 ……正直、美味しかった。でも、その事実を脳が認識することを拒否している。

 目隠しをして食べさせてくれれば普通に美味しく食べられたのかもしれない……。

 

 ちなみにプララは外の庭園に生えていた白い葉っぱを触手でちぎってはもちゃもちゃ傘の下から食べていた。それを見てほんの一瞬、食事の時間だけはわたしもクラゲになりたいと思った。

 

 庭園の石造りのベンチに座って、わたしは放心状態で食事中のプララをただ眺めている。

 

 お腹は満たされたけれど精神力を失ったような気がする。ゆるゆると胃のあたりをさすってみた。うう、今わたしの胃の中にホタルがたくさん入ってるんだよなぁ……。

 

 何でもお腹の中に入れば同じとはいうけど、頭の中にビジュアルが焼き付いてそう簡単に割り切れる気がしない。あのデカい蟻もそうだったけど、わたしは虫がニガテだ。特に昆虫っぽいやつ。

 

「アヤノ殿、ここにおられたか」

「あ、すみません。もしかして探されてましたか」

 

 ぼうっとしているわたしに近づいてきたのはルクスさんだった。相変わらず目は白いヴェールに隠されていて見えない。

 

「ああ、貴殿は地上からこのノクステラに来た身。まだ慣れず過ごしにくかろうと思ってな」

「いえ、そんなことは」

「ふむ……そうか。随分と鬼気迫った表情で朝餉を食べていたと聞いたが。口に合わなかったか?」

「そ、そんなことないです。それは気のせいです、きっと気のせいです」

「冗談だ。ならば明日も今日と同じ朝餉を出そう」

「エッ!?」

 

 そ、それはヤバイ。うろたえると、それを面白がるようにルクスさんの口角が上がったのが見えた。

 

「……アヤノ殿、貴殿はこのノクステラの柱たる姉上の命を救ったのだ。気持ちはありがたいが、気を遣う必要は無い。地上では我らと食すものが異なることくらいは想像できるからな」

 

 最初から気づかれていたのだ。そして逆に気を遣われてしまった。

 わたしは取り繕うのが本当に苦手らしい。

 

「やっぱそういうの、顔に出てますか……? わたし」

「フ、貴殿はとても分かりやすいな。だが悪いとは思わない。年相応の娘らしく可愛げがあるとは思うぞ」

「うう……」

 

 中身を合わせたら30年以上生きてきた大人だというのに、そう言われると不相応に幼いと言われている気がして恥ずかしくなってしまう。レナラ以外の人から見てもわたしがお気楽で脳天気なのは変わらなさそうだ。

 

『ぷぷぷ』

 

 葉っぱを食べ終わったプララがわたしの頭の上で笑った(ような気がした)。よし、うんざりするまでむにむにしてやろう。わたしはプララを両手で掴むとひたすら手でもみくちゃにした。

 

『ぷららららら』

「ずいぶんと仲が良いのだな」

「まだ出会ったばっかりなんですけどね」

 

 つい昨日初めて出会ったばかりなのに、なぜか既に長い付き合いのある友達のような気安さがある。

 

「しかし、不思議だ。私はこのように空を泳ぐクラゲは見たことがないが、地上にはこんな生物がいるのだな」

「えっ、この子って地底の生き物じゃないんですか?」

「いいや……少なくとも私は見たことがないな」 

「そうなんですか。昨日、河を歩いていた時に出会ったんで地下の生き物かと。わたしも初めて見ました」

 

 もしかすると新種の生物か何かなのかもしれない。その割に飼われていたような形跡があったり、人に慣れすぎている気がするが……。わたしとルクスさんはふたりしてプララを見ながら首を傾げた。

 

『ぷい?』

 

 手の中にいるプララもわざとらしく首を傾げてみせた。やっぱあなたわたしたちの言葉理解してるよね?

 

 

※

 

 

 その後、ルクスさんはノクステラの街を案内してくれた。

 忙しいんじゃないかと1度は断ったけれど、恩人なのだからこのくらいはさせてくれと引き下がってくれそうになかったのでお言葉に甘えることにした。

 

 案内してもらいながらわたしたちは色々なことを話した。

 ルクスさんはこの街のことを。わたしは地上での星見や魔術師たちの暮らしのことを。そしてレナラ、クラリス、ボルスさん、ゴライアス。わたしの家族のことを。

 

「なんと、貴殿は星見の祖に師事していたというのか!」

「ほんの少しだけですけどね。昨日使った《桜の鞭》もゴライアス先生に教えてもらったんです。もう、亡くなってしまったんですけど」

「そうか……私も言葉を交わしてみたかったよ。だが、地上には数多の貴殿のような星見が今もなお命脈を保っているのだな」

「はい。家族もきっとわたしの帰りを待ってます。だからわたしは地上に帰りたいです」

 

 わたしたちは街の中層にある高台を歩いていた。眼下には下層の大通りとそこを歩く人々が見える。ルクスさんは手すりまで歩み寄ると、星空を見上げた。

 

「我らははるか昔、先祖の時代に地底に落とされ、地上へ還る道を永久に閉ざされたという。かつては地上への道を開くために様々な手法が試されたというが……その全ては徒労に終わったと聞く」

「そう、ですか……」

 

 その答えはなんとなく予想していた。だって地上に昇る道があるなら、とっくにこのノクステラに住んでいる人たちは地底にいるはずがないだろうから。

 

 ルクスさんはわたしの落胆をやわらげるように、振り返って薄く微笑んだ。

 

「だが、不可能とは言わない。今言ったのも、はるか昔のことだ。たった今地上から落ちて来た、星見の祖に連なる貴殿であればその限りでは無いかもしれん。かつての先人とは異なる知恵も出せよう。勿論、我らも貴殿のためとあらば惜しみなく力を貸す」

「ありがとうございます」

 

 ただそう言ってぺこりと頭をさげる。不安そうな顔を見られてしまう気がしたから。

 そう言われても、このノクステラにいる沢山の人ができなかったことがこんなちっぽけなわたしにできるとは思えない。

 

 ……ううん、違う。できると思えないじゃなくて、やらなきゃいけないんだ。

 

「今、この都は邪悪なる腐れの侵攻に脅かされている」

「腐れ?」

「大河の奥底から現れたおぞましくも朱き腐敗だ。一度触れればただ身体が腐れ落ちるのを待つばかりのな。あの朱い瘴気を操る蟲の司祭どもを前に、我らノクステラは数多の戦士を失った。ひとたびアヤノ殿に剣を向けざるを得なかったのも、我らにとって奴らが憎き怨敵であるからだ」

 

 そういえば昨日襲われた時に、わたしは人間なのに蟲だとかなんとか言われていたことを思い出す。

 

「我らに逃げる場所などない。戦うしかない。だが……もし、地上へ帰ることができるというならば……」

 

 そこまで言って、はっとしたようにルクスさんは口をつぐんだ。きっとルクスさんもまたわたしと同じように地上に帰りたいと思っているのかもしれない。

 

「いや、貴殿には関係の無いことだったな」

 

 そんなことないよ。と言えるほどまだわたしはこの街で生きる人たちのことを知らない。傍から見れば、ノクステラは美しく良い街に見える。それもまた無知ゆえの感情にすぎないのか。

 

「私もこのノクステラで産まれ、地上など知らず、この偽りの夜空を眺めてきた」

 

 ふふ、とルクスさんが寂しそうに笑う。

 

「おかしな話だな。みな地上の夜空など知り得ぬというのに、我らはこの動かぬ夜空を偽りのものだと認識しているのだから。……アヤノ殿、地上の星空とは、いったいどれほどの美しさなのだろうな」

 

 わたしは答えることができなかった。それを言葉だけで表現できるほど、わたしは頭が良くない。

 

 逡巡していると、透き通るような音が木霊した。

 一瞬遅れて歌だと認識できたそれは、ノクステラの街全体に響きわたるほどのものだった。

 

「この歌は……?」

「姉上の歌だ」

「ステラさんの?」

「ああ、姉上はノクステラの王女であらせられるとともに、夜巫女の長として星見台で歌を奉じている」

 

 聞いていると心が安心するような歌声だった。でも反響してエコーがかっているせいか、どこか儚く悲しげでもある。

 

「姉上の歌声が消え去ったとき、このノクステラは絶望の闇に誘われるだろう。だからこそ、姉上はいてくださるだけで良い。この歌こそが、姉上の存在こそが、地底で冷え切った我らの心の臓を熱し、生きる糧となっているのだ」

 

 高台の下の大通りを歩く人たちを見れば、足を止めて歌に聴き入っている人ばかりだった。きっとルクスさんの言うとおり、ステラさんはこの街の人たちの支えになっているのだろう。

 

 その時、頬に冷たい感触があった。雨が降ってきたのかな、と思ってすぐおかしいことに気づく。

 

「地底なのに雨……?」

「定期的に岩の合間に溜まった水が天井から漏れ出すのだ。アヤノ殿、屋根の下へ。風邪をひく」

「あ、はい」

 

 ふたりで近くにあった石の東屋に避難する。あっという間に細かい雨が霧のように立ちこめた。

 街の人たちも既に雨宿りにきていて、ルクスさんを見るなり頭を下げて挨拶をしていた。ステラさんが王女様なら、その妹ってことだから……きっと偉い人なんだろうな。

 

 遠慮したのか、急いで東屋から立ち去ろうとした人たちを押しとどめてルクスさんがわたしに囁く。

 

「アヤノ殿、私は一旦勤めに戻る。また改めてゆっくり話をしよう。帰り道は分かるか?」

「お忙しい中ありがとうございます。道は覚えているので大丈夫です!」

『ぷいぷい』

 

 プララもわたしの肩の上あたりでくるくると回って分かってますアピールをしていた。

 

「そうか。困ったことがあれば侍女に言って私を呼んでくれ。重ねて言うが、気を遣わないでくれよ」

 

 わたしが苦笑いしながら手を降ると、ルクスさんはひらひらと手を振返しながら霧雨の中に消えていった。

 

 そしてわたしは同じく雨宿りをしている街の人からあれこれと聞かれることになった。

 どこから来たのか、とかステラさんとルクスさんとはどういう関係なのか、とか。

 見た目からして全く違う異物なのだから当然かもしれない。それでも遠目でひそひそ噂されるよりずっとマシである。

 

 地上はどんな場所かという話が1番食いつきがよくて、地上の植物は葉っぱが緑色だったり黄色だったりとか、太陽が出ていて昼間は空が青いとかその程度の話でみんな驚いていた。

 

 ルクスさんが言っていたように、ノクステラの人たちはみんな産まれた時から地底に住んでいるんだと思い知らされる。

 

 ぺらぺらと適当に話しているだけなのに、また話を聞かせてくれ、今度うちの店に来てくれ、と色んな人から自己紹介されてしまった。

 

 そして雨が弱まってきたタイミングを見計らって、星見台の場所を聞いて東屋の外に出た。

 こうやって話しているのも楽しいけどきりがないし、何より昨日落ち込んだまま別れてしまったステラさんのことが気になったのである。

 

 雨の中、階段を上ってノクステラの上層に向かう。いつしか髪もローブもしっとりと濡れていた。

 

「プララは雨大丈夫なの?」

『ぷぷい』

 

 頭の上から気の抜けた声が聞こえる。特に気にしていないようだ。

 まあクラゲってそもそも水生のはずだもんね……。それよりも自分で飛ばずに楽できればいいらしい。

 

 星見台はノクステラのいちばん上、広い階段を上り続けた大鐘楼のふもとにあった。

 展望台のように街が一望できる方向にせり出した広場の先にステラさんらしき後ろ姿が見えた。

 

 近づいていくと、その傍らに控えていた数人の女官らしき人たちが一斉にショーテルのような曲剣を構えた。昨日ルクスさんが持っていたのと同じものだ。

 

「控えよ! 王女殿下が御詠歌を奉じている最中である!」

「す、すみません」

『ぷぷぷぷい!?』

 

 プララといっしょにすくみ上がりはっとする。うう、だよね。王女様だもんね。気軽に近づいちゃダメだよね。

 

「アヤノさん?」

 

 ステラさんが振り向いて意外そうな顔をした。そしてすぐに武器を構えた人たちを見て慌てはじめる。

 

「か、彼女はわたくしの恩人にあたる御方です! 皆、武器を納めてください」

「ですが……」

「お願いします」

 

 またステラさんは昨日みたいな泣きそうな顔になっていた。

 

 

※

 

 

「あの……仕事中、だったんですよね? ステラさん、ごめんなさい。お話ししたかったんですけど、また改めてのほうがよかったんじゃ」

「いえ、いいのです。わたくしもアヤノさんに謝罪せねばと思っていたのに、こうしてあなたから足を運ばせてしまったこと、申し訳なく思います」

 

 ステラさんは悲しげに笑った。ヴェールは被っていなかった。銀色の瞳が揺れ、水滴が頬を伝う。ずっと雨の中歌っていたのか、髪と白いノースリーブのドレスはずぶ濡れだった。

 

 人払いをされた星見台で、わたしたちは弱まった霧雨の中で2人だけで話をしている。

 

 ステラさんは昨日と同じように、どこか悲しげな表情をしていた。

 こういうときはポジティブな話題で雰囲気を変えなきゃ。

 

「あの、ステラさんが歌ってたんですか? 今の歌」

「えっ、ええ……」

「すっごい綺麗でした! ずっと聴いてたいくらい!」

『ぷいぷい!』

「ほら、この子もそうだって言ってます」

「そんな、褒められることでは」

 

 ステラさんはわたしたちから目を逸らした。

 

「……これ以外にわたくしは何もできません。ルクスたちのように戦い、このノクステラを守ることもできない、何の力も持たないわたくしの歌が、どうして皆の慰めになりましょう。これが夜巫女であるわたくしの役目だとは分かっているのですが、どうしても……」

 

 腰の前で合わされた手のひらにぎゅっと力が入ったのがわかった。

 

「でも、わたしは感動しましたよ」

 

 きっとノクステラの人たちもそう思っているはずだ。

 そうでなければ、あんな風に立ち止まって歌に聴き入ったりしない。

 

「……アヤノさんは、歌がお好きなのですか?」

「好きかはわからないけど、歌はひとつ知ってます」 

 

 わたしが口ずさめるものといったら、トリーナが教えてくれた子守歌だ。

 ステラさんは興味深そうに表情を一転させた。

 

「どんな歌ですか?」

「えっと、その、魔術の子守歌? みたいな感じで、歌ったらみんな眠たくなっちゃうので」

「魔術ですか? ええと、それなら、杖を持たずに歌えば眠らないのでは」

「あ」

 

 そういえばそうだ。杖を持って歌ってるから眠くなるだけで、魔術の触媒たる杖がなければいくら歌ったって効果は発動しないだろう。

 それに庭でルクスさんと会った流れで外に出てきてしまったので、そもそも杖すら持ってなかった。

 

「確かにそれもそうですね。じゃあ、歌ってみますね」

 

 すう、と大きく息を吸う。

 ついさっきまで落ち込んでいた顔をしていたのに、ステラさんはどこかわくわくしたようにこちらを見ていた。

 

 そして気づく。

 

 なんかこれ……すごく緊張して恥ずかしい!

 

 

※

 

 

 ただ何も無い穏やかな場所に

 

 燃えた樹の灰が降り積もる

 

 柔らかな雪が降り注ぎ漂い

 

 やがてわたしたちは鈍色の衣を纏う

 

 やがてわたしたちは密やかに朽ち混ざりゆく

 

 さらさらと森の底に落ちる白い砂のように

 

 きらきらと水面に映りたゆたう青い星のように

 

 母の手を取ってお眠りなさい

 

 ぬくもりを抱いてお眠りなさい

 

 

※

 

 

「……えっと、どうですか?」

 

 わたしは恐る恐るステラさんの反応を伺った。緊張して声が上ずってしまった気がする。

 恥ずかしさで耳が真っ赤になっている自覚がある。

 

「綺麗な歌ですね。その、少し、内容が寂しい、かもしれませんが」

「あっ、ですよね!? 一応子守歌らしいんですけど、ちょっと寂しいですよね……」

 

 気分を上げる歌でも覚えればよかったと少し後悔した。それでも、ステラさんは柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「でも、あなたの優しさが伝わってくるようでした。わたくし、とても感動しました」

「そうですっ、わたしもそう思ったんです」

 

 わたしは食い気味にステラさんを見上げた。ステラさんはどこか虚を突かれた表情でわたしを見ている。

 

「ステラさんの歌には人の心を動かす力があります! 絶対に、何もできないなんてことありません! この街に来たばかりのわたしでもそう思うんだから、きっと街の人たちだって同じはずです!」

『ぷぷいぷい』

 

 プララがステラさんの周りをふわふわと回って、元気づけるように頭を触手で撫でた。

 

「そんなこと……」

「あります!」

「でも」

「絶対に、そうです! 歌が聞こえたらみんな立ち止まって聴くくらいなんですから! ステラさんの歌が好きじゃなかったら絶対にそんなことはしません!」

 

 ステラさんはびっくりして目を丸めていた。はっとする。何も気にせずにめちゃくちゃにまくし立ててしまった。相手は王女様だぞ。

 

「ごごごごめんなさい。本当にステラさんの歌に感動して、それでつい」

「フフッ」

 

 うろたえるわたしを見てステラさんはくすりと笑った。それは今まで見た中で、1番自然な笑みだった。

 

「アヤノさんは、歌うことがお好きなのですね」

「えっ?」

「昨日、勇敢にわたくしを助けてくれたあなたが、こんなに年相応の娘のようにはしゃいでいるんだもの。それに……好きでなければ、きっとそのように優しく歌うことはできません。歌を生業とするわたくしにはわかります」

「じゃあ、ステラさんこそ歌うのが好きってことですね!」

 

 わたしはにっこりと笑って見せた。お互いに見つめ合い、ただ笑う。

 やがてステラさんはほんの少し逡巡すると、屈んでわたしと目線を合わせた。

 

「アヤノさん、いえ……アヤノ。わたくし、あなたともっと仲良くなりたいわ。あなたが、それを許してくれるのなら」

 

 地上に帰れるのか。また家族に会うことはできるのか。

 

 不安はいくらでもある。

 でも今は、ただ目の前のこの人と仲良くなりたいと思った。

 

 この人と一緒に歌ってみたい。

 友達に、なりたい。

 

「うん、わたしも同じ気持ちだよ! ステラ」

『ぷい!』

「うんうん、プララも友達だよね」

 

 そしてわたしたちは両手で手を握り合った。お互い雨で冷えたびちょびちょの手だった。その上にプララの触手がぴとりと乗せられる。どこか温かい。

 

 ふと、思う。

 

「そっか……わたし、歌を歌うのが好きだったんだ」

「気づいてなかったのですか?」

「うーん、たぶん、今言われて初めて気づいたのかも……」

 

 わたしは苦笑すると、ステラは星見台の下に広がる街を見下ろした。

 

「分からないものですね。人から己がどのように思われているかだなんて」

 

 それはきっとそうだ。どんな世界で生きていたとしても、人の本質はそれほど変わらないのだろう。

 

 しかし、わたしがこんなに自分から興味を持って好きだと思ったことなんて、この狭間の地に産まれてから1度でもあっただろうか。

 

 占星術のように、与えられたものにただ取組み、その中で楽しさを見いだすことはあった。

 でもそれは「どうせやるなら楽しくやろう」って思っただけで、きっと自分自身の心の底から拾い上げたものではない。

 

 トリーナはわたしが歌が好きになることを見越していたのだろうか? まさかね。

 

 

※

 

 

 びしょ濡れで館に帰ると、侍女の人があっという間にお風呂と着替えの用意をしてくれた。

 

 まさかお風呂があると思ってなかったからびっくりしたけど、雨も降るし街中に水路が張り巡らされているくらい水が豊富な街なのだから不思議なことじゃないのかもしれない。

 

 脱衣所で服を脱いで、そして気づく。

 

「なに……これ……」

 

 胸、心臓のあたりを思わずなぞる。

 そこには細かいひび割れが重なり、滲み出すような黒い傷跡があった。

 

 どこでこんな怪我をしたのだろう。胸の痛みなんて覚えがないし、何も思い出せなかった。

 




トレーラーを見た感想:全部ミケラのせい……ってコト!?

みんなここまで読んでくれてありがとねー!ちょーうれしーよー!
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