早朝。起床と朝食の合図を示すドラが鳴って目が覚めた。身体を起こせば、周りで雑魚寝していた作業員たちが今日も眠そうな顔を擦ってぞくぞくと宿舎の外に出て行くのが見えた。
隣で横になったままの、うるさそうに顔をしかめながら目を瞑っているレナラに囁く。レナラは星見たちの例に漏れず夜型人間なので朝が苦手なのだった。
「レナラ、わたし今日はちょっと奥まで掘ってくるね~」
「うぅん……冗談かと思ってたけど、アヤノあなた、本当にこの仕事好きなのね……」
「え、楽しくない? 宝探しみたいでさ」
「あんな空気の悪い坑道の中で泥まみれになってもそれを楽しめる女はあなたくらいよ……。止めはしないけど気をつけなさい。変な場所を掘って化物が湧いてきたらすぐに逃げることね。私はもう少し休んでから行くわ……」
「オッケー。怒られない程度にしなよ」
坑道で労務を始めてから2週間が経った。今日も元気に鍛石を掘るぞ! 目を擦りながら呆れたレナラを尻目に今日もわたしは籠を背負って杖を片手に採掘に向かうのだった。だってレアな鍛石が掘れたらテンション上がるでしょ? お金も貰えるしさ。
※
沢山の人が採掘している広い坑道を素通りし、どことなく人の気配が少なそうな暗い横穴を選んで坑道の先へ進んでいく。競合が少ないほど珍しい鍛石を掘れるかもしれない、なんて単純な狙い。奥に行けば行くほど迷う可能性が増えるので、その対策に地面には虹色石がばらまかれていた。
そして立ち入り禁止を示すように木の板がX印に打ち付けられた横穴がちらほらと目立つようになるあたりで、化物と見まごうほどの異常に大きい巨体に出くわした。その巨体をかろうじて坑道が通れる程度に屈めて、大きな手が打ち付けられた板を取り払おうとしていた。
「えーっと、そこ立ち入り禁止ですよ?」
わたしがおそるおそる声をかけると、その巨体がもぞもぞと動き、顔だけがこちらを見た。
壁に掛けられている松明の量も少なく薄暗い上に虹色石が地面から顔を照らしているため、ぼうぼうに生えた長い髪と鬼の面のような顔が恐ろしげに浮かび上がり少しだけ驚いてしまう。
そしてその顔は雰囲気に似合わず怪訝そうに首をかしげた。
「……そうなのか?」
「あっはい。板で×印が付いてる所は立ち入り禁止のはずです。たぶん……」
「そうか……この先に良い石がある匂いがしたんだがな。残念だ」
「えっ、どこにいい鍛石があるのかわかるんですか?」
「トロルは火と鍛治に精通しておる。石の気配に関してはヒトより鋭いだろうな」
トロル。小巨人ともいわれる、巨人ほどではないがヒトよりはるかに大きい狭間の地の生き物のひとつだ。学院での授業で習っていたので化物と見間違えずに済んだのである。
わたしは学院にまたひとつ感謝した。レナラの言うとおりレアルカリアには良くない部分もあるのかもしれないけれど、けしてそれだけじゃないと思う。
「そうなんだ。す、すごいですね?」
「当たり前のことを凄いと言われてもな……というかお主、トロルが怖くないのか」
目が落ちくぼんだ鬼のような顔でじっと眺められているのがわかった。思わず背筋が伸びてしまう。
「うーん、トロルのことは知ってますし、それに喋れる相手ならそれほど、怖くないかな。むしろ普通なら絶対に出会えない相手とこうやって普通に喋れるのはちょっとわくわくします」
わたしはドキドキしながら言葉を紡いだ。怖さ半分楽しみ半分という感じだ。
トロルは知的生命体で言葉も通じるが血に飢えており、その気になれば人間などひとたまりもなく磨り潰される危険生物だからけして近づいてはいけない。というふうに学院では教えられた。でも目の前のトロルはきわめて落ち着いた性格のように思えた。
「……強がりおって変な娘だ。儂の名はボルスという。お主は?」
「あっアヤノです! よろしくお願いします。ボルスさんも崖を越えるためにここに?」
「応、ちと用事があってな。だがヒトの使う貨幣というものは持ちあわせておらんで、あのグラムとかいうヒトの男に言われた通りこうして石を掘っておる」
わたしは素直にグラムさんのことをすごいな、と思った。相手が人間じゃなかろうと、坑道を通りたければ全く同じ扱いをするグラムは実は大人物なのかもしれない。トロルなら人間より効率よく鍛石を採掘できるだろうし、丁度いい労働力程度に考えてる可能性もあるけど。
「しかし残念だ。珍しい石を採掘すれば貨幣とやらを受け取れると聞いたのだがな」
ボルスさんは名残惜しそうに立ち入り禁止の横穴の先を見ている。意外に思ってわたしは口を開いた。
「お金が欲しいんですか?」
「儂はヒトの作る武具に興味があってな。だがヒトは我らトロルを恐れる。それは仕方ないが……ヒトは貨幣というモノに大きな価値を置いているのだろう? ならばそれさえあればトロルと取引するヒトも、もしかしたら居るかもしれんと思うてな」
「そういう人、絶対いると思います!」
わたしは自信を持ってそう言った。
職人はわからないけれど、商人という人たちはメリットがあれば鬼でも悪魔でも取引するものだと知っている。時には命より金を優先する商人だって珍しくない。
……って前世の本で読んだだけだけどね。でもこのファンタジー世界だって商人の性質は大して変わらないだろう。多分。
「そ、そうか。それならいっそう無念というものよ」
ボルスさんは私の食い気味の態度にびっくりしたのかやや引き気味にそう言った。
「でも珍しい鍛石があるのってここだけじゃないはずですから、他の場所も探すといいと思いますよ」
「……そうだが、儂は見ての通りこの巨体。あの男やお主のようにトロルをさほど恐れない者はそう居らぬ。ヒトが多い場所を練り歩けば他のヒトを恐れさせ迷惑を掛けような」
「もしかしてそれを気にして目立たないように坑道の奥に……?」
ずいぶん優しいひとだなあと思った。レアルカリアのトロルについての授業は改善の余地があるかもしれない。
「然り、しかしアヤノ。それはお主にも言えることだろう。歳若い娘がなぜこんな場所にひとりで来るのだ?」
「あっ、わたしも珍しい鍛石を探しに来たんですよ。通行ついでにどうせならお金欲しいので! あと結構穴掘るの得意ですから!」
わたしは左手で持った星見の杖を肩に担ぎ、右手でガッツポーズを作った。14歳の小娘とはいえ既にわたしは普通の大人より効率よく鍛石を採掘できる自信がある! もはや星見じゃなくて採掘師!
……待てよ? ボルスさんと組めば珍しい鍛石を掘りまくってウハウハなのでは?
「ボルスさん、よかったら今日1日わたしと一緒に採掘しませんか? 掘った鍛石は山分けで! こんな小娘ですが、足手まといにはなりませんよ!」
そういうことになった。
※
結果的にボルスさんとのタッグはもの凄く効率が良かった。
ボルスさんがぎりぎり通れそうな横穴を巡り、その先に鍛石がありそうならふたりで掘る。人間しか入れそうにない横穴に鍛石があるならわたしが《岩盤砕き》でピンポイントで掘り進めて採掘する。
手当たり次第でなくなった分、かつてないほど色んな鍛石を手に入れることができた。
「うわっ、これ喪色の鍛石じゃない! あるって聞いてたけどホントに掘れるんだ、これ」
白く輝く大きな塊を手にしてわたしは息を飲んだ。両手で抱えるほどの大きさのそれは、色々な珍しい品物が集まるレアルカリアの門前街で高値で売っていたものより巨大だった。
「おお、その大きさであれば相当の業物を強化できような」
「ですよね。なのでボルスさんにこれあげます!」
背後から語りかけてきたボルスさんに向き直ってわたしは喪色の鍛石を押しつけた。ボルスさんはあからさまに戸惑っていた。
「おいアヤノ、それはお主が掘ったものであろう。お主が持っておけい」
「わたしは大金が必要ってわけじゃありませんし、どちらかと言えば武具を買いたいボルスさんの方がずっとお金が必要なはずですよ? それにボルスさんの力がなければこの鍛石は手に入ってませんし、わたしは言われたとおりに掘っただけですから。だからこれだけはあなたが持っていてください。わたしからの感謝のしるしです!」
「しかしだな……山分けと言ったのはそちらだろう」
「こんな大きな鍛石ふたつも手に入りませんって。万が一手に入ったらその時にわたしが貰いますよ」
それでもと困り顔で受け取ろうとしないボルスさんに業を煮やしたわたしは、ボルスさんが腕に抱えていた籠にむりやり鍛石を放り込んだ。それでようやく観念したようだった。
「まったく、話を聞かん娘だ」
レナラよりはましであろう。とわたしはボルスさんの呟きを右から左へ受け流した。
いや、むしろわたしがレナラに似てきているのか……?
そんな風に考えそうになったけれど、答えがなさ過ぎるので思考を切り替える。
「じゃあ次の場所に行きましょう。とりあえず一旦戻りましょうか。ここ狭すぎますし」
「応」
ボルスさんが四つん這いになってギリギリ入れる横穴だったので、頷きあって広めの坑道に戻ろうとした。その時だった。
メリ、という音と共に急に地面が軽くなった気がした。
「「あっ」」
ボルスさんとお互いの目が合った。おそらく同じことを考えている。
もしかして、あちらこちら調子に乗って掘りまくったから……。
瞬間、浮遊感。底が抜けた。