村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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4.舞え!

「わあああああああ!?」

 

 少し下に地面が見えた。落ちる! 叩き付けられて死ぬ! 思わず目を瞑ると、身体ごと強い何かに引き寄せられた。一瞬遅れて、ボルスさんの腕に抱えられていたと気づいた。

 

 ズン、とボルスさんが地面に着地したらしき音と一緒に、お腹が痛いほど衝撃が響く。ようやく目を開けた。

 

「い、生きてる? わたし?」

「落ち着けい! それより、来るぞ!」

「は!?」

 

 ボルスさんの切羽詰まった声が飛び、わたしは混乱しながら前方を見た。人為的に作られたような天井の高い空間、ところどころ地下水だまりがあり、そばには植物まで生えている。地上と繋がっているのか、天井の一部からは光が漏れていた。当然、掘ったばかりの坑道ではこうはならない。どうして坑道の下にこんな場所が? いや、それより……。

 

 グルルル、と獣が襲い掛かる前に威嚇するくぐもった声が、不自然なほど鮮明に響いた。

 光の照らさない闇の向こう側から、人が到底持てないほどの大剣、鉄の塊を丸太のような右腕に握りしめて、文字通り……人の形をした獣が姿を現した。

 

 殺意のみを宿し赤い残光を残す瞳と、炎のようなたてがみに、毛むくじゃらの黄色の身体。

 ライオンを極端に凶暴化させて二足歩行にしたらこうもなるだろうか? 

 

「……成程、どれほど昔か分からぬが封印されていたということか」

 

 ボルスさんの声が遠くに聞こえる。怖くて息をすることすら忘れていた。何が『ファンタジー世界はヤバい』だ。そんなことを言いながら、それでもレナラがいればなんとかなると軽く考えていた自分を殴りたくなる。こんな、こんな化物に襲われて、生きて帰れるわけないだろ!

 

「し、死ぬ。わたし、死ぬんだわ」

 

 声も身体も震えが止まらない。どうせ1回死んだ命だ。ちょっとした人生の延長戦が終わるだけ。何を期待してたの、わたし。調子に乗ってごめんなさい。ね、だからできれば痛くないように終わらせて?

 

「気を確かに持てアヤノ! お主は魔術師なのだろう!? ならば戦え! 死への恐怖は誰にも等しく訪れる。この儂にもな! 見よ、ヒトより遙かに大きいこの巨体すら震えよるわ」

 

 はっとしてボルスさんの足を見た。到底人間のものではない赤黒い筋肉が確かに震えていた。それでも、立っている。目の前の怪物を正面に見据えて、戦おうとしている。

 

 怖いのか、こんなに人間より力の強いひとでも、怖いのか。

 

『ゴ、アアアアアアアア』

「来るぞ!」

 

 ボルスさんは右腕にわたしを抱えたまま横っ飛びして、大剣を振りかぶって突撃してくる怪物の一撃を避けた。

 そうだ、片手が塞がっていたらやりかえすこともできない。わたしのせいだ……。

 

 怖い。わたしだけならこの程度の運命だと諦めて死を賜るだろう。でも、ボルスさんには死んで欲しくない。

 それにわたしが死んだら、レナラはどう思うだろう。悲しんでくれるだろうか? 泣いてくれるだろうか?

 

 いや……きっと情けないって、ブチ切れるだろうなぁ。

 

 だから……。

 

 わたしは大きく息を吸って、意を決して叫んだ。

 

「ボルスさん、わたしも戦います! この世界で生きるために、あなたと一緒に戦います!」

「良い返事だ! 奴の攻撃は全て儂が受ける! アヤノ、お主は魔術で援護しろ!」

 

 そう言うと、ボルスさんは怪物の剣戟をバックステップでいなした。そして足下にわたしを降ろし、両手で地面に転がっていた手頃な岩を持ち上げる。

 

「ゆくぞ!」

「はい!」

 

 ボルスさんが岩を投げつけた。異様な反射神経で横っ飛びし、怪物はそれを回避する。今までの動きを見て、この怪物の素早さは分かっていた。だからこそこれは陽動だ。

 

「輝石のつぶて、いけえ!」

 

 怪物が避けた先に着地する前に、最速で発動できる《輝石の速つぶて》を発射した。狙い通りにそれは怪物の胸に命中した。怒りの咆哮が放たれた。耳は塞がなかった。目も閉じなかった。一瞬でも目を離せば死ぬと、わたしの本能が理解していた。

 

「ッ、もう一度!」

 

 杖の先から速つぶてを発射する。怪物は姿勢を低くするとぬらりと縫うように避けてわたしに迫る。ヤバイ。思った瞬間にボルスさんが岩を持ったままの腕で怪物の横っ面を殴りつけて吹き飛ばした。

 

「獣よ、お前の相手は儂だ!」

「ボルスさんっ」

「お主は攻撃に専念せよ! 膂力ならば負けぬ! うおおおおお!」

 

 ボルスさんが咆哮して起き上がろうとする獣に躍りかかった。両腕を拘束して、怪物の右手の大剣が地面に落ちた。そして全体重をかけて怪物を組み敷いた。それでも、押し負けている。ボルスさんの半分くらいの背丈しかないのに、どこにそんな力があるのだろう。

 

 怪物が大口を開けて牙を煌めかせた。いけない、思わず叫んだ。

 

「危ない!」

「ぐおおおおおッ」

 

 ボルスさんが苦悶の声を出した。その肩口に勢いよく怪物が噛みついたのだ。それでもボルスさんは怪物の身体から手を離さない。痛いに決まっている。それでも、耐えていた。

 

「アヤノ、今が好機ぞ! 撃てい!」

「―――ッ!」

 

 杖を構えた。輝石の速つぶてではない。それよりももっと大きく! 強く! 今のわたしができる最高の攻撃!

 

「《輝石の大つぶて》ッ!」

 

 一際大きな青白い星の光が震える杖から発射された。ボルスさんに当たりませんように。それだけを願って発射した大つぶてが怪物の横っ腹に命中し、勢いよく吹き飛ばされてそのまま岩壁に身体を叩き付けた。

 

 ほんの一瞬だけ力なく倒れる。しかしそれだけで、怪物は俊敏に起き上がった。

 

 ボルスさんは右肩を押さえながら、左腕で怪物の持っていた大剣を拾い上げた。

 

「奴め、儂の剣腕が右だと気づいておったか。理性のない怪物に見せかけて知恵が回りおるわ。だが!」

 

 体重を掛けた刺突の構えでボルスさんが怪物に迫った。でも、何かがおかしかった。

 

「あっ……」

「いかん! アヤノ!」

 

 怪物の赤い瞳が残光を残してこちらを見ていた。ボルスさんの渾身の刺突が怪物の肩口を切り裂いた。でもそれだけだった。身体をねじって致命傷を避けた怪物が怪鳥のように叫んだ。

 そしてわたしの身体を引き裂こうと両手を広げて怪物がわたしに一瞬で躍りかかった。

 

「ああああああっ!」

 

 わたしは叫んだ。何が起きたか分からなかった。無意識に杖でぶん殴り、かろうじてその左手を防いだ。左腕が火傷したような熱さを感じた。怪物の右の爪がわたしの左腕を深々と切り裂いていた。

 

 痛い! 痛い痛い痛い! 思わず杖を取り落とした。右手で左腕を押さえる。そんなことをしても痛いのは飛んでいかない。血が止まらない。

 

 全身から脂汗をかきながら倒れる。星見の杖が真っ二つに折れていた。12歳の時に星見を名乗ることを許されて、その証に貰った思い出の杖が、こんなあっさり。

 

 そのまま殺されるかと思った。でも怪物の背後にボルスさんが斬り掛かるのが見えた。一瞬で向き直り、怪物は大剣を取り返そうと柄を無理矢理に掴み奪い取ろうとしている。

 

「オオオオオオオオ!」

 

 ボルスさんが咆哮した。びりびりと空間が振動する。そのまま力任せに怪物ごと剣をぶん回し反対側の壁に向けてぶん投げて叩き付けた。

 

 その時わたしは見た。右肩からの出血がひどい。息も絶え絶えで、ボルスさんはその場に膝をついた。

 怪物もかなりのダメージを負っていたけれどそれでも起き上がって、近くに落ちていた大剣を手に取る。そしてゆっくりとボルスさんに近づいていった。

 

 このままではボルスさんが死んでしまう。

 わたしに何ができる?

 折れた杖で《輝石の大つぶて》が撃てるわけない。

 この状態で、あの怪物を殺す手段はわたしにはない。

 なら……彼が立ち上がるまでの時間を稼ぐ。

 

 たとえそれでわたしが死んだとしても許してね、レナラ。せいぜい、バカ女だって、怒って。

 

 わたしに星見の才能なんてない。得意なことなんてたったひとつしかない。

 できるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。レナラはそれを凄いと褒めてくれたけれど、だからって恐ろしい敵を打ち倒せるわけでもない。幻影のようにはかなく消えるただの曲芸。それでも気を引くくらいのことならできる!

 

 ナメクジのように地面を這いずり、血まみれの右手で折れた杖を掴み取った。

 そして想像して、創造する。かつてこの世界に来る前の思い出。日本で生きていたときのわたし。

 

 遠い思い出の情景を手繰り寄せる。並木道に連なる満開のソメイヨシノ、少し遅れて咲く公園のヤマザクラやカスミザクラ。ひらひらと花びらが舞い落ちて桜色の絨毯になった乾いたアスファルトの道路。ビニールシートを敷いてお酒を注ぎ合いながら花見を楽しむ人たち。

 

 かちり、と頭の中でスイッチが入ったような音がした。魔力の奔流が身体から湧き上がるのを感じた。

 

「舞え!《桜吹雪》! ボルスさんの姿を隠して!」

 

 杖先から桜色の光が噴出した。それは大量の桜の花弁の形をなし、びゅうびゅうと突風を巻き起こして渦のように回転し吹雪のごとく吹き乱れる。それは都合良くボルスさんの姿を怪物の視界から隠した。

 

 そして怪物の視線が死に体のわたしとぴたりと合った。

 わたしは微笑んだ。それでいい。こっちに来い。

 

 狙い通り怪物が剣を振りかぶりわたしにとどめを刺そうと突進してきた。

 わたしは死を覚悟して目を瞑った。

 

「やれやれ、だから気をつけろって言ったのに」

 

 ずっと聞き慣れた声が響いた。痛みは来なかった。代わりに怪物の苦しむくぐもった叫びが聞こえた。

 

「え?」

 

 思わず痛みも忘れて目を開く。視界の目の前、蒼い流星がまっすぐに飛んだ。

 レナラの瞳の色。子供の時からずっと一緒にいた親友の魔法の色。

 

『クアアアアアアアア』

「まだ起き上がるの? いいわ。《輝石の彗星》、この機会に試させて貰う。イライラしてるのよ。せいぜい私が満足するまで死ぬ気で踊りなさい」

 

 目の前にレナラがいた。どうして? なんて気持ちが置き去りになるほど、目の前の光景に目を奪われた。

 

 レナラはわたしの《輝石の大つぶて》なんて比べものにならないほど大きな蒼い星の光を異常な詠唱速度で、無表情のまま怪物に撃ち込み続けていた。

 怪物がレナラを斬り殺そうと立ち上がろうとする度に魔術が撃ち込まれるその光景はまさに蹂躙だった。

 

「レアルカリアの魔術も多少は役に立つわね。評価を改めるわ。ほんの少しだけど―――うん、なんとなくコツは分かったわ。ならもう少し大きく調整して……こうかしら? 私の蒼い星空の輝きを瞳に焼き付けて死ねることを光栄に思いなさい―――《ほうき星》

 

 その時、わたしは目を焼かれた。それは〝星〟だった。

 

 納得してしまった。これが本当の星の光なんだ。突き抜けるような終わりの無い、美しい蒼い宇宙がそこにあった。やっぱりレナラは天才で、わたしの自慢の親友だ。これに比べれば、わたしが放つ光など児戯に等しい。

 

 気づけば、蒼い流星が怪物の身体を一片の欠片も無く焼き尽くし、

 打ち棄てられた鉄の大剣だけが、ここにその使い手がいたことを示していた。

 

 桜吹雪はいつの間にか止んでいて、ボルスさんが呆然とした表情でレナラを見ていた。

 それはそうだ。わたしの親友はこんなに凄い。

 

 こんなに身体は痛いのに、それでも口元がつり上がるのを抑えきれない。

 

「……ねえアヤノ。その顔、気持ち悪いからやめてくれる」

 

 重傷を負っている人間に言う言葉じゃないでしょそれ。でもこれはこれでレナラらしくて納得してしまうわたしがいた。

 

「レナラは、なんでここに?」

「1人で行くって言うからあなたが今日宿舎を出て行く時に《追跡》の魔術をかけたのよ。何かあったら分かるように。朝から浮ついてるから嫌な予感がしたけど案の定ね」

 

 全然気づかなかった。《追跡》とは星見の村に伝わるもののひとつで、自分の魔力を相手に纏わせることで動向を把握する魔術だ。

 もちろんわたしも使えるけれど持って1時間がせいぜいで、レナラのように朝から陽が落ちるまで効果を持たせ続けるなんてことはできない。

 

 いったいどこから持ってきたのか、レナラはわたしの腕にぐるぐる包帯を巻きながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「心配してくれたの?」

「……あなたの心配をしないわけないでしょうに」

「なんて?」

「バカ、何でもないわ」

 

 顔を逸らされべしっとデコピンされた。解せない。怪我人なんだからもうちょっと優しくしてよね。

 

「ありがとう、レナラ」

 

 そう言ってからわたしはできるだけ柔らかい笑みを作ってレナラを見つめた。

 その時のレナラの耳がほんのり赤くなっていたのは、気のせいって思ってたほうがいいのかな? なんて。

 




《追跡》
星見に伝わる古い魔術のひとつ

自らの魔力で相手の身体を薄く包み
視界や身体の状態を読み取る

星見の村において
目を離せぬ者に対して使われる魔術
親が子を、姉が妹を、兄が弟を
星が星見の側にあるように
星見の子は見守られて育つ

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