村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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7.女王演説

 宿を出てレナラと別れたわたしは適当にローデイルの大通りをぶらついていた。

 ちょうど今日は快晴なのでとにかく色んな人が外を歩いていた。杖と少しのお金しか持っていないので身軽な分、さっきより自然と周りの景色に目が移る。

 

 大通りの左右は服屋やいろいろな果物が売っている食料品店、テーブルと椅子を外に出した開放的なカフェのような店まであって、そこでは身なりのいい大人たちが楽しそうに談笑している。お酒らしきものを飲んでいる人もいるので、もしかすると夜は酒場に切り替わるのかもしれない。

 

 これだけ見ると前世の世界の、外国の街にですらありそうな光景だった。

 ベッドも薄い板とシーツだけの粗末なものじゃなくてふかふかだったし、ローデイルの発展具合はファンタジー世界っていっても正直おかしい。わたしが住んでた村はもちろん、レアルカリアの門前街と比較しても整いすぎてる。

 

 よっぽどローデイルの女王様が立派な人なんだろうなあ。

 

 人混みを避けた道のすみでは黄色いローブを着た聖職者らしき人たちが通り過ぎる市民たちに向かって托鉢をしていた。少しの間視線を奪われていると、今度はバイオリンらしき音色が聴こえた。

 

 見れば階段を上った先の広場にある石造りの東屋の下に人だかりができていた。

 近づいて隙間から覗くと、座って楽器を演奏している変わった恰好をした男の人がいた。

 口元をマスクで隠して、もこもこした毛皮で覆われた赤い外套を羽織って赤い帽子を被っている。なんだかサンタクロースみたいだな。

 

 演奏している楽器は細部の形は違うけれど弦を弓で弾くのは同じで、奏でる音もバイオリンそのものだ。

 

 思わず立ち止まって、他のギャラリーの人と一緒に聞き惚れてしまう。バイオリンはやったことはないけれど、それでも前世をすこしだけ思い出す、懐かしい音だった。

 

 やがて演奏が終わって、軽くお辞儀をした男の人にわたしたちは拍手をする。そして周りの人たちが前に置かれた壺にぽいぽい硬貨を投げていくので、わたしも袖に入れてあった硬貨を慌てて投げ入れた。

 

「凄く綺麗でした! ありがとうございました」

「ああどうも、まいどあり」

 

 商人みたいな返事を返されてしまった。優しげな瞳が印象的に、マスクと前髪の間から覗いていた。

 

 東屋を出て広場を少し歩くと、また公園が広がっていた。ここはさっき見た公園より広くて中心に円形の花壇があり、ローデイルの外とは違い緑色の葉をした白とピンクのマーガレットのような花が咲いていた。

 

「あっ」

 

 お母さんらしき女の人を追いかけて花壇のそばをとてとて走っていた女の子が転んだのが見えた。ここの床は石造りだから当然痛い。

 転んで泣いてしまったらしい。お母さんが膝の擦り傷を確認しながら女の子をなだめていた。それでもなかなか泣き止まない。

 

 お節介とも思ったけれど、わたしは女の子の方へ向かって目の前にしゃがんだ。そして杖先をアピールしながら話しかける。

 

「お姉さんが面白いものを見せてあげよう。えーっと……ほら、この杖の先をよく見て」

 

 イメージを整えて、杖の先から桜の花びらを出す。そして立ち上がり、宙を薙ぐように上側に杖を振るった。

 風でひらひらと輝く桜の花びらが舞って女の子に降り注いだ。

 わたしの曲芸に驚いたのか、女の子は泣くのも忘れて驚いた顔をする。やがて、泣きはらしたままわたしに笑顔を見せてくれた。

 

「お姉ちゃんすごい! もっと見せて!」

「へへ、いいよいいよー。では、お手々を拝借。《桜吹雪》!」

 

 女の子に両手を水を掬うようにしてもらうと、その手の中に杖先を向ける。杖先から出したたくさんの桜の花びらが、ひゅるひゅると掌の中で舞い始めた。手のひらサイズの小さな桜吹雪だ。

 

「わぁ、お母さん見て見て! 綺麗な花びらが手の中でいっぱい!」

 

 わたしの魔術のいいところはこうやって大道芸の代わりになることである。女の子はもはやわたしの曲芸に夢中だった。

 

「ありがとうございます。魔術師様」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 隣で女の子と一緒に驚いていたお母さんがわたしに頭を下げた。あっ、ここ星見だって訂正しとくところ? でも「星見って何?」みたいな顔されたらめっちゃ恥ずかしいのでやめておこう。

 

「これでお家まで痛いの我慢できるかな?」

「うん、がんばる! ありがとー! 魔女のお姉ちゃん!」

 

 わたしは女の子と目を合わせてにっこりと笑い合った。いい感じに人助けをしてしまった。わたしの魔術も捨てたものじゃないな、なんてね。

 

 そんな風に良い気分になっていると、突然底冷えするような鋭い視線を感じた。

 

「えっ?」

 

 思わず後ろを見た。

 きょろきょろと見回したけれど、わたしを見ているらしき人は見当たらなかった。談笑しながら広場を歩き回っている人たちの姿だけがある。

 

 あ、もしかして街中で魔術を使ったらダメだったり……? ローデイルって聖職者が多いし、魔術は良く思われてなくても不思議じゃない。そういう人がわたしの曲芸を見て警戒したのかもしれない。

 

 まあ、実際に注意されたわけじゃないから考えすぎかもしれないけれど……。

 

 とりあえずここで立ち止まっているのもばつが悪かったので、お母さんと女の子に挨拶だけしてわたしは公園から離れた。

 

 それからもひときわローデイルでも高い場所にある女王が住んでいるといわれる大聖堂や、そこから見下ろせる巨大な謁見広場を観光して宿に帰ることにした。もう日も沈みかけていて、レナラが戻ってきている頃かもしれない。

 

 そして収穫もあった。いろいろな張り紙がしてある大きな掲示板に、明日謁見広場で女王マリカが市民たちに向けて演説を行うらしいお知らせが貼ってあったのだ。これは絶対行かなきゃでしょ!

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 宿に帰ると返事はなかった。

 

 でも、既にレナラは帰っていた。備え付けの机の上には分厚い本が4冊載っていて、当のレナラは机にかじりつくようにして積んであるものと同じくらい分厚い本をぺらぺらめくっていた。

 

 部屋の天井には蒼いまばゆい光がふよふよと浮いていた。レナラによる《星灯り》だ。

 星見や魔術師はみんな夜更かしする時にこの魔術を使って明りを確保する。電気が無くても気軽に灯りを確保できるのは、ファンタジー世界の便利なところだと思う。

 

 どうやらお目当ての祈祷書は買えたってことかな。グラムさんの情報は本当だった。よかったね。

 そしてこの勉強モードになるとレナラは何を言っても反応しないので、わたしは素知らぬふうに杖を置いて、酒場になっている宿の1階にご飯を食べに行くことにした。あとでレナラの分は持ってきてあげよう。

 

 

 

 

 次の日、ふかふかのベッドで寝れてわたしは清々しい朝を迎えたけれど、レナラは案の定夜更かしして本を読んでいたらしく眠そうに瞼を擦っていた。

 

「女王の姿を見たところでローデイル市民ですらない私達に何の益があるのか教えて貰えるかしら」

 

 大通り、レナラは不機嫌そうに横で歩くわたしを見た。目線が痛い……。女王演説は朝からだったので勢いで無理矢理レナラを叩き起こしたわけだけれど、低血圧状態のレナラは抜き身のナイフのような女なので連れてきたのは失敗だったかもしれない……。

 

 こういうところから二人旅ってギスギスするんだよな。レナラはなんだかんだわたしのわがままを聞いてくれるけど、わたしも少し自重したほうが良さそう。親友の優しさに甘えすぎてもあまり良くない。

 

「わ、わたしたちみたいな村娘が女王様を見られるなんてそうそうないことだし、ねえ?」

「……まあいいわよ。怒ってない。アヤノがこういう意味の無さそうなことに興味があるのは分かっていたし、こうして誘われること自体は悪く思っていないわ」

 

 レナラは仕方なさそうにふんっと鼻を鳴らした。

 はい、わたしは意味の無さそうなことに興味があるミーハー女です! めっちゃ罵倒されてる! でも怒ってはいないみたい。わたしはレナラに手を合わせた。

 

「ほんと朝早く起こしてゴメン! でも、付いてきてくれてありがとね」

「せいぜい女王とやらの面を拝ませて貰うわ。私の超天才たる脳味噌に刻むほど価値があるのかは知らないけれど」

 

 その後も適当に話していると、やがて広大な謁見広場が見えてくる。周りにも人がたくさんいて、みんなが広場を目指しているのがわかった。女王演説をローデイル市民が聴くのは当たり前のことなんだろう。

 

 

 

 

 昨日は人がまばらだったはずの、ものすごい広い謁見広場が人ですし詰めになっている。

 大人に比べればわたしは背が低いし、レナラはわたしよりさらに小柄なので広場の中でも高い位置を探すのが大変だったけれど、それでもなんとか正面にある宮殿の広いテラスが見える場所を確保することができた。

 

「あれが女王マリカ……」

 

 ぞっとするような美人だった。

 胸元が目立つ黒いドレスを着ているのに、扇情的な雰囲気はかけらもない。黄金の頭冠を付け、腰ほどまである長い金髪をなびかせている姿は神秘的ですらある。ぱっちりとした金色の瞳で広場を見渡しながら、堂々とした歩みで宮殿から姿を現した。

 

 その横に一歩下がって控えるのはもの凄く大きな斧を持った筋骨隆々の偉丈夫だ。野性的な黒い顎髯を存分にたくわえている。その全身からは生命力の塊のような、オーラのようなものを見ただけで感じ取れた。

 これが戦士なのだ、と、大して兵士を見たこともないのにわたしは納得してしまう。

 

 ふたりはテラスの一番前まで悠然と歩く。そして立ち止まると、マリカは仰々しく両手を左右に広げた。

 

「この晴天の下に集った、親愛なるローデイルの市民たちよ! 家族や友と過ごす掛け替えのないこの素晴らしい一日を、僅かながらこの私と共に過ごして頂けることに、まずは女王マリカより厚く感謝申し上げる! 本日諸君たちにこうして集って貰ったのは他でもない。我が夫となった、このローデイル第一の戦士を改めて知って頂くためだ。我ら黄金郷の進撃を阻むあらゆる敵を打ち破ってきた聖なる斧、戦士ホーラ・ルーは今この瞬間より《(god)》の名を冠し我が夫として、ローデイルの父祖ゴッドフレイとなる!」

 

 周りから地鳴りのような歓声があがって、レナラと私は思わず耳をふさいだ。ゴッドフレイと呼ばれた偉丈夫は手に持った巨大な斧を掲げて、市民たちの歓声に応えていた。

 

「我ら人間は弱かった。古の強きもの、古竜の雷や巨人の火に対し、藁の家の中で座して震えていなければならなかった! だがその時代はもうじきに終わる! さぁ、人間よ。この黄金都市ローデイルに集いし今を生きるものたちよ! 今こそ人の世を始めようではないか! この黄金樹が永久なる人の王国を見守る礎となろう!」

 

 マリカが両手で掲げたのは、金色の植木鉢に入った小さな苗木だった。植木鉢には丸が三つ重なったマークが刻まれている。

 不思議と遠くからでもそれがわたしにもわかった。それほどに異常な存在感があった。

 

 苗木の幹は宝石のように光り輝いていて、枝葉は本物の黄金のように光沢があった。大樹のような生命力を放ちながら、どこか作り物めいた美しさがある。

 

 わたしはその苗木から目を離せなかった。なぜかはわからない。でも、どうしても抗えない何かがあった。恐ろしさすら感じた。

 思わずわたしは横にいるレナラの手を握った。レナラも同じ気持ちだったのか、強く握り返された。お互いの手はじっとりと汗で濡れていた。

 

「今ここに、宣言する! 神の名を冠する我が夫ゴッドフレイ、そしてこの私、永遠の女王マリカが親愛なるローデイル市民の諸君を導き、この狭間の地を《人より生まれし神》として征することを約束しよう!」

 

『嗚呼、永遠なる女王マリカよ。卑小なる我ら人に黄金の祝福を与えたまえ』

 

 熱狂した市民たちの歓声が響く中で、大きな音でラッパが吹き鳴らされる。テラスの脇に控えていた黄金色の装束を纏った聖歌隊が高らかに歌い始めた。

 

「永遠の女王、人より生まれし神ですって? あの女、不老不死にでもなったつもりかしら。しかもあの苗木、一体……」

 

 レナラが小さくうそぶく。マリカは市民たちに向かって手を振っていた。そして突然顔を前に向けた。黄金色の双眸を見開いた。口を開いた。

 

みつけた

 

 聞こえた。

 

 マリカが私を見た。

 気のせいじゃない。絶対に私を見た。

 わたしは、何も声を発せなかった。ただレナラの手をきつく握って、迸る悪寒に耐え続けていた。

 

 

 

 

 女王演説が終わった後、わたしたちは宿に戻れなかった。

 帰ろうと人の波に流されようと思ったら、いきなり現れたたくさんのローデイル兵に取り囲まれたのだ。

 

 当然わたしたちは何も犯罪行為をした覚えが無いので抵抗しようとしたけれど、兵長らしき男性が申し訳なさそうにわたしたちの前に進み出て頭を下げてきた。

 

 上級兵士がわたしたちみたいな村娘に頭を下げるなどありえない。ただ事ではなかった。

 

「女王陛下の特命である。大変申し訳ないが、同行していただく。身の安全は保証するゆえ、どうか」

「……私は何もしていない。アヤノ、念のため確認するけど、あなたも何もしていないわね?」

「あっ、街中で魔術使ったから、もしかしてそれがダメだったのかも……」

「あなたなにしてるのよ」

 

 レナラは怒るどころじゃなくて明らかに引いていた。あっこれ多分輝石のつぶてぶっ放したと勘違いしてる。

 

「いや魔術攻撃をしたわけじゃないのよ。《桜吹雪》で泣いてる女の子をなだめてただけ」

「……でしょうね。一瞬胆が冷えたわ。ただ、この感じではとても逃がしてくれそうにはないわね」

 

 レナラは目を細めて周囲を見回した。兵たちにしっかり取り囲まれていて、その外では遠巻きに市民たちがひそひそ話をしながらこちらを見ている。うう、目線が痛い。

 

「レナラ、もうこれ付いていくしかなくない?」

「その特命とやらが何なのか分からない以上、どうにもならないわね」

 

 それはそう。そもそも相手が何でわたしたちを連行しようとしているのか分からないので、抵抗する材料すらないのだった。わたしたちは兵長の人に同行する旨を伝えた。

 

 兵長の人は若干ほっとしたような顔を見せると、すぐに佇まいを直した。

 

「其方がたの賢明な判断に感謝する。今より女王が待つ王宮の大聖堂に案内するが、準備は良いか?」

「していなくても無理矢理連れて行くんでしょう? 時間の無駄だから早くしなさい」

 

 レナラが不機嫌そうにそう言うと、正論だったのか兵長の人は何も言い返さずにわたしたちを引き連れて歩き始めた。わたしたちの両脇に兵たちがぴったりと付いてるのがなんとも落ち着かなかった。

 

「王宮の中は武具や杖の持ち込みは禁止されているゆえ、そのつもりでいるように」

「私達が何もしていないのは分かっているのでしょう? なのに杖を取り上げられる筋合いは無いわ」

 

 もっともだった。レスバ(ぢから)の高いレナラには誰も勝てない。性格の悪いレアルカリアの学生との舌戦で無敗の女である。

 

「……よかろう。だが魔術を発動しようとしたならば、その限りではないことを念頭に置いておけ」

 

 

 

 いくつもの階段を上って、入り組んだ王宮の中を歩く。建物の中を歩くだけでこんなに時間がかかるのだろうか。王宮はわたしが思っているよりずっと広かった。時間にして30分ほど。そしてやけに天井の高い通路に入り、大きな分厚い扉の前でわたしたちは立ち止まった。

 

 兵長の人がわたしたちに向き直る。そして、わたしの顔を見やった。

 

「この先で女王陛下がお待ちである。なお、この先には其方だけを入場させるよう命を受けている」

「えっ?」

 

 わたしだけ? じゃあなんでレナラもここに呼んだの?

 思わずレナラの方を見た。レナラは憮然とした表情で閉じられた扉を見ている。

 

「まあそんなことだろうと思ったわ。あの場所でどちらか1人を連れて行くより2人まとめて納得させた方がずっと楽だものね」

「レナラ、わかってたの?」

「おかしなことじゃないでしょう。私は何も身に覚えが無いもの。だから用があるのはあなたの方だと思っていたわ」

 

 レナラは肩を竦めてこちらを見た。

 でも何故か次の瞬間、杖を持ったまま一瞬目を見開いて、ちらりと自分の杖に目線を移して怪訝そうな顔をした。

 

「どうかした?」

「……いえ、何でもないわ。私はここで待っているからさっさと済ませてきて頂戴。ここは息苦しくてたまらないから」

「オッケー、って言っても女王様が何の用なのか分からないから何とも言えないけど」

 

 返事をすると、若い兵士の1人が剣呑な雰囲気でレナラを睨みつけた。

 

「貴様、神聖なる女王が座す大聖堂を愚弄するか」

「その神聖さがローデイルの外にも響き渡ると信じているなら、その傲慢な勘違いは今ここで正すことをお勧めするわ」

「神聖を理解できぬ矮小な魔術師めが。許しておけぬ」

 

 兵士は腰の剣に手を伸ばした。まずい。

 

「やめい! この者たちは市民ではないと聞いている。そして何より、女王の御前で諍いを起こす事こそが最たる不敬だと心得よ」

 

 兵長の人が一喝すると、レナラに凄んでいた兵士は舌打ちして一歩下がった。わたしとレナラの瞳が合う。お互いに軽く頷いた。

 わたしは扉に向き直り、重厚な扉を押し開けた。重そうなのに拍子抜けするほど軽い力で扉は開いた。

 

 

 

 

 天井の高い大聖堂に入るとそこは静寂に支配されていた。磨き抜かれて差し込む日光すら反射する床に、自分の靴音が異様に響く。右のテラスを見れば、その奥には人がまばらな謁見広場が見下ろせる。ついさっきマリカとゴッドフレイが立っていた場所だと分かった。

 

 そして目線の先にはついさっき遠くで見たばかりの人物がこちらを見て立っていた。

 金色の双眸、光に反射して輝く金髪、黒いドレスを纏った神秘的な姿。

 

 ローデイル女王、マリカがそこにいた。

 

 こうして目の前にすると、遠目でも感じていたプレッシャーのようなものを直に感じる。高貴な人間が醸し出す雰囲気っていうんだろうか。どうしても自分が卑小なものに感じられてしまう。

 

「よく来ましたね。まずは急な招待に謝罪を」

「い、いえ、わたしなぞにそのような気遣いは」

 

 ど、どうしよう。王様に会うときの作法なんて当然習ったことがないので変な言葉使いになっちゃう。

 恐る恐るマリカを見ると、怒ることも無くただその双眸でわたしを見つめていた。よかった、怒ってはいないみたい。

 

「奥に行きましょう。私が普段使用している閨があります。そこでお話しましょう」

「えっ、閨ですか?」

 

 思わず聞き返してしまう。閨というのは寝室のことだ。その、初めて会う人を寝室に連れて行くって、ちょっとその……。

 

「安心なさい。貴女の想像しているような事は何もしませんとも。ただ、誰にも聞かれるべきではない話をする時には丁度良いのです」

 

 マリカは淡々とわたしに答えた。恥ずかしくて少し顔が赤くなるのを感じた。なるほど、それなら安心。でも女王が話す、誰にも聞かれるべきではない話って一体何なの……? 繰り返すけれどわたしは何も犯罪行為してないよね? 

 

 付いていかないわけにもいかないので、わたしは先導するマリカに恐る恐るついていく。ここに来た時点で従う以外の選択肢が無いのだから、仕方ない。

 

 付いていくと大聖堂の外に出た。そこから伸びている連絡通路を通ると、小さな東屋のような建物に着いた。中には凄く大きな奥行きの広い、緩やかな石造りのベンチがあった。絹のような白い布がその上にかけられている。もしかしてこんな硬そうな所で寝ているの? 身体バキバキになりそう。

 そしてベンチの周辺には何か書き付けられているらしい石盤が山積みになっていた。

 

 わたしはその書き付けられている文字を見た。絶句した。

 目を擦った、何も起きなかった。おかしい、だって、そこに書かれているのは()()()()()()()()()()から。

 思わず尋ねる前に、マリカが先に喋り始めた。

 

「さて改めて自己紹介しましょう。私の名前は知っている?」

「……ローデイルの女王、マリカ様、ですよね。お会いできて光栄です……じゃない。大変申し訳ありません。田舎者ゆえに、こうしてお話しするだけで失礼を働いてしまうかもしれません」

 

 わたしは思考が纏まらないまま目を伏せた。するとマリカはいきなり表情を崩してげらげらと笑い始めた。

 

「ぷっ、アハハ! そんなのいいわよ。私達はきっと同じなんだから。じゃあ改めて名乗るわね。私の名前は黒澤茉莉花(くろさわまりか)。だからマリカ、ってね。きっとあなたと同じ所から迷い込んだ、()()()()()()()()。見た目は外国人だけどね。だから敬語も何も必要ないって訳」

「え……?」

 

 何を言っているのかわからなかった。わたし以外に、地球からこの世界に来た人がいたの!?

 

「ってことで、()()()()()()()()()を聞かせてもらえない?」

 

 マリカはベンチに足を組んで座って呆然としたわたしを見据えた。目の前にいる人は本当にさっき演説していた女王マリカと同じ人間なんだろうか? あまりの落差に混乱して、うまく言葉が喋れない。

 

「アヤノ……えっと、麻生綾乃(あそうあやの)です」

「そっか、その見た目だし、やっぱ日本人かぁ……」

 

 マリカは天井を見上げて目を瞑った。そしてわたしを見ると、感慨深げに口を開く。

 

「日本人らしい名前なんて聞いたのいつぶりかしら。お互い好きだった芸能人の話でもする? アハハ」

 

 そんな冗談を言いながらマリカは目に涙を浮かべて笑った。わたしもつられて泣きそうになった。

 

「自分と同じような人がいるなんて知らなかった」

「私もよ。あなたのやったあの魔術を見てもしかしたらって思ったわ。まさかこんな世界に来て桜の花びらが見られるなんてね」

「あ、やっぱりあの時の見られてたんだ」

「うん。私はローデイルの街全部を知る力があるからね。日本っぽく言うと千里眼ってやつかな?」

「アハ、それ中国だよ」

「えーそうなの? ゲームのスキルでよくあるしセーフじゃない?」

 

 どれくらいの時間だったろう。数分にも、数時間にも感じられた不思議な時間だった。その間、どうでもいいかつての日本の事をわたしたちはずっと話していた。

 そして話題が無くなってきたころ、一瞬の沈黙の後にマリカは真面目な表情をして口を開いた。

 

「ねえ綾乃。この世界はファンタジーだけど、それでも中世ヨーロッパとかに似てると思うのよね」

「確かにそれはそうだね。ただ魔術とか祈祷みたいな力とか、巨人とかがいるのがやっぱファンタジーっぽいけど」

「うん。でさ、私らみたいな日本人ってやっぱ清潔なのが好きじゃない? お風呂には毎日入りたいし、病気になりたくないから街中に人糞が放ってあるようなヤバイ街には絶対暮らしたくないわけ。だからこの街はメチャクチャ綺麗にしてやったの。水道も街の隅々まで通らせて手洗いうがいを徹底させたわ。市民浴場も作ったし、排泄物を捨てる奴は問答無用で牢屋にぶち込んだ。医者も全然いなかったから祈祷書をばらまいて誰でも聖職者になれるように裾野を広げた。ま、祈祷を覚えた人間が増えるだけで医者が増えるのと同じなんだから、そこはファンタジーに感謝よね」

「あ~、だから本屋に祈祷書が普通に売ってたのね」

「そうそう。興味あるヤツが入信もせず、勝手に教会で祈祷の勉強会とか始めちゃって大司教が困ってたけど、あれはあれで面白かったわ」

 

 くつくつと笑うマリカの話を聞きながら、わたしはローデイルの街が異様に発展していた理由を理解した。現代日本の衛生基準で街作りをしたら、そうもなるかも。

 わたしたちはいつしかベンチで隣り合いながら話していた。そして、マリカが急に私に顔を近づけてきた。 

 

「だからさあ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性があるとは思わない?」

「えっ、何の話?」

 

 マリカの瞳は私の瞳を捉えて放さなかった。黄金の双眸が爛々と輝いていた。そして、くすりと笑った。

 

「わかってるくせに。だからね、綾乃。こういうことよ」

 

 マリカは立ち上がり、私を見下ろすようにして正面に向き直った。

 

綾乃、巨人も竜も人間以外を全部ぶっ殺して私達が生きていたあの世界を一緒に取り戻そう! 日本の景色を私達の手でこの狭間の地に作り直すの。私にはその力がある!

 

 そう言うと、マリカは壮絶な笑みを浮かべて私に手を差し出した。差し込む日差しが強烈にマリカの白い肌を照らしていた。その宝石のように美しい瞳の奥には目を背けたくなるほどの憎悪と怒りが浮かび上がる。

 

 同じような境遇だからこそ、わかってしまった。

 この人はこの世界を恨んでいる。

 そう。この世界で生きていて、なぜ、どうして、って思うことはたくさんある。それでも、私は……。

 

 わたしは、一つ大きな呼吸をして、マリカの顔をしっかりと見据えた。

 

「わたしは今……親友もいて、友達もいる。今のところは目的だってある。この世界もそんなに嫌いじゃないの。ローデイルだって、すごくいい街だと思ったよ。だから茉莉花の言うようなことは一緒にできない。少なくとも、今は」

 




※気になる方もおられると思うので記載しておくと、この作品においてよその世界から来たのはアヤノとマリカだけです。
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