村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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8.一緒に行こう

 わたしとレナラはお互いに喋らずに、来た道を戻るようにローデイル兵たちに先導されながら歩いていた。

 日が差し込む石造りの白い廊下はところどころ金色のオブジェが石造りのチェストに置かれていて、壁にはマリカの姿やローデイルの街並みを描いた大きな絵画が飾られている。それらは全て場の雰囲気に調和していて美しさしかないのに、今のわたしはそれがひどく重苦しいものに見えた。

 さっきは気にもならなかったのに、カチャカチャと歩くたびに擦れる兵士たちの鎧の音すら今は鮮明に聞こえた。

 

 マリカの世界へ対する憎悪がこの美しい宮殿と街を作り上げたというのなら、それはあまりに悲しいことだと思えてならなかった。

 

 わたしは女王の閨を出る前にマリカに言われた言葉を思い出していた。あの時、マリカは秘めた憎しみを一瞬で霧散させた後、あっけらかんとした顔で笑ってみせた。

 

「ま、そうだよね。同じ日本人だとしても会ったばかりの女にすぐ着いてきてもらえると思うほど、私はおめでたくない。でも、あなたもいずれ私の言っていることが分かる時が来る。そうしたらきっと、あなたは私の元に来ることになるはずだよ。それを楽しみに待ってるわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから―――きっとまた会いましょうね。綾乃」

 

 誘いが断られるのを見越していたように、何事もなくマリカはわたしを開放したのだった。

 そして閨を出る前に少しかがんで私に目線を合わせると、鈍いゴールドで作られた精巧なお守りのようなものをわたしに握らせた。絡め取られるような生暖かい指の感触があった。

 

「気が変わったらこの(タリスマン)を持ってこの王宮に来て。いつでも私はあなたを受け入れる用意があるから。綾乃、あなたにはそれが許される。だってただひとりのわたしにとっての同胞だもの」

 

 手のひらにある証をわたしは眺めた。女神のような人型を模した精巧な細工だった。マリカの姿を象ったもの、なんだろうか。

 

「怪しまなくていいよ。日本人の黒澤茉莉花として誓って言うけれど、私は決してあなたを騙さない。この瞳であなたを覗き込んでプライバシーを侵害することもしない。だって私達は対等な日本人だから、それはいけない。フェアじゃない。だからこれはただ、私から綾乃への信頼の証」

 

 怪しむ? 一体何を? おもてを上げると、マリカは友達にするように気安い笑顔をわたしに向けた。わたしはただぎこちなく笑みを作ることしかできなかった。

 

 結構な時間が経っていたようで、レナラは大聖堂から出てきた私を一目見て、一体どれだけ待たせるつもり、といつもの調子で毒づいた。ただ、返事をする気力もなかったわたしと目が合うと、少しだけ瞳を見開いてそれ以上は何も言わなかった。

 よほどわたしがひどい顔をしていたのかもしれない。

 

 

 

 

 王宮から謁見広場に出てようやく兵士たちから開放されたわたしたちは、兵士たちが王宮の中へ引き上げるのを確認してから顔を見合わせた。お互いに表情が硬くなっているのが分かった。柔らかい日差しが降り注ぐ気持ちの良い春、穏やかな顔をして広場を散歩している市民たち。歌うように鳴きながら空を飛ぶ白い小鳥の一団。王宮での出来事が悪夢のように思えた。いや、この今の景色こそが夢なのか。

 

 わたしは低い声でレナラに囁いた。

 

「レナラ、この街を出よう。話はその後で」

「……奇遇ね、私も同じことを考えていたわ」

 

 いきなりの提案にレナラは驚くこともなく、迷いなく答えた。それでも、ほんの少し強がっているような気がした。わたしたちは、既にこのローデイルを恐れていた。

 

 宿の代金は後1日分残っているけど、これ以上この街を楽しむ気分になれなかった。マリカの黄金の千里眼を通して、ついさっきまで楽しんでいたこの街並みに憎悪がこびり付いているような気さえした。実際はそんなわけない。だって、この街で生きている人たちは幸せそうだから。

 でもそう思ってしまうくらい、ここから逃げ出したくなってしまうくらい、わたしはさっきのマリカの瞳が怖かったのだ。

 

 わたしたちは足早に宿に戻り、散らかっていた荷物を手早くまとめた。

 ベッドを整えて机を見ると、レナラが買ったはずの4冊の分厚い本が置かれたままになっていた。

 

「レナラ、忘れ物してるよ」

「それはもう読み終わったから要らない。胡散臭い黄金律とやらの注釈書で、全て頭に入ってるわ。だからこの一冊だけで十分よ」

 

 レナラの手には黒い重厚な表紙に金の装丁がされた祈祷書があった。逆三角の中に3つの円が合わさった図形が描かれていて、それはさっき見た苗木の植木鉢のマークに似ていた。

 一晩夜なべするだけで4冊も読破してその内容を全て頭にたたき込めるレナラはおかしい、というか自分で言ってる通り天才なんだけど、やっぱりそれをまざまざと見せつけられるとわたしとは脳の構造自体が違うんじゃないかと思ってしまう。

 

「レナラって本当に天才だよね」

「何を今更。くだらないことを話す暇があったら早くローデイルを出るわよ」

「はいはい」

 

 つんけんした態度でチェックアウトの準備を続けるレナラの口元がほんの少し嬉しそうだったのは、きっといつも一緒にいるわたしにしか分からない。

 

 

 

 

 入国したときと同じように、出国受付でレアルカリアの学生証を見せて門の外に出る。空を見れば太陽は西にだいぶ傾いていて、眩しいオレンジ色の日光が顔を照らした。マズイ、とにかく考えなしにローデイルを出ちゃったけど、この感じだと湖沿いに北に回って東の山嶺方向に行く頃にはきっと夜になってしまう。

 

「ハァー、今日は野宿かあ」

 

 現実を見ると、思わず溜息が出る。野宿には抵抗はないけれどあの宿が快適すぎた。ご飯も美味しかったしなあ。そしてあのふかふかのベッド……。

 

「別に野宿なんかこの旅でいくらでもしてるでしょうに」

「ちょっとローデイルの宿が豪華すぎてさ……もうあの街に居たくないっていうのはホントだけど」

「あなたちょっとだらしないわよ。星見なら星空の元で眠れることに喜びなさい」

「そんなぁ」

 

 レナラはわたしと違って優秀な星見なので星空を眺めることが好きなのだ。わたしも幼い時からずっと星見としてそういう訓練をしていたから苦にはならないけれど、それは好きとはまた違う習慣みたいなものだ。だからこそ夜空を愛しているレナラが輝いて見える。

 

 暗くなる前に、晩御飯になりそうな兎に似た獣を《輝石のつぶて》で狩ったり、近くにあった池で魚を釣って今日の夕食を確保する。そして夜になり、星が出るのを待った。

 

 

 

 

 満天の星空の中で、前世の世界のものよりほんの少しだけ大きな月がわたしたちを照らしていた。

 そしてわたしたちはふたりして遠眼鏡の倍率をガチャガチャといじくりながら星空を観察している。

 

「えーと月があそこで二等紅星がその距離にあるから……で、あったあった、あの一等白星を三角で繋いで……」

「あらそうかしら? あの白星はぎりぎり二等星だと私は見るけれど、つまりその上にある四等蒼星を繋ぐのが正しいと私は考える」

「えっ!? あー……確かに、読み間違えてる可能性を考えたらそっちの選択の方が無難だね。負けたわ……」

「まあそれも不正解じゃない。ただアヤノは高効率の星の並びを見つけるのは上手いけれど、占星のやり方は少し危なっかしいわね」

「仰せの通りで」

 

 晴れた夜こそが星見の本領の時間。

 わたしたちが話し合いながら今やっているのは《占星》という、星見の基本的な技術。夜空にある星の位置から運命を読み取るいわゆる占いだ。といっても即席で出来るのはそんな大層なものではなくて、運の良い星の位置を線で結んで、それを地上のわたしたちが立っている場所と照合して「運の良い土地」を探す。

 物体の位置関係で運の良さを決定づけるという意味では、前世でいう風水に似ている。

 

 これは厳密に言えば魔術ではなく、知識さえあれば誰でもできる。

 それこそが星見たちが、「杖先から放つ魔術ばかりに傾倒した」レアルカリアの魔術師を嫌う理由だった。星見たちは魔術の腕だけでなく、星の動きを正確に読み取ることを誇りにしている。一方でレアルカリアの魔術師の中にもまた、わたしたちが指針にしている不安定に移りゆく星空そのものを《旧式天体図》と呼び、当てにならない占いだとして馬鹿にする人たちがいるのが現実だった。

 

 占いだし実際に100%当たるわけがないのだけど、それでも「運の良い土地」を探し出せればそこで野宿しても獣に襲われなかったり、山賊や夜盗に見つかりにくかったり、畑を作れば豊作になる確率が上がったり、家を建てたらちょっとだけ裕福になったりとか、生活していてお得なことが起きる。

 

 この占星の存在が、わたしたち小娘ふたりが野宿をしながら平気で旅が出来る理由のひとつだったりする。

 

 レナラが導いたより確実に効果があるであろう「運の良い土地」に《星灯り》で頭の上に光を浮かせながら歩いて移動すると、ほどよく野宿しやすそうな、黄色の葉をたくわえた大木があった。わたしたちはその下で夜を越すことに決めた。

 

 草が少なく砂利が多い地面の上に焚き火を作り、兎に似た小動物の皮を剥いで内臓を取り、3匹釣った鮎みたいな魚と一緒に木の枝に差し込んで焼いていく。魔術で火は起こせないので、携帯している弓切り式火興し道具で地道に焚き火を作るのだ。

 星見たちにとって夜に外を動き回るのは普通のことなので、星見の村でもこういう知識は当たり前のように共有されてたりする。

 

 焚き火を前にレナラと隣あって晩御飯を食べる。

 お互いに話したいことがありすぎた。先に口を開いたのはレナラだった。

 

「……さっきの王宮、魔術が使えなかった。兵士に止められたからじゃない。そもそも発動すらできなかった。おそらくあの女王が何かしているのよ」

「えっ……? あ、もしかして大聖堂に入る前のあの時ってやっぱり魔術使おうとしてたんだ」

「あなたも私の動きをよく見るようになったわね。坑道で《追跡》を知らないうちにかけたのが堪えてるのかしら?」

「そういうわけじゃないけど、どうやってレナラが気づかないうちに魔術を使うのかはちょっと気になったよね。もしかして何の動作もなく出来たりする?」

「少なくともあの兵士たちが目の前にいても気づかない程度には出来るわよ。《追跡》のような簡単な魔術に限るけれどね」

「つまりあの時もわたしは《追跡》を掛けられてたはずだったのか……」

「そういうことよ。かけられなくて残念だった?」

 

 レナラは意地悪そうに笑って、わたしは大聖堂に入る前にレナラが杖を見ながら怪訝そうな顔をしていたことを思い出した。ちょうどあの時に魔術を発動しようとしたのが出来なくて意外だったんだろう。

 

「残念というか、あの時マリカに呼ばれたのがレナラだったとしても、わたしも同じ事をしたかも。レナラみたいにバレずに《追跡》をかけられるかは分からないけどさ。だからありがとね。バレない自信があるって言っても、危険を承知でやってくれたんでしょ」

「……アヤノあなた、急にそういうこと言うのやめてよね。私が先に真面目な話をしようとしたのに、調子狂うから」

 

 顔を見合わせると、レナラは恥ずかしそうに顔を逸らした。焚き火の優しい灯りがレナラの顔をほんのり赤くして、照れているように見せかける。

 

「……あ、ごめん。それで魔術が使えないって、そんなことある? レナラが魔術を失敗するとは思ってないけれど」

「ええその通り。だから信じられないかもしれないけれど、確かよ。王宮の外では魔術が使えていた以上、あの王宮の中か、あるいは自身の周囲では魔術が使用できないような祈祷をあの女王が発動していたか。ってところね。そんなものがあるとは信じがたいけれど、魔術が使えなかったのは事実として受け入れるしか無い」

 

 レナラは顎に手を当てて考えている素振りをした。魔術を禁止する祈祷だなんてとんでもないけれど、実際にあのマリカはそのくらいの力があってもおかしくない気がした。

 

「わたしはマリカと話したけれど、確かにそういうことができる力はあるかもしれない。マリカ自身が言ってたけど、マリカの目は遠くからでもローデイルで起きている全てのことや人を観測できるみたい。わたしが《桜吹雪》を使ったのも、謁見広場にわたしたちがいたことが分かったのもその力のおかげ。そんなとんでも能力があるなら、魔術を発動させない祈祷だってありうるかも」

「……待って、その観測できる力っていうのは、祈祷とは別の能力?」

 

 レナラはぽつりと呟く。わたしはマリカの言っていたことを思い出して、少し迷ってから口を開いた。

 

「多分、そう。あの言い方だと常に見ていてもおかしくない……」

 

 ピンポイントで祈祷を使っているときに都合良くわたしが魔術を使ったシーンを観測できる可能性は限りなく低い。だからオートで発動し続けている可能性の方がたぶん高いんじゃないかと思う。

 

「馬鹿げてるわ。あの得体の知れない苗木といい、あの女は本当に神ごとき力を持ってるってこと?」

 

 レナラは手を広げて盛大にやれやれと首を横に振った。そして真面目な顔に戻ってわたしの顔を見据えた。

 

「ローデイルが魔術を封じる手段を持っているなら本当に危険よ。考えてもみなさい。レアルカリアとローデイルは相互不可侵の盟約を結んでいる。私はそれを、実際のところはともかく……レアルカリアの魔術師を戦の戦力として脅威と見なしているからだと思っていた。おそらく私じゃなくても、教授や盆暗な学生たちですら同じことを考えているでしょう。でもそうでなかったとしたら前提がひっくり返る。レアルカリアはローデイルがリエーニエに侵攻する簡単な道筋を、デクタスの昇降機を造ることで自ら整えてしまったことを意味するのだから」

「それって……レアルカリアとローデイルの戦争が起きるってこと!? でも、マリカは……」

 

 レナラの言うことは筋が通っている。でもマリカを信じるなら、人間は積極的に殺さないはずだ。でも、わたしはそこまで言って少し言いよどむ、マリカと話した内容をこれ以上伝えるなら、わたしの前世の話をしなきゃいけなくなる。

 ただ、隠していたわけじゃない。今まで話すような機会がなかっただけだとも思う。

 

 言いかけたわたしを、レナラはじっと見ていた。そしてわたしが言いづらいと判断したのか、やがて軽く息を吐いた。

 

「……どちらにしろ、学院に戻ったら、私達も身の振り方を考えた方が良さそうね」

 

 わたしはレナラが残念そうに目を細めたのを見た。だから、勇気を出すことにした。何を恐れているのだろう。レナラは未知を恐れない。それを一番知っているのは、わたしじゃないか。

 

「わたし、ね、なんて言うのかな……今まで言ったことなかったけど、前世の記憶があるんだ」

「そう」

「え、驚かないの?」

「時折そういう人間がいるということは学院の本で読んだことがあるわ。まあ大概が妄想で片付けられるそうだけれど、時々整合性のある「本物」が現われるのも事実のようね。だからおかしいことじゃない。もちろんアヤノがそうだっていうのは……意外? いえ、今考えてみれば……納得する部分が確かにあるわ」

「それで納得しちゃうの!?」

 

 割と意を決して言ったのに、心当たりがあるようにあっさり納得してしまうレナラにわたしは逆にびっくりして突っ込んでしまう。え、友達から実は前世あるんだ~って言われたら普通引かない……?

 

「だって村の星見たちの中でも、レアルカリアの学生の中でも、私に付いてこれるのはあなただけだったもの。前世でそれなりに生きてきた経験があるというのなら、同じ年齢の人間より落ち着いていてもおかしくない。ま、あなたはその割にちょっと危なっかしいけれどね」

 

 レナラは笑った。茶化すようではなく、わたしを安心させるような涼しげな笑みだった。

 わたしはぽかんとしたままレナラを見ていた。わたしが思っているよりはるかにレナラの度量は広かった。

 

「で、それなら教えてくれるのでしょうね? あの女と何を話したの? 続けなさいよ」

「あ、うん。マリカも()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、わたしたちが前世で生きていた世界は同じだった。だからマリカは王宮までわざわざわたしを呼んだ。そこで、言われた。一緒にこの世界を前世で生きてた世界みたいに作り直そう。人間以外を全部滅ぼそうって」

「なるほど、そういうことね」

 

 だからマリカは人間を攻撃しない。レナラは納得したように見えたけれど、少しだけ目を伏せてその表情に影が落ちる。

 

「……それで?」

「断ったよ。だからここにいる」

「なんで?」

 

 えっ? って声が出そうになる。目を伏せたまま、レナラらしくない質問だった。いや……そりゃあ、ねえ? レナラを放置してそんな怖い計画に乗るわけないじゃん。

 

「だって、わたしにはレナラがいるもの。ボルスさんとだって友達になった。それに星見の始まりの地に行くために今旅をしてる。だから、そんなこと考えられないよ」

「……山嶺に行くって言ったのは私よ。あなたじゃない」

 

 それはそうだ。わたしはレナラに誘われて一緒に旅をしているにすぎない。

 ふと気づく。レナラはこの旅でわたしのしたい事にほとんど反対しない。もしかすると、わたしを無理やり連れてきたような負い目があるのかもしれなかった。

 

「レナラと一緒に行くって決めたのは、わたしだよ。今回の旅だけじゃない。村にいるときからずっと、わたしはわたし自身の意思でレナラと一緒にいるんだから」

 

 わたしはレナラのことを親友であり、家族だとすら思っている。知る限り誰よりも優れた星見で、燦然と輝く一番星。わたしはその蒼い星をそばで眺められるだけで十分だった。今だって、そう思ってる。レナラがどう思っているのかは知らないけれど。

 

「だからこれからも一緒に行こう? 星が一番近くで見える、この世界で一番高い場所にさ」

 




《永遠の女王の恩寵》
黄金樹のマリカを模した
特別な恩寵の象り
最大HP、スタミナ、最大装備重量を
少しずつ上昇させる

黄金樹の時代、そのはじまりにおいて
女王マリカは手ずからそれを与えたという

これは稀人の残り香を知る
ただひとりに与えられた
その最初の恩寵である

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