村の幼馴染が魔術の天才だった   作:きなかぼちゃん

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9.友達ってそういうものでしょ?

 「運の良い土地」の効果がちゃんと発動したのか、おかげで特に何かに襲撃されることもなく樹のふもとで朝を迎えたわたしたちは、街道に戻って湖の北側にある山嶺への入口を目指す。今日の天気はあいにくの曇り空。しっとりした風が頬を撫でて、黄金色の草原をさらさらと波のように揺らしていた。

 

 遠くの景色を見れば、いくつもの雪に覆われた白い山脈が奥にゆくほど険しく、高く折り重なり、切り立った巨大な岩壁が恐竜の牙のようにそこら中に露出しているのが見えた。登山なんてしたことないけど、どう見ても14歳の小娘が登っていい場所じゃないと思う。

 

「あんな山にわたしたち2人だけで登るとかやっぱ無謀だったと思うよ……」

 

 わたしはレナラに見せつけるようにわざとらしく身震いすると、なんだか風も冷たくなってきた気がした。たぶん山の麓の近くだから気のせいじゃない。

 

「あら、私は別に2人だけで登るだなんて一言も言っていないわよ。ボルスに道案内が頼めなければまた別の手を考えていたでしょうし」

「どうするつもりだったの」

「さぁ? 考える前に解決してしまったもの。そういった悲観的な予測に基づく不安は、問題として目の前に立ち塞がってから初めて考えるくらいで丁度良いのよ」

「えぇ……」

 

 行き当たりばったりすぎるレナラの答えにわたしは閉口した。いや、まあレナラならそのやり方でも良い考えが浮かぶのかもしれないけれど……。わたしの納得していなさそうな反応を見てレナラはばつが悪くなったのか、小さく息を吐いて言い聞かせるように口を開く。

 

「そうね……あえてあなたを納得させるとしたら、あなたがボルスにそうしたように、ローデイルで山嶺に詳しい人間に道案内を頼む、とかかしら? それもまた手法のひとつに過ぎない。行動していればいずれ何かしらの答えは引き寄せられるものよ。不安と恐れを抱えて立ち止まっていたら何の発想も浮かばなければ何も起こらない。歩みを止めるな、さすれば運命の星の輝きは我らを導く、ってね」

「なにそれ、何かの格言?」

「いえ? 私が今考えた。まあ、いずれこの超天才たるレナラの名が狭間に轟いたあかつきにはそうなるのが必定でしょうけど」

「な、なるほどねぇー」

 

 わたしが目線を逸らしてぎこちなく同意すると、レナラは下からじっとりとわたしの顔を覗き込む。

 

「あら、まだ納得できないの?」

「そういうことじゃないのよ」

 

 レナラは怪訝そうに首を傾げた。

 いかにも存在しているかのように新しい格言を創造するレナラはわたしの魔界的(日本語の)表現を笑えないんじゃないだろうか。人のこと言えないって。割とブーメラン刺さってると思う。

 

「だけどレナラの言うとおり、何でも始めてみてから考えるべきってのはわかるよ。問題なんて物事を進めるうちにいくらでも生まれるし、その方が合理的でレナラらしいかもね。実際に今はボルスさんに案内して貰えるわけだし」

「露骨に話をずらしたわね。ま、それが分かっているならいいけれど。後はボルスが私達より先に来ていることを願うばかりね」

「本来なら先に坑道を出たわたしたちが先にいなきゃダメな気がするけどね……」

「そんなことはない。トロルの歩幅は私達人間よりはるかに長いのだから、よほど何処かで油を売ってなければ私達より先に着いてもおかしくないわよ。というか、それを織り込み済みであなたは風車村やローデイルで寄り道をしていると思っていたのだけれど」

「あっ」

 

 わたしは重大なミスに気づいた。レナラの言うとおり、考えてみればトロルと人間では1日の移動距離に大きな差があるはずである。そうすればボルスさんと私達が山嶺の麓にたどり着く時間にそれほど差は無い。

 ど、どうしてそんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

 

 伺うようにレナラの方を見ると、呆れたように目を細めていた。

 

「……ローデイルに寄るって言うあなたが随分と楽しそうだったから何も言わなかったけれど、気づいていなかったのね」

「つ、ついお金が沢山入ったから、観光したくなっちゃってェ……」

「でしょうね」

 

 完全に観光できると浮かれていたわたしのせいである。これ絶対ボルスさん待たせてるじゃん。

 会ったら謝ろう、と決心しつつ、ふと気づく。

 

 そういえば、レナラはボルスさんが約束を守らないとは考えていないようだった。これは少し意外だった。レナラはあまり人を信用しない、というより最初から疑ってかかる事が多い。

 それは自分こそが正しいというレナラの在り方に起因するものだけれど、人間関係がうまく築けない性格の悪さもその原因のひとつ、だとわたしは思っている。

 だからこそまだ付き合いが深いとは言えないボルスさんを疑わないのは、レナラの性格が少しだけ柔らかくなっているような気がして、わたしは少し嬉しくなった。

 

「落ち込んでいるのは分かるけれど、気持ち悪い顔をしないで頂戴」

 

 アッハイ。

 

 

 

 

 山嶺に近づくにつれ、黄金色だった草原はいつの間にか浅く降り積もった雪でところどころ白くなっていた。ときおり吹く山風も冬のように冷たくなり、わたしたちはバックパックの底に詰め込んだミノのような熊毛の防寒着を羽織り、背中のフードを深く被った。

 

 やがて山嶺の麓、崖と背の高い針葉樹に囲まれたなだらかな山道の入口に着く。そこには丸太を組み合わせただけの簡易的な関所があった。でもそこを見張っている人は誰もいない。見ればところどころ朽ちているところもあって、管理もされていないようだった。

 そしてその側にある大岩に見慣れた巨大な姿が座っていた。思わず声を上げると、鬼のような顔が綻んでこちらを向いた。

 

「ボルスさん!」

「応、アヤノ、レナラ! ようやく来たか。もしや2人で先に進んだのではないかと冷や冷やしておったぞ」

「あのう……ボルスさん、ごめんなさい。わたしが寄り道しちゃってて大変遅くなりました……」

 

 レナラの予想通り、ボルスさんは先に着いていてしかも待ちくたびれていたようだった。わたしは申し訳なくただただ頭を下げるしかない。本当にすみません……。

 

「この子、あなたが私達と同じ歩幅で歩くと勘違いしてたのよね」

「ごめんなさい何でもするので許してください!」

「私はやらないわよ」

「ハハ、気にするでない。我らトロルはヒトより遙かに永い時を生きる故な。たった2日程度では待った内に入らぬよ」

「い、2日間ずっと……こんな場所で……」

 

 わたしの表情が固まる。ボルスさんは笑っているけれどこんな寒いし何も無い場所でずっとわたしたちを待たせてたとか申し訳なさ過ぎるだろ……。

 

「ボルス、あなたそれ慰めようとしてるなら逆効果よ。私が言うのも何だけれど、アヤノは変に律儀だから……何でもするって言ったら多分無理にでもそうするわ。あなたが何かを頼まない限りは納得しないでしょうね」

 

 いやいやそこまでじゃないよ? 多分……。

 

「……心当たりはあるな」

「あら、何があったのかしら? 興味があるわ」

 

 レナラが意地の悪そうな顔でボルスさんを見上げた。これはわたしを弄るネタを増やそうとしているときの顔である。

 

「坑道で大型の喪色の鍛石を共に掘った時に感謝の印だと無理矢理に儂へ押しつけてきおったわ。自分から山分けだと言っておいてそれだからのう。困った娘よ。只、そのお陰でこの剣を手に入れられたのだがな」

 

 ボルスさんはやれやれと苦笑いすると、背負っている巨大な剣を右手で引き抜き軽々と掲げた。

 坑道で戦った怪物が持っていた剣よりさらに巨大なそれは、剣というよりはもはや鉄塊に見えた。斬るための武器というよりは、叩き潰すような用途にしか使えないんじゃないだろうか。

 

「グレートソードと云う、ヒトの鍛冶師により造られた剣だそうだ。だがつい大きく造りすぎたそうでな、見ての通りヒトの戦士の手に余る。故に儂が引き取ったという寸法よ。2人とも見よ! この無駄の無い直線で描かれた均整な重心を持つ黒鉄の美を。我々トロルの鍛治師が作り上げる無骨な武器も良い、良いが……この滑らかな底冷えするような冷たさこそが美しい。ヒトの鍛治師のみが持ち得る執念が宿って居る」

 

 掲げたグレートソードをうっとりした目で見つめながらわたしたちに語り続けるボルスさんは正直、気持ち悪い。思ってても絶対に口には出さないけれど。なんだろう、男の人ってこういうのが好きなのかな?

 

「ボルス、あなた気持ち悪いわよ」

「レナラ! 思っててもそういうことは失礼だから言っちゃダメ」

「あらアヤノ、あなただって少しは気持ち悪いって思ったでしょう。そんな顔をしているわ」

「え!? 嘘。いや、そうかもしれないけど言っていいことと悪いことが……あっ」

 

 わたしが口を押さえると、ボルスさんが悲しそうな顔でわたしたちを見ていた。そして明らかにしょぼくれた表情で背中に剣をしまった。いやホントにすみません。

 

「……あいや、済まぬ。己の心に埋没しておった儂が悪かった。お主たちは星見であるゆえ、こういった血の気の多い武具には興味があろうはずがないのは分かっておるよ」

「あら、ちゃんと星見って覚えてるじゃない。ま、今のあなたは確かに気持ち悪かったけれどその剣が良い物だってことはよく分かったし、そこを否定するつもりはないわよ」

「ごめんなさい……でも、ボルスさんがそこまで夢中になるものならきっといい剣なんでしょうね」

 

 取り繕っているわけじゃない。わたしたちは剣の良さについては全く分からないが、ボルスさんから見て良い物ならきっと素晴らしい剣なんだろうということはなんとなく分かるし、信じようと思う。

 

「無理して話を合わさずとも良いのだぞ? トロルとヒトでは物を見る目も異なるであろうしな」

 

 ボルスさんの窪んだまなこの奥の瞳にほんの少しだけ寂しさが宿った気がした。つい自分の好きなことを熱っぽく友達に語ったら引かれてしまったみたいな感じ。でもわたしたちに見せたかったんだよね。それなら、わかるよ。だって、

 わたしはボルスさんに一歩近づいてその瞳を見上げた。

 

「無理してないですよ。その道に詳しいボルスさんがいい剣だって言うのなら、わたしとレナラは心の底からそれを肯定します。その……武器に対する熱意みたいなのはまだ分からないところもありますけど、ね」

 

 そうだ、わたしたちはとっくにそう思ってたけれど、まだそれを言葉にしていなかった。

 だから今ここで言おうと思った。

 

「だって、友達ってそういうものでしょ?」

 

 わたしたちとボルスさんを隔てる物があるとしたら、それは単純に種族の壁だった。わたしたちは特に気にしていなかったけれど、トロルにとって人間はちょっと力を入れれば骨ごと潰れてしまう脆弱な生き物だし、同じ理由で人間にとってトロルは危険生物として扱われている。

 

 そんな種族の壁を越えて、ボルスさんの方からわたしたちを「友達」と呼ぶのはとても難しいことなんだろうなというのは、なんとなくわかる。

 

「……儂を、この悍ましきトロルを友と呼ぶか。アヤノ」

「はい! 一緒に鍛石を掘ったあの日から友達ですよ! わたしとレナラはそう思ってます!」

「あら、勝手に一纏めにしないで貰えるかしら」

「あなた嫌いな相手とこんなに喋るわけないんだからいいでしょ」

 

 素直じゃないレナラは腕を組んで目線を逸らした。勝手にしなさいモードの合図である。

 

「そうか、友か……ハハハ! 前にその言葉を賜ったのは何時だったか。まさかお主たちのようなヒトの娘が儂を友と呼ぶなどと、これほど不可思議で、嬉しきことがあろうか。我らトロルは《大樹》より生まれし一枝が形になりしもの。肉はあれど、心の臓は無い。口惜しきことよな。だが、お主たちの温かみは確かに伝わった」

 

 ボルスさんは左手で空洞となっている自分の胸の部分に手をかざした。トロルは内臓を持たず、その部分には凹んだ空洞だけがある。

 

「改めて名乗ろう。儂はボルス。かつて《壊剣》と呼ばれしトロルの戦士よ。この古の名にかけて、我が友をこの山嶺、我が故郷の頂へ無事に送り届けることを約束しよう」

 

 

 

 

 認識が甘かった。

 

 山嶺を登り始めて最初に思ったことが、それだった。きっとレナラも同じ事を思っている。思ってて欲しい。マジで。

 

 村に伝わる「星見の始まりの地」への巡礼。なぜわたしたちはおかしいと思わなかったのか? 目指す場所は明確に伝わっているのに、それを村の大人は誰1人としてやっていなかったことに。厳しい山嶺を登り、星見のルーツを探り、星見として卓越するための巡礼。たったそれだけなら、伝承では無く明確な修行として伝わるべきだ。

 

 なぜ「伝承」なのか? その答えが目の前にある。

 だって無理だもん。人の足だけでこんな場所を踏破しようとしたら、普通に死ぬって。

 

 一面の雪景色、わずかに吹雪く視界に目をこらす。先導するボルスさんが襲い掛かってきた狼の群れを一気にグレートソードで横薙ぎにして吹き飛ばした。そして後ろのわたしたちに檄を飛ばす。

 

「大鷹どもが上から来るぞ! 捕まれたら空から落とされ命は無いと思え! 撃ち落とせい!」

 

 ピイイイイイイ、と甲高い口笛のような音を立てて馬鹿でかい大きさの白い鷹たちが急降下してきた。それをわたしたちは魔術で撃ち落とす。わたしが《輝石の速つぶて》で威嚇すると、その隙をレナラの蒼い《輝石の彗星》が覆い尽くして次々と鷹の身体や羽を貫いていく。

 

 雪山を登りながら、さっきからずっとこんなことを繰り返している。

 

「こんなの聞いてないいいい!!」

 

 わたしはもはや半泣きになっていた。進む度にデカい狼やら鷹やら蝙蝠が襲い掛かってくる。まだ登り始めたばかりなのに、このままでは死ぬ、死んでしまう。今ならボルスさんが「小娘2人で山嶺に向かうなど無謀」と言っていた理由がわかる。

 

「大げさね、巡礼というのだからこの程度の試練はあってしかるべきだわ。それに私達がしっかり息を合わせれば死ぬなどあり得ない。今だってそうだったでしょう。アヤノ、しっかりしなさい」

 

 ダメだ。涼しい顔のレナラは全然動じていない。さすがの超天才は現状を受け入れて適応するのが早すぎる。

 ていうか、レナラはわたしを信頼しすぎじゃないだろうか? わたし、この間の怪物と戦うまで荒事なんて殆どやったことなかったんですけど。あの経験が無かったらマジ泣きしておうち(レアルカリア)帰るって暴れてたと思う。今も暴れたい。

 

 ただここまで来てしまった以上逃げられないことは分かっているので、ビビりすぎて涙目になった顔をぬぐう。そして前を見た。今度はズシンズシンという音と一緒に、白い毛を纏った巨大なシルエットが迫ってきているのが見えた。ギャーッ雪男!

 

 ぶるぶる震えながら杖を構えると、雪男はボルスさんの目の前で立ち止まった。あれ?

 目を瞬かせてよく見ると、白い毛だと思ったのは毛皮で編まれた巨大なマントのような外套だった。そしてその背格好と顔はボルスさんによく似ていた。

 

 ボルスさんと違うのは、胸の空洞に石版のようなものが埋まっていることと、髪と髭が真っ直ぐに整えられていることだった。そして手には渦巻き模様がいくつも合わさった、大木の根をそのまま取り出したような形をしたハンマーを握っている。

 

「イジー、久しいな! お主も戻っておったか。ええと……30年振りくらいか?」

「久しいですな、ボルス。ええ、我らを産み出した《大樹》の再誕を見届けぬ枝がおりましょうか。ちなみに我々が最後に邂逅したのはリムグレイブ、ストームヴィルの《嵐の王》の軍勢に助力し勝利したあの日が最後でしょうな。そう、滝のような大雨が降る秋の日でした。それも53年前のことだと記憶しておりますが、お間違えなきよう」

「何時もながらよく覚えとるのうお主は……我らトロルにとって30年も50年も変わらぬだろう。お主のその細かさは未だ治らんと見える」

「ボルス、頭脳は常に働かせておくものですよ。肉体が滅びずとも、気づかぬうちに思考が摩耗することもあるのですから……して、そちらのお嬢様方は?」

 

 わたしたちに目を向けられる。するとボルスさんは嬉しそうに笑った。

 

「この者らは旅で出会った我が友よ! 我らと同じくこの山嶺の故郷を目指しておる。アヤノ、レナラ! 紹介しようぞ。こやつは我がトロルの一族のひとりで、鍛治師のイジーという。この通り少々理屈屋ではあるが、危険な奴ではないから安心せい」

「イジーと申します。生業は流れの鍛治師……というものでしょうな。以後お見知り置きを、小さき人よ」

 

 イジーさんは恭しくわたしたちに頭を下げた。お腹に響くような低さがあるけれどずいぶん穏やかで、人を安心させるような、そんな声だった。

 

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