「別に間違ってないだろ。女になったのも、おれに助け求めたのも」
「そ、それはそうなんだけど…上条さんとしては、色々思うところがですね?」
「あー…わりと胸がある事とか?」
「歯ぁ食いしばれよッ!」
「ごめんて」
というわけで、始まります。
■ ■
ぴぴぴ、ぴぴぴ。
機械的な音楽と共に、一定のリズムを刻み続けるそのアラームによって、少年は目を覚ます。
瞼を上げ、霞む視界を徐々に鮮明にさせながら、茫然と天井を眺める。
人間であるならば、誰しもこんな時間を一度は過ごすのではなかろうか? 起きてから天井を眺めていたら数時間が経っていた、なんて。
実によくある話しである(本人曰く)。
「………………………………………………朝か」
長い沈黙の果て、少年の口から出たのは、そんな短い確認だった。
むくりと体を起こし、ぱきっ、ぱきっと首を左右に傾けて骨を鳴らす癖を終える。
ちなみにこの骨を鳴らす行動、下手すると危ないのでオススメはしない。わりとマジで。
「あー……だるい。具体的に言うなら、昨日提出するべきだったプリントを朝早く登校して先生に提出したのに間違っていたからやり直しですよと押し返された時くらいにだるい」
『それめっちゃ心辺りあるんですけど、というかした本人なんですけどー!?』
何故だか幼い頃からの付き合いである不幸に恵まれた不運な友人の叫びが聞こえた気がするが、聞き慣れたなと無視をする。
ベッドから抜け出し、欠伸をしながら洗面台へと向かう。
ばしゃばしゃと、乱雑に水で顔を洗い、目にある脂を落とす。
タオルで顔の水を拭い、小さな息を吐く。
洗面台から出て、台所にあるレンジの上の置かれたパンを手に取り、適当に袋を開けてかぶり付く。
クリームパンは良いパンだ。異論は認める。全然認める。
「むぐ、はむっ……ん、うま。朝から甘いものを食べるのは良いな、やっぱり」
甘いクリームが口の中いっぱいに広がる幸せを噛み締めている今日この頃。
ごく普通の一般高校に身を置く、ごく普通ではない高校生「壱塚統士」は、現在進行系でだらけていた。だらけ過ぎだと言われても仕方ないぐらいにはだらけていた。
時刻にして6時丁度。学校に行くには早い時間帯だが、それを考慮したとしても、かなりだらけているのである。
しかし、それも当然と言えば当然か。
何故なら彼は、今日は完全に学校を休むつもりでいるからだ。
所謂、ズル休みというやつである。
成績優秀かつ、此処『学園都市』における特徴の一つを持っているという事もあって、彼はかなり自由な立場にあるのである。
とはいっても、かなり例外的な立場だが。
まぁ、それはともかくとして。そういった理由もあって、彼はだらけているのである。
だが、そういった平穏こそ―――すぐ崩れ去るものである。
ドンドンッッ!! と、突如として大きなノック音が響いた。
「あぁ…? なんだよ、こんな朝早くから…新聞か?」
『統士、起きてるか!?』
「……当麻か? いや、当麻にしては声が高かったような…まさか“藍花”の野郎か? だとしたら…ハッ、上等じゃねぇか」
パキッ、と何かが割れる様な音と共に、僅かに彼の周囲の空間が歪む。
そこにあった筈のパンをまるごと消し去って、壱塚統士は玄関の方へと向かっていく。
扉の向こうに居るのが幼馴染みであるなら、何の問題はない。こちらのモノが消えるだけだ。
それが別人であるならば、その別人が消えるだけだ。それも問題はない。
壱塚統士の事を壱塚と呼ぶ人間は数多く、しかし壱塚統士を統士と名前で呼ぶ人間は、この世界でたった一人だ。
玄関のドアノブを捻り、扉を引けば―――
「上条さんをどうかお助けください!」
「………………………………………………」
「何だよその複雑な顔は!? 嫌と安心と混乱が入り混じったその表情はなに!?」
「…………………いや、良いんだ。お前が女装癖に目覚めても、おれはお前の友達だ」
「あれ何か誤解を受けてます!? いやあの、統士さん? 上条さんは別に女装癖に目覚めた訳ではなくてですね?」
「いい、皆まで言うな。わざわざ胸まで盛るくらいには本気なんだろ? なら応援してやるさ」
「ふんッ!」
ノーモーションから炸裂するは、まさにプロのボクサー並のジャブ!
統士は突如の攻撃を何とか躱し、冷や汗をかいた。
「っぶな!? 何しやがる!」
「あ、すまん。なんか無意識に手が出てて…」
「……はぁ。まぁ良いや、取り敢えず上がれよ」
「え?」
「おれを統士って呼ぶのは当麻だけだし、さっき“消えた”からな。お前が本物の上条当麻である証拠は幾らか揃ってる。観察したが、ガチで女になってるらしいし」
「お、おぉ…とにかく信じてくれるんだな」
「まぁ、お前だからな」
「統士…!」
「誰も味合わない様な不幸を被るのお前だけだろ?」
「判断基準そこ!? 不幸だァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
朝早くから、少年(少女)の叫びが響き渡った。