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人間の細胞の数は、およそ37兆個であるとされている。彼らは体という世界の中で、休むことなく働き続けている。
では、そんな細胞がたった一夜にして完全の変化するものだろうか?
答えは否だ。もしそうなったのだとしたら、それはまさしく転生。
変化したという言葉で言い表せるものではなく、生命として生まれ変わったと表すべき事だ。
それをたった一夜で為す能力―――そうともなると、もはやそれは超能力者も同然だ。
それなりに学園都市の能力開発や研究などに関わりを持つ彼にとって、そんな能力が普通に一般世界に存在しているなんて、どうやっても考えられないのだ。
細胞の改竄まで出来る力ともなれば、それこそ能力研究の餌になる。足を捕まれ、闇の闇まで引き摺り込まれる事は間違いない。
学園都市とは、そういう場所なのだから。
「で、色々と考えた結果としてやっぱりお前になったって訳よ、垣根」
『聞けば聞く程、本当に訳分かんねぇな、お前』
「言わんで宜しい。で、どうすっか。お前的には」
『そうだな…考えられるのは、第七位と同じ原石の可能性。もしくはテメェの言う魔術の力だろうな』
「原石か…その可能性は考えてなかったな」
原石。それは学園都市に数多く存在する能力者とは出自が異なる能力者。
学園都市の能力者の殆どが、学園都市の機関による『能力開発』を受けて能力者となったのに対して、原石は生まれながらに能力を持った生粋の能力者だ。
その原石の中で、『超能力者』の第七位である削板軍覇は、最高の原石と言われる能力者だ。
その削板軍覇と同格の原石―――正体が掴めず、学園都市の科学者が介入する事も出来ない程の力が働いたと仮定したなら、一応の説明はつく。
説明出来ない力を、理解しないまま振るう。それが、削板軍覇だ。
では、説明出来ない力を理解して振るう者が居るとするなら―――それは、あまりにも恐ろしい相手だ。
「最高の原石、或いは高度な魔術。学園都市が隠した能力者か性別を逆転させる魔術。この二つ以上に、辻褄が合うものはない」
『発言と発端の落差が激しいな。別に女のままでも良くねぇか?』
「ばっかお前、あの人間たらしが女になって生活してみろ! ハーレムと逆ハーレムの両方が出来上がって地獄絵図が生み出されるわ!」
『面白ぇじゃねぇか。遠目で腹抱えて笑ってやるよ』
「ちなみにそうなった場合、確実にお前にもフラグが立つ」
『巫山戯んなよテメェ! 何勝手に俺まで巻き込んでんだ!』
「仕方ねぇだろ、それが上条当麻なんだから! 何かの事件で誰かが彼奴と鉢合わせたら9割堕ちるって相場は決まってんだよ!」
『何だその馬鹿げた相場は! 残り1割どうなってんだよ! そんな常識は俺には通用しねぇ!』
「常識が通用しねぇんなら、まずはその幻想をぶち殺されるんだよ間抜け!」
上条当麻という男(今は女だけれど)の事をよく知っている彼だからこそ断言出来る。
上条当麻と垣根帝督。この二人が出会えば、例え垣根帝督と言えども必ずフラグが立つのだと。
『クソが…おい、さっさと解決しろ。見ず知らずの人間にフラグなんか建てられてたまるか』
「それが簡単じゃねぇから、こうやって電話してんだわ…」
『お前に解決出来ねぇなら誰にも解決出来やしねぇよ。第一位であろうとな』
「過大評価が過ぎるね。もっと下に評価しろ」
『テメェは自分の存在の大きさを自覚しやがれ。原子爆弾並の厄ネタだぞ』
「おいこら。言っていい事と悪い事があるぞ、お前」
『事実だからな』
「酷い言い草だ。私、能力使えるだけの一般市民よー」
『抜かせ』
「まぁ、それはともかく。垣根に電話する前に、アイツにも電話して、面白い可能性を聞けたんだ」
『…マジであの野郎と電話してんのかよ。どんだけ人間関係深いんだよ、お前』
「わりと付き合い長いんでね。で、その面白い可能性ってのは―――俺と同じ能力者が居れば可能なんじゃないかって話し」
『―――ハッ。巫山戯んな。お前の能力を持つ奴が、もう一人居る? 統括理事会が黙ってねぇぞ』
「ですよねぇ…でも、有り得ない事はない。俺の能力って、わりと能力の常識の範囲内だし。イカれてる奴は出来るよ」
『考えたくねぇよ、んな狂人が居るなんざ。っと、悪いが仕事だ。じゃあな』
「おう、わざわざありがとな。今度飯奢るよ」
『マジか? 良い店頼むぜ』
「えぇ…あんま高級店は行った事ないんだが」
『じゃあ俺が教えてやるよ。ついでにマナーもな』
「楽しみにしておく。じゃあな」
電話は切れ、壱塚統士はどうしたもんかと頭を抱えた。
学園都市に存在する知人の中でも一際秀でた頭脳を持つ二人に聞いても、明確的な原因は出てこなかった。
可能性がある。そう仮定した場合。求める様な回答は、二人からは出てこなかった。
あの二人をしても完璧には分からないとなれば、いよいよ困る。
優秀な科学者の知人も居るが、腐った学者に聞けば、上条が実験台にされる事は間違いない。
はぁ…と、重たい溜め息を吐かざるを得なかった。
「やっぱ藍花の野郎に聞いた方が早いか…? くそっ、学校行きゃあ良かっ」
『不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!』
甲高い絶叫が、聞き慣れた言葉が、部屋に響き渡る。
それを聞いてからの壱塚統士の行動は、まさしく一瞬だった。
スマホをベッドへと放り捨て、直ぐに玄関まで移動して靴を履き揃え、鍵が掛けられた扉を蹴破って外へ。
学生寮の柵壁を飛び越え、受け身を取って絶叫がした方へと全速力で駆け出す。
不幸。そんな絶叫は、何度も聞いてきた。そして、その度に何らかの問題にあの少年は巻き込まれた。
傷を負わない平和な時もあれば、大怪我を負った事もあった。例えば―――特定個人を覚えられないという脳の機能障害など。
大事でなければそれで良い。こちらが勘違いしただけだ。だが、大事なら別だ。上条当麻を害する様な事態であるのなら―――ソレを消す。
視界に、ツンツン頭が映る。動きを止め、やけくそになって走っている様な少年少女(文字通り少年だった少女)を凝視してみれば―――
「とうじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「えぇ、ガチ泣きしてるー!? おい何があったよ!?」
上条当麻、まさかのガチ泣きであった。
「つちみかどがぁ! あおぴがぁ! つか皆がぁ!」
「分からん分からん! シスコンゴミ野郎と女好きカス野郎率いるクラスメイト全員にイジられたのかそいつ等に何かあったから泣いてんのかどっちだ!? てか、お前そんなメンタル脆かったっけ!?」
「みんなっ、みんなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「落ち着けぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
青春してるなぁ。
周りの大人達は、そう思いながら微笑んでいた。
ガチ泣きしてから数時間が経過し、上条当麻はようやっと落ち着いた。
聞くに。
登校しても誰も驚かなかった。それを怪しく思い土御門元春に聞いてみると、「何言ってんだにゃー? カミやんは元から女だぜい」と笑った。
青髪ピアスも同様だ。というか、クラスメイト全員はおろか―――その学校に在学する全ての人間が同じ事を言ったのだ。
これを聞いて、壱塚統士は―――
「嘘だろ、おい…巫山戯んなよッ…!」
本気で頭を抱え、やり場のない怒りを煮え滾らせていた。
決してそれは、土御門や青髪ピアス達に向けられたものではない。
上条当麻の性転換を甘く見ていた自分への怒りでもあり、その性転換そのものに対する怒りでもあった。
認識が、その前代未聞の事態に対する意識が、あまりにも低かった。甘かったのだ。
もはやこれは、性転換などという括りに収めていい現象などではなくなったのだから。
「性別の逆転だけじゃなく、周囲の認識すら改変されているだと…? それはもう、能力でも魔術でも何でもない。単純だが、それ故に馬鹿げてる―――これはもう、単なる『現実改変』じゃねぇか!」
現実の改変。或いは、歴史の改竄。
上条当麻という少年は、最初から少女だった。現実、或いは歴史がそう書き換えられている。
壱塚には、そうとしか考えられなかった。それ以外に、性転換と認識の変化を証明出来る事象が存在しないから。
『認識の改変』だけを考えるなら、食蜂操祈という人物が居た。
超能力者の序列第五位『心理掌握』―――精神系最強の能力を持つ彼女ならば可能だろうと。
彼女の能力はそういった点では、まさしく最強。
身体全てを掌握して操作出来る人数は14人。単純命令でオートで動かすならば、三桁の人間を同時に操る事が出来る精神の十得ナイフの如き能力だ。
だが、その線は無くなった。何故ならば、単純にそれが不可能であるからだ。
二人が在学する学校の総勢は生徒だけではなく、教職員も含めてだ。三桁に届き得る数を単純命令で動かす事が可能ではあるが、そうする為には近付く必要がある。
まず、彼女が在学する常盤台は寮制だ。夜中に抜け出す事は出来ないし、仮に抜け出して朝から高校に行ったとしても、その時間帯は全員が登校していない時間帯。
彼女が認識改変の犯人だった場合、全員が登校する時まで高校に居なければならず、それでいてリモコンによる操作の為に校内に潜入しなけらばならない。
考えれば考える程、食蜂操祈が在学生と職員全員の精神の掌握は出来ないのだ。
性別が逆転するだけならば、まだ能力や魔術の範囲であると理解出来た。思考出来た。
それが出来た理屈やそうなった原因は不明だが、これらならば成し得るだろうという、ある意味で確定的な想像があった。
だが、これは違う。現実の改変、或いは歴史の改竄。これだけは、これらだけは、そんなものではない。
能力や魔術といった小規模な現象で説明出来る程に、小さな事ではない。人工的な現象の枠に収まっていい事象ではないのだ。
「予想外だ…あまりにも事が大き過ぎる…! もはやこれは、なるべくしてなったと言っても過言じゃねぇ…!」
「統士…」
「これはもう、不幸なんかで一括りには出来ないな……。まさしく『最悪』だ、くそったれ」
ほくそ笑むのは、果たして神か。或いは人か。それとも―――この世界か。