茜色の希望   作:如月/Kisaragi

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お久しぶりです。推しの子を読んだら脳を焼かれて、アクあかが大好きすぎて重い話を書きたくなったので初投稿です。もしかしたら続くし続かないかもしれない。

単行本時点での流れしか作者はわからないので、そこはご留意ください。


プロローグ

──幸せ、だった。この世の幸福を謳歌していた。

 

空虚な心がどうしようもなく、満たされていくのを感じていた。

これまで失ってきたモノが、壊してきていたモノが、渇いた自分を補って作り上げていく。

 

そんな、最高級の幸福を謳歌していた。

 

 

 


 

 

 

あの日に、俺の──僕の、"復讐"は完結した。

カミキヒカル。俺たちの父親。そして最愛の母を殺した男。

15年の嘘の映画に釣られてやってきた彼を、俺はこの世から消した。文字通り、「抹消」した。

 

彼の顔を忘れることはない。アイツは死ぬ間際まで、自らの命の価値に拘っていた。その尊厳すらも俺は踏み躙って、ヤツを……

 

復讐が完遂してからは、ただ無気力に過ごしていた。全てが空っぽになって、どうでも良くなったから。

誰からの連絡も耳に届かなかった。届かなくしていた。

ミヤコさんも、有馬も、MEMも、メルトも、これまで関わってきた人たちのほとんど全員。そして──ルビーからのものも、遮断していた。

唯一、五反田監督とは連絡を取っていた。彼は復讐が終わった後、1人で暮らすための家を用意してくれた。

親しかった人間が近くにいない環境を作って、俺が孤独で『終わる』ための準備をしてくれた。

 

そこに移り住んでからただ無意味に、無為に時を過ごした。

次第に身体も弱っていった。1日一食食事を摂って、ほぼ半日眠り更けて、日向はカーテンを開けた時に差し込んでくる光のみ。

最初の方は読書だったりメディアを見ていたが、次第にそれすらもしなくなった。

植物とか、機械みたいな生活をしていたと、つくづく思う。

 

そんな生活をして一月ほどが経った。

ほとんど命は尽きかけていた。もとより復讐が終わったら潔くすぐに死のうと思っていたのは自分だ。それでも、死ぬのが怖くて、ダラダラと生きることにしがみついていた。その日々にも遂に限界が訪れようとしていた。

消えていく視界。白へと向かっていく世界。その終点に、雨宮吾郎()と幼い頃の星野アクア()が立っていて──二人に、押し返された。

 

なぜ?俺はもう復讐を終わらせた。この世に残してきた未練なんて俺には──

 

『嘘を吐くなよ、俺』

『キミの持つ携帯に残された、監督以外のもう一つの電話番号は未練じゃないの?』

 

幻影の声に惑わされる。

連絡を取り合っていたのは五反田監督の番号だけだった。それは確かだ。

ただそれとは別で──俺は、一つだけの電話番号に、いまだ未練を感じていた。

なぜか俺の手元にあったはずの携帯が、幻影の俺の手に握られている。

こちらにそれを見せびらかしながら、幻影の僕が呼びかける。

 

『こっぴどく振って、利用して、それでも彼女を……黒川あかねを思い続けるのは、なぜ?』

 

言葉が出てこなかった。目の前の幻影が語っていることが、俺の本心だったから。

そうだ、俺は──黒川あかねのことを、諦めきれないでいる。

 

俺にとっての彼女はある意味『救い』だった。

彼女のことをアイと重ねていた。最初はただ利用するだけの関係で、そこには本物の愛情はなかった。

なかった、はずだったのだ。

 

いつからか彼女のことが忘れられなくなっていた。アイを投影したあかねではなく、ありのままの黒川あかねのことが好きで好きで、愛おしくて仕方がなかった。

一つ年上の彼女のことを、本心から好きになっていた。愛していた。

だからこそ、俺の身勝手なエゴに付き合わせるわけにはいかなかった。彼女の経歴を、俺の身勝手なエゴで毀すわけにはいかない。

そう思って徹底的に彼女のことを突き放した。恋人の関係を終わらせて、彼女に啖呵を切って、そして今日に至るまで連絡先を消すことができないままでいた。

 

これまでのことを振り返ってみると、なぜか頬を伝うものがあることに気づいた。

──涙だ。目から流れ出る液体は止め処を知らずに、重力に従って落ちる。涙の一粒が、この真っ白な世界に波を造った。

 

会いたい。そう一度思ってしまうと、尚更この涙が止まらなくなってしまった。

気持ちの激流が収まらない。慟哭するように脚から崩れ落ちて、声を上げようとして、大きくえずいた。声を思うように出せない。

 

『……はあ。お前は全く、仕方ないやつだな』

『もういいんだよ、僕。幸せになりなよ』

 

意識が薄れていく。パチパチ、と視界に閃光が走った。

急速に力が出せなくなっていく。夢の世界が、白色のユメが、世界が、終わって──

 

アクアくん

 

その終焉の世界に、ひどく愛してやまない女性の声が聞こえた気がした。

 

 

 


 

 

 

ドアはいとも容易く開く。

最新鋭のセキュリティが施されたはずのその扉が、まるで私がくることを分かり切っていたかのように意思を示していた。

 

「……」

 

無言で家の中に入ってみると、そこはとても綺麗に片付けがなされていた。

綺麗な部屋。生活感があるとはとても言えないが、かろうじてここに人が住んでいることを示すかのように一枚の写真が飾られていた。

そこに写っていたのは、仲のいい兄妹とその二人を抱える紫髪の女性。

ただその写真の入った額縁はヒビが入り、写真を守るためのガラスは蜘蛛の巣のように割れ目が入っている。

 

ふと、その額縁が倒れた。

パタン、という音と一緒にコルクの背面が目に飛び込んでくる。

その背面を見て驚いた。そこには、もう一枚隠された写真があったからだ。

 

金髪蒼眼の、高校生の頃の彼。そしてそこに一緒に写っているのは──私だった。忘れるはずもない。彼とデートした時の写真だ。

……そうか。アクアくんは、これをまだ大切にとっていてくれたんだ。

 

写真に見惚れそうな自分に制止をかけてから、改めて靴を脱いで室内へと踏み入れる。リビングに真っ先に向かうと、そこのソファで一人の男の子が眠りについていた。

ひどく痩せこけて、血色の悪い顔をしている。それでも私は、彼のことを見間違えるはずがない。

美しい金髪は少し傷んで色褪せている。試しに身体を触ってみるとやけにひんやりとしていた。念の為胸の辺りに耳を当てて心音を呼吸を確認してみる。

しっかりと彼は生きていた。今にも死にそうなほどやつれた苦しそうな様子ではあったが。

 

彼の頭を私の膝の上に載せる。それから手櫛で髪に触れて、優しく梳いてみる。……昔よりカサカサとした触り心地のその髪に、悲しい気持ちを抱いた。

彼は一月前、突然として姿を消した。多くの人が彼を探して、手掛かりを求めた。

そんな中で私は、行方不明になってから3日ほど経った時に彼の師匠の五反田監督に呼び出しを受けた。

私もアクアくんを探していた身だったため、手掛かりを持っていそうな監督の元へすぐに向かおうとしていたが、仕事の予定が多すぎたために行方不明になってから26日が経った日にようやく監督と会うことができた。

 

監督の家についてから、色々と質問をされた。

元気かどうかという質問から始まり、それから色々と身の回りの話とか、恋愛の話を聞かれた。

それらの質問を全て聞いてから監督は静かに天を仰いでから、これで終いの質問にすると言って、私の目を見つめて一言聞いた。

 

『……黒川。おまえ、早熟……アクアのことはまだ好きか?』

 

真剣な、鋭い目つきでそう聞いてくる監督に、私もまた同じ目で答えた。

──当然です、と。

私にとってのアクアくんは、まさしく希望そのものだった。暴風雨の吹き荒れる歩道橋の上で繋ぎ止められたあの瞬間から、私は彼のことがずっと好きだったから。

突き放されたこともあった。確かに最初はビジネスの関係だけだったかもしれない。

でも今はそんなことは言わせない。言わせてなんかあげない。

なぜなら今の私が抱いている、「大好き」は嘘じゃないから。

 

監督はその言葉を聞いてから、しばらくそれを舌で転がすようにしてから、静かに立ち上がった。

それから、「しばらく待ってろ」と言って、部屋から少しの間姿を消した。

 

次に監督が帰ってくると、その手には鍵が握られていた。それから、何かが書かれたメモもついていた。

これは?と訝しげな目を向けると、その答えはすぐに帰ってきた。

 

『これはアクアの家の鍵だ。あいつに前もって渡されていたんだよ、俺に。……メモに書かれているのはあいつの住所さ。それは、お前さんにだけ預けておく。

黒川。……アクアのこと、頼んだ』

 

今にも泣き出しそうなそんな顔で、監督は私にそう託けた。少し鼻声になっていたその声を受けて、私はすぐにでもアクアくんの家に向かうことを決意して──今日になるまで、仕事に忙殺されていた。

 

膝の上に乗ったアクアくんの顔をもう一度まじまじと見つめてみる。浅い呼吸を繰り返して眠っているアクアくんのことをそっと抱きしめてから、願うような格好で言葉を放つ。

 

「アクアくん」

 

その言葉に込めた感情はいったい何だったのだろうか。それは私にもわからない。わからないが、今の私はきっと泣いている。

 

ふと、膝の上の最愛の人が身じろぎをした。

……苦しそうな顔をしていた。長い間復讐に身を費やして、それを糧に生きてきた彼はもう疲れ切っていたのだ。身体は今にも砕け散ってしまいようなくらいに儚いし、さっきから聞こえる呼吸音はとても軽い。

つらそうにしている彼のことを次は強く抱きしめてから、もう一度声をかける。

 

「アクアくん」

 

ねえ、アクアくん。あの時は一緒に背負えなかったけど──今から、一緒に背負うことを、許してくれますか?

……きっと、私もあなたも、考えていることは同じだから。こんなにもあなたのことを慕っているこの心は、嘘なんかじゃないから。

 

だからどうか目を覚ましてください、と思ってみると。

 

「……んっ」

 

声が、聞こえた。聴くとひどく安心できるはずのその声は、今はただ私の心をざわつかせるだけの威力があった。不安と心配が急速に伝播し、突き刺さり、襲いかかってくる。

 

次に彼の目が開かれた。宝石のように澄んだアクアマリンの双眸は、濁ったように曇って暗くなっていた。

夜の闇とか、漆黒とかとは全然違う。ただ濁って霞んだ色の眼が私のことを貫いていた。

 

「……あ、かね?」

 

 

 


 

 

 

人肌の温もりが、心地よく広がっていく。

痩せこけてボロボロになった身体に熱が広がっていく。心地よさでまたウトウトしそうになって──その前に、完全に眼が覚めた。

どうしてあかねが俺の家にいるんだ?という疑問によって。

 

「ふふっ……驚いてる?五反田監督から聞いたんだよ、アクアのいるところ」

 

あのこどおじ監督なんてことをしてくれた。

確かにこの家を一人で借りて暮らすのは無理があったから手助けを求めたし、ここのスペアキーもあの人の手元にある。過去の知り合いの中で唯一住所を知っている人間なのはそうだが、だからってあかねに住所を教えるなんて……

 

「五反田監督のことは責めちゃダメだよ。私が無理言って頼んだだけだから」

 

前言撤回だ、それなら仕方ない。

 

「……それにしてもアクアくん、身体細くなりすぎだよ?どうせ静かに死のうとして、一日に一食しか食べてなかったでしょ?」

 

無言で頷いて肯定の意を示す。するとあかねは頬を膨らませて、怒ったようなそぶりを見せる。

その顔はまるで、昔の俺たちの関係がここに戻ってきているような錯覚を覚えるほどに──美しいモノだった。

 

「アクアくん、反省してね。これでも私、結構怒ってるんだよ?……それ以上に、心配したし」

 

心に彼女の言葉が突き刺さる。

未だに彼女は、こんな俺のことを気にかけてくれている。その優しさに甘えてしまいようになる。

……そしていつも、その寸前で俺はその好意を受け取れないでいる。

 

つくづく思う。俺には幸せになる権利などないと。復讐に行き続けてきた自分は、決して幸せになってはいけないと、どうしようもなく捻くれてて卑屈なことを考えている。

 

そんな自虐に塗れたエゴを隠しきれないでいると、突然頬をつねられる。指先にかなりの力を込めて、そのまま頬をくるくると円を描くようにこねくり回された。

恨みがましい視線を、その動作の為手……あかねへと向ける。

彼女は半分は楽しそうに、ただ半分は悲しさと怒りがないまぜになったような表情(かお)で、俺へと目を向けていた。

 

「……俺が幸せになっちゃいけないとか、そんなこと考えてるでしょ」

 

咎めるような目線に晒されて、心が苦しくなる。図星を突かれていた。

どこまでも聡く、心根の優しい女性だ。俺の心の咎を見逃さないし、辛い時には常に寄り添おうと近寄ってきてくれる。どこまでも献身的で、ゆえに優しすぎて、それがあまりにも──俺にとっての、毒であった。

 

「……今はそれでいいよ、アクアくん。でも覚えておいて。──いつか必ず、あなたのことを救ってあげるから」

 

……ああ。

なんて眩しくて、美しくて──愛おしい笑顔なんだろうか。

 

何かが崩れるような感覚と共に涙が溢れ出てくる。とめどなく浮かべるそれを、あかねは慈愛のこもった表情を浮かべながら細い指で掬い上げる。

そのまましばらく涙を流したのち、あかねが声を上げた。

 

「とりあえずアクアくん、しばらく一緒に過ごそうか。今のアクアくんを一人にしたらまた前みたいな生活しそうだからね」

 

身体から熱が離れていく。

名残惜しいようなそんな感覚を覚えながら、あかねの方を見てみると、くすっと少し笑われた。

 

「料理作ったらすぐ戻ってくるから、それまで待っててね?」

 

 

 


 

 

 

──それから、俺の生活は変わった。

 

朝起きると隣には愛する人がいる。料理を一緒に食べて、家事をして、仕事をして、お互いに気持ちの通じ合った生活をしていた。

それは、昔僕が『こうありたい』と望んだ生活と全く同じモノだった。

 

あかねが僕の家を探り当ててから一週間ほど経った頃に、僕たちは復縁して──その後に、将来を誓い合った。もっとも、それを週刊誌にすっぱ抜かれるわけにもいかないから、僕の家にあかねが来る時は念入りな偽装を施してからここまで来ている。

 

二人で一緒に暮らし始めてしばらくしてから、俺は散々勧められていたSNSを使って無事を報告する──前に、苺プロ復帰のために事務所へと足を運んだ。そのとき事務所にいたみんなの驚きと心配はそれはもう大変だった。ルビーは俺から一時間くらい離れなかったし、有馬もめっちゃ泣いていた。MEMは平気そうに振る舞っていたが後で個別で会った時にものすごく泣かれた。いや、本当にごめん。

久しぶりにミヤコさんと会って、色々な話をして。そして俺は、もう一度芸能界へと復帰することにした。

 

それから3年が経った。

有馬は大女優として太陽よりも輝く演技と圧倒的カリスマで名を馳せていた。あかねも同様で、こちらは太陽ほど輝いていないものの、有馬と双肩をなす大女優として引っ張りだこだ。

ルビーとMEMはアイドルを引退した。MEMはもう一度youtubeで活動するインフルエンサーになったし、ルビーはアイ──母さんと同じマルチタレントとしての一歩を踏み出した。

 

そして俺も、役者として色々な現場で活躍するようになった。演技をしている時がやはり一番楽しかったらしく、あかねによく「アクアくんはやっぱりこれが似合ってるよ」と言われた。

活動を再開してからしばらくするとあかねとの共演も増えていき、ついに先日公開された映画で、主演男優賞と主演女優賞での映画祭ノミネートが決まった。作品の総監督は五反田監督で、こちらも監督賞のノミネートがされている。

 

正しく、順風満帆だった。

この三年間の間、つらいことがたくさんあった。アイのトラウマから感情演技ができなかったり、あかねとの関係が有馬にバレて修羅場になったり、俺とあかねの半同棲がバレて炎上しかけたり、SNSの心無いコメントが突き刺さったことも何度もあった。

だがそのたびに俺はあかねに救われていた。一緒に咎を背負ってくれた。傷を癒してくれた。俺に──寄り添ってくれた。

 

幸せだった。この世の幸福を、謳歌していた。

 

これまで失ってきたモノが、壊してきていたモノが、渇いた自分を補って作り上げていく。

その隣にはいつも愛している人がいて、共に歩いてくれていて──俺は幸せになっていいんだと、そう思えるようになった。なっていた。

そんな、最高級の幸福を謳歌していた。

 

「あー緊張する!今日、賞の発表と授賞式でしょ?……選ばれてるといいなぁ、私たち」

「大丈夫だろ。俺もあかねも、最高の演技ができたしきっと選ばれるさ」

「でもアクアくん、少し緊張してない?そわそわしてるよ」

「……ああ」

 

何気ない朝を二人で過ごす。朝食を食べながらそんなふうに何気ない会話をして過ごす。なんてことない、幸せなひととき。

半同棲がバレてから、それだってらもう同棲でいいなとなった俺たちは、どちらかが提案したわけでもなく二人で過ごし始めた。ついでに付き合っていることも発表して、この関係を続けていくことを決めた。

その時に、俺はあかねに告白して──彼女としての関係を取り戻した。

 

そして今日、俺は賞を取った時のステージ上で、あかねに告白するつもりだ。

 

そのための根回しも済んでいる。あとはあかねがそれを受け取ってくれるかだけ。でもそれを今ここで聞くのは野暮に思われて、結局緊張してしまい落ち着きを失っていた。

 

時間が過ぎていく。──ふと、呼び鈴が鳴った。

 

「……誰だろう?アクアくん、ちょっと様子を見てくるね」

 

ザザッ、と視界にノイズが走った気がした。

 

「はーい。どちら様でしょうか?」

 

あかねの後ろ姿が、アイと重なる。

それはあの日の──ドームツアー目前の時の、アイの姿と同じだった。

 

ドアが開く。

そこに──殺意が、静かに佇んでいた。

 

「ッ!あかね、早く逃げろ!」

 

虚を疲れたようなあかねの表情は、俺の声で正気に戻る。すぐさまドアを閉じようとして、その前に殺意がこちらに踏み込んできた。

──白刃が煌めく。あかねを狙って、それが繰り出される!

 

(また、俺は守れないままでいいのか?)

 

……いいわけがなかった。

一度までならず、二度もこのように──大切な人を、愛する人を失いたくない。

あかねの身体を掴んで、庇うように逃す。白刃はすでに、俺の身体へ突き刺さっていた。

痛みが襲いかかってくるよりも先んじて、襲撃犯の下顎を蹴り付ける。相手はそれを避けきれないまま、廊下の外へ叩き出されて気絶した。

 

──それと同時に、俺もその場に倒れた。瞬間、激痛と共に血が吹き出す。

 

「アクアくん!」

 

最愛の女性が、近寄ってくる。今度はあの時と違って──守り切ることが、できた。

ナイフの刃渡りはかなり長かったようで、この分だと臓器も傷ついているだろうな、なんて医者の頃を思い出してそんなことを考えていた。

 

意識が次第に朦朧とし始めてきた。

あかねは救急と警察を呼び、必死に応急手当をしようとしているが──俺から流れ出る血が、止まらない。

 

「アクアくん、アクアくん!死んじゃ、だめだよ……」

 

嗚咽混じりのあかね。涙が俺の額に落ちる。

……アイも、俺たちをおいて逝くときにこんな風に死んでいったのだと思うとつらくて仕方なかった。

 

最後の力を振り絞って上体を起こし、あかねのことを抱きしめる。

言葉を出そうとして、口から血を吐く。身体の限界点を既に超えていることが明らかだった。

……これは遺言だ。あかねのことを、みんなのことを縛り付けて、現世に縫い付ける、そんな最低な呪い。

それをわかっていながら、俺は口を動かさずにはいられなかった。

 

「……あ、かね……」

「ッ、だめだよ、アクアくん、喋ったら、」

「いい、んだ。……おれは、もうたすからないから……」

「そんなことない!そんなこと……ない、から……」

 

泣き崩れるあかね。俺のことを人一倍愛しているからこそ、俺が死ぬことを認められなくて──それでも、賢いからこそ、俺が死ぬことを誰よりも理解していた。

 

「……あかね。おばあちゃんになるまで、寿命を全うするまで、死ぬなよ。……ルビーと有馬と、ミヤコさんとかにも、みんなにも伝えてくれ」

 

不思議と、すらすらと言葉が出た。誰かから力を貸してもらっているような、そんな気がした。

 

「……ああ。あかね」

「……うん。アクアくん」

「……あい、して……る……」

 

ああ、神様。この際、疫病神でもいい。もし、また生まれ変わることがあったら……その時は、どうか、どうか。みんなで幸せ、に──

 

意識が抜けた。世界が狭まっていく。

 

「」

 

水色の流れ星が、堕ちた。

 

 

 


 

 

 

「……全く、仕方のない人だねきみは」

救いは、ある?

  • ある(最高のハッピーエンド)
  • ある(半分願いの叶うハッピーエンド)
  • ない(少しは救われるかもしれない)
  • ない(全員曇る)
  • あるに決まってんだろ
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