ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
その出会いは勘違いから
神様、まずは私が体がデカいウマ娘だっていう話からしようか。
私は幼稚園児の時から、周囲と違った風景が見えていた。……背が異様に高くて物理的に視点が高いって意味で。
「わぁ~、ボーノボーノ! あたしと同じくらい大きな子! ビッグな活躍できそうだね~☆」
周囲と比べて非常に体格のデカいウマ娘に、そんな事を言われて体の大きさを褒められた記憶がある。
まぁ、小学生時代から「巨女」だとかなんとか言われて男子にからかわれてきたからそんなのは今更だった。
「マルゼンさんの練習……うーん、ここからだと見えないなぁ……」
ある日の私は、背丈が大きくない黒髪のウマ娘の後ろ姿を見かけた。
彼女のお目当てはマルゼンスキーというウマ娘だった。実力者揃いのリギル所属でも秀でた存在だから、私も憧れのウマ娘だ。
その時は「後輩ちゃんが憧れの先輩の練習風景を覗きに来たんだろうな」となんとなしに思った。
「なに、見てるの?」
「ひゃ、ひゃいぃ!?」
塀の向こうと覗こうとつま先をピンッと立てて必死に背伸びをしている小柄な彼女の姿を微笑ましく感じ、自然と声を掛けていた。
その子は驚いたように肩を跳ねさせて振り返り、こちらを見て紫水晶色の透き通った瞳を見開いて固まっている。
「えっと……あこがれてるウマ娘さんが、練習場にいるかな、って……」
こちらの体格が大きいせいか、叱られるとでも思っているのか。彼女は怯えた様子を見せながらそう答える。彼女の大きな黒耳も相まって、その様子はまるで狐に睨まれた黒ウサギだ。
それでも、塀の向こうが気になっているのかぐぐっとつま先立ちし続ける彼女が健気に映って、不躾にも私は彼女の体に手を伸ばしていた。
「ちょいとごめんよ」
「え。わぁっ!?」
脇の下から抱えあげて、練習場まで視線が通る位置までひょいと持ち上げる。
突然視界が高くなったことに彼女は驚いていたが、塀の向こうを視界に入れると一気に喜色に染まった。
「ほら、これで見えるだろう?」
「わぁ~……!」
塀の向こう側から練習するマルゼンスキーの姿を見つめ、感嘆の声を上げる彼女。
しばらくして自分が抱き上げられている事に気がついたようで、慌てふためいたように身じろぎしてから、縮こまっていた。
さすがにいきなりだったかと反省しながら、彼女を地面にゆっくり降ろす。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして。年下の役に立てて、お姉さんも嬉しいよ。それじゃあ」
私は、自分のしでかした行為が妙に恥ずかしかったせいか、高飛車な先輩風を吹かせて彼女の前からそそくさと去った。
その場での会話は何事もなく終わり、すぐ次の時間にいつも通り山盛りの学食をテーブルに置いて、いざ実食というタイミングで。
「あの、お隣いいかな?」
先程出会った、黒ウサギみたいな見た目のウマ娘が話しかけてきた。
「おほほ、よろしいです事よ……」
動転のあまり、不自然なお嬢様みたいな口調になってしまう。
私のその様子が滑稽だったせいか、そのウマ娘も思わず「ふふふ」とにこやかに笑っていた。
そのウマ娘は、私から見て小柄な体躯の印象だった。140cm半ばはあるだろうが、それ以上に小さく映ったのはやはり彼女のオドオドとした性格のせいだろうか。
「あなたも、マルゼンさんのファン?」
「う、うん。すごく速いなー、って……以前から、そう、朝日杯のが、特に……レコードがすごくて……」
「私と一緒だ。私も、そのレースのマルゼンさんに感動して……」
小さな彼女が興味津々にマルゼンスキーについて問いかけるので、私もまた――口下手ながら――彼女に話を合わせていた。
「将来は、マルゼンさんみたいに『みんなを幸せに、笑顔に出来るようなウマ娘』になりたいなって……」
そこにあるのは夢を語る少女の笑みだった。心から楽しそうに笑っていて、話を聞いている側も微笑ましくなる。
「へぇ、良い目標じゃない。小さい頃からそんな風に頑張れるなんて、お姉さん感心しちゃうなぁ」
私は相変わらず先輩風を吹かせ、そんな事を口走っていた。これが失言だと思い知らされたのは彼女が次に放った言葉からだ。
「……ごめんね、私、体が小さいけど――あなたから見たら一歳年上のお姉さん、かな?」
そんな出会いから始まったライスシャワーの姉さんとは、かれこれ付き合いが長い。
同じチームに所属して、マックイーンさんやスペちゃん達と一緒に苦難を乗り越え、なんだかんだと闘争と青春を謳歌している。
「よしよ~し、ライスお姉ちゃんですよ~……♪」
そんな青春の合間を縫うようにして生じる休日に、今日も今日とて私はライスシャワーの姉さんに体を預けて、彼女もご満悦な様子で私の頭を撫でている。
……いや、本当になんでこうなったんだ……?
「ライスの姉さん」
私の頭から手が離れた瞬間を見計らって、そう呼びかけてみる。呼びかけに、ライスシャワーの姉さんは小首を傾げた。
「二人っきりのときは『ライスお姉ちゃん』って呼び方が嬉しいな、ライスは」
ニコニコと、満面の笑み。ライスシャワーの姉さんはこういうところがある。
人懐っこくて、無邪気で、天然で、優しくて……そのくせしてたまに強引だ。
勝ちを譲れないレースの時と、休日に限ってはそれに振り回されているが、正直嫌と思っていない自分がいるのもまた事実。
「……ライスお姉ちゃん」
気恥ずかしさに少し躊躇いながらも、私は彼女の要望通りの呼称を口にした。
……彼女は、私のその言葉に表情を嬉しそうに笑う。その仕草はどこか幼くて、やはり年下のように錯覚してしまう。
「ライスお姉ちゃんは、何故私の頭をそんなに撫でたがるんですか」
ただ、さすがにこの年になって他人に体を預けて寝っ転がるとなると、私の羞恥心がそろそろ限界だ。
「それはライスが――お姉ちゃんだからかなっ?」
なるほど、ならば仕方ないな。
……答えになってない。
彼女と私が実は"親戚関係"だと気づいたのは、いくらか親しくなってからだ。
とはいってもかなり離れた血縁だから、親戚といっていいかどうかギリギリのラインだったが。
それでも私にとって彼女が『ライスお姉ちゃん』だというのは、一応の事実だ。だから、休日は「親戚同士でゆっくりと過ごす」なんて名目で、一緒に過ごす事は変な話でもなかった。
大きなレースに勝ったというのに観客に嘆かれて泣き出しそうになっていた事もある彼女だが、それでも私の前では常に笑っていてくれるような侮れない精神を持っていた。
そんな
「チームのみんなの前でこんな事してたら、きっと驚くだろうねぇ。体が大きくて、いつも堂々としてる貴女が、こんなに小さいライスに甘やかされてるんだもの」
にこにことした笑みを崩さぬまま、私の頭を撫で続ける彼女。
その言葉通り、チームの皆にこの光景を見られたら、きっと私は小動物のように縮こまるしかないだろう。以前とは全く逆の立場だ。
このままではいけない。そう思った私は、膝枕をされたままライスシャワーの姉さんの両手を握った。
「ふぇっ、ど、どうしたの?」
動揺する彼女をよそに、私は姿勢を正す。そしてそのまま彼女と向き合った。
握った白く小さな手は、私の手とはあまりにも不釣り合いな大きさ。華奢で可憐な彼女に庇護欲を感じずにはいられない。
「ライスの姉さん。やはり、こういう風に甘やかされるのは、私は……」
出来る事なら、私がライスシャワーの姉さんを甘やかしてやりたい。
逆風に立ち向かって戦ってきた彼女を、称賛で出迎えてあげたい。彼女が甘えたければいつでも甘えさせてあげられるような、そういう関係でありたい。
私はそう思って、彼女に告げるつもりだったのだが……その決意は、あっさりと瓦解する事になる。
「…………そ、そうだよね。ライスがお姉ちゃんの役割だなんて――」
しょんぼり、と。その表現が相応しい程に、ライスシャワーの姉さんから気落ちした気配が漏れ出ていた。
私が甘やかすつもりが、この小さなお姉ちゃんの心を抉ってしまったらしい。
――っていうか、あの、菊花や春天勝って観客に嘆かれた時以上に悲しそうにしてるのなんでですか。アレ以上のダメージ食らう事なんですかコレ?
……彼女のこの、小動物のような仕草に私が弱かったのはいつからだろうか。
なんか、初めて妹扱いをされて、たまに反抗しようとして、結局はこういう流れになる事を繰り返しているような気がする。
「そ、そんな事ないよ。ライスお姉ちゃん……私、お姉ちゃんの事、大好き、だよ……?」
私は思わず、ライスシャワーの姉さんにそんな事を口走っていた。
そんな小っ恥ずかしい言い訳を聞いた目の前の彼女は、ぱぁっ、と表情を明るくして……それから再び、私の頭を抱きかかえるような仕草で、私を抱き寄せた。
――ライスシャワーの姉さんは他人を甘やかすのが上手だ。
そう思うのは私だけだろうか。
私の頭を撫で、撫で、撫でていく彼女の手。その指先には力が入っておらず、髪の毛を指先で梳くように優しく撫でていく。
まるで、私を壊れ物か年端もいかない幼児のように扱う彼女の手つきに私は恥ずかしさを感じる。
だが、その反面で彼女の手の温もりは心地よく、安心する。
「貴女はいつも頑張ってるから、休日の日くらいはゆっくり休んでほしいの。……ライスお姉ちゃんのワガママ、聞いてくれるかな?」
優しい、優しい声と共に私の頭を撫でる彼女。その声色に私は反論する事も出来ず、ただただ頭をなでなでされて受け入れるしかない。
彼女はいつも一生懸命だ。それはチームの皆の前でも、私の前でも変わらない。
……この小さなお姉ちゃんの、そう大きくはない体に不相応な母性が心地よかった。
その慈しさを、ライスシャワーの姉さんに感じていた。
だから、私は彼女に対する押し付けがましい欲求が沸き上がるも、必死に抑える事にした。
姉離れするのも、彼女を支えるのも、それは今ではない。
今はまだ、この幸せな環境に甘えていたい。
そんな言い訳して、私は彼女の膝の上で丸まったまま、黙って瞳を閉じる。
――神様、私は思うのだけれど。ライスシャワーの姉さんには、どうかこのまま幸せでいてほしい。それを願う事は、贅沢じゃないよな? なぁ。