ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
神様。私は『祝われる』っていうのは、素晴らしい事だと思う。
それは、とある年の瀬の日の出来事だった。
「大婆様から招待?」
年末、実家に帰省していた私は母親からそう告げられた。大婆様とは、まぁ、その呼び方の通りデケぇ屋敷に住んでる由緒正しきそれなりに遠いご親戚……という人物だ。
その方がなんでも、親戚達を集めて年始年末を祝おうという事らしい。老いも若きも関係なく、年末年始に餅つきや初詣……そして年始年末を祝い、共に過ごそうという。
嫌味でも皮肉でもなく、大変ご立派な事だと思う。私としてもそういう「シキタリ」的な行事は嫌いじゃないのだが。
「……なんでまた急に」
とは、思った。
なにせ、今の今まで大婆様の元に親戚家族の複数帯を一斉に集めて正月祝いというのはやった事もない。大婆様側の負担も考えて、アポイントがバッティングしないようにするのが通例だった。
それは大婆様ご本人も理解しているはずだ。それでも、今年に限って親戚一同集めて正月を過ごすというのだから何か理由があっての事だろう。
そう思って尋ねると、私の母は困ったように笑った。
「そりゃあ……ライスちゃんが春の盾二連覇したのと、宝塚記念を無事に終えたからじゃないかしら」
……まぁ、そりゃあ、親戚筋のウマ娘が大快挙を挙げたのだから、遠縁まで巻き込んで年末年始に祝うのも理解は出来るが…………。
「ライスちゃ~ん、今年はよく頑張ったね。おじちゃん達も鼻が高いよ~~」
集って早々、酒の席。赤ら顔で上機嫌な親戚のおじさんに絡まれているライスの姉さん。
「そ、そんな……ラ、ライスはそんなに……い、いえ、これは、チームのみんなのおかげで~~……」
謙遜しているものの、まんざらでもない様子のライスの姉さん。そんな彼女をみて親戚の皆も盛り上がっていた。
「春の盾ねぇ~。ウチも現役の時は狙ってたけど、結局一回も取れずじまい」
「それが普通さ。G1一個獲れただけでも大快挙だってのに、ライスちゃんったらねぇ。もうちょっと胸張って、ほら」
「ひゃ、ひゃいいい!」
大婆様含めた女性陣に可愛がられているライスの姉さん。それを遠目に見守りながら、私は母さんと料理をつまんで飲み食いしていた。
まぁ、悪くない雰囲気だとは思う。こういう年末年始は嫌いじゃない。親戚一同集まると、普段はあまり接点がない老若のウマ娘が色々と交流したりしてて面白い。
こういう催しに関しては、私も肯定的だが。
「――貴女も頑張ってるわよ」
母は私の顔を見ずに、ぽつりとそう言った。
別に自分も褒めてほしいわけじゃない、といえば嘘になるが。
だが私は褒められたくてやってきたわけじゃない。自分の事は考えるだけ野暮だし、無粋だ。
この祝いの席の『主人公』はライスシャワーなのだから。
彼女の事を気にかけてくれればいい。彼女が喜んでいてくれればそれでいい。
私は親戚達と歓談するライスの姉さんを、遠巻きに眺めていると……彼女は私の視線に気づいたのか、こちらの姿をみて手を振ってくれた。
「おせち、いっしょにたべる? おいしいよ!」
そうライスの姉さんはお誘いしてくるが、私はやんわりとそれを断る。
「初日の出が見たいので、寝てきます」
「そっか……でも日が切り替わる時まで皆起きてるつもりみたいだよ? 初詣に行くのはみんなが起きてからだろうし――」
私はライスの姉さんの言葉も最後まで聞かず。素っ気なくひらひらと手を振って、宴会場を後にすると屋敷の奥へと引っ込んでいった。
私は自分に宛がわれた部屋。布団が敷かれた寝室に入る。
部屋はしんと静まりかえっていた。しかし耳を澄ませば、遠くからわいわいと年末を祝う声が聞こえてくる。
布団に腰を下ろすと、小さなため息を一つ。別に不満があるわけじゃないが、少しだけ寂しさを覚える。
「……ま、神様から見ても辛気臭い考えはやめるに限る」
私は自分に言い聞かせるつもりでそう言うと、部屋のスイッチを押して電気を消す。
そうして、布団の中に潜り込んだ。
しばらくして。ふと、襖が開く音が小さく聞こえた。
「母さん。日が変わるまで起きてなくていいの? 面白い番組たくさんやってるのに……」
私はそう問いかけようとしたが、しかし言葉は尻すぼみになってしまう。てっきり母が寝室にやってきたのかと思ったが、暗闇に見えるそれは母にしては随分と小さい。
目を凝らして正体を探ろうとしたが、それは輪郭が見えた瞬間あっけなく判明した。
ライスの姉さんだ。パジャマ姿の彼女が、隣にある布団の上でちょこんと正座していた。
彼女は私と視線が合うなり、こてんと布団に寝転がる。
「……え、えっと……ライスも、早めに寝ようかな、って……」
……まぁ、それについては止める権利は私には無いが。母さんの布団はもう一つ敷けば済む広さだし。
彼女はしばらく言葉を選ぶようにしていたが、やがてポツリポツリと話し出す。
「……えっとね……親戚のみんなが、ライスの事祝ってくれるのも確かに嬉しいけど……貴女の事が、心配になって……」
……彼女は相変わらず優しい人だとも思った。私が何か思う所があると、汲み取ってくれたのだろう。……それが分かると若干胸が軽くなった後、痛くなった。
「ご心配なさらず。昨日夜更かしして、それで眠くなっただけですよ」
私はそう言うと、天井の木目を眺めた。そう、単なる眠気だ。別に悩みごとや不満を感じての宴席回避とかそういう事じゃないから、気に病む必要はない。
「あはは。そっか……じゃあ、別のお話をするね」
しんみりとした空気を感じる笑い方。それが胸の中をカサカサと撫でる気分になって、天井から視線を戻して彼女と顔を見合わせる。
そうして、しばらく無言の時間が過ぎると……ライスの姉さんは、少し気恥ずかしそうに話を切り出した。
「ウララちゃんとハグしてたね?」
神よ……。
「してません」
咄嗟に嘘をつく。別に卑しい関係でもないが、何故かバツが悪かった。
先ほどまでシリアスな雰囲気だったのに、今は『浮気がバレた甲斐性なし』の気分だ。……いや、本当にライスの姉さんともウララともそんな関係ではないんだが。そもそも同性だし。
……ライスの姉さんは、少しじとりとした視線を向けてくる。
「……ライス、実は見てたんだよ。貴女がウララちゃんを抱きしめ返すところ……」
ēli ēli lemā sabachthani*1
磔刑に処された気分だった。おとなしく、彼女が断罪の言葉を述べるのを甘んじて待ちわびた。
しかし姉さんはそれ以上追及する事なく、それからしばらく無言の時間が過ぎると……彼女は恥ずかしそうに話し始めた。
「……ライスも、ウララちゃんみたいに抱きしめてほしいな、って……だめかな?」
枕に顔を半分うずめながら、ちらりと横目に視線を送ってくるライスの姉さん。
頭が痛くなった。誰かに見聞きされていたら、誤解されていたであろうやり取りだという認識はある。
のっそりと立ち上がった私は、彼女の身体を跨ぐようにして、ライスの姉さんの後ろに回り、そのまま私はライスの姉さんの首に片腕を覆い被せるように回す。
「……こう、ですか?」
戸惑いながら、彼女の求めるままに抱きしめてみる。ライスの姉さんは「ふふっ」と微笑んだあと、そのまま身を寄せるように体を動かした。
……なんだこれ。私汗かいてないけど匂うだろうか、いや落ち着けよ私。風呂入ったばかりだろう。
密着してお互いの間に若干の隙間もない状態になると、体格差のせいで彼女の華奢な身体が包まれているかのようだ。彼女はしばらくそうしていると落ち着いたのか息を吐いて、私の腕に、姉さんは手を重ねてきた。
そしてまた少し無言の時間が過ぎると、ライスの姉さんはどこか嬉しそうな声で呟く。
「ライスね。親戚のみんなから祝福してもらって、すごく嬉しいけど……ちょっとだけ『寂しいな』って感じてたの」
私は黙っていた。こういう時は相槌も打たず黙って聞いてやるのがいいだろうと思って。
私の意図を察したのか、彼女は続ける。
「みんな、ライスの事を応援してくれる。勝ったのを喜んでくれる。それに対して『ありがとう』って気持ちが沸いてくる。それは嘘じゃないよ。……でも貴女だけは、『ずっと別の場所を見てる』って……『ライスじゃない"誰か"を応援して、その人の為に喜んでる』って気がして……」
「私はライスの姉さんを見てますよ」
私の腕に重ねた掌にキュッと力が込められるのを感じ取る。
「うん……うん、ごめんね。わかってるの。ライスは貴女の事信じてる。でも……どうしても不安になっちゃう時があるの」
そう言って、彼女はまた黙った。今度は先ほどの沈黙とは違う意味合いなのはすぐに分かった。
彼女の身体の小刻みな震えが伝わってきて……私はその震えを抑え込むように、彼女の身体に回した腕に力を込めた。
やがてライスの姉さんは声を詰まらせながら言う。
「ごめんね……変だよねっ……ライス、こんなに、こんなに幸せなはずなのにっ……心のどこかで不安になって……」
……私は、ライスの姉さんになんと声をかけていいのか分からなかった。
こんな時、どんな言葉をかけるべきなのか私には分からない。彼女の涙を受け止める事しか出来ない自分が歯痒かった。
ただ、私がライスの姉さんの勝利を讃え、喜んでいるのは事実なのだと伝えたいと思った。だから私は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
ライスの姉さんは、そんな私に縋り付くように身を寄せてきた。
それからしばらく経った頃だろうか……泣き疲れたのか、腕の中で寝息を立てて眠るライスの姉さんから、私はそっと離れて、自分の布団でゆっくりと目を閉じた。