ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
「キングヘイローさん相手には男言葉で話すんだよね?」
早朝の散歩じみたジョギング中、朝と夜が混ざり合う黎明の空を眺めていると、ライスの姉さんからそんな事を問われた。
「…………そうですが」
私は後ろめたい気持ちで眼を細めつつ答えた。キングヘイローとは、諸事情で幼稚園からの付き合いだ。なので、堅苦しくない口調を使う。それだけの話。
朝とも夜ともつかぬ藍色の空に浮く浮雲に目を逸らしながら、心の中で言い訳をする。
何故そのような事を聞くのか、というような視線をライスの姉さんに投げかける。すると彼女は、言葉を選ぶような間を置いてから話し出した。
「初対面の時からライスに対しては敬語だったから。ちょっと気になって」
成る程と得心。私は数秒目を閉じて考えてから、喋り出す。
「そりゃあ、キングは同い年でライスの姉さんは年上ですから……」
そのように言ってみると、ライスの姉さんはくすりと笑った。以前の事もあり、なんとなく見透かされている気分だ。
「ディオスさんはえらいんだね」
そんな穏やかな笑みを浮かべて褒めてくるライスの姉さんに、私はバツの悪い笑顔を向ける。
彼女が思ってるようなお上品な理由ではなく、気さくに話せる相手には口が悪いというだけの話なのだが……。
「……ねぇ、ライス相手にも男言葉で喋ってみせて?」
ライスの姉さんにそう言われて、私はたじろいだ。なにゆえ急にそんな事を言い出すのか。少し面食らう。
「だめかな?」
そういって首を傾げるライスの姉さん。不意に私は唇を噛む。卑怯な所作だ。
「……なにゆえにそのような事を言うのだ」
と、宝塚の男役のように演技ぶった語調を上げて訊ねる。悪ふざけじみた返答だが、そうしないと驚きに羞恥が加わって、自分でも何を口走るか予想が付かない。
ライスの姉さんはそれに応じて、へにゃっとした微笑みを見せた。
「えっとね。誰かを敬う為に敬語は丁寧でいい事だと思うけど、なんとなく距離を感じる時があって……」
彼女は「ほう」と頬に手を当てる。これはおそらく、少女漫画かゴールデンタイムのドラマか、その辺りで『姉妹・従姉妹との距離感』について琴線に触れる題材でもあったのだろう。
「敬語を使わない間柄に憧れる、と」
私は引き続き取り繕った声色でそのように訊ねると、彼女は幾度か頷いた。
「うん。ライスは、貴女との間柄にはそういうのを抜きにしてみるのもありかな……って?」
もじもじと両手を合わせつつ、そんな言葉を返してくる。彼女の望む距離感というのは……たぶん、軽口を言い合えるような仲の良い兄弟姉妹の間柄であろうか。
理解は出来た。理解は出来たが……。
「あぁ!! やっぱり敬語で話す相手に対しては敬語で喋るべきだと思うんです!」
腕に出来た寒いぼをひっかきながら、私は取り繕うように言葉を並べた。
年上の同性に対してタメ口をきくのは躊躇する。特に相手がライスの姉さんだと。
「ふ、ふふふっ……」
私のおおげさな反応に、ライスの姉さんは口を覆いながら笑ってくれた。
笑いが収まってから。人差し指を唇に当てて少し悩むようなしぐさをとって考えた後に、口を開く。
「ライスもね。誰かに対してフレンドリーで砕けた口調で話すようにするべきだとしても、慣れてなくて変な口調になっちゃうかも」
穏やかにハニカミながらそんな事を言うライスの姉さん。……口の悪いライスの姉さん……想像つかないといえば、想像つかない。
「私相手に練習でもしてみますか」
そう問いかけてみる。ライスの姉さんは頷き、私を横に座らせるように促してくる。
私がライスの姉さんの隣に腰かけたと共に……先ほどまでの明るい雰囲気とは裏腹に、彼女は静かに私を見つめてきた。
「ディオス」
普段の敬語を外した、平坦な語調。きっと、彼女は真面目に練習してくれるつもりなのだろう。
私は背筋を伸ばして座り直すと、正面から彼女の視線を受け止める。そして瞬きの回数を少なくしながら、ライスの姉さんは言葉を紡いだ。
「キミのおかげで、ボクが――『ライスシャワー』が愛されていた事を、ボク自身が知れた。だから、ありがとう」
一音一音、心をこめて発音している事が見て取れた。私以外の誰かにも御礼を述べているような。私は顎を少し上げたまま視線だけを彼女に向けた。
たぶん、呆気に取られている顔をしてしまっている。
「その言い方は卑怯です」
私は思わず本音を返した。普段使わないような一人称まで持ち出すのはだめだろう。
彼女の気さくで、けれど真摯な語調。普段の口調では言えない事が沢山ある。それを理解している上で、代弁するような物言いはずるい。
「うん。卑怯でも、悪役(ヒール)でもいいよ。それでもいいから……そんなライスを好きでいてくれた人達に、ただ今だけは、お礼を言うね?」
ライスの姉さんはニコニコと微笑んだまま、そこに、ほんの少しの無邪気さと悪戯心と、人なつっこさを感じて……「ライスシャワーというのはこういう性格の馬だったのだろうか」と、釈然としない顔で想いを馳せる。もはや私に回答の出せない事だが。
「……ライスシャワーはヒールじゃなくて、ヒーローですよ」
私は右耳につけた青いリボンの房を微かに弄んでそう言いながら、続けて気の良い返しを考えようとした。だが、妙案が思い浮かばず、仕方なく会話の主導権を相手にゆずる。
「前のライスシャワーさんも、ディオスさんと親戚だったんだっけ?」
私の前世の深掘りは楽しい話か? とは思いつつも、別に隠す事でもないし勿体ぶる事なく話そうと決める。
「一応。ライスさんがマルゼンスキーさんの孫で、私が曾孫です」
それを言えばスペちゃんもチケゾーさんも同じようなもんだが。と考えていると、ライスの姉さんはひどく驚いた風に目を見開いた。
「……マルゼンさんって、前世ではライスのお婆様だったの?!」
その事実に驚愕するライスの姉さん。
……マルゼンスキーの性別については……わざわざ言わずともいいか。
「まぁ、はい」
と、お茶を濁すようにそれだけ言っておく。そう言うと、ライスの姉さんはまた頬に手を当て「ほう」と何かうっとりしながら数回頷いた。
「そっかぁ……だから、ライスはマルゼンさんに暖かいものを感じたり、憧れたりしてたのかな……」
どこか恍惚とした様子で、ライスの姉さんはそんな事を呟いていた。まるで絵本の中で、偉大な善の魔女に出会った稚児のような眼差しをする。
「まるで絵本か、小説の中のお話みたい……生まれ変わっても、繋がりがある人達と一緒の学園で学んだり、競ったり、お友達になれたりするなんてっ……まるで運命の赤い糸で繋がってるみたい!」
ライスの姉さんはそう盛り上がっている。私はそんな言葉を聞いて、真面目に思案しているフリをするのが精一杯だ。
果たして、この世は何事を軸に動いているのか。前の世界と一定は同じに歴史が動いている様子なのは確かだが。しかし明確に違う部分は……。
「どうしたの?」
思案に耽り始めた私の顔を、ライスの姉さんが横から覗き込んでいた。
「前世の記憶というのもアテにならないものだな、とは思いまして。もちろん良い意味で」
私がそう言うと、聡明な彼女はそれで察してくれた。
「ねぇ、ディオスさん。改めて確認するんだけど――」
ライスの姉さんは、正面を向いたまま私に問いかけてくる。
私は問うような目で、ライスの姉さんを見つめた。彼女の綺麗な黒髪が夜風に吹かれて横へたなびく様を見届ける。
そうしながら彼女は、静かな言葉で……『繋がり』を再確認するように口を開いた。
「ディオスさんとライスは、今も前も、血の繋がった親戚って事でいいんだよね?」
私は彼女の問いに対して、彼女の瞳を見たまま頷いてみせた。
運命の赤い糸――血脈。血統。血族。『ファミリーライン』の片隅にある、その“真紅”の証。たとえ自分達が忘れ去ってしまったとしても、それは消えはしない。
私の頷きを見て、ライスの姉さんは満悦したように笑みを浮かべた。
姉さんは白い太陽の方に目を向け、眩しそうに見つめながら、淑女じみた微笑を交えて一言。
「今日も、素敵な日だねっ」
私の心情としてはもう一言二言付け加えたいところだが、彼女の言葉で話を締めておくべきだと判断した。
それこそが、この物語のあり方だろうから。
「ところで……」
………………………………締めておくべきだったのになぁ。
ライスの姉さんの言葉を受けて、嫌な予感がしつつも「どうしましたか」と言葉を向ける。
「ライスやディオスさんの他に……もしかして前のマルゼンスキーさんの血縁者? 親戚? って、私達の知り合いにいるのかな?」
そう問われ、私は自分の知る限りの事実を彼女に伝えようとした。
「えーっと……私の知る限りだと……スペちゃん……」
「スペシャルウィークさんも?! そ、そうだったんだ……そういえばスペシャルウィークさんもマルゼンさんに憧れてる様子はあったっけ……」
「と、チヨちゃんと……」
「……え……あ、そうなんだ……チヨノオーさんもそういえば……」
「と、チケゾーさんと、えぇっとメジロブライトさん……」
私が指を折って数えていって、両手の指が折り返しに入った辺りで、ライスの姉さんの顔色が青ざめたり、赤くなったり、白くなったり……。
「え、えっと……マルゼンスキーさんって、子だくさん? なんだね。家族、何人くらい居たのかな……」
彼女の呟きに、私は誠実に答えた。
「あぁ、千近くは居たらしいですね。子供が」
今思えば、最大の失態だったと思う。
「……近頃ね、ライスちゃんが私と顔を合わせる度に顔を真っ赤にして、挙動不審に振る舞うようになったの。ディオスちゃん。何か原因知ってる?」
「えーーーーーーーーっっと……………………」
やっぱ前世の知識ひけらかすべきじゃねぇと思った。神様、あんたの贈り物はやっぱ呪いだよ呪い。
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米「また太っちゃった……」
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妹「恋人ほしいなぁ」
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王「はぁ。私にもお姉さんがいたら、ね…」
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春「わたしね! お母さんなる!」