ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
神様、食事というのはあなたが私達に与えた最大級の幸福の一つだと思う。
「食べ過ぎだ」
チームスピカのトレーナー……沖野トレーナー改、西崎リョウにそう苦言を呈された。
私は自身の腹に視線を落とす。ついさっき学食を食べてきたから、腹が膨れて服がめくれていた。
その腹は、トレーナーの一言を肯定するかのように大きく膨れていて……おへそが堂々と誇らしげに主張している。
私は誇らしげにしているそのへそを隠すように、慌てて服を整えた。
「でもオグリキャップさんほど食べてません」
私は、苦し紛れとばかりにそう反論する。
「よそはよそ! ウチはウチ! それに、オグリはアレがあいつの体に合ってるんだ! お前は……もっと抑えろ」
反論もむなしく、西崎トレーナーは呆れた様子で私に言い聞かせる。
西崎リョウ。チームスピカのトレーナーで、私の担当だ。
私としては彼の事は信用しているつもりだが、それでも食生活に関しては口うるさく感じる事がある。
栄養管理の観点からも彼の言う事が全面的に正しいとは理解すれども、私は釈然としない。
「……マックイーンさんだっていっぱい買い食いしてるというのに……」
トレーニングを終え着替えながら、自身の腹の贅肉を摘み、ぶーたれてみる。
それで腹肉が縮むわけでもない。むしろ腹が空いてきた気がする。
横で着替えていたスペちゃんが私の様子に苦笑しながら、宥めるような口調で諭してきた。
「まぁまぁ、太り過ぎてレースに差し障るといけないのは事実です!」
スペちゃんに言われると、なぜか妙な説得力がある。
「あはは、スペちゃんったら。でも、スペちゃんなら大事なレース前なら体調管理は得意ってクチ?」
「いえっ、私もたまーに、太り気味のままレースに挑んだ事は、何度か……こう、『走る気持ちがないんだったら、レースになんて出てくるな!』なんて対戦相手に叱られた事もあったかなー……」
笑い話のように慰め事を言われた。……待て、その件は思い当たる事があるが、笑っていいのか……いや、しかし……。
「ともかく! これから気をつければ大丈夫ですよ! なんたって、私達は日本一のチームですから!」
そんなスペちゃんの励ましの言葉に、私は反論出来ずに愛想笑いを浮かべながら着替えるしかなかった。
一つの事実として、マックイーンさんもスペちゃんも、食いしん坊な側面をこすられ続けながらなんだかんだ実績は残してる。その末の『日の本一のチームスピカ』だ。
「んん……」
私は小さく唸る。
日の本一のチームスピカ。その看板を背負っている以上は、彼女達の功績を汚さないように立ち振る舞うのは道理だ。
――だがしかし、そうは言っても食欲を抑えられるかどうかは別の問題で……。
帰り支度をしながら言い訳を頭の中で捏ね回していると、ライスシャワーの姉さんとばったり遭遇した。
ライスシャワーの姉さんは私に気付くと、花が咲いたような笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる。
「あぁ良かった、やっと見つけたよ! あのね……休日に一緒にお食事に行きたくて……」
ライスシャワーの姉さんは、おずおずとした表情で私にそう提案してきた。それに対する返事とばかりに、私のお腹は空腹を訴えて「ぐうう」と鳴る。
「……ライスの姉さん。私は、トレーナーさんから食事制限を言い渡されてます……」
私はそう、腹の虫を押し殺すように声を絞り出した。
別に、虫のせいにして意地汚くも食事の誘いを嬉々として受け入れる選択肢もあったのだが。ライスシャワーの姉さんの前では誠実でありたかった。
「そっか。がんばっててえらいねぇ。よしよし……」
ライスの姉さんは私の断り文句に悲しむどころか、はにかみながら爪先立ちをして、手を精一杯伸ばして私の頭をなでなでする。
私は、そんな彼女の慈しむような手つきに、思わず背を屈めて、頭を差し出すように受け入れてしまった。
彼女の前では立派な人間でありたいのだが――どうにも上手くいかない。
私はライスシャワーの姉さんに頭を撫でられるのがたまらなく好きだ。
彼女は私に慈愛の眼差しを向け、私を幼い猫か犬のように扱う。
それが不快ではなく、むしろ不思議と心地よくて、心地よすぎて……私はつい甘やかされる事を良しとしてしまう。
「それじゃあ……明日はいつも通り、一緒に遊びに行こう? その時はいっぱい食べすぎないように、ライスが見張っててあげる!」
ライスの姉さんは、まるで出来の悪い妹に言い聞かせるようにそう私に告げた。
……いや、食い意地に振り回されてライスの姉さんの要望を満たしてあげられないのだから、実際に『出来の悪い妹』なのだと思う。私は。
そして翌日。
休日という事もあり、二人で一緒に遊ぶ事になった。
これは今日に限らず、いつもの事だ。ライスの姉さんが先導して、世間に疎い私を色々な場所に連れて行ってくれる。
彼女は、私の知らないところ、私の知らない場所をたくさん知っている。
「このショップはね! マルゼンスキーさんのグッズがたくさんあって……マックイーンさんのグッズも大きなのがあるんだよっ!」
私は、そんな風に明るい声色でいうライスシャワーの姉さんについて行きながら――妹が出来たような錯覚を感じて微笑ましく思い、その喜びが顔に出ないように努める。
「ふふ、尻尾が揺れてる。グッズいっぱいで嬉しい?」
……尻尾が振っていたか。それは少し、恥ずかしいな。
「ライスの姉さん。確かに私は、マルゼンさんの事もマックイーンさんの事も、尊敬はしているが……」
「二人の時は、ライスお姉ちゃん」
「…………」
彼女はその呼び方をえらく気に入っている。何故だかは、よく分からない。『ライスの姉さん』でも、何も問題は無いはずなのに……。
でも、彼女の要望を拒絶しようとは思えない。
「ライスお姉ちゃん。私は、ライスお姉ちゃんのグッズが一番欲しい」
続く言葉を取り繕う事なく本音を口にする。
マルゼンさんもマックイーンさんも非常に優れたウマ娘だが、私はライスシャワーの姉さんの事が一番好きだ。
……そんな本心までは口に出来なかったが、それでも彼女は肯定的に受け止めてくれたらしい。彼女は頬を指で掻きながらも、瞳を細めて笑った。
「えへへ、そっか。面と向かってそう言われると、ライスも照れちゃう、な……」
彼女は尻尾を揺らして、それから私の前で大きく腕を広げた。
「?」
意図が分からず、私は首を傾げる。
「ら、ライスシャワー等身大ぬいぐるみー……なんちゃって……」
ライスシャワーの姉さんは、私の目の前で両腕を大きく広げて何か求めるように「ピンッ!」と揺らす。
……私は、そこまでされて何も察せないほどに鈍感ではない。だが他人に見られる可能性のある場所でそんな事をする勇気はなかった。いや、二人っきりであってもやらんだろう……。
「……あ、あぁ、えっと。わぁ! ほんとうだ! 見てみて! ライスシャワー1分の1スケールぬいぐるみだって! ……たぬき? 雑穀?」
私は話を逸らすように、ふてぶてしいマスコット調に造られたぬいぐるみの方に視線を逃した。
ライスの姉さんが小さく「むぅ」と唸るのが聞こえたが……あぁ、えっと、聞かなかった事にする。許してライスの姉さん。
それから私達は、二人で色々な場所を回った。そして"ソレ"は唐突に訪れる。
ぎゅるるる~……。
生きとし生ける者にとっては逃れられる欲求、飢餓だ……もとい、空腹だ。私のお腹が恥ずかしげもなく、その存在を主張した。
「お腹すいちゃった?」
ライスシャワーの姉さんが、私にそう訊ねてきた。
私は妙な羞恥心で顔を赤くしながらも、素直に頷いた。
「えへへ、今日はいろんな場所巡ったものねっ」
ライスシャワーの姉さんは私の所業を嘲笑うでもなく、明るい笑顔でそう言うと、私の手を引っ張る。
「じゃあ、行こう! おススメのカフェがあるんだ!」
「え、でも食事制限……」
私は引かれるがままに、ライスシャワーの姉さんに付いて行った。
「今日はね、私がご馳走してあげる! おススメのスイーツがあるんだよっ!」
席につくなり、そんな大盤振る舞いな事を口走るライスシャワーの姉さん。
「こういう店って高いですし、奢ってもらうのは……」
「たまには、お姉ちゃんらしい事させて?」
……ヒモ男とはこういう感覚なのだろうか。とりあえず、私は自分が食べる分のお金は会計時に払う算段で自分の財布を覗いた。
「その代わり、注文の内容はライスに決めさせて? ……ほら、食事を見張るって約束」
彼女は、そう言って小さく笑う。私はそれに対してだけは断る言い訳が思いつかず、沈黙で了承した。
ライスシャワーの姉さんはメニュー表に目を落としながら、しばらく考え込んでいた末、店員を呼ぶ。そして――
「この……ケーキと、あとこのスイーツと、あと……それを、二人分お願いしますっ」
そんな事を口にした。私はその羅列が引っ掛かった。
「……ライスの姉さんそれは」
あまりにカロリーが高いのでは、と続けようとした所、口に人差し指を当てられ遮られる。
彼女は自分の注文内容を復唱した店員さんが去って行くのを待ってから、五指を合わせて私に向かってそっと微笑んだ。
「……ライスね、ちょっぴり。食いしん坊さんなんだ」
存じております。とは言えず、私は今知った風を装いながら頷いた。
「今の貴女と同じように、体調管理で悩んだ時期があったの。でもその時にね、すっごくすっごく……甘いものが食べたくなって……」
彼女は、テーブルクロスの上に乗せた自身の手を見つめながら、続ける。
「……それでも、全く食べずに我慢し続けてたら、調子が悪くなっちゃって、練習も結局上手くいかなくなって……レースでも負けちゃって……」
……彼女は一旦俯いてから、私にこう告げた。
「だからね、無茶な食事制限は絶対しちゃ駄目。ライスと約束して?」
私は、何も言えなかった。私の食べ過ぎるのを心配するではなく、むしろ逆。極端な方法に走って、体調を崩す事を案じられるとは。
実際のところ、私はライスの姉さんに忠告されなければ最終的にそういう方法を取っていただろう。自身へは信頼出来ない事に、信用が置ける。ライスの姉さんからしても、それはきっと同じだろう。
「……私は、とことん出来の悪い妹です」
ライスシャワーの姉さんは、その言葉を聞いて呆けた顔をしてから。パタパタと両の掌を左右に交差させながら慌てた様子で言葉を並べた。
「で、出来の悪いだなんて。そんな事はないよ!? ライスもそんな事一度も思った事ない! むしろ、マックイーンさんやスズカさんみたいに、すごく頑張ってるウマ娘さんと同じくらい頑張ってるの、ライスはすごいなって思うし……」
か細くなっていった言葉尻。彼女はしゅんと、うつむいてしまった。
「……ライスなんかよりずっと……その……」
ライスの姉さんがそう所在なさげにつぶやいた瞬間、私は手を振って否定していた。まるで先程の慌てようの意趣返しのようだが、無意識にやっていた。
「そんな事を言ったら、マックイーンさんやブルボンさんにも失礼です。貴女はとても立派なウマ娘なのだから、顔を上げて」
私がそう言うと、ライスシャワーの姉さんは顔を上げて、私を上目使いで見つめた後。小さく笑った。
ライスの姉さんを見ていると自覚させられる。自己評価が妙に低く変な事を考えてしまいがちなのは、お互いサマなのかもしれない。
彼女が私を『出来の悪い妹』だと見定めているだなんて彼女の人間性を疑うとんだ失礼な誤解だし、胸が痛んだ。
しばらくした後に注文した食事がテーブルに並べられた。
「ほら。いっしょに、いただきます」
私はそれをライスの姉さんに促されるままたどたどしく口にする。
とても美味しい、素晴らしい味だった――だから、全部、完食したくなる衝動がわいてくる。
だが食べ過ぎだと言われた手前、全部食べてもいいものだろうか。
「……練習が上手く行かなくなったライスはね。その後、どうしようか考えて考えて……周囲の人たちに相談する事にしたんだ」
ライスシャワーの姉さんは、私にそう語りかけてきた。私は、その話を静かに聞いた。
「ゴールドシップさんにこっそり相談したらね、『腹いっぱい食おうぜ! ハイカロリーをローカロリーに変えて、低燃費で走り回ればいい!』って言われて……そっか、ちゃんと食べるモノ選べばいいんだ、って……」
ライスシャワーの姉さんは、私の目を真っ直ぐと見据えて言葉をつづける。
「それから、どんなお店で、どんな料理がカロリー低いのか、教えてもらったんだ……マックイーンさん。なぜか、こういうカフェなんかのメニューに詳しくて……」
ライスシャワーの姉さんは、目の前にあるスイーツを見つめながら語るものだから、それがどういう意図なのか人情に疎い私も解る。
「いっぱい教えてもらったよ。……だからね、誰かがライスと同じように困ってたら、今度はライスが教えてあげる番。だって、そうやってみんなに助けてもらったんだもの」
私はその言葉で、止まっていたフォークを再び動かし始めて、ケーキを口に運んだ。
――美味しい。
その感想が、自然と口から漏れた。
ライスシャワーの姉さんは、その言葉を聞いて微笑む。
「遠慮なく食べてね。そして、またあしたからトレーニングがんばろうっ。おー♪」
小さく、拳を振り上げるライスシャワーの姉さん。
私はその可愛らしい姿を見て微笑んだ後、私も遠慮がちに小さく拳を突き上げた。
それから私達は、二人してスイーツを堪能する。
私はライスの姉さんに負けず劣らず、食いしん坊だ。
一応、恥ずかしいからと他人には隠そうとはしている。
色々な側面で、私達は似たモノ同士なのかもしれない。
そう思うと、なんだかおかしかった。
「……私は、幸せ者です」
このようにステキな"お姉ちゃん"と出会えて。
その言葉を聞いてからか、ライスの姉さんは誇らしげに笑う。
「そうでしょう? マックイーンさんの紹介してくれたメニュー、とっても美味しいよねっ。ライス、ローカロリーだって油断してついつい食べ過ぎちゃう事があって……」
私はそんな彼女の受け答えで、思わず声をあげて笑ってしまうのだった。
神様、改めて言うが。
食事というのはあなたが私達に与えてくれた最大級の幸福の一つだと思う。
なんたって、この子がこんなにも幸せそうに食事について語るのだから、食事とはかくも素晴らしいものではありませんか。なぁ?
後日。
「……ライス。食べ過ぎだ!!!」
「ふぇぇ~~!!?」
「ふぇ~じゃない!!」
姉さんの方は、さすがに食べすぎたようだ。ちなみに私はライスの姉さんが見張ってくれてた事もあり、ちゃっかり元の体重に戻ってた……。