ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
「昔より塞ぎ込む事少なくなったわよね」
……キングヘイローが、不意にそんな事を言ってきた。
「え?」
オレは気の抜けた声で応えると、キングヘイローは頬杖を付きながら目を細める。その表情はまるで保護者のような振る舞いに見えた。
「ほら、小学生の頃は、たまに塞ぎ込んでたでしょ。ちょっと前はそれがぶり返したのかと思って心配していたけれど、そんなの杞憂だったってくらい元気になって……ふふ」
彼女はクスクスと笑いながら、そんな事を言うのだ。実際、ライスシャワーの姉さんとの蟠りがなくなった今は当面の心配事など見当たらなくなって。オレは少し照れくさくなりながら、「そうだっけ?」なんて言葉を返す。するとキングヘイローは「えぇそうよ」と言ってから続けた。
「だから私ね、最近ちょっと嬉しいのよ」
――キングヘイローは、うっすらと笑ったまま。オレと顔を合わせていた視線を落とし、柔らかな口調で言った。
「あなたは、やっぱり他の人達と元気よく、楽しそうにしている姿が一番似合うもの。もっと言えば、年上ぶってるあなたがね」
……オレは。その言葉が嬉しくて、つい口元を緩めてしまう。
「へへっ、そうか?」
少し照れながらオレが返すとキングヘイローも小さく笑ってから「そうよ」と言ってくれる。その事が嬉しくて、オレはさらに頬を緩ませてしまうのだった。
「それでも、もしも辛くなった時はいつでも言って頂戴。一流たるこのキング、いついかなる時も頼れる存在だと自負があるもの。お~っほっほっほ!」
……やっぱり、キングヘイローは昔から変わらないなぁ。そんな事を思いながらもオレは「ありがとな」と返した。
「あー、辛いというより相談事なんだが。ほら、制汗剤のニオいがキツくないか最近気になって」
「使う量減らしたら?」
「使わないなら使わないで汗臭くなりそうでな……」
そんな事をぶっきら棒な口調で話しながら、あぁだこうだと言い合った。そんな時、不意にキングヘイローが距離を詰めてくる。
「どちらにしたって気にしすぎよ。毎日ちゃんとお風呂に入ってるんだったら、早々においがキツくはなんて……」
そう言いながら、キングヘイローは首筋に顔を近づけてきた。そして意外と長い時間、スンスンと鼻を鳴らしている彼女を見ている内に――思わず身を強張らせた。
「……何よ?」
「いや、あの……その」
オレが言いよどんでいるとキングヘイローは怪訝な表情を浮かべる。だがしかし、頬や耳が熱くなっていくのを自覚しながら……オレは思った事を口にした。
「近くね?」
「!?」
キングヘイローもそれに気づく。そして彼女は慌てて離れてから、落ち着いた素振りを装いながら言いのけた。
「……何か問題でも?」
同性でそういう気を持つのかと、非難するようにこちらを睨みつけてくる。まるで「自分たちはそういう事を変に意識する間柄でない」と、再確認するような視線だ。
「いや、その……問題ない、けど……」
オレがしどろもどろになりながら答えると、彼女は「そう」とだけ言ってから、よそよそしく一定の距離を保ちながら、他の話題に移った。
結局のところ、自分は同性であろうと肌が触れ合うような距離で接するのはやはり得意でない。
キングヘイローとのやり取りで改めてそんな事を改めて実感した。
だからこそ、妹ぶって可愛がられるなんてのは、自分には不似合いなのだ。
「えへへ……お母さま♪」
だからってこのシチュはないだろう。神様。どこ需要よコレ。
……いや、まぁ、確かにライスシャワーの姉さんが他人に甘えている仕草は、妙にグッと来るものがある。それは確かに認めるところではあるし、この前は"お母さん役"の順番とやらを受け入れたから、この状況を甘受してるワケだが……
「……♪」
ライスシャワーの姉さんは私の腰を抱く力を強めながら、嬉しそうに私の胸元に自らの頭を擦り寄せてくる。この前押し倒された時とは違って、まるで猫か犬か、または幼い子供のように甘えてくるのだ。
甘えるにしても彼女くらいの年頃、高校生である事を踏まえれば、こういった事は実母にも躊躇われるだろうが、だからこそこうやって私に向けているらしく……。
つまりは、普段出来ないからこその息抜きなのだろう。そう思えば庇護欲が湧いてくるし、母性も刺激されるというものだ。
しかし、だ。
「……どうしたのお母さま?」
――このシチュは違うだろう。私はお母さんなんてタチじゃない。
こう、なんだ。マルゼンさん辺りが適任だと思う。ファミリーライン的にも体格的にも。
「な、なんでもないわ」
と、一応返す。似合わない。それは彼女にも伝わっているようで、ニコニコと笑いを堪える様子で見つめてくる。……いっその事今いる位置を交代して私が甘える側に回るか? いやそれはそれで地獄絵図だ。
結局のところ、彼女の頭を優しく撫でる。ライスシャワーの姉さんは耳を小刻みに揺らして喜んでくれた。あぁ、可愛いなぁ畜生。
「お母さま。ライスね、こうやって甘えるの、好きになっちゃいそう」
私は、彼女の頭を撫で続けた。すると彼女は私に抱きついたまま、言葉を投げかけてくれる。それはまるで夢見心地な声色で、思わずドキリとしてしまった。
「……ふふ、ライスの方が小さいから、こうやって甘えるのが正しいのかもね? 二人っきりの時は、毎回こんな事しちゃおっか?」
……なんだろう、今一瞬ゾクっとした。しかし私はそれをおくびにも出さずに彼女の言葉に対して口を開いた。
「そ、そう? 私よりも良いお姉ちゃん……いや、お母さんっぽい人なんて沢山いると思うけれど?」
私がそんな事を言うと、彼女は小さく笑いながら更に密着してきた。
「ライスは、あなたがお母様になってくれるのが、今は一番嬉しいかな」
そう、彼女ははにかむのだ。私は思わず内頬を噛んで堪える。……本当に、誰か交代してくれないだろうか。「どけ!!!! 俺はお母様だぞ!!!」とか叫んでさ。存在しないはずの記憶が蘇ってさ。
「お母さま、今日はこのまま一緒にお昼寝しちゃう?」
その問いに、私はどう答えたものかと逡巡した。
――あなたは、やっぱり他の人達と元気よく、楽しそうにしている姿が一番似合うもの。もっと言えば、年上ぶってるあなたがね。
「……そうね。そうしましょうか」
私は、つい先刻のキングヘイローの言葉を思い出して。それに促されるように、彼女の提案に肯定の返事したのだった。
ライスシャワーの姉さんが、私の腰に手を回し、そのまま抱き枕のようにしてベッドに寝転んでいた。私が緊張で硬直していると、彼女は体をもぞもぞと動かして、私の耳元まで口元がやってくるまで移動し、そして囁くのだ。
「……お母さま」
幼子の秘め事のように小さく囁かれたその言葉は、なぜかゾクゾクと私の中で甘く響く。
「くすぐったい」
私が思わずそう答えると、ライスシャワーの姉はクスクスと笑った。そしてまた耳元で囁くように彼女は言う。
「――お母さまは、本当に優しいね。ライスをこんな風に、甘やかしてくれるだなんて……」
まさか本当に母親役を演じてくれるとは思わなかった。という素振りで、彼女は言葉を続けた。
「……えへへ。ウララちゃんから『ディオスちゃんは頼れるお姉さんみたいで優しいんだ~っ!』ってたまに聞いていたから、実はライスも前からそんな風に甘えてみたくって……」
ライスシャワーの姉さんはそんな事を言った。私はそれに苦笑いしてしまう。……クラスメイトにいつの間にそんな風に思われていたのだろうか。まるで覚えがない。
「でも……ライスの方が年上だから、そんな事を頼むのが恥ずかしくって……」
彼女は、えへへと照れたように笑った。そして私の体に回した手を、ぎゅっと強く締めた。
それはまるで子供がぬいぐるみに抱きつくような仕草に似ていた。しかし違うのは、その対象が私だという事だった。
彼女の位置が、少しずつ下へと下がっていき私の肩に顎を乗せるような形で、そうして二人で寝そべりながら向き合っていた。
「いつでも甘えてくれても構いませんよ」
私は彼女を見つめながら、そんな事を言った。彼女はそれに苦笑する。
「あはは、それだとみんなに笑われちゃう。でも、それなら二人っきりの時はたまにお願いしてみようかな……」
そう言ってから、ライスシャワーの姉さんは私の首元に頭を埋めたかと思うと、そこで深呼吸を始めたのだ。
私はといえば彼女のその行動に困惑しながらも、ただ黙ってそれを受け入れている。
「……いいにおい」
ライスシャワーの姉さんはそう呟いたのが聞こえた。
「ふへっ!?」
思わず変な声が出てしまう。ライスシャワーの姉さんも、慌てて取り繕うように言葉を繋げた。
「あ、いや、シャンプーの香りがね! ……その、いいにおいだな、って……」
しどろもどろになりながら言い訳するライスシャワーの姉さん。彼女はますます顔を赤くして俯いてしまう。
「……ずっと嗅いでいたくなるような、いい香り」
顔を隠すようにうつむきながら、彼女はそう続けた。
はて、と私は首を傾げる。
私の髪は長く、量も多い。かといって手入れを怠っているつもりもないが、決して高価な香りのシャンプーを使っているわけではない。むしろ安売りされているものを使っていて、お世辞にも良い香りとは言い難いはずだが。
「そ、そう……? 自分じゃよくわからないけど」
私がそう言うと、ライスシャワーの姉さんはこくこくと頷いていた。確認を取るように視線を動かす。
私も頷き返すと、彼女はまた深呼吸を始める。私の香りを楽しみながら、彼女は私の首元に顔を埋めていた。私は、とりあえず受け入れる事にした。
――ライスの姉さんが、私の事を抱き枕のようにして、その香りを楽しんでいる。
「……臭くない?」
私は不安になってそう聞くと、彼女は嬉しそうな様子で首を振る。
「ぜんぜん。むしろ、ライスはこの匂い、好きかなぁ……」
彼女は少し照れくさそうに呟いていた。
そうして数分ほど時間が過ぎていった頃だろうか。不意に彼女が顔をあげる。
「ありがとう。……今日はもう十分甘えちゃった」
彼女はそう言うと、私から離れてベッドの縁に腰掛ける。そして私の方に顔を向けたまま、にへらと笑った。
「また今度、機会があればお願いするね」
私はそれに頷いて返す。彼女との今回の逢瀬は、それでひとまず区切りだった。
「はい、これ」
後日、キングヘイローが開口一番に投げかけてきた言葉。その手には、数回で使い切りのシャンプーのパックが乗せられていた。
「これは?」
「におい。気にしてたでしょ? ディオスさんならこれが合うかと思って」
一応蓋をあけて、鼻の先に当てて匂いを嗅いでみる。……ちょっと強めのフローラル系の香りで、それでいてほのかに甘くて、清涼感も感じる爽やかさもある。
思わず頬が緩むほど安らぐ匂いであることは確かだった。
「わざわざ選んでくれたのか」
「だって変に選ばせると、妙に香りの強いの使いそうだから」
キングヘイローはしたり顔で言う。幼稚園からの幼馴染み関係だからか、歯に衣着せない物言いをしてくる。
だがそれは確かにその通りなので、オレは苦笑いをするしかなかった。
「あんなにスンスン匂い嗅いでたのは、頭の中で合うシャンプー考えてくれてたのか」
彼女の行動を思い返す。最初は驚いたが、今はちょっと感心すらしている。
「あら、私以外に選別してくれるような人いないでしょう」
彼女は当然のように言う。オレは……表情を強ばらせないようにつとめた。
「まぁ……うん」
「何よその顔」
速攻でバレたのか、彼女は途端に訝しげな視線に変わる。どうにか取り繕おうとした。
「ディオスさ~ん!」
遠くの方からライスシャワーの姉さんが駆け寄ってくる。キングヘイローと私は、そちらに目を向けた。
彼女は息を弾ませながら、半透明の買い物袋を提げている。……いつも私が使ってるシャンプーの詰め替えパックが入っているのが見てとれた。
「これだよね。ディオスさんが使ってるの? ライスね、匂いでわかったの!」
彼女は嬉しそうに言う。私はそれにどう反応していいかわからず、ただぎこちない笑みで彼女を見つめていた。
ふと、キングヘイローの方をちらりと見やる。
「…………」
彼女は私の視線に気づいた。そして、こちらをじとりとした目で見た後で、私の手のひらからシャンプーの小瓶を取り上げる。
「必要なさそうね?」
キングヘイローは不機嫌そうに言った。その声色には、どこか批難するようなニュアンスが含まれている気がする。
「ち、ちが。誤解……」
私は慌てて否定する。だが、キングヘイローはフンと鼻を鳴らすだけだった。
ライスシャワーの姉さんは、それに気づいてない様子で、ニコニコと笑いながら私の隣に近寄ってきて、小さな声で囁く。
――今度一緒にお風呂に入ろうね。お母様♪
神様……ドコ需要よ……これ……。
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