ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
「ディオスちゃんさ。誰かとキスした事ある?」
咽せた。
ハチャウマだとか運動会の、大食い種目の買い出しお手伝い中。向かい側の縁石に座っているセイウンスカイの何気ない質問を受けて、思わず相手を睨み返す。
「なに、突然……」
手の甲で口を抑えながらながら聞くと、彼女はニヤニヤした様子でこちらを見つめていた。
まるでこちらの反応を楽しんでるかのようだ。その瞳は、どこか悪戯っぽく見える。
「べっつにー? でも私たちの年頃なら、そういうの一つや二つはしてるでしょ?」
セイウンスカイはそう言うと、頬杖をつきながらこちらの反応を伺っている。
私は思わずため息をつく。そして、少し考えて答えた。
「えらそうにしてるけど、そっちはあるの?」
「そりゃー、セイちゃんのお年頃ならね~……」
はぐらかすように、彼女は言った。肯定されたら胸に鉛を詰め込まれた気分になるので私はそれ以上追求するつもりもなかったが、セイちゃんはこちらを横目で見ながら続けた。
「なんていうかさ、今の内に練習しといた方がいいよ。ディオスちゃん、キス下手そうだし」
……なんだその言い分。
とは思ったけれど。実際、下手だという自覚はあった。キスなんて、幼子の頃に家族へ向けた親愛のもの以外にやった事がない。
少女漫画で、「酸欠になる」だとか「鼻息がかかる」だとか、そんなギャグ描写を見て「自分には向いてない」と切に思ったほどだ。
「……練習した方がいいかな」
私はそう呟いた。とはいえど、キスの方法なぞ知らない。それすら思いつく事ができなかった。
そんな私の様子を眺めていたセイウンスカイは、薄ら笑いを浮かべながら言った。
「練習方法教えてあげよっか?」
私は、こくりと頷いた。セイちゃんは機嫌よさそうに笑い声をあげると、説明を語り始める。
「まずはさ、指って神経はたくさん集まってる部位だよね」
「うん」
「まずは利き手の人差し指を下唇に軽く押しつけて。指を左右に往復させる」
言われた通りにやってみる。なんだかぷにぷにとした感触が指先に伝わる。
「指が主導権を握って動かしてる側の感覚。唇がキスされる受け手側の感覚。試しにわざと乱暴にこすってみて」
「…………唇側が痛い」
「でしょ?」
セイちゃんは満足げに微笑むと、言葉を続けた。
「ファーストキスは大事にしたいよねー。初めて同士ならなおさらさ」
一人の女の子として、それには同意したい。
「だからまず、『強く刺激すればいい』ってもんじゃないって事が一つ。男性は女性より皮膚が厚いから、男の人に喜んでもらいたいなら気持ち強くすればいいらしいけど……」
……それを聞いてうっすら、唇を押しつける力が弱まる。とりあえず、続きを促すように私は黙り込んだ。
「次に、左右に動かすのに1回30秒かけてやってみて」
言われた通り、左の口角から右端の口角まで。30秒の間隔で指を渡らせるように動かしていく。
……思いのほか、指と唇が軽くこすれ合う感触が心地よい。思わず目を細めて興じていると、セイウンスカイはクスクスと笑う。
「あ、女の子の顔してる」
「うっさい」
からかうようなその台詞に、私は恥ずかしさをごまかすように言った。声を発する時に唇が震える感覚で、また違った感触を得て「あぁ、だからキスの最中に声を出してはいけないんだな」と理解した。
「で、次ね。指と唇が触れるか触れないかくらいのタッチで、また左右に動かしてみる」
私は頷くと、言われるままにその動作を行う。……なんか、唇側がやたらめたらにくすぐったい。指側はそうでもないのに。
「もどかしい?」
「うん」
「それを……さっきと同じように30秒かけてやってみる」
やはりくすぐったい。じれったいせいで、くすぐったさが増す。もどかしい……。
「……あんま優しすぎるのも苦手かも」
「そうだね。個人差はあるかも。一番だめなのは、最初にやった痛いのだけど」
セイウンスカイは口が上手いのもあって、私はかなり理解を深めつつあった。
「今度は指の位置を固定して、唇だけでさっきの触れるか触れないかくらいの動きを出来たら上出来!」
彼女はそう言った後、「ちょっとやってみて」と興味津々に促してきた。私がキスが上手かどうか、妙に気になるらしい。からかいネタにするつもりなのだろう。
私はその挑発に乗り、下唇で指の皮膚を触れるか触れないかくらいのタッチを実践してみせようとした。
…………やけに、むずい。野暮ったくぶにぶにと押しつけてしまう。
「あっはっは、下手くそだ~。そんなんじゃあ、キスが下手な女の子だと思われちゃうよ」
セイウンスカイのからかいに、私は思わずムッとしながら反論する。
「うるさいな……初めてなんだから仕方ないでしょ」
そんな私の反応に、彼女はさらに笑うのだった。
「ディオスちゃん意外と奥手? や~らし」
セイウンスカイは小馬鹿にしたように私を嗤う。私はムキになって、彼女の近くに詰め寄った。
「……え、ちょ、ちょっと。ディオスちゃん? 怒ってる?」
セイちゃんがたじろいだ様子で、恐る恐ると言った調子でそう聞いてくる。
何故かその声色に、仕返しをしたい気持ちがふつふつと湧き上がってきた。
少し身を屈め、相手と顔の高さを合わせる。そして……
「そこまで言うならセイちゃん、キス上手なんだよね? やってみせてよ」
と、彼女の唇に指を軽く押し当てた。セイちゃんは目を白黒させている。顔が真っ赤だから、たぶんこの方向性で仕返し出来てる。
「え……ちょ、ちょっと、これ、自分の指でや――」
「早く」
「わ、わかったってば!」
彼女は観念したようにため息をつこうという仕草だったが、唇に人差し指が当てられていたからかそうしなかった。
「…………」
彼女は、緊張した様子で。唇を動かし始めた。まずは、指と唇を触れさせてきて――彼女のキスは、どうにも投げ槍かつ乱暴で、自分以上に下手に感じた。
「こ、このくらいでどう?」
彼女の目が泳いでいる。私は当然「駄目」と答えた。彼女は目を大きく見開いて困惑する様子である。
「たぶん唇にやられたら痛いくらいだった」
そう私が言うと、セイウンスカイは怒ったように息を鳴らす。吐息や鼻息が指や手の甲にかかって、こそばゆい。キスの時は息が出来ないってこういう事か。
「……わ、わかった……わかったってば、ホント……」
セイちゃんが何度も小声で呟くと、今度はゆっくりと、優しく唇を押し付けてくる。その最中に彼女の唇から感じた吐息は生暖かくて、少し湿っているように感じた。
唇の濡れた部分に接触して、そこから彼女の体温が伝わってくる。熱い。その感触が心地よくて、私も黙ってそれを受け入れていた。
――ちゅ……ちゅっ……。
よほど慣れてないのか唇が強張り、行き場のない舌先は子猫のようにちろちろと唇から出てしまい、指の腹に当たる。
彼女の吐息と鼻息がこそばゆい。前歯が指に「カリッ」と当たる感触もあり、怒って指を食いちぎられないかと想起させられる。
それでも、私は彼女のキスを受け入れていた。たぶん、上手じゃなくても、それが気持ちよかったんだと思う。
たったの30秒だったか、それとももっと長かったのか。唇の端から端までたどり着き、それに伴い指が離されると、セイウンスカイは困った視線で見つめてくる。
「……これで満足した?」
セイウンスカイは、「もう勘弁してくれ」と言わんばかりに、そう聞いてきた。
「……………………」
私は「もっとしてほしい」とはいえずに、ただ無言を貫いていた。
「……ホント。今回はホント、私の負けでいいから……そんな風に黙り込まないでくださいよ~」
セイちゃんが心底参ったといった様子で、そう呟く。
「……言いふらしたら、ディオスちゃんから迫ってきたってキングちゃんやライスさんに告げ口しちゃうからね?」
なんでそこでライスシャワーの姉さんやキングちゃんが出てくるのかと思ったけれど。
「ところでセイちゃんもやっぱキスした事ないでしょ。コレ」
話題をそらすように、私はそう言ってみせる。
「ほっぺたになら、家族にはー……幼稚園の時くらいに?」
セイちゃんはばつの悪そうな様子で、そう答えた。
「…………まぁ……正直に言いますけどー……そのぉ……無いですハイ」
観念したように、セイちゃんが白状した。私はうんうんと頷きながら、返す。
「……こっちと同じじゃん」
「はいはい、そーですよー。どーせ他人にキスなんかしたこと――――」
ふてくされた様子のセイちゃんだったが、だんだん俯き気味になっていく。
「……今さっきの指に、くらい、かな……?」
その呟きと共に、無言になる。
「……」
私も顔が熱くなるのを感じ、それを見られまいととセイちゃんから顔を背けた。
「……ねえ」
帰り道。お互い俯きながら。その沈黙を破るように、彼女は小さく囁く。
「今日やった事、ホントに、誰にも言わないでね」
その囁きは懇願めいていたけれど。私は足早に彼女の前を行き続け、振り向く事ができなかった。