ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
神様、誰かが誰かを愛する事に疑いを持ってはいけないとは言うが。果たしてそれは正しいのか。
「うぅ~……食べすぎないように応援してたつもりが、ライスの方が食べ過ぎちゃうだなんて……ライス、お姉ちゃん失格だ……」
お互い食事制限をなんとか乗り越えて体重を整えてからの休日。先日の反省を踏まえて、お弁当を拵えてピクニックに向かっていた。もちろんおかわりをくれる気の利いた店員さんの同伴なんて無しだ。
「でも、見張っていてくれてたおかげですぐ元通りになれました」
「え、えへへ……そうかな」
ライスシャワーの姉さんは、そう言って照れくさそうに笑った。
「えへ……えへへっ……なんだか、お姉ちゃん、褒めてもらえてうれしいな……」
ライスシャワーの姉さんが目を細めて笑う。私も彼女に釣られて笑みを浮かべた時……ふいに彼女の手が伸びてきた。そしてそのまま私の頬を撫でる。
子猫か子犬かを撫でるような手付きで、私の頬を撫でるライスシャワーの姉さん。彼女は、特に意味もなく私を撫でる事が多い。曰く「撫でてると、幸せな気持ちになれる」そうだ。
「……お姉ちゃんね、こうやって撫でるの好きになっちゃったかも……」
小声でそうつぶやく声を聞いて、妙に気恥ずかしくなって彼女の手をやんわりと除ける。
だがライスシャワーの姉さんは私の頬に手を当てて引きはがした私の手もまとめて収めてしまうと、そのまま私を撫で始めた。
……悪くない心地だったけれども、それはさすがに子供扱いな気がして恥ずかしい事を正直に伝えた。そうすると彼女はニコニコと笑ってから、冗談っぽく言う。
「ふふっ、ライスはお姉ちゃんだから、いいの」
……彼女にしては珍しく、ちょっといじわるな顔だった。
ライスシャワーの姉さんは再び笑って、尻尾を大きく振った。ウマ娘にとって、尻尾の動作は感情表現の現れでもある。嬉しい時は振り、悲しい時は垂れる。そして、私も姉さんの事が好きだからか、こうして触れ合っている時は自然と尻尾も揺れ動く。
ふと、ゆらゆらと揺れる自らの尻尾に、さらさらとしたものが振れる感触を覚える。
ライスシャワーの姉さんは、整えられた濡羽色の髪と同じく、尻尾の方も相変わらず毛並みがよく、心地が良い。
ライスの姉さんの方に視線をやると、彼女は先程までの余裕ぶった笑顔とは違い、口を真一文字に結んだ表情で、私の反応を窺うように上目遣いで黙り込んでいた。
近頃は二人っきりでいる時は、ごくたまに尻尾同士を触れてしまう事がある。最初はお互い尻尾を振ってる時に偶然触れてしまうのだろうとばかり思っていたが、どうやらライスシャワーの姉さんは意識的にやっている時がある様子だ。
ただ、私も西崎トレーナーに尻尾の毛づくろいをよくお願いするから、"心を許している者に尻尾を触ってもらう気持ちよさ"というのは理解は出来る。
だから、私はライスの姉さんにお返しのつもりで、自分の尻尾をおもむろに動かして、彼女の尻尾を手繰り寄せるように緩く巻き付けた。
「ひゃぁっっっ!!!!?」
そうすると、ライスの姉さんは大声をあげて尻尾をびくりと跳ねさせた。
彼女は反射的に私の頬と手から掌を剥がして、それから私の尻尾がライス姉さんの尻尾に絡みついていたのを確認すると、彼女は酷く動揺したような様子で私と自身の尻尾を交互に見つめてから……おずおずと、自分の尻尾を守るように腕に抱きしめ始めた。
「うぇ……あ、あぅ……そ、そういうのは、お姉ちゃん……まだ、貴女には早いと思うかな……!」
ライスシャワーの姉さんは弱々しいうめき声をあげる。その声色には批難の感情が込められているように感じて、私はスキンシップが拒絶された事に動揺が生まれた。
「ライスの姉さんだって、私の頬を遠慮なく触ったり……」
「そ、それとこれとは違うもん!」
「それにお互いの尻尾を触れさせたのは、姉さんも意図的では……」
「ライスはお姉ちゃんだからいいの!!!」
……春天を勝ちに行く時のような鬼気迫る表情のライスシャワーの姉さんに、私はたじろぐ。鬼だ。瞳に青い鬼火が宿っておられる。
「それと、二人っきりの時はライスお姉ちゃん!!」
ダメ押しとばかりに呼び方を直すように要求され……私は言い表せぬ圧に屈した。
「ラ、ライスお姉ちゃん……そろそろ目的地につきますよ」
そう告げると、ライスシャワーの姉さんははっとしたように周囲を見渡す。私達は、ピクニックの目的地である公園に到着していた。
「ご、ごめんね……ライス……あんな風に怒鳴っちゃって……」
ピクニックシートを広げてお昼ごはんの準備をしながら、気落ちした様子でライスシャワーの姉さんは謝ってきた。
「いえ、異性同性関係なく、他人に触られるのが苦手という人もたくさん居ますから。私が無遠慮だっただけです」
私はそう言って、謝罪を向けた。実際問題、そういう人は多い。だからあのように怒るのも当然だと、私は反省するしかなかった。
「でも、ライスからはいつも触れちゃってるから……」
「私はむしろ、触られるのが好きですから。そこは遠慮なさらないでください」
実際のところは撫でられる事はとても恥ずかしいが、好きなのも事実だ。恥ずかしいのが切なくて、でも心が暖かくなる。
その感覚が、好きだ。
ライスシャワーの姉さんは、私の言葉を聞いて少し気分を持ち上げてくれたようだが。その次には俯いた。
「……あのね。ライスも、触られるのは嫌いじゃないよ……? もちろん、誰彼からでも嬉しいわけじゃなくて……」
ライスの姉さんは、そこで一度言葉を区切る。
「……その、好きな人とは、いっぱいいっぱい、触れ合っていたいなって……」
私は、彼女の声が尻すぼみに小さくなっていくのを、静かに聞いていた。
「……出来るといいですね。好きな人」
ライスの姉さんもいつかそういうステキな男性、ひいては旦那さんに出逢えればいいなと私は願う。……でもステキな男性か……西崎トレーナー……は、ウマ娘の太もも触ろうとするスケベだから絶対ダメだし、そもそもあの人おハナさんと良い関係だって噂あるし……じゃあ、ブルボンさんのトレーナーの黒沼さんとか……声がヤクザみたいで少し怖いけど、実はすごく頼りになる人だし……。
ライス姉さんに眼を細めて睨まれてる事に気づいた。
何故だ。間違った事は言ってないはずだぞ私は。
「……むぅ」
頬を少し膨らませるライスシャワーの姉さんは、私から目を逸らし、そっぽを向いて拗ね始めた。
「そ、それより! お腹空いたなぁ、お昼ごはんにしよ? ね? わ、わたし。ライスお姉ちゃんの作ったご飯、楽しみだなぁ~~……」
出来る限り媚びた声色で、ライスシャワーの姉さんに訴えかける。その露骨な態度が「ライスお姉ちゃんが不満そうなのは理解した」という表明になったのか、彼女はじとりとした視線をこちらに向けたのち、それが冗談だと示すように、クスクスと笑い出した。
「ふふ……いいよ、お昼ごはんにしよ? 今日は、野菜とチーズの手作りハンバーガーだよ!」
どうやら機嫌を直してくれたようだ。ニコニコと笑って、ピクニックシートの上にランチボックスを並べるライスシャワーの姉さん。
いかにも女の子らしいカラフルな小道具を私達の前にセッティングしながら、ライスの姉さんは尻尾を躍らせたり、耳をピコピコと揺らしている。。
大変愛らしい。耳の大きさも相まって、やっぱり黒兎みたいな可愛い小動物だと感じてしまう。
「じゃじゃ~ん。ライスお手製、手作りハンバーガー! ヒシアケボノさん直伝だから、すっごくおいしいよ!」
そう言ってライスの姉さんの持ち上げたランチボックスにはハンバ、うお……でっか……ハンバーガーに擬態した弁当箱かな?
……いや、まぁ、ウマ娘である私達からすれば弁当箱ほどあるハンバーガーも特別大きいというわけではないが、小柄なライスの姉さんとの対比と絵面……。
「ど、どうしたの? ハンバーガー、もしかして嫌いだったかな……?」
私の様子に気付いたのか、ライスの姉さんはおずおずと問いかけてきた。私は首を振って否定する。
「いえ、大好きです。とても、美味しそうで……」
パティを含めたすべての具材が大きなハンバーガー。色鮮やかな野菜に、冷えても上手いだろう脂肪分の少なめなチーズ……見た目、香りだけで十分に楽しめるだろうが……。
「半分に、分けられます?」
「うん! ライスも、半分こして食べたいなって思ってたの。えへへ……」
切り分ける道具を取り出して、大きなハンバーガーを二等分する。私達は二人でいただきますと挨拶をしてから食事を始める。
私は具材の中に、好みの味のチーズがたっぷりと入っていて「ン、美味」と思わず間の抜けた声が出てしまう。
そんな様子を嬉しそうに眺めるライスシャワーの姉さんに少し気恥ずかしさを感じながらも、私はそのチーズたっぷりのハンバーガーをほおばる。
「おいひいれふ」
「ね、ヒシアケボノさんのレシピ美味しいよね! ふふ……いっぱい、食べてね」
ライスシャワーの姉さんはゆるっと表情を崩すように笑んでいて、その柔らかい微笑みを見ていると、なんだか私も幸せな気分になる。
「……ライスね。美味しいもの食べてる時に幸せな気持ちになるんだけど、他にも幸せな気持ちになる時があるんだ」
私の食事風景を見つめながら、ライスシャワーの姉さんは言葉を続ける。
「それは美味しいものを食べる時に、好きな人と一緒に食べるのがもっと幸せな気持ちになれるんだ……」
そういって顔を伏せて、小さく「へへ」とこぼしてハンバーガーを食べ始めるライスシャワーの姉さん。私もまた彼女の仕草に、顔を俯けてランチボックス改ハーフボックスハンバーガーを見つめながら考え込んだ。
レースから遠のくであろう将来、人並みの幸せを、今生で一番大好きといえる人を見つけて、その人と一緒に味わう事が出来るなら。それは、その『人並み』がどれだけ幸せな事なのだろうと私は夢想する。
「良いですよね、そういうの」
私が肯定する返事に、ライスシャワーの姉さんは顔をあげてから「うん!」と力強い声で頷く。
「貴女も、そう思う?」
「えぇ、十全に理解出来ます。好きな人と一緒に食事する事は、とても楽しい事です」
「そうだよねっ。好きな人と一緒に、美味しいものを食べる。それってすっごく幸せだよね!」
そうして、彼女はいつもとは違う様子で、けれどもへにゃっとした表情ではにかんだ。
「だからね、今すごく幸せなの」
1を聞いて十全に知った気になっていたが、1すら分かってなかった事をようやく理解して、むせた。
「えへ……えへへ……」
ライスシャワーの姉さんは、私と同じように顔を伏せて、けれども今度は私の方を見ないようにしてハンバーガーに齧りついている。
そしてまた、尻尾にさらさらとしたものが振れる感触を覚えた。「好きな人とはいっぱいいっぱい触れ合っていたい」というのも女学生同士の和気藹々としたコイバナというわけではなく、親戚に対する親愛の吐露…………。
反射的に「ピャッ」と、ライスの姉さんの尻尾があるのとは逆方向に尾を跳ね上げてしまった。
……しばらく気まずい沈黙。そう感じたのは私だけだったのか、はたまた、彼女も感じていたのか。どちらとも知れないが。前回とは逆にライスの姉さんの尻尾に手繰り寄せるように絡め取られて、そのまま緩く尻尾を締め付けられた。
「っ……ぁ……」
羞恥心で声が漏れてしまい、顔が熱くなるのを感じる。
尻尾のこそばゆい感覚に頭が蕩けるような感覚に襲われるが、父親や母親相手にハグされている事に近しい健全なものだと考えて平常心を保とうと努める。西崎トレーナー相手と同じように"心を許している者に尻尾を触ってもらう気持ちよさ"であって、ただそれだけの話。
「……ほら、尻尾にハグされる側は。なんだか、すごく恥ずかしくなっちゃうでしょ? それに、する側の時よりも、とってもくすぐったいし……」
いつもはか細く頼りげない印象のライスシャワーの姉さんの声が、今は蠱惑的に聞こえてしまって、私は唾を飲み込んだ。
何故、"遠い親戚というだけである私"がこのようにライスシャワーの姉さんに可愛がられているのか……本当に、よく、分からない……妹として相応しい存在なら、鉄板のウララとか、ワンパク系だったらツインターボだとか……もっと他にも私よりも相応しい人が、居るはず……そのはずであって…………ナンデ……。
思考のループに陥って、心地よい感覚が尻尾から失せてようやく、正気に戻る。
「ハンバーガー、美味しかったねっ」
ライスシャワーの姉さんは、弾むような声色でそう言うと、ゆっくりと尻尾を揺らしていた。私はいつも「可愛らしい」と思っていた彼女の尻尾を、今日だけは視界に留める事が出来ず、顔を俯かせながら「そうですね」とだけ返事をする。
「……もしかして、『する側』の方がよかった?」
ライスシャワーの姉さんが、私の仕草を別の意味で受け取ったようで、そう問いかけてくる。
「…………ライスお姉ちゃんに、される側の方が、好きです……」
そう答えてから、私は顔面が赤熱するのを自覚する。
ライスシャワーの姉さんはいつもの二人っきりでいる時のようにゆるっとした笑みを浮かべ、手仕草で私を屈ませた後に、耳元で「えへ」と小さく笑い声をこぼす。
「――また、おやすみの日になったら一緒にお出かけしようね……♪」
言葉と一緒に生じるこそばゆい吐息が耳を撫ぜて、一週間後に何が起こるか身震いをしながらも私は黙り込むしかなかった。
神様……なぜ、ライスの姉さんが、こんな風に愛情を向けてきているのか……私にはわからない……。