ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
ライスシャワーが誰かを幸せにしたいと思ったのはいつ頃からだろうか。
「ね、ねぇ、このお米って本当にお嫁さんとお婿さんに向かって撒いちゃっていいの……?」
居合わせた結婚式において、新郎新婦に向けてお米をまいて祝福する様子を眺めていた白いワンピースを着た一人の幼いウマ娘――ライスシャワーは大人たちに不安そうにたずねた。
同席した同い年くらいの女の子もそういう風に大人達にたずねる。男の子は――力いっぱい投げつけていたが、それも子供なりの祝福の込め方なのかもしれない。
「これはね、新郎新婦さんの今後が豊かでありますようにっていう、魔法のおまじない」
同じく結婚式を見守っていた老婆が年少者達にそう説明する。起源は昔のローマだとか、元々は小麦だったとか。そういう話も付け加えて、子供達に優しく教えてあげた。
「おまじないの名前は――そうそう、貴女と同じだったわね。ライスシャワーさん。とても縁起がいいお名前ねえ」
「ぇ……あ、はい……」
ライスシャワーはそう言われて、少し照れたように頬を赤らめて顔を伏せたが、彼女は自分が幸福の象徴なのだと言われてるような気がして、なんだか嬉しかった。
老婆はライスシャワーの反応を微笑ましそうに見つめてから、優しい口調で言い聞かせるように言葉を続ける。
「さぁ、お嫁さんとお婿さんが前を通るよ。ライスシャワーちゃん。貴女も幸せのおまじないをしてあげてね」
老婆は慈愛にあふれた笑みを浮かべてから、ライスシャワーの頭を優しく撫でて促してくれた。まるで絵本に出てくる善良な魔女のような暖かさと優しさで、彼女は言葉を紡いでくれた。
その日、新郎新婦の幸せな様子を見届けて家に帰ったライスシャワーは興奮冷めやらぬまま手持ちの人形で『結婚式ごっこ』を繰り広げるライスシャワー。彼女は老婆の言葉を思い出していた。
――ライスシャワーちゃん。貴女も幸せのおまじないをしてあげてね。
ライスシャワーは初めて自分自身でも誰かの幸せの手助けが出来るのだと、誰かを幸せに出来るんだという実感を得て、ドキドキと胸を高鳴らせながら、そっとお人形の新郎新婦に対しておまじないをかける。
「ライスも、絵本に出てくる魔法使いさんみたいに、誰かに幸せや夢を届けられたら……」
それからだろう。誰かの幸せを願いながら、自分の力で誰かを幸せに出来るかもしれないという幸福感に酔いしれながら、彼女は両親に『ライスが誰かへ夢を届ける為に、トレセン学園に行きたい』という想いを打ち明け、懸命にトレーニングと勉強に励む。
だが、ウマ娘が挑む競技の世界というのは――絵本のように、優しさだけが詰まった空間ではないのだ。
『マルゼン! アンタがダービーに出ればよかったんだ!!!』
とあるレースの実況中継で、観客からそんな罵声が飛んだ。今年度のクラシック有力候補に対して、マルゼンスキーが怪物的な実力でねじ伏せたゆえに。
罵声を聞いた瞬間、ライスシャワーは心臓が締め付けられる思いがしたし、同時に……彼女はこのような言葉をぶつけられる事に対して――まるで魂に刻み込まれたような――言い知れぬ恐怖を覚えた。
「……マルゼンスキーさん以外のウマ娘さん達も……精一杯、頑張ったのに……」
彼女達の頑張りや夢を踏みにじる言葉の数々が、テレビを通して見守るライスシャワーの心すらも毒のように蝕む。
そして二着のプレスト――銀髪のウマ娘が、その罵声にショックを受けて青褪めているのを目の当たりにした。
ライスシャワーの胸がずきりと痛む。自分の事のように心が締め付けられて、目の前がぐらりと揺れるほど気分が悪くなる。
頑張って走っているのを否定される事が、こんなにも苦しい事だと知らなかった。あまりにも悲しくなり、憧れの存在であるマルゼンスキーが勝利したレースだというのに……ただただ胸が痛くて、そこでテレビを消してしまった。
その日からだろうか、ライスシャワーの心の中で、自分がトレセン学園へ行きたいという想いが澱のように沈み始めた。
レースで勝つという事は……勝てなかった誰かが不幸になるという事なのだろうか。レースに出るという事は……誰かの夢を踏みつけにしないといけないのだろうか。
そう考え始めると、もう駄目だった。彼女はレースに出て幸せを届ける事に対して迷いを覚えて、憧れていた学園に入学する事すら躊躇ってしまうほどに。
「……ライスも勝つと、誰かを不幸にしちゃうのかな……」
自分が罵声を向けられたわけでもないから、他人に感情移入した末の杞憂なのだと理解はしつつも……だからこそ自分の抱いた気持ちが誰にも打ち明けられず。彼女は孤独感にすら襲われるようになっていた……。
「ごめんね、突然のお誘いしちゃって……」
「私もマルゼンさんのグッズが欲しいと思っていたので、お気になさらず」
ライスシャワーは最近知り合った背の高いウマ娘と、気分転換の為に出かけた。
彼女はライスシャワーの事を妙に気にかけてくれる優しい子だった。まるでライスシャワーの抱いていた「言い知れぬ恐怖」を見透かしているような素振りすらあったのは、きっとこの"背の高いウマ娘"がお姉さんぶっている中でライスシャワーの悩みになんとなく気づいてしまったのかもしれない。
ライスシャワー自身もそう感じてしまったからこそ、日頃抱いていた悩みをこのウマ娘に打ち明けてみようと思っていた。
名目こそ『マルゼンスキーのグッズを一緒に買いに行く』という目的で、この背の高いウマ娘と一緒に出かけていた。
秋紅葉の絨毯を敷いたような街道には、ふたり以外の人影もなく。ただ秋の風が吹くばかり。
傍から見れば、背丈の違いもあって年齢の離れた姉妹に見えるかもしれない。実際のところは、背丈の低い方が『お姉ちゃん』なのだが。
先導するように前を歩く背の高いウマ娘に、ライスシャワーは「ついていくついてく……」と、早足で追いかける。身長差が激しいので、どうしても歩幅にズレが生じる。
「……うぅ、ご、ごめんなさい……ライス、歩くの遅いよね……」
申し訳なさげに俯くライスシャワーに対して、背の高いウマ娘は無言で首を振る。そして歩幅のスピードを少しだけ落としてくれた。
――お姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかな。
ライスシャワーはそう感じたと共に、そしてまた同時にこの人なら自身の悩みを打ち明けても大丈夫ではないかと思い始めていた。
そんな事を考えながら道すがらの雑談は、二人が共通して憧れているマルゼンスキーの活躍について。
「ドリームトロフィーリーグへの移行を狙って活動するらしいですね」
「……でも、ドリームトロフィーリーグかぁ。やっぱり、マルゼンさんはすごいなぁ……」
ドリームトロフィーリーグ。トゥインクルシリーズで活躍した者達だけが到れる領域と噂される、夢の舞台。
ライスシャワーは「ライスがトレセン学園に行けたとしても、マルゼンスキーさんと走れる機会はもう無いかもしれないなぁ……」と肩を落としていた。
秋の木漏れ日の中、ライスシャワーがしょんぼりと肩を落としている様子を背の高いウマ娘は見つめている。
何か言いたげな彼女に対してライスもきょとんと見つめ返すしかない。秋特有の寂しさのある風が二人の髪を撫でた頃合い、背の高いウマ娘はライスシャワーとまっすぐに向き合いながら言ってのけた。
「ライスの姉さんも、ドリームトロフィーにいけるくらい凄いウマ娘になれるかもしれませんよ」
彼女の言葉に、ライスシャワーは少しだけ目を見開いた後に……お世辞か何かだと感じて、ぎこちない愛想笑いをする。
そんな夢の舞台へいけるくらい強いウマ娘になれるかもしれないなんて、まだデビューどころかトレセン学園に入学すらしていない段階でそんな事を言われても誰が聞いてもお世辞としか受け取れない。
「あはは……わ、私なんかがドリームトロフィーリーグなんて……」
ライスシャワーは小柄な身体を縮こまらせて、両手を振って謙遜する。その様子を見た背の高いウマ娘も、深くは追及せず小さく頷きながら話題を変えた。
グッズショップが開くまで昼食をついでに済まそうと珈琲店に入って、お互いの好きな注文をメニューから選んで店員に伝える。
「あれって量が案外多いけど、大丈夫です?」
「え、えっと。大丈夫! 御残ししたら悪いから、ちゃんと全部食べ切れるように頑張るよ……」
注文を待つ間、それ以上は会話らしい会話がなかったのは……たぶん、ライスシャワーが内に秘めた悩みを打ち明けようとしていたからかもしれない。
お店内の壁にかかっていたテレビから、歓声が聞こえてきた。
画面に映し出されたレース映像では、マルゼンスキーに惨敗していたあの銀髪のウマ娘が見事に"菊花賞"を制していた。
「……!」
それは数多のウマ娘が夢見る、一生に一度っきりの――それも出られるかどうかすら分からない――大舞台の一つ。それに勝ったのだから、あの銀髪のウマ娘が成し遂げた事は偉業ともいっていい。彼女が報われた事に「やった」とライスシャワーは喜びを覚えかけた。しかし、喜びの感情は一転して、恐怖と悲哀に塗りつぶされる。
『――ファンの夢を砕いて、銀髪鬼菊制覇!!!!』
テレビから聞こえてきたのは悲鳴だった。偉大なる勝者をたたえるべき実況すらも、耳を疑いたくなるような言葉が飛び出してきていて。それがライスシャワーの心を殴りつけた。
一瞬、息を詰まらせてしまう程の衝撃に……ライスシャワーは心臓を鷲掴みにされたような痛みすら覚える。
――……頑張っても、頑張っても、あんな風に悲しまれるって、どれだけ、苦しくて悲しいんだろう……。
胸が張り裂けそうな痛みを覚えたのは、あの銀髪鬼(ヒーラー)とアダ名されたウマ娘に自分を重ねてしまったからなのだろう。
きっと、あの銀髪鬼も……レースに出る以上は勝って誰かを幸せにしたいという気持ちがあったのだろう。それは決して自分本位な想いなどではなく……むしろ他人の幸せを願うような想いで今まで頑張ってきたのだろう。
だろうだろうと、そんな想像を掻き立ててしまうから、ますますライスシャワーは胸が締め付けられる思いだった。
思わず耳を塞いでしまいたいくらいの悲鳴の嵐に、彼女はとうとう耐えきれなくなって、目を塞ぎかけた。耳を塞ぎかけた。
「怖いですか?」
対面の、背の高いウマ娘が優しい声でそう問いかけてきた。それと同時に頼んだメニューが運ばれてきた。
ライスシャワーは並べられた料理を眺めたまま、首を左右に振るう。怖くないと否定しようとしたのではなく、怖いという気持ちに抗おうとした。
「……ライスは、ライス、小さいとき――今も、体は小さいけれど――幼稚園くらいの時からね。よく絵本を読んでるの……」
ライスシャワーはぽつりぽつりと語り始める。隣の席に座ったウマ娘は黙って相槌を打ってくれていたので、そのまま言葉を続ける。
背の高いウマ娘の「絶対に馬鹿になんてしない」と感じ取れる姿勢が安心出来たのか、それとも……誰かに話す事で気が楽になるからだろうか。どちらにしろ、彼女は胸の内を打ち明けた。
「……読んできた絵本の中には、夜中に寝ないとお化けになっちゃうみたいな、悪い事をすれば怖い目に遭うってお話もあったし。赤鬼さんが泣いちゃうお話とか、誰かがかわいそうな目に遭っちゃう、悲しいお話もあった……」
――けれど。
絵本の中で繰り広げられる世界の物語は、いつも……教訓と、優しさに満ちたものばかりで。
悪い事をすれば怖い目に遭うという因果応報めいた御話あっても、理不尽な悲しみと恐怖は、ほとんど見かけなかった。
だから……ライスシャワーは、絵本に描かれるような優しい世界に焦がれていた。
現実の世界も、「きっとそうなのだ」と彼女は信じていたかった。
「けれど」
だから、"悲しいだけの御話"でこの話を〆たくなかった。
ライスシャワーはこの前のように目を逸らす事はせず、ありのままを見つめた。
未だ他のウマ娘が勝ってほしかった観客の悲鳴は聞こえども、銀髪鬼のファンであろう者達が彼女の勝利を喜び合う姿。そして、銀髪鬼と呼ばれたウマ娘のトレーナーであろう人物が、その勝利を誉め称えるように嬉し涙を流している光景。
「それでも、絵本に出てくる青鬼さんとか……あのテレビの銀髪鬼さんみたいに、登場人物が誰かの為に頑張ってる御話は、誰かを幸せにしているってライスは想うんだ」
テレビに映し出されている光景が、銀髪鬼の勝利を願い喜んでいる者達がいるという事実が、"それ"を証明していた。
「だから、怖くはないよ。……ううん、ちょっと違うかな……"怖いけど、誰かに夢を届ける為なら、誰かを幸せにする為なら、立ち向かえる"……ライスはそう考えてる」
――銀髪鬼さんのように喜んでくれる人は、ライスにはまだ思い浮かばないけれど。
そんな一抹の不安と寂しさを抱きながら、運ばれてきた料理をライスシャワーは口にした。
……気づけば、その時点でも胸の痛みは幾分か和らいでいたが。
「さっき言ったドリームトロフィーの話。私は本当にそう思ってますよ」
対面から飛んできた言葉にライスシャワーはぽかんとした表情を浮かべてしまう。
「だって、姉さんみたいな素敵な考え方で走れるウマ娘が活躍してもらえたら、私みたいな年下にとっちゃ夢があるじゃないですか。だから、応援してます」
対面の背の高いウマ娘は、そう語りながらライスシャワーを見つめて優しく微笑んでいた。
それは、お世辞でもなんでもない。心の底からの本心なのだろうとライスシャワーは感じ取った。だからこそ、胸の中の痛みが和らいでいくのが分かった。
――ライスシャワーちゃん。貴女も幸せのおまじないをしてあげてね。
幼子の頃、"ライスシャワーのおまじない"を言い聞かせてくれた老婆の優しい声を思い出す。
ライスシャワーは、胸の中で不思議な暖かさが広がっていく。
誰かにこうして応援される事が、こんなにも嬉しい事なのだと感じつつ……ライスシャワーは目の前のウマ娘を見つめた。
彼女の微笑みがとても優しくて綺麗だったからなのか、それとも別の感情か。それは分からなかったが、彼女は確かにこの時こう思った。
「……うん。ライスお姉さん、頑張るね」
――喜んでくれる人がいるなら、ライスもきっとあの銀髪鬼さんみたいに頑張れる。
そう信じる事が出来るようになった。だから、ライスシャワーはこのウマ娘にも幸せになってほしいと願っていた……。
「ううう……ライスのせいだ……ライスがあんなにたくさん食べて遅れちゃったから、マルゼンさんの新しいグッズが一個しか残ってないんだ……」
珈琲店で料理を堪能したせいか、グッズショップで目的の商品がとんでもない速さで品薄になっている事にライスシャワーは頭を抱えていた。
「あぁ、ライスの姉さん。そんなに気に病むことは……」
ライスシャワーの耳と尻尾が絞るようにペタンと沈んでいる事から、彼女の落ち込み具合を察したのだろう。背の高いウマ娘はおろおろとするばかり。
「あー…………」
背の高いウマ娘は、少しの間思考を巡らせてから……ライスシャワーの手元に残り一つのマルゼンスキーグッズを手渡してきた。
ライスシャワーは最初、きょとんとした顔でそれを見つめるばかりであったが。
「ほ、ほら。早く買わないと他の人に買われちゃう」
なるほど。そもそもマルゼンスキーグッズを買いに来たのだからそれは然りである。
が、しかして。ライスシャワーには非常に気になる事柄があった。
「……本当によかったの? ライス……一つお姉さんだからここで手に入らなくても、我慢できるよ?」
マルゼンスキーグッズが一つしか買えないという事になれば、必然的にライスシャワーの手元に一つ残る事になる。
すると、この背の高いウマ娘はわざわざ自分の為に譲ってくれた事になるのだが……それは申し訳がない。
「い、いいんですよ。それに、ほら、お金、タリナカッタみたいダシー……?」
背の高いウマ娘は、ぎこちない笑みを浮かべつつ、そう返答してきた。
先の珈琲店では札で支払っていた記憶があるから、お釣りで十分買えるはずとライスシャワーは思いつつも……相手の親切心を汲んで、敢えてそこには触れずに感謝する事にした。
「うふふ……おっちょこちょいさんだね」
にこにこと微笑みながらライスシャワーは彼女からマルゼンスキーグッズを受け取った。
……そして、ライスシャワーはこのウマ娘の事を『お姉ちゃんぶらせておくといつまでも他人に遠慮し続ける人物』だと見定めた。
「じゃあ、あのグッズが入荷されてたら、ライスお姉さんと一緒に買いにいこっか。足りない分は、お姉さんが出してあげる」
だから、自分がお姉ちゃんぶる事にした。
他人から妹扱いされる事に慣れてないのか、背の高いウマ娘は途端に顔を真っ赤に染め上げて、挙動不審な態度を示した。
「い、いや、それはさすがに悪いですよ。『お友達と金銭的な貸し借りはするな』って、親や学校の先生にも注意されてますし」
「ふふ、そっか。……えらいんだねぇ」
自分よりも頭一つ以上背の高い女の子がそんな風に慌てふためいているのが、なんだか可愛らしく感じて。ライスシャワーはぽかぽかとした不思議な気持ちを抱きながら、くすくすと微笑む。
「それじゃあ、お金が溜まったら今度一緒に買いにいこっか。ライス、グッズショップによく行くから、あのグッズ見かけた時に知らせてあげるねっ」
主導権を取り戻そうと何か言いたげな彼女に対して、ライスシャワーはそれで押し切ってみせた。
背の高いウマ娘は暫くの間、あうあうと口をもごもごとさせた後に……ようやく観念したらしく。
真っ赤な顔でライスシャワーを見つめながら、小さく頷くしかなかった。
ライスシャワーお姉ちゃんの御話は、ある意味ここからはじまったのかもしれない。
次回
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いつも以上に妹を甘やかすライスシャワー。
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続:ライスシャワーママ概念
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妹の逆襲:ライスお姉ちゃんを甘やかす
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