ライスシャワーお姉ちゃん【完結+おまけ不定期】 作:稗田之蛙
神様。私達の体重事情について話そうか。
ヒトよりウマ娘が大喰らいなのはご存じの通りだが、トレセン学園のウマ娘達は『太り気味』だとかなんとかネタがメディアでこすられる事が多い。
それはひとえにアイドルやアスリートみたいなご身分の私達が太っているっていうのは、単純に面白いからだろう。滑稽ですらあるかもしれない。
だがカロリーを節制すればいいなんて、単純な話じゃない。
私達の競技生活において摂取するカロリーは普通の成人男性よりも遥かに大きい。いや、成人のウマ娘より食べるかもしれない。日夜人並み以上に体を鍛えなければならないし、筋肉をつける為には当然その元となるモノを食べる必要がある。
どれだけ採ればいいのか、己の欲望を切り離してストイックに考えても非常にシビアな問題だ。
時期や体調によって摂取すべきカロリーは変わってくるし、しかも中学生高校生といえば成長期真っ盛りだ。『本格化』もある。どこぞのキタさんみたいに六年生の合間にどーんと大きくなったりするかもしれんが……まぁさておき。
だから、まぁ、今日のようにライスシャワーの姉さんが『太り気味』だからって。特別おかしい事はないんだ。
ありのままを受け入れよう。
「…………ライス……やっぱり、太いよね……」
「太くないですよ」
ライスシャワーの姉さんが、両手で自分の足を撫でながら落ち込んでいた。
私の太ももより太い太腿を両手で擦るように触っていて、その仕草はどこか哀愁を感じさせた。
……いや、なんか、初めの頃と比べて「お顔がまん丸だ……」とか「なんか……部分的に大きくなったな……」とか思ったりした事もあったが……それにしたって、今日のライスシャワーの姉さんは、顕著だ。
「……もしかしたら、えっと、本格化、とか……キタちゃんとか、小学六年生の始業式と卒業の時でだいぶ……体格変わってたみたいですし……」
苦し紛れに擁護するが、ライスシャワーの姉さんは悲しげな表情のまま、小さく項垂れるだけだった。
イナリワン先輩のように、ライスシャワーの姉さん以上に背丈が小さく、なおかつ『タッパの太い』ウマ娘はいるにはいる。
だが、彼女が太っているかといえばNOだ。対して、現状のライスシャワーの姉さんは…………。
「…………今日は、運動に集中しましょうか……」
彼女を慮れば、そうとしか言えなかった。ライスシャワーの姉さんも、さすがに今の体型のままではいけないと、ちゃんと理解しているのだろう。
だから無言で頷いてから……その後、どこか遠い目をしながら呟いた。
「……ライスシャワーから、太米(タイマイ)にネームチェンジかなぁ……あはは……」
久々に自虐的な笑みを浮かべている彼女を見て、ひどく胸が締め付けられるような思いがした。
「とりあえず、一朝一夕で痩せられるわけじゃないってのは私達も理解してますし。過激な運動で絞るより楽しく減らしましょう」
そういって、この前購入したゲームを取り出した。
「それは……?」
「一昔前に流行ったフィットネスゲームその名も……リングウマフィット?」
そのゲームは、リングと呼ばれるコントローラーを手に持ち、左太股にセンサーを巻き付けて、テレビ画面で指示された通りに体を動かして楽しむゲームだった。
ただのゲームだと侮るなかれ。ヒトはもとより、ウマ娘向けのハードな運動負荷のモードもあり、ウマ娘向けの専用コントローラーは一般的な健康体のウマ娘の全力で押し引きに耐えうる耐久性を持っている。
「へぇ、テイオーさんがゲームセンターでやってるダンスのゲームに似てるかも……!」
「まぁ、方向性は近いですね。体感ゲーム」
ライスの姉さんは用意したゲームを前向きに捉えてくれて、わくわくと心躍らせている様子だった。こちらとしても、それは嬉しい。
「よーし、がんばるぞー! おーっ」
ゲームを起動して、トレーニングモードを選択。
『まずはプロフィールを設定しましょう』
ゲームのガイドがそう告げると、身長の入力画面が出てくる。
「えっと……145センチ……」
ライスシャワーの姉さんが、そう呟きながら数値を入力する。相変わらず可愛らしいサイズだと思う。巨女の私からしたら羨ましい。あるいは、私もボーノくらいに愛嬌があれば……。
『次に、体重を入力してください!』
ガイドがそのように促してくる。
「………………」
「………………」
二人して押し黙った。
バストウェストヒップのスリーサイズは、まぁ公開する事は許容出来る私達だが。…………体重だけは、トレーナーノートにさえ書き込ませないトップシークレットだ。
当然として、女の子としての恥じらいがある。というか、恥じらいがあってもなかろうとも太り気味の時の体重は、知られるのはなんかヤだ。
「……あっちの方向いてますね……」
「うん……」
私は顔を背け、ライスシャワーの姉さんは体重を入力する。
――ポチ、ポチ、ポチ。ポチ……。
『OKです! これで間違いありませんね?』
「は、はい……」
…………入力音の数からして、○○キログラム、か……。
そんな計算に無駄な脳細胞を使いつつ、プロフィール設定を進めていく。
そしてようやく、ミニゲームの方へ移る事にした。
ゲームのオープニングでは、いかにも万人受けしそうな素朴でトゥーン調の世界観が投影されている。ゲームに親しみのない人も親しめるよう、あえて表現を柔らかめにしているのだろう。
そんな考察はさておいて。まずは序盤のチュートリアルとして、ガイドの指示に従ってトレーニングするゲームモードを選択する事になった。
「えーっと、まず最初は……その場で足踏みから、かな?」
「準備体操程度の負荷ですね」
こういう運動をひたすらして、体を徐々に慣らしていくわけか。まずは軽めにって事なんだろうが。いきなりハードなトレーニングを投げつけてくるわけでもないか。
このフィットネスゲームは足踏みや腕立ての他にも様々なメニューが存在していて、それらの一つ一つが、しっかり体を慣らしていくような難易度設定になっている。
「うんっ! なんだか、楽しくなってきたかも!」
ガイドに従って体を動かすと、テレビ画面の中でそれが点数になってくる。
体を動かす事は普段のトレーニングでいくらでもやってる事だが、それがこういうゲームとして反映されると新鮮だ。テイオーがダンスゲームにのめり込むのも分かる気がする。
『じゃあ、次はバンザイコシフリ!』
ガイドが動きを指示してくる。バンザイコシフリとは、頭上にコントローラーを掲げたまま腰を左右に振る動作を繰り返す運動。ウエスト中心だから腹回りの筋肉を鍛え、骨盤も動かすから柔軟にも効果的だろうか。負荷も少ないように見える。しかして、いざ実践してみると。別の問題が露わになる。
「え、えっと……この運動の時は、あんまり見ないでくれると嬉しいかな……」
「ぶふっ……」
……バンザイしながら腰を左右にフリフリするサマは、なんというか、かわいさと滑稽さが同居していて……後ろからずっと眺めていたくなる。
「もうっ!」
笑われた事に対して、彼女はふくれっ面になって抗議した。あまり怒らせてもよくないし、視線を逸らしておこう……。
その後も様々なトレーニングをこなしていくが、どれも負荷のレベルは高くない。少なくとも普段からトレーニングに励んでいる私達にとっては軽い運動なのだろう。
「まぁゲームだから本格的なトレーニングなんてのはさすがに……」
『次はマウンテンクライマー!!』
…………うん?
「わぁ、結構負荷の強い運動だ……」
マウンテンクライマー。
両手を地面に着けて頭から足までが直線上に位置するよう姿勢をとり、そのまま左右の足を交互に上半身側へ引きつける運動。
健康体の成人男性すら1セット正しい動作で出来るかどうか怪しいレベルの運動。テンポを速めたり回数を増やしたりすれば、私達トレセン学園のウマ娘でも堪えるものがある。
「……できます?」
ライスシャワーの姉さんなら大丈夫かと思って問いかけてみたら、彼女は「ふんす」と息を整えながら答えた。
「がんばるぞー!」
そう言って、両手を地面につけて頭から足までが直線上に位置するよう姿勢をとり、そのまま左右の足を交互に……。
ビリッ。
「きゃぁっ!?」
ライスシャワーの姉さんの脚の肉は激しく揺れて、筋肉よりも先に衣服の方が負荷に耐えられなかったのか。裂けるように破けて、そしてその拍子に脚を滑らせてしまうライスシャワーの姉さん。
「いたた……」
「大丈夫ですか?」
ゲームの方は一時停止にして、彼女の側に駆け寄る。
打ち付けた場所に血がにじむ程度の怪我が目に入った。私は彼女の脚に触れて傷を確認する。血はにじんでいるが、おそらく皮を切った程度の軽症だ。
「……ライス、やっぱりおっちょこちょいだ……」
しゅん、と耳を垂れさせて落ち込むライスシャワーの姉さん。怪我こそしたが彼女はすぐに立ち上がり上体を起こして、運動を再開しようとする。私はそんな彼女に対して口を開いた。
「座っていてください。応急処置道具持ってきますから。今日はもう十分頑張りましたよ」
ライスシャワーの姉さんは、少し恥ずかしそうに顔を赤く染めて、その表情はどこか残念そう。痩せる気概だったのかもしれない。
私は、「この調子ならすぐ元の体型に戻れるだろうな」と。どこか安堵した気持ちだった。
とりあえず、派手に破けた衣服の代わりを持ってきつつ、ついでに脚の手当ても済ませてしまおうとした。
「あ。え、あ……」
ライスシャワーの姉さんの脚を持って、患部にガーゼを貼ろうと彼女の脚をこちらに引き寄せたら、彼女が小さく声をこぼした。
「どうかしましたか?」
そう聞いてみれば、彼女は顔を真っ赤に染めつつ。消え入るような声で呟いた。
「……先に……えっと……」
私は彼女の言いたいことがなんであるか察して、換えの衣服を渡した後、無言で土下座し、己の視線を地に固定するしかなかった。
「……次のレースまでには痩せられるかなぁ?」
応急処置を終えてから、学園寮への帰り道。
ライスシャワーの姉さんも、やはり『太り気味』というのは気にする事らしく、そんな事を気弱に呟いていた。
彼女は元々小柄で、体重も軽い方だと思っていたが。それに反して比較的、食事量は多い。
あれだけ食べて今まであの体型を保ってていたというのは、やはり太りにくい体質だからだろうか。羨ましい。
「……近頃は実戦から遠のいていたのも関係あるかもしれませんね」
宝塚記念を乗り越えてから、お互い気が緩んだ部分があるかといえば、そうなのかもしれない。
それに加え、宝塚記念で勝った後の祝勝会やら取材やらで食べる機会も多かった……というのは言い訳にならないか。
そして、こんな風にくだらなくも平和な日常をすごしていると。ふとこんな風に思うのだ。
「…………このまま引退とか考えたりします?」
侮辱とも受け取られかねない質問だったが、それでも私は聞かずにはおられなかった。彼女は私の視線を受けて、少し沈黙して口を開いた。
「どうして?」
そう彼女は訊ね返してきた。
私は思ったままの事を答えた。
「だって、クラシック三大レースの一つ制覇。そのまま春の天皇賞も宝塚記念も勝って、もう歴史に名を残すような大記録なのに……」
一度、言葉を止める。
この先の言葉を言うべきかどうかを逡巡した。だが、私は彼女の目を見て答えた。
「あとは楽して余生を暮らしたって、誰も文句は言ったりしないでしょう。そうじゃないですか?」
私は、意地の悪い質問をしている。
彼女は私の質問に対して、少し間を置いてから答えた。
「確かに、そうかもしれない」
しかし、彼女はすぐにこう続けたのだ。
「でも、ライスはまだいくつか目標があるから、走り続けたいと思う」
紅葉が散り始め、冬の気配が漂ってくる今日この頃。足裏に伝わるシャクシャクとした感触を、私は鬱陶しく思う。
ライスの姉さんは、そんなもの悲しげな季節を思わせるように儚げな表情だった。心なしか何か言いたそうな雰囲気を漂わせているようにも見える。
「目標?」
私が問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
「一つは。マルゼンさんと一緒のレースで走る事」
マルゼンスキー。
それは、私達の憧れの存在の名だ。私達二人がデビューする前にドリームトロフィーリーグへの移籍が確定した、まさしくスーパーカーのような存在。
私もライスの姉さんも、ついぞ対戦する機会に恵まれなかった。
「でも彼女はドリームトロフィーに……」
私がそう言うと、ライスシャワーの姉さんはクスリと微笑む。
そして、どこか誇らしげにこう言ったのだ。
「もう一つは。ライスが……そのドリームトロフィーリーグに辿り着く事」
その目標が、彼女にとってどれだけ価値のあるものなのか。私は知る由もない。
だが、それがライスの姉さんの目標であるのならば……きっと彼女は叶えられるだろう。それだけの努力を重ねる事ができると、信じられる。
「なら、痩せられるようにブルボンさんにも相談した方がよさそうですね。トレーナー含めてソッチ方面得意な方々ですし」
「ふぇぇ~~!?」
「ふぇー。といっても聞きません」
ライスシャワーの姉さんなら……いずれ、『夢の舞台』に辿り着く気がするんだよ。神様。
次
-
夏祭りに一緒に出向く。
-
夜の散歩をする。
-
スペちゃんと逢瀬する妹(誤解)