二人っきりで話しましょうか

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ミサキと嘘つきなオトナ

 肌を撫でる夜風が通り抜けるアリウス自治区の丘陵に、一人。

 もう少しで満月になろうかという僅かに欠けた月が浮かぶ空を、ミサキはぼんやりと眺めていた。

 「おっと、ここに居たのか」

 ただただ静まり返っていたところに、近づいてくる足音と先生の声が響いた。

 「みんなミサキのこと探してたよ」

 「…別に探さなくて良かったのに」

 「ミサキがいないと始まらないよ」

 「もうちょっとで行こうとしてたの」

 やれやれ、と気怠そうに腰を上げると、後ろに居る先生に向き直った。

 「もう準備ができてるから、あとは主役の登場だけだよ」

 「主役…ね」

 マスクでミサキの口元は見えないが、横にそらされた目は見える。大方、これから起こることに辟易しているのだろう。

 「なんで私の誕生日会なんか…」

 髪を指先でいじると、はぁ、とため息をついた。

 「今までやったこと無いのに」

 「だからこそ、盛大にね」

 「あんなテンションの高い姫は初めて見た」

 「アツコは飾り付け担当だったね」

 ミサキが姫と呼んでいるアツコも、せっかくのパーティだからと紙をリング状にして繋げて部屋を飾っていた。気合が入りすぎたためか、なぜか七夕で使う竹や短冊を用意していたが。 

 「…そういえば、この誕生日会を企画したのは誰?」

 「ん、とそれはミサキ以外のアリウススクワッドのメンバー全員だよ」

 「ふーん」

 「…ミサキ?」

 「嘘」

 こちらを一刀両断するかのように、低くて冷たい声を放った。

 「嘘って、何の事」

 「とぼけないで。私達は今まで誕生日会なんてしたことないのに、急にやりましょうっておかしいでしょ」

 「みんながそうしたいって思ってたからだよ」

 「…そうやって生徒を騙すんだ」

 ミサキはこちらを貫くような鋭い視線を送っている。

 どうやら大体見透かされているようだ、と先生は苦い顔になった。

 「やっぱり。先生が主犯だったんだ」

 「主犯って…いや、あながち間違ってはないか」

 たはは、と後髪を掻いてなんとも乾いた笑いを一つすると、ポツリポツリと話し出しだした。

 「ミサキが誕生日ってことを知ってね。みんなで何かしたいって思ったんだ」

 「…ふーん」

 「それで、どんなことをしたいかって聞いたんだけど…」

 気づかずも、先生は伏し目がちになる。

 「あまり案が集まらなくてね」

 「…」

 「だから誕生日を祝おうっていうのも、パーティをしようっていうのも、全部一人で考えたんだ」

 「…そ」

 先生が話し終えたことを確認すると、ミサキは心底つまらなそうな態度で口を開いた。

 「先生、また嘘をついた」

 「嘘?」

 「どんなことをしたいか、ね。残念ながら案が集まらなかった、じゃなくて、みんな何をすべきかわからなかった、でしょ」

 言い当てられた。こちらのやり取りは知っているはずがないのに、まるでその現場をまるまる見ていたような言い方だ。

 いたずらを親に知られたときのような、形容し難い恐怖が先生の背筋を伝った。

 「凄いな、ミサキは」

 「大人はすぐに嘘をつくから、本当のことを言ってるかどうかは大抵わかる」

 「…そっか」

 ミサキの審判は正しいと思う反面、そのような能力が培われてしまっていることにどこか胸がざわつく。

 「ミサキは、大人が嫌い?」

 「嫌い。大嫌い」

 一切間を置かない返答に、先生は再び苦い顔になる。

 「ヒヨリは高圧的な大人に弱いし、リーダーは卑怯な大人に騙されるし」

 ミサキの眼力が険しくなる。

 「姫は姫で狡賢い大人に担ぎ上げられる」

 言葉を紡ぐスピードが段々と速くなる。

 「私自身も含めて今までいろんな大人に騙されてきたの!」

 声もいつの間にか普段出さないような声量になった。息を苦しそうに吐いては吸って、額には汗が滲んでいる。

 先生は何も言わず、ただ、ミサキの言葉の一つ一つを聞き逃さないように目を逸らさない。

 「先生もその大人の一人だよ」

 「…なんか、悪いことしちゃったかな」

 「してるでしょ。さっきも先生が企画したのにそうじゃない伝え方した」

 随分と言葉の端々に棘があるが、声色は落ち着いてきている。

 「なにより、先生は一番悪いことしてる」

 「…何かな」

 「…私達は生きることを諦めてたのに、あなたがあの手この手を使って希望を持たしたの」

 「!」

 より鋭い嫌味をぶつけられると身構えていた先生は、思いがけない言葉に目を丸くした。

 その思いがけない言葉を発した本人はというと、少し照れくさそうに、顔を真横に向けて一切目を合わそうとしないでいる。

 「おかげで辛いことを経験した」

 「…うん」

 「でも、それ以上に幸せなことをたくさん知れた」

 ミサキは右手で自身の左腕をぎゅっと掴み、力を込める。

 「だから、その、ありがとう、ございます」

 「…こちらこそ、ミサキ」

 たどたどしく伝えた感謝の言葉は、確かに先生の心に届いた。先生は自身の生徒が幸せを感じていることに、優しく微笑んだ。

 「じゃあ、割りと信じてくれてるっていうことかな」

 「誰があなたのことを信じてるって言ったの」

 間髪入れず、またしてもキツい睨みと共に否定が入る。

 「私は大人を信じないって言った」

 「うーん…そっか」

 「だからね」

 ミサキとの距離がゼロに近づく。

 「あなたは一生かけて、私のことを騙し続けて」

 明後日は、満月になるらしい。


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