ウマ娘 ポロニアダービー 作:O Polonia!
随分と懐かしい夢を見ている。
周囲の様子を見るにパリ、ロンシャン競バ場のスタンド、その実況席で隣の席に座る──実際にはレースの展開に夢中になったのか若干腰を浮き上がらせている──
「来たぞ来たぞ!フォルスストレートを抜けて最終直線に一番乗りしたは、我らがポーランドの偉大なる凱旋門賞制覇のウマ娘、クシシュソルヌィだ!!これで凱旋門賞2連覇なるか!?しかし続いてやってきた先団での競り合いは激しさを増している!」
「クシシュソルヌィは実に強い逃げウマ娘だが、それでもこれまで稼いできた距離や、削ってきたスタミナの損失分があろうと確実に彼女の鋭い末脚には負ける。
少なくとも、クシシュソルヌィは既にザヴィシャチャルニのリーチに入ってしまっている。彼女の敗因は重バ場でなかったことだ。重バ場ならば、確実に、クシシュソルヌィが後続へ数バ身の差をつけて勝っていた」
「なるほど。ですが
「クシシュソルヌィの強みはいかなるバ場状態であろうと常に変わらぬ出力を出し続けられることだが、良バ場とロンシャンの長い最終直線においては、ザヴィシャチャルニの末脚とロングスパートに追いつかれてしまう。
それに、クシシュソルヌィは少し速度も落ち始めている。2位は確保できるだろうが、1位は確実にザヴィシャチャルニに持っていかれるだろう」
「そうでしたか、詳細な解説ありがとうございます!」
事実として、ほんの少しばかりではあるが。
しかし確実に先頭を突っ走り、一番近くのウマ娘と5バ身の差をつけている十字架のような大きな流星が特徴の、赤と白をベースにして所々に少しばかり金糸の刺繍を施した、クラクフ様式の勝負服を着込んだ、見事な明るい尾花栗毛で恵体な長身のウマ娘──
そして、次にフォルスストレートを抜けて最終直線入りした、見慣れた深みがある黒のような青毛の、黒い甲冑をベースにした勝負服を着込んだ長身な親愛なる我が担当ウマ娘の──
「ははは………随分と遅かったな!だがまだ間に合うぞ、さあ走れ!進み続けろ!!勝利はもうすぐだ!!」
「日本もドイツもアイルランドもイギリスもフランスも、誰もかもを置き去って我らがポーランドのウマ娘、ザヴィシャチャルニが猛烈な追い込みをかけてクシシュソルヌィを追い越し先頭に立った!!
そしてそこに競り合うのは差し切らんとスパートをかけてきたルーマニアの
だがザヴィシャチャルニはそれを気にもかけずスルーして置き去り!!クシシュソルヌィも追いつかんと懸命に走るが、ザヴィシャチャルニの末脚が炸裂した!!」
「素晴らしい………実に素晴らしい!!そのまま突き進んで勝ってこい!!」
3人を追い抜かし、気にも掛けていないかのように悠々と先頭に立って末脚でバ身差を付けにかかるザヴィシャチャルニの姿に感極まって勢いよく席を立って叫んでしまったのはご愛嬌。
まあ隣の実況君は実況君でレースの方に夢中だから、俺が勢いよく立ち上がって叫んだとしてもコースの方に目が釘付けのままなんだが。
気を落ち着けるためにも椅子に腰掛け、持ち込んだツィトロネタ*1の瓶から栓抜きで王冠を外し、中身を少々口に含む。冷えた炭酸とレモンの風味で頭を冷やし、深呼吸をして自分が落ち着いたのを確認して再び解説の仕事に戻る。
これまで何度か見てきた夢とはいえど、やはり自分の担当するウマ娘が芝における世界最高峰のレースに勝つのは嬉しいものだ。
「末脚を炸裂させたザヴィシャチャルニはクシシュソルヌィを抜き去って悠々と先頭に立ち、1バ身、2バ身、3バ身と後続との差を開けていく!!クシシュソルヌィ、セアラ、キシュヤーノシュも追いつかんと末脚を切る!だが追いつけない!!他のウマ娘も彼女らの後を追うが、先団に追いつけるのか!?」
「見込みがあるのはイタリアから来た
「クシシュソルヌィもこの最終直線で巻き返そうと末脚を切りましたが、ザヴィシャチャルニに追いつけていない!クシシュソルヌィはセアラとキシュヤーノシュとの三つ巴の2着争いに巻き込まれている!!」
「中団からフローベールも勢い良く上がってきて先団の2着争いは四つ巴になっている、だが少しフローベールの旗色は厳しいな。良くて3着止まりかもしれんぞ」
一気に追い込みを掛け、先頭に立ったザヴィシャチャルニがロングスパートとは別で末脚を切って後続を切り離しにかかる。
クシシュソルヌィやセアラとキシュヤーノシュにフローベールも末脚を切ってなんとか追いつこうとするが、追いつくよりもザヴィシャチャルニがロングスパートと末脚炸裂のコンビをかまして加速し、突き放す方が早かった。
後続のフランスやアイルランド、イギリスにドイツに日本といったとこから来て、今このレースに出走しているウマ娘達に関しては………まあ、次の凱旋門賞ではポーランドのウマ娘がいないことを期待しましょうとでも言っておくべきか?
「先頭を悠々と走るザヴィシャチャルニが残り
「中団のウマ娘はもう上位に食い込むのは無理だろうな、6着争いが関の山だ。
だがまあ、クシシュソルヌィやザヴィシャチャルニがいる中じゃあよくやった方だと思うよ」
「ええ、そうかもしれませんね。事実昨年も同じような展開になっていましたね、昨年との違いはザヴィシャチャルニがいないことだけでしょう」
とはいってもこれを慰めにと俺から出走者陣営一同に言ったところで、嫌味か何かしか聞こえんだろうから、ここだけで言っておく。どうせ会場には流されないし、ここならポーランド国内向けにポーランド語オンリーで流されるだけだ。だから好きなだけ自分の思ったことは言っちまおう。
そんな感じに実況君と駄弁って暇つぶし程度に請け負った解説の仕事をこなしていたわけだが、レースは終わりが近づきつつある。
「ザヴィシャチャルニはなおも加速を続け、後続と5バ身の差をつけて今、ゴールいたしました!!」
そして、いつものように担当ウマ娘のザヴィシャチャルニが凱旋門賞を制したところで目が覚める時になった。
いつまでも夢に浸ることはできない、なぜなら俺はこの世界に生きていて、生きるのには金を必要としているのだから。
それで、その金を稼ぐために目を覚まし、現実に向き合って、手元にある仕事へ手をつけなければならない。まあ今は冬で平地も障害も揃ってヨーロッパ競バに関しては今の時期オフシーズンなんだけど!
とは言っても今のところ欧州から出る予定もない上に、今日はポーランドじゃほぼ全ての店が閉まる日曜日だし、一日をゆったりと過ごしていくとしよう。
そうして何度も見た夢に別れを告げて、瞼を開けてみればなんということでしょうか。
義妹が俺の腹にガッチリと抱きついてグースカ眠っているのは、もう慣れたことだからよしとしよう。無理にこの手が掛かるけれども可愛らしい将来有望なウマ娘にして、若干分離不安の気がある白毛の義妹を俺から引き離したとしてもだ。そうしたところで、結局はいつの間にかまた俺の側にいるってのがオチだし。
とは言っても義妹が邪魔極まりないことに変わりないので、まだ起きていないうちにペリペリと引っぺがしてさっきまで2人で寝ていたベッドに放り投げ、 極めてポーランド的な普段着に着替える。多分義妹は後から勝手に起きるだろうし、匂いを辿って勝手についてくるので放っておいても問題はないだろう。ヨシ!
支度も手早く済ませてキッチンに立ち、自分と義妹、そして家族とバチクソに不仲なフランスのいいとこ生まれで気性難な担当の分の朝食を用意しておく。今のところは寝坊助な義妹が起きていないので、実に動きやすい。普段からこうだったら良いのに!
日曜日に店が閉まる前にたっぷりと近くの市場や店で買っておいた材料が冷蔵庫に詰められているし、昨日のうちに仕込んでおいてたロスウ*2もあるから、まずはそれを温め直しておこう。
スープを温め直している間にマッシュルームと玉ねぎを細かく切って澄ましバターでソテーし、バゲットを3本取り出して上下に切り分け、ザピェカンカ*3の土台にする。
切り終えたバゲットに塩胡椒を投入して味を整えたマッシュルームと玉ねぎのソテーを乗せ、薄切りにしたハムやソーセージ、サラミにチーズもたっぷりと乗せたらオーブンに放り込み、ソーセージなんかに火が通ってチーズがとろけ、いい感じに焼き目がつくまで焼く。
それからトルティージャ*4に詰め込む為のほうれん草や白アスパラガス、ニンジン玉ねぎジャガイモにパプリカとベーコンを切っておく。そして野菜を家にある中では大きく深いフライパンでバターソテーにし、ソテーにしている野菜にある程度火が通ったら、塩胡椒を振ってかき混ぜた卵数個とバターを追加で投入する。卵液がフライパンに行き渡ったら、チーズとハーブの雨をまんべんなく降らせておくのも忘れずに。
「お兄ちゃん!わたし、夢ができたの!!」
「………あぁ、そうか………。それで、その夢とはどんなものなんだ?」
「私の夢はねぇ………世界最強になること!!」
「そうか………頑張れよ。だがむやみやたらと大声を出すのだけは勘弁してくれ………」
「あっ………ごめんね、お兄ちゃん………」
ここまでやれば料理の匂いで寝坊助な義妹も起きるだろうとは思っていたが、その読みは当たっていたようだ。
ドタドタと喧しい足音を立て、パジャマを着込んだ義妹がキッチンと繋がっているリビングの近くにやってきたことを知らせる。こいつの足音が近所の迷惑になってないことを祈っておこう。
ただしありがたいことに義妹は今、俺が料理をしている真っ最中であることを理解してくれたようで、横に立って俺の顔を覗き込む程度にとどまっている。まあやっぱりちょっと邪魔ではあるんだけど。
そんな義妹──ビャウィノチカこと
とは言ってもいつかは何かを目標にしてレースに出る時が来るとわかっていたから、そこまで驚くことでもないだろう。精々俺ができる範囲で最大限の協力をするだけで、それはいつもと変わらない。
「わかってくれれば良いんだよ、わかってくれればね………」
「あの………本当にごめんね、お兄ちゃん?」
「まあそれは良いんだ。朝食がもうすぐで出来るから、クルトーチカを起こしてきてくれないか?」
「はいは〜い!わたしにお任せあれ〜!」
少しばかりクレームが来ないだろうか不安になりながらも料理をしている俺の依頼を快諾したビャウィノチカは、同居人の気性難で家族とバチクソ不仲なフランス娘──クルトーチカこと
まあ義妹や同居人の事は適当なところに投げ置いておくとして、料理に戻らねばな。
オーブンで焼いているザピェカンカは実によく焼けているし、トルティージャの方もそろそろ頃合いなので大皿をフライパンに当てがってトルティージャをひっくり返し、片面も焼いていく。ロスウの方は実にちょうどいい温度に温まってきたので、これ以上日にかける必要もないからさっさとコンロのつまみを回して火を止める。
調理はあらかた終わったし、あとは盛り付けだけやっていこう。
まずはキャベツの塩漬けときゅうりのピクルスがそれぞれ詰まった瓶を取り出し、そこからトングで取り出した漬物を3人分の小皿にどさどさ盛り付ける。ロスウはスープ用の皿に注ぎ、トルティージャはひっくり返す時に使った大皿に乗せてから6等分に切り分けておく。
ザピェカンカは………もう少しだけ待とう。流石に50センチはあるパンに色々乗せたのもあって、焼き上がるまでに時間がかかるのは致し方なし。
義妹や同居人はウマ娘だし、俺自身は人間ではあるがウマ娘の血がバチクソに濃いのでウマ娘並みにカロリーを必要とする身体なのだ。だから、朝食からこの量を食べることは俺にとっては納税と同じくらいにやって当然の義務でもある。
………まあ、それはそれとしてだ。
大人しく料理の盛り付けに専念していたんだが、どうにもビャウィノチカが帰ってくるのが遅いように感じるのは気のせいだろうか? ただグースカと寝ている同居人を叩き起こしてリビングに引っ張ってくるだけなのに、それにしては随分と時間がかかっている。
………少し様子を見に行ったほうが良いだろうか。もしかしたら、ビャウィノチカがクルトーチカのベッドに引き摺り込まれちまったのかもしれんし。