ウマ娘 ポロニアダービー 作:O Polonia!
ビャウィノチカ、そして新たにブリスカヴィカを〈ソビエスキ〉のチームメンバーに加えて。
クルトーチカが凱旋門賞に出走し、世界から集った力自慢全てを大外から直線一気の強烈な追い込みで蹴散らし1着を分捕った後、以前から計画していたポーランドへの移籍を実行したあの黄金の秋。
色々とあったあの秋、あるいは9月や10月も過ぎ去り、11月が近づくとともにだんだん冬が接近しているのを知らせるかのように、少しずつ寒くなってきた今日この頃。
俺はポーランドとイギリスとを航空便で往復してワルシャワのビャウィノチカとニューマーケットのブリスカヴィカをそれぞれ指導し、時には俺の弟や双子の姉の立てたプランに従って2人はスキルの習得や勉強とトレーニングに励んでいる。
現状において幸いなことに、我々〈ソビエスキ〉は欧州において名だたる名ウマ娘が多く在籍している。そうなれば、そんな彼女らから学べることは多くなる。それ即ち、同期の他ウマ娘よりも多く経験を積んでより強く、早くなれることも意味する。
だからと言って調子に乗ったら、それは堕落の始まりでもある。そうなれば名誉も何もなく、ただ底へ底へと堕ちるだけになってしまう。
そうなることを回避するためにも、常々注意しておかねばなるまいて。
とまあそんなことを考え、イチゴのジャムを入れた紅茶を啜りながらも、トレーニングコースでシニア級やドリームトロフィーリーグ入りしたメンバー──便宜上セナトと呼称する──と伴走するビャウィノチカと、ニューマーケットからワルシャワまで引っ張ってきたブリスカヴィカに、今年デビューしたてのジュニア級や、昨年デビューしたクラシック級ウマ娘達──便宜上セイムと呼称する──の様子を眺める。
セナト組の方は今はまだそこまで本気でやっていないようだが、そうだとしてもセイム組にとって格上との伴走経験は今後の役に立つだろう。
「トレーナーさん、もう少しゆるいトレーニングってないんですか?」
「それで何かしらの効果があるなら、今頃俺らはそれを取り入れている。だがそれを取り入れていないのならば、それはつまるところ大して意味がないってことだ。オーケイ?」
「トレーナー、どうしてシニア級やドリーム入りメンバーと伴走しなきゃならないんだ?」
「それはうちの伝統でもあり、何かしら君たちの役に立つと見込んだからだ。わかったな?」
だからどれだけセイム組に文句を言われようとも、これがうちの伝統でございと跳ね返し、ついでにうまい具合になだめすかしたり言いくるめながら適度な休憩を挟みつつ格上たるセナト組との伴走をさせる。
また、伴走以外にもヨガや坂路にと、あれやこれやのトレーニングに取り組ませる。
時には実際のレースを観戦し、実戦の場とはどのようなものかを学ばせもした。
ビャウィノチカとブリスカヴィカの2人はデビューが来年に迫っているのもあり、急ぎではあるが地盤固めの基礎工事として一連のトレーニングを少しだけ強度高めに繰り返している。
そしてトレーニングの合間にご機嫌取りとして甘味を与えたり、お出かけをしたり。
またある時にはポーランドの隣国であるリトアニアまで出張って、シャウレイにある十字架の丘で2人の目標が叶い、大活躍できますようにと願掛けに十字架を2本ブッ刺してロザリオを飾ったり。
そうやって俺らは黄金の秋に別れを告げて、初冬を迎えた。
黄金の秋もとっくの昔に過ぎ去り、本格的に冬が到来して気温が氷点下を越えるようになって。雪が降り積もった等の理由で屋外でのトレーニングができない時は、屋内でできるものや座学を行い。
冬休みに入ればトレセン学園ではなくクラクフ近郊にある俺の実家──家というよりはクソほど由緒正しいガチモンの軍事施設だった城だが──の近くにある私設の屋内トレーニング施設を使ったり、雪が積もっていない時を見計らって実家の近所を走り回ったりさせて。
それから新たに居候としてソコウォフスキ家の一員に加わったクルトーチカと共に、家族でクリスマスや新年を盛大に祝ったり。
ついでにビャウィノチカに英語とフランス語を、ブリスカヴィカとクルトーチカにポーランド語を少しばかり教えもした。3人のうち、特にクルトーチカとブリスカヴィカはポーランド語の揃って文法だの筆記だのに苦戦していたが、そもそもゲルマン系やラテン系でない、スラヴ系言語であるポーランド語を一から学んでいるのなら致し方あるまい。
キリル文字を使うウクライナ語やベラルーシ語にブルガリア語なんかよりも、ポーランド語──それからチェコ語とスロバキア語にスロベニア語だのクロアチア語だったり──はラテン文字を使うだけ、キリル文字を新たに学ぶよりはまだマシじゃないか?ちょっと記号付きアルファベットと発音が増えただけだしさ。まあ肝心のポーランド語を母語とするポーランド人も、その母語を学ぶのに中学まで長々と時間をかけているんだが!なんで7個も格変化あるんだクソがよ。
とまあそんなこんなで色々とやった冬もまた過ぎ去りて。
雪解けも近づいてきた頃には、十分デビュー戦であるメイドンや、その後に走る一般戦やオープン戦で1着を容易にもぎ取れるくらいにまで2人は成長した。そしてその間ポーランド的生活にどっぷりと漬かっていたクルトーチカは若干太り気味になっていた。
後はレースを重ねて経験を積み、ついでに賞金も稼いでいきながらトレーニングを重ねれば目標達成も容易になるだろうて。
まあもちろん他のセイム組だってちゃんと成長しているし、セナト組も同様だ。
それからクルトーチカの体重を適正値に戻す作業も忘れずにやっておこう、何せこっちは致命的な大問題だからな!
そうして冬も過ぎ去り、春がだんだんと近づき、それに伴って雪も溶け切った頃。
3月になって、イギリスやフランスでメイドン*1が開かれるようになった頃。
ビャウィノチカとブリスカヴィカの初出走も固まって、それに備えて少しずつ初レースに備えて調整をしたり、クルトーチカの体重を絞ったり。それからそれぞれワルシャワとニューマーケットに戻り、再び俺がポーランドとイギリスを行ったり来たりするようになったり。
そうして3月を過ごし、春の息吹と共に4月を迎えて。
メイクデビューであるメイドンの出走準備も終わり、後はその日が来るのを色々と調整しながら待って。
とうとう、出走するメイドンの開催日がやってきた。
まず最初にデビューするのはビャウィノチカからで、4月の中旬ほど。
走るのはワルシャワのスウジェヴィエツ競バ場、芝2200mで左回り。
次にブリスカヴィカだが、こっちもデビューは4月の中旬になる。
走るのはイギリスのニューマーケット、夏場以外使用するローリーマイルコースで、距離は1マイルピッタリ………つまりは1609mになる。
詳細もわかった、あとはウイニングライブに備えてダンスや歌も教えなければ………と言いたいところだが、残念なことに我らが〈ソビエスキ〉の所属はポーランドのウマ娘が大多数で、そうなれば所属もその大多数は当然だがポーランドだ。
………つまり、ポーランド式のやつしかわからない………というわけではなく、ジュニア級にクラシック級やシニア級のウイニングライブ曲ならイギリスもフランスもドイツも、踊りや歌はわかるし教えられる。
でも、肝心のイギリスのメイドン用ウイニングライブ曲がわからないのだ。
なんてこった!ブリスカヴィカはニューマーケット学院のダンス授業で頑張ってくれ。
なんせ俺らは蝋印の押された無駄に高品質な品質保証書と、若干剥げかかっている金ピカなメッキのトロフィーとメダルがつけられた役立たずだからな!
そこらのチェーン店で売っている、安い菓子についてくるチープでちっぽけなおまけの方が多分というよりか確実に俺らより役に立つのは間違いない。それほどまでにこの件に関して、俺らは全くもっての役立たずだ。
………本当に申し訳ない。ブリスカヴィカ、どうか強く生きてくれ………本当に申し訳ない………