推しの子 Reboot~三原色の子達~   作:フロストランタン

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今回は一人のB小町メンバー視点で進めました


10 事件簿#1 メンバーの視点

 ドームライブ前日の夜。私の元に、ここ数年でも類を見ないショッキングな知らせが届いた。それは、アイの自宅マンションにストーカーと化したファンがナイフを手に押し入ったというものだ。アイは病院に緊急搬送されたらしい。ドームという大舞台を前に気持ちを昂らせていた私は、電話越しにその知らせを聞いて、顔から一気に血の気が引いた。

 

 私はタクシーに飛び乗るようにして病院へ向かった。道中で流れるニュースを目にする。既にアイが襲撃されたという報道も、既に流れ始めていた。街のLIVE映像には、前乗りしてきたであろうドーム公演の遠征組らしき人々が、突然の知らせに頭を抱えて絶叫する姿も映っているのが見えた。

 

 犯人はどこにでもいるような大学生の男らしい。警察に「近頃怪しい男が近所を彷徨いている」との垂れ込みがあり、今日から警邏を強化し始めた警察官が挙動不審な人物を見かけ、職務質問をしようと声を掛けた。そこで衣服に血痕らしき汚れを発見し、準現行犯として逮捕に至ったとのこと。逮捕当時犯人は激しく憔悴していたが、落ち着きを取り戻し事情聴取をしたところ、アイの自宅を襲撃したと供述し、事件が明らかになったとの事だ。

 

『────また、アイさんは最近引っ越したばかりであり、容疑者が新居をどうやって突き止めたのか、警視庁は共犯者が存在する可能性を視野に入れ、詳細な経緯について引き続き取り調べ、慎重に捜査を行う方針です』

 

 また別の画面に切り替わる。そこには見慣れた人物の姿があった。苺プロダクションの斉藤社長だ。社長は病院の前で緊急の記者会見を開き、予定していたドーム公演の延期を発表していた。グループの絶対的センターが負傷したので、その判断は妥当だろうと思う。チケットの一時払い戻しや振替公演の時期については、今後協議の上で決定する方針だけ発表するに留まった。

 

『事務所として危機管理に問題は無かったんでしょうか?』

 

 記者からは今回の事件について、事務所側に問題はなかったのかと追求があった。社長はこれに対して、今後状況を把握し、情報を精査したうえで然るべき措置を取るとの考えを示した。更に追求は殺到したが、社長は後日また会見の機会を設けるとの事で、半ば強引に会見を切り上げた。

 

 私は記者でごった返しているであろう病院の正面玄関を避け、別の入り口から入り込んでマネージャーのミヤコさんが待つはずの集中治療室へ向かった。そこにはミヤコさんではなく、記者会見を終えたばかりの社長と、娘さんの一人の姿があった。

 

「社長……! アイは……」

 

「アイは腹部を刺されたものの、奇跡的に傷は浅かったそうだ。命に別状はない」

 

 私はそれを聞いて心底ホッとした。私は普段からアイを恨めしく思ってはいても、実際にこんな事が起きて喜ぶ程、性格は悪くなかった。

 

 てっきりアイは重傷かと思っていたので、そうではなかった事には安心したが、それならどうしてこんな所に呼びつけたのかという疑問が湧いた。そんな私の心中を察してか、社長が理由を教えてくれた。

 

「今、この中にいるのはアクアだ」

 

 知っている名前だ。社長夫妻の子供は可愛らしい三つ子。そのうちの一人だ。私も何度か事務所で見かけ、抱かせて貰った事もある。そのうち二人はとても利発で、まさに天才児という言葉が似合う優秀な子達だった。その二人より小さくて控えめなもう一人の子が、今社長と手を繋いで一緒にいる。

 

 私はこの子を、自分と重ねて見てしまった事がある。アイという圧倒的な才能の陰に隠れて存在が霞んでしまっている自分のように、この先二人の天才に挟まれて比べられながら成長していくであろう小さなこの子の将来を、勝手に想像しては悲観してしまっていた。

 

「事件が起きたとき、ちょうど子供達はアイに預けていてな」

 

 社長は努めて冷静に、淡々とした態度で口にした。でもその内心に渦巻く激情を隠しきれてはいなかった。悔しさ、後悔、怒り……様々な感状が、サングラスの奥の瞳にはわずかに漏れ出していた。女の子も真っ白になるほど血色が悪く、悲しげな目をしている。あの利発でちょっとオマセなアクア君が、今も集中治療室の中にいる。その事実は、私の胸をキツく締め付けた。

 

 ミヤコさんは自分の子も心配だろうに、今はアイの側に付いているそうだ。この場の痛ましい空気に耐えられなくなって、アイの病室を聞いた私に、社長は何かを躊躇うように少し間を置いてから教えてくれた。

 

 

 

 

 

 アイの病室へ通じる廊下を歩いていると、病室の扉を開けてミヤコさんが出てきた所だった。

 

「あら……」

 

 ミヤコさんは私を手招きし、休憩スペースのベンチに、女の子を膝に乗せて座った。女の子は悲愴な表情で、泣き腫らした目をしていた。無理もない。恐ろしい事件に巻き込まれて、兄弟は生死の境を彷徨っている。大人でも平気ではいられないのに、こんな幼い子には余りにも酷な現実だ。

 

「アイの様子はどうですか?」

 

「今は……塞ぎ込んでる。精神的にかなり参っているようね。怪我よりそっちの方が余程心配だわ」

 

 暗い表情でミヤコさんは言った。私はその言葉を聞いても、信じられないというか、想像出来ない自分がいた。まさかあのアイに限って……そんな風に思ってしまう。アイはいつだって飄々としている。今回も意外とケロッとしていて、ベッドの上でやれ退屈だ、病院食がマズイのと、ブー垂れている姿の彼女が目に浮かぶくらいだ。

 

 でも、ミヤコさんは決して冗談を言っているような雰囲気ではない。それでも、信じられない。アイが精神的に参っているだなんて。

 

「眠ってるわけではないし、会うのを止めはしないけど……引き摺られちゃダメよ」

 

 ミヤコさんの目は真剣だった。でも、この時の私は何処か楽観していた。落ち込んでいるとはいっても、きっと話している内に、いつもの元気を取り戻すだろう、それくらいに考えていた。

 

 扉を開けるとアイはベッドの上に身を起こしていた。その姿を一目見て、私は背筋が凍る思いがした。

 

 普段から浮かべていた綺麗過ぎる笑顔は見る影もなく、表情がストンと抜け落ちた、不気味な位の無表情。

 

「あ……」

 

 アイは私に気付いても表情を取り繕うでもなく、ただ此方を見た。星を宿したような輝きを放っていた瞳は、絶望に染めあげられたように暗く、濁っていた。それでも吸い寄せられるような引力は変わらず、気を抜けば深い闇の底に引き摺り込まれてしまいそうな気がした。

 

「ごめんね、明日はドームなのに」

 

 虚ろな目をしたまま、アイはそんな事を口にする。まるで同一人物とは思えないその変貌に、私は戦慄を覚えた。

 

「皆に迷惑かけちゃったね、アハハ……」

 

 何も言葉を返せずにいた私に、無理して笑い顔を作ろうとして、表情を歪めるアイ。そんなアイを見て、胸にズキリと鋭い痛みが走る。

 

「あの子がね、庇ってくれたの」

 

 あの子。社長の子供。今まさに集中治療室に入っているあの子(アクア君)の事だ。預かっていた子が事件に巻き込まれたのだと思っていた。でも、「庇ってくれた」というのは、言葉通りに受け止めていいのだろうか? まだ幼稚園児の子供が、アイを庇って……そして刺された? そんなことってあり得るの? 相手は刃物を持った大学生。身長差なんて、倍近くあるのに? 

 

(それとも、アイは気が動転してそんなことを言い出しているだけ?)

 

 だとしてもおかしくはない。そんな気がした。それくらい、今のアイは普段とは違う。プライベートでは関わることが無かったし、控え室でもこんなアイは見たこともない。

 

「私が、ドアを開けたの。ドアチェーン忘れてて……社長達だと思って……でも、違って……」

 

 この雰囲気、どこかで私は知っている気がする。そうだ。一時期、社長の思い付きでストリーム配信をしたときがあった。ファンがくれるチャットのコメントを読みながら答えたりする、雑談のようなものだ。私はアイの配信もよく見ていた。

 

 最初はタイプの男性や結婚観、恋愛の話題が上がっていたが、そのうちに「嫌いな食べ物」の話になって。それでアイは白米が苦手って答えて。そこから母親の話に繋がっていって。そのときの、見たこともないくらいにボロボロと弱音を溢したアイを思い出した。

 

 アイだって確かに心があって、弱い所もあって。でも私はそれを最後まで見れなかった。見ていられなくなった。

 

 だって受け入れたくなかった。アイは完璧で決して手の届かない存在。どんな事があっても折れない、落ち込まない、後悔なんてしない、無敵の存在。そんな偶像を私の中に作り上げていた。でなければやってられない。自分がオマケのような扱いを受けるのは、格の違いすぎるアイの存在のせいなんだから。相手が人間じゃなくて化け物的な存在なんだから、人間の私が勝てないのは仕方のないこと。そう思うことで自分を納得させ、自尊心を守ってきた。

 

 だから目の前の現実は私にとって、余りにも受け入れ難いものだった。アイが、あのアイが……。

 

「私が……私が、私のせいなの、どうしよう? ねえ、私のせいでアクアが、アクア、アクア、アクア、アクア……どうしてっ! 私が、私の、私のせいなのにっ、私が刺されてれば……」

 

 気付けばアイが呼吸を乱し、部屋は暑くないのに、冷や汗が噴き出している。頭を抱えながら、焦点も合わず、うわ言のように言葉を発し続ける彼女は、正気の状態とは思えなかった。

 

「アイ! しっかりしなさい!」

 

 私自身も自らの行動に驚いた。私はアイを力一杯抱き締めていた。アイは私の声にビクッとして、そして我に返ったみたい。

 

「あ……私、ごめん」

 

 そっとアイを抱く腕の力を解きながら、アイが冷静さを取り戻し私たことに僅かの安堵を覚えるも、一方では強い不安とショックを受けていた。

 

(あのアイが、こんな……)

 

 信じがたい。受け入れがたい。私の夢を壊さないで。私の偶像(アイ)を壊さないで。そう心の中の私が叫んでいる。この目の前の現実に目を背けて、拒絶したくなる。「こんなのはアイじゃない」そう言って、今すぐにこの場を逃げ出してしまいたい。

 

 でも、そうしてしまったら、二度と取り返しはつかなくなって、何もかもが手遅れになってしまいそうで。

 

 アイが壊れそうだ。いや、もう壊れてしまっているのかも知れない。そう思った。少なくとも、私の中に築き上げた綺麗な偶像(アイ)には、取り返しのつかない大きな罅が入っていた。

 

「とにかく……今は何も考えず、自分の怪我を治すこと。弱ってるときに考え事したって、ロクな考えなんて浮かばないんだから。いい?」

 

「でも……うん、分かった」

 

 私はどうにかなりそうな自分を必死に押さえつけながら、アイを宥めた。張りのない返事だが、とりあえず落ち着きは取り戻したようだった。

 

「とにかく、今はゆっくり休んで。私もう行くから」

 

「うん……ありがとう」

 

 私は振り向くことなく、手を上げて応えた。病室を後にした。振り向いたら、泣いてしまいそうだったから。

 

 アイは戻ってこれるだろうか。再びステージに立てるだろうか。そんな不安を感じながら、ロクに何も手につかず、二日間を過ごした。

 

 

 

 

 

「ぇっ…………」

 

 三日後の午後に再びアイの病室を訪れた私は、驚きに言葉を失っていた。

 

「ア、クア君?」

 

 そこには重症を負って集中治療室に入っていたはずの少年がいた。

 

「あ、アイのお見舞いに来てくださったんですね」

 

 以前と変わらず、にこやかに礼儀正しい態度で声を掛けられ、白昼夢でも見ている気分になった。

 

「……どうかしました?」

 

 何か変なことでも言ったかな、とでもいうような顔で私を見てくる。左肩にはまだ痛々しい包帯が巻かれているものの、本人は随分元気そうだ。一度は集中治療室に入り、生存すら危ぶまれていた子が、こんなに早く回復出来るものだろうか。

 

「もう、大丈夫なの?」

 

 絞り出すように出たのは、そんなありきたりな言葉だった。アクア君はにこやかに応えてくれた。

 

「はい、まだ動くとちょっと痛いですけど、こうして歩き回れるくらいには元気です」

 

 嘘だ。二日前は集中治療室に入っていたのに。あり得ない。そう言って問い質したくなるのをこらえ、どうにか平静を取り繕う。

 

「それなら、良かった……」

 

 釈然としないが、元気な事はいいことだ。深く追及しないでおこう。

 

「はーあ、病院ってホントやることなくてヒマだよね」

 

 私が自分を納得させ、あっけらかんとした口調の、元気な声が聞こえてきた。

 

「ア、アイ……?」

 

「どもども」

 

 いつもの、あの元気なアイだった。二日前のあの姿が嘘のように思えてしまう。狐に化かされたのかと思ってしまうくらいに。返せ、私のこの二日間の心配を。そんな気持ちになってしまったが、とにかく、不安が杞憂に終わった事を喜ぶべきと気持ちを切り替えた。

 

「もう、大丈夫そうね……」

 

「?うん、もう大丈夫。全然痛くないし。傷がちゃんと塞がるまでは、余り動いちゃダメなんだけど……」

 

 それが退屈極まりないと云わんばかりだが、精神的には安定しているようで安心した。いつものアイが帰ってきてくれたんだと思った。

 

「まぁ、元気そうで良かったわ」

 

 私が何か欲しいものはないかと聞いてみると、アイは退屈をしのげる何かが欲しいというので、適当に雑誌でも買って来てあげる事にした。病室を出たた私は、入るときとは違って、軽く晴れやかな気持ちになっていた。

 

 途中でミヤコさんとルビーちゃんに会ったので、アクア君が元気になって良かったね、とルビーちゃんに声を掛けた。まだ少しルビーちゃんは元気がなかったみたいだけど、双子は私の癒しでもあるから、元気になって欲しい。

 

「ミヤコさんも、ひとまず安心ですね」

 

「ええ、お見舞いありがとう。今後の予定が決まったら連絡するから」

 

「はい」

 

 二人に別れを告げて私は病院を後にした私は、何の違和感も持たず家路に就いた。




危篤だったはずのアクアが二日後にいきなり歩いていたら、軽くホラーかと思うんですが、彼女は考えるのやめちゃいました。
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