推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
「アクアッ! アクアの所に行くの!」
「馬鹿、落ち着け! 傷が開いちまうだろがっ!」
「いやっ! 放してっ! アクアに、会いに行かなきゃ……!」
深夜の病棟に叫び声と怒声が響き渡る。母が息子の危篤を知り、我を失う程取り乱し泣き叫んでいる。斉藤社長が必死に抑え込もうとしても、彼女は暴れ続けた。
(このままでは
本来なら、彼女がこんなに動けるはずはなかった。本当なら彼女も集中治療室で生死の境を彷徨っているはずだった。
既に亀裂の入っていた『仮面』は崩れ、今その下に押し隠されていた本当の彼女の想いが、堰を切ったように溢れ出している。
私は気付いていた。この
だから私と彼女は似ていると思った。私も同じように、常に偽りの自分を演じ続けていたから。
私と違うのは、この
けれど、その愛がいま彼女をこんなにも苦しめ、狂わせているというのだから、こんな皮肉はない。
(人は、苦しみたくて愛を求めるわけではないのに。悲しくなりたくて誰かを愛するわけではないのに……)
前世では誰からも愛情を向けられた事がなかった。
私は父様とも、母様とも違う髪と瞳の色を持って生まれた。だから父様は母様の不貞を疑った。母様は深く傷付き、悲しんだ。その結果、心を病んでしまった。
父様と母様が互いに愛し合って生まれたはずの私が、二人の愛を壊してしまった。生まれながらに私は罪を背負っていた。母様は私の髪を、瞳を、疎んじ嫌った。憎んでさえいた。私を悲しみと憎しみとが宿った目で見て、激しく罵った。時に手をあげ、物置小屋に閉じ込めたりもした。
「何故、なぜお前は
母様はその頃には既に壊れていたのだと思う。問われても答えられず、ただ無意味な謝罪を繰り返す毎日。幼年の私にとって母様は畏怖の対象であり、同時に自分の罪を容赦なく突き付ける存在だった。母様は亡くなる直前まで、私に恨み言を吐いていた。
父様は私を避けていた。不義の証と思っている私を直視したくなかったのだと思う。母様を愛していたから。必要最低限の、会話とは言えないような事務的な会話をする時にも、私の方に視線を向けたことさえなかった。
愛情というものに憧れはしたけれど、求めはしなかった。寂しく思ったことはあるけれど、恨みはしなかった。母様を死に追いやった私に、そんな資格はないと思ったから。
私は母様が亡くなってから、自分の本心を押し隠すようになった。愛情を乞うてはいけないと思った。それでもせめて、周囲に迷惑をかけるのではなく、役に立つ存在になることを願い、ひた向きに努力し、理想の人物を演じた。それが母様と父様への贖罪になるなら。けれど、結局それが叶うことはなかった。
17歳になった年の冬、私の人生は終わりを迎えた。何も残せないまま。でも、これで私はもう何も考えなくていい。罪悪感に身を焦がさなくても、糸の上を歩くように神経を張り詰めなくてもいい。そう思ったのに。
気付いたら、わたしは誰かの腕に抱かれていた。赤ん坊として再び生を受けた事にはすぐに気付いたけれど、周囲の話し声を聞いて分かったのは、全く理解できない言語だということくらいだった。そんな状況下で、ただ何故私が? という疑問と不安ばかりが膨らんでいった。
今生の母様は、私を含む3人の子供達に惜しみ無く愛情を注いでくれた。前世の私は愛を求める事も、愛情を誰かに向ける事もできなかった。罪悪感に駆られ、私が逃げるように遠ざけてきた〝愛〟を、この
最初は向けられる愛情に申し訳無さを感じていたけれど、徐々に私はその愛情に、抱かれる腕の暖かさに絆されていき、今の生を受け入れられるようになっていった。
周囲を観察し、言語を少しずつ覚え、見知らぬ文化、文明を知り、学んだ。私のいた国の名前はいくら探しても見つからなかった。あの国があった世界とは違う世界だとやっとそこで気付いた。けれど、そんなことは大したことじゃない。私はこの愛に報いたい。今度こそはきっと────
(だから私はママの怪我を癒したけれど)
自分が忌み嫌った
(アクアが助からないと、ママは結局……)
この世界の文明はかなり進んでいる。けれど、それでもアクアは助からないかも知れない。もしダメだったら、ママは……。
私は覚悟を決めた。
(私なんかに惜しみ無い愛情を注いでくれたママ、一緒に過ごしてくれた優しい
すぐに大きな魔法を使うには、マナも血も足りない。せめて私があと十年成長していたら、もっと能力を使えるけれど、いまやるには代償を増やすしかない。代償を捧げるやり方は効率が悪い。それこそ、火を得るならライター一つ買った方が遥かに効率がいい。それでも、やるしかない。
「ママ」
「エ、メ……?」
「アクアは絶対に大丈夫。明日には目を覚ますから。だからママは休んで」
「でも……」
「おやすみなさい」
私はママを眠らせ、壱護さんとミヤコさんにベッドへ運んで貰った。数時間意識を刈り取るだけなら、微かなマナの運用と少しの代償だけで何とか出来た。
「今のって……もしかしてエメがやったの?」
勘がいいルビーは気付いたみたい。
「ママには眠って貰っただけ。今のうちに……アクアもどうにかするから」
「ど、どうにかって……出来るの? もしかして、エメって……」
「魔法使い。誰にも秘密にしてね」
私は計画を簡単に説明した。私がアクアの傷を癒す為に、代償として何を差し出すか。誰も私の心配をしなくていいように、皆の記憶から私は居なくなる。代償として私の五感と、私に関する皆の記憶を差し出せば、魔法は大きな効果を見込めるはず。でも、私を思い出してしまうと代償が無効化されて、魔法は解けてしまう。時間が経ってからならまだしも、すぐに解けてしまうと、怪我も元に戻ってしまうから確実性という点では不安が残るけれど。
「だから……これでお別れ」
「そんなのダメだよ! それじゃあエメが……エメが一緒じゃなきゃ……じゃないとヤダよ……」
「……ごめんね。そうしないと、アクアもママも助けられないの」
もし叶うなら、私もずっと一緒に居たいけれど、私が皆に忘れられて、それで二人が助かるならその方がいい。
「私、絶対に忘れないから!」
「……ごめんね」
私はルビーを眠らせてアクアの所へ向かった。アクアの傷は完治出来なかったけど、それでも命に危険はないくらいまではなった。早ければ明日には目を覚ますはず。
五感の全てと皆の記憶を代償に払った私は意識を失った。魔法が解けない限り、死ぬまで二度と目を覚ますこともない。このまま死んでしまっても魔法が解けるわけではない。哀れみも慰めも
短い間でも、私は愛情を受けてこれ以上なく幸せに生きられたのだから。
アクア達の記憶から消えてしまったエメ。再会する日は来るでしょうか?
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こない
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くる(一年以内)
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くる(小学生になってから)
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くる(中学生になってから)
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くる(高校生になってから)
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くる(大人になってから)