推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
アイのセンセーショナルな復帰から2ヵ月が過ぎた。B小町は今や押しも押されもせぬ日本のトップアイドルと呼ぶに相応しい活躍を見せている。時折事務所で見掛けるアイとメンバーの間の距離感は以前より気安くなったように見える。事件をきっかけに何か変化があったのだろうか。延期になっていたドーム公演も3ヶ月後に日程が決まり、チケットは即日完売という盛況ぶりだ。
事件の行方は、現段階では初公判もまだ行われていない。世論は厳罰を望む声が多く上がっているものの、被害者が二人いるとはいえ、未遂罪でどこまでの量刑が求められるのか、そして具体的な動機や計画性の有無、共犯者の有無を含め今後の動向が注目されている。
僕の方はというと、怪我の経過はひとまず順調だ。リハビリを合わせると完治には半年ほど期間を要するとの診断だった。幼稚園に通えるようになった現在でも、病院へは毎週2回リハビリに通っている。
「いてて、リハビリって思ってたよりキツいんだな……」
堅くなった筋肉と関節を柔らかくするのと、弱った筋力の向上を目的としているだが、これが中々キツい。
「なに言ってんの、お兄ちゃん。これでも奇跡的な回復なんだよ? これ以上望んだらバチがあたっちゃうよ」
「それもそうか……。我ながら、本当によく生きてたもんだと思う」
「……。それに、リハビリがキツいのは当たり前だよ。ホラ、もう少しだから頑張って」
こうして自分でやってみると、その大変さがよく分かる。さりなちゃんは今の僕の比じゃないくらいにキツい思いをしてきたはずだ。これぐらいで根をあげていては、さりなちゃんに顔向けできないよな。
「うぐぐぐ…っはぁ、はぁ」
「頑張ってるわね」
僕が持てる力を振り絞るようにしてリハビリを続けていると、ミヤコさんが戻ってきた。知り合いが入院しているらしく、送り迎えをしてくれるついでに見舞いに行っているそうだ。ルビーも知り合いになったらしく、一緒に顔を見せに行くこともある。ミヤコさんと僕達は、あれからも変わらず良い協力関係を続いている。
「ルビーがみてる、からっ……ふっ!」
「相変わらずのシスコンね。ま、頑張ってるのは良いことだけど」
僕が今日の目標を達成した頃には全身汗だくになっていた。この調子だとやはり全治半年という診断は妥当なところだ。
カミキヒカルは捕まっていないようだし、今後捕まるかどうかさえ分からない。裁判が始まってしまったら、新たな証言や証拠が出てこない限り、このままヤツは捕まることなく事件が終わっていく可能性は高いだろう。
こうしている間にも何か仕掛けてこないとも限らない以上、早く俺も動けるようになっておきたい。
「警備体制や防犯の見直しはどう?」
「ええ、少し時間はかかったけれど、もう万全の状態よ。あの日のような事はもう二度と起こさせやしないわよ!」
ミヤコさんの返事からは強い決意と自信が窺えた。それならよっぽど大丈夫だと思いたい。
社長は事件当日から数日後記者会見を開き、今回の事件には自身の管理力不足が最大の要因であるとし、警備、防犯対策の徹底的な見直しを敢行すると宣言した。
「人様から大切なお子さん方をお預かりする立場として、親御さん方を不安にさせてしまった事、心よりお詫び申し上げます。今後二度とこのような事態が起きてはならないと胆に命じ、スタッフ一丸となって取り組んで参ります」
当然のことだがアイドルも人間だ。それぞれに人生があり、家族だっている。アイドルなんてやっている娘の親は心配が尽きない。今回のような事件が起きれば尚の事心配だろう。
「御自身のお子さんも事件に居合わせたということですが、その辺りはどう受け止めておられますか?」
「うちの子達はアイを家族のように慕っていました。……息子は自分の大切な家族を、体を張って護れる男だったようです。それは誇らしくもあるんですが、本来大人に護られるべき年齢の子供にあんな無茶をさせてしまった。自身の不甲斐なさを痛感しています」
この斉藤社長の会見が効を奏したのか、事務所スタッフに非難の声が向けられる事はなく、家族からの批判も殆んど無かったらしい。それと、割とどうでも良いことだが、ドルヲタ界隈で僕は何故か話題になっているらしい。ルビーに聞いた話では、身を挺して推しを護ろうとした幼児として英雄視されているようだ。だからって「小さな守護神」とか恥ずかしいからちょっとやめてもらいたい。どこで聞きつけてきたのか、幼稚園でも知る人ぞ知る有名人になってしまっていたのには参った。
「社長の方は大丈夫? この間見たときは疲れが結構顔に出てたけど」
「……そりゃあ多少無理はしてきたから。でも、最近は少し忙しさも落ち着いてきたし、大丈夫のはずよ」
この数ヶ月間は社長が一番忙しかったと思う。事件に関わる取材への対応や防犯対策の見直し、延期されたB小町のドーム公演その他番組出演など、殺人的な仕事量をこなしてきたはずだ。しかしながらB小町を地下からここまで引き上げてきたその手腕は流石としかいいようがない。
「凄い人だな、ホント。こんな短期間であの事件のダメージはほぼ完全になくなってる」
「ええ…そうね」
「……?」
ミヤコさんもだが、ルビーも時々一瞬だけ複雑そうな、苦しそうな表情を見せるときがある。まだ事件のショックから完全に立ち直れてはいないんだろう。あの時の僕も結構心理カウンセリングが長引いた。
(でも今回はアイが生きてる。時間が解決してくれるのを待つしかないが、以前のルビーもミヤコさんもアイの死を乗り越えて前を向いていたから、その点は大丈夫だと思うけど)
「そうそう、今度アイと壱護、養子縁組することになったのよ」
「へぇ……」
アイが社長の娘になれば、世間的に社長夫妻の子である僕達との関係性は年の離れた姉という設定になる。そして事実上、ミヤコさんは僕らの義母になるわけか。世間を騙す為の設定が、真実に近づいたな。
「ところで、事件の取り調べで新しい情報とかは出てきてない?」
あのストーカーが生きているということは同時に、アイの秘密がバレるリスクも付きまとうということだ。アイの秘密、僕達の事を犯行理由として供述された場合、警察が公表せず伏せておくとも思えない。
「今のところ、特に新しい情報はないわね。犯行理由も共犯者についても、黙秘を続けてるみたいよ」
「まぁ、仮に警察が共犯者の情報を何か把握していたとしても、その情報は伏せるか。何の準備もなく公開したら逃亡されるだろうしな。アイの秘密については警察や第三者からリークされる前に、いっそこちらから公表出来ればいいんだけど……」
「それは……ドームを控えた今のタイミングでは危険ね」
「まあ、それはそうなんだけど」
確かに、ドーム公演直前に公表なんてしたらどうなるか。当日来なくなるならまだしも、会場で誰かが暴徒と化すなんて事にもなりかねない。
「公表するなら、出来ればアイがアイドルを引退する頃まで引っ張りたいわね」
「そこまで秘密を守り通せたらいいけど……流石に無理があるかもな」
既にストーカー男という爆弾を抱えた状態だ。しかもカミキが更に第二、第三の刺客送ってこないとも限らないし、シンプルに秘密を暴露するかも知れない。ヤツの性格は今一つ掴みきれない所がある。
(結局、後手に回るしかないのか?)
結局妙案は浮かばず、カミキの方は警察の捜査如何に任せるしかなかった。
僕の不安よそに、B小町のドーム公演は何事もなく開催された。僕とルビーは関係者席で存分に堪能させて貰った。この頃にはリハビリも終わって怪我が完治していた。ルビーと一緒になってサイリウムを全力で振ったのは言うまでもない。
結果的にドーム公演は大成功を納めた。地下発のアイドルとして初めてドーム公演を実現という快挙を成し遂げ、『B小町』は伝説となった。
更に半年が過ぎた。結局犯人は動機や共犯については黙秘を続け、物的証拠や証言を元に起訴、懲役十一年の実刑が言い渡された。
初犯ではあったが、被害者が2人いること、そのいずれもが重傷であったこと、黙秘を続けた捜査への非協力的な態度などが加味され、未遂犯にしては僕が予想していたより重い判決となった。
被告の弁護人は「重傷なら1ヶ月でアイが復帰出来るはずがない」と異議を申し立てた。それに対し検察側は現場に残された血液量を算出した結果を提出。それを受けた病院は「生存出来たのは幸運が重なった結果に過ぎず、命を落としてもおかしくない致命的な失血量だった」との見解を示したことで、異議は却下となった。
最終陳述で彼は被害者のアイと僕への謝罪とを口にし、控訴せず刑を受けいれる旨を口にした。どんな思いでそう言ったのかは本人のみぞ知るが、彼の表情は終始失意を湛えていた。彼が刑期を終えて出てくる頃には三十を過ぎている事になる。その後の人生も、それなりに厳しいものになるだろう。
裁判が終わって事件に一区切り着いたが、カミキヒカルの逮捕はなく、ヤツは野放しのままだ。だが警備はより厳重になったし、住居の防犯性も高まり、見知らぬ人物が自宅に押し掛けるような事はほぼ不可能となった。アイ自身も事件を経て防犯意識は高まっているし、かなり隙は無くせたと思う。
そうなると、残る手段は直接会う意外にないのではないだろうか。呼び出されたからといってアイがホイホイ応じるような事はないと思いたいが、念のため釘は刺しておきたい。ただそこで気掛かりなのは────
「だから処女受胎だって言ってるでしょ? 男なんて初めから存在しないの」
ルビーである。父親は存在しないと本気で信じているのか、頭で分かってはいるが認めたくなくてそう言っているだけなのか。
(表情が虚無過ぎて判断がつかない……)
どうしたものかと思っているところに、アイが帰ってきた。
「ただいまー」
「あっママお帰りなさーい」
「お帰り」
ドーム公演後、B小町は時代を代表するトップアイドルとして活躍を続け、CMやドラマ、バラエティなど、アイをテレビで見ない日はない位に売れまくっている。アイだけでなく、メンバーも少しずつではあるが露出が増え、個人の仕事もチラホラ入ってきている。アイの生存によって斉藤壱護が社長としてその手腕を遺憾なく発揮する苺プロは、事務所の規模からは想像できないほど業界に強い影響力を持つようになった。
「今日はお土産があるんだよー」
「えー? なになにー?」
「ジャーン!」
アイが鞄から取り出したのはプラケースに入った一枚のDVDだった。
「……裏DVD*1かな?」
俺はパッケージもなにもないそれを見て、何となくそう呟いた。
「おお、よく知ってるね。……アクアのえっち」
「ぅえ!? そ、そっちの意味じゃないからっ! ……あっ」
言ってしまってから気付いた。僕は自分で墓穴を掘った事に。
「
アイは珍しくこれはヤバイかも……と焦ったような表情をしたあと、矢継ぎ早の質問で根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる。なんだこの地獄は。僕は逸らした視線を虚空へ泳がせながらどう言い逃れようか思案しようとするも、一向に考えが纏まらない。
「そ、それは、ええっと……何て言うか……」
そんな中会話に付いてこれていないルビーが口を挟む。
「ねえ、裏DVDってなに? そっちの意味って?」
「ル、ルビー? えっと……」
子供は時に大人が答えに窮する質問をするものだが、これはアイにも効いたようだ。よし、今のうちだ。
「あっ、逃げた」
脱兎のごとく走り出したはいいが、逃げる先など限られている。すぐに追い詰められた俺は恐る恐る振り返る。
「アクア、ママは別に怒ってるわけじゃないんだよ? でも、流石にちょっとまだ早いっていうか……」
「かっ、監督に偶々聞いたんだよ。そういう意味もあるんだって。み、見たことなんてないしっ」
僕は心の中で監督に謝りながら、どうにか弁解の言葉を並べる。身内にこういう事を追及されるのは気まずいやら恥ずかしいやら。
「なるほど、カントクかぁ……」
アイはムムっと難しい顔をして何やら思案し始めた。
(監督には本当に申し訳無いけど……)
「だから、裏DVDってなんなの?」
「ル、ルビーにはまだ早いって……」
「えー、はぐらかさないで教えてよー。ねえってばー」
僕は熱くなった顔に手を当てて、妹のしつこい追及に耐え忍ぶのだった。
アンケートへのご協力、ありがとうございます。
エメとの再会を望まれる方が大多数のようで、少し安心しています。
アクア達の記憶から消えてしまったエメ。再会する日は来るでしょうか?
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こない
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くる(一年以内)
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くる(小学生になってから)
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くる(中学生になってから)
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くる(高校生になってから)
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くる(大人になってから)