推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
社長にスカウトされた時、私はアイドルになんて到底向いてないと思っていた。私の思うアイドルは、笑顔を振り撒いて、ファンの皆を笑顔にする純粋な存在。私は施設育ちだし、清純なんかじゃないし、狡くて汚なくて、人嫌いな嘘つき。だからアイドルなんかやったってファンの事を愛せないし、誰からも愛されない。そう言って断ろうとした。
でも社長は嘘でいいって言ってくれた。嘘をつくのも才能だって言って私を肯定してくれた。そして、私の心を言い当てた。誰かを愛したい。愛してみたい。そんな私の心の奥底に仕舞い込んでいた想いを。
「嘘もついているうちに、本当になるかもしれん」
その言葉を聞いて、私はアイドルになると決めた。いつか嘘が本当になるなら。スタート地点は嘘だらけの私でも、いつか嘘が嘘じゃなくなったなら。嘘で思い描いた理想の自分を演じていって、それがいつか本当になったら。それはすごく素敵な事だと思った。だから私はいつでも明るく天真爛漫な理想の
メンバーと少し打ち解けてきた頃、私は失敗をした。スタッフさんの名前を何度も呼び間違えて、社長に怒られた。頑張って覚えようとしたけど、顔と名前を覚えるのはどうしても苦手だった。
だから、私は名前を呼ぶのを止めた。怒られたくないから。誰かを怒らせたくないから。主語を抜いてしまっても会話は成り立つ。ズルくて臆病な私は、そうやって逃げてきた。
周りもそんな私の事を分かってきて、バカにされる事も増えて。実際バカなんだし、それは気にならなかった。私はセンターとして頑張って、ファンの皆に可愛く見せて喜んでもらって、アイドルを楽しんでいた。それでよかったのに。
いつからか、私の化粧ポーチの中身がなくなったり、靴が仕舞った所とは違う場所から見つかる事が増えてきた。私は気づかないふりをして、みんなの陰口も聞こえないふりして、天真爛漫な理想の自分演じ続けた。でも社長も流石に気付いちゃって、結局メンバーの一人が辞める事になった。
それからは誰も気安く私に話しかけて来なくなった。施設と同じ、表面だけよくはしてくれても、深くは踏み込んでこない。距離を置かれてる。だから私も必要以上に踏み込まないように気を使うようになった。どこかギスギスとした空気が怖かった。『B小町』で私ばかり目立ってるし、あの娘もあんな風に辞めさせられちゃったから、私が嫌われるのは仕方がないことだけど。
私の嘘がいつか本当になったら、皆とまた仲良く出来るのかな。あの頃みたいに。早く本当にならないかな。そう思いながら、結局嘘しかない私は嘘をつき続けた。それでも、アイドルとしてステージに立つ瞬間は変わらず楽しかった。皆が私を見てくれる。
施設を出なきゃいけなくなったけど、最初は身元引受人として名乗り出てくれたお母さんの親戚には、顔合わせしたあと結局断られてしまった。理由は教えてくれなかった。何がいけなかったんだろう。お母さんに似た見た目が気に入らなかったのかな? 私がアイドルやってるから? お行儀が悪かった? 一人で考えても全然分からなくて。
そんな時、ライブの帰りにファーストフードで買ったご飯を食べようと、いい場所を探してたらメンバーを見かけて、声を掛けた。名前は覚えているようないないような、でも同じ『B小町』のメンバーだってことは間違いなかった。彼女は公園のベンチに一人座って、この世の終わりみたいな顔してるのを見て、何となく声をかけてみた。
とりあえず買っていたチーズバーガーを食べていると、包み紙は捨てずに、手で持つ部分は紙で包んだままで食べるといいってことを教えてくれた。確かにそうすれば手が汚れにくい。賢いなって思った。
それで、食べ終わった後でどうしたのか、話を聞いてみようと思った。「きゅんぱん」って名前を呼ぼうとしたけど、やっぱり呼べなかった。なんとなく浮かんできた名前で、それが合ってる自信がなくて。やっぱり私はズルい。
彼女はそれもなんとなく察してたんだと思う。何も気付いてないように振る舞ってくれたけど。何かあったのか聞いてみたら、彼氏と別れたって。アイドルだって恋人が居るのは別に珍しい事じゃない。どう反応していいか分からなくて、とりあえず手を合わせてみたら、失敗だった。ムスッとした顔になっちゃった。
「好きだったの?」
私は構わず気になった事を聞いてみた。他の人はどうして付き合うんだろう。私の彼への気持ちは、嫌いではないけど、好きでもない気がする。そんなことを思いながら。
近くを電車が通り過ぎるのを待ってから、彼女は答えた。
「好きだった、と思う」
それを聞いた私は、どう返していいか分からなかった。好きな人だったら、別れるのは辛いよね、きっと。私がなんて言ったのかはもう覚えてないけど、多分ロクな事は言えてない。彼女は思ってたより沢山溜め込んでた不満があったみたいで、どんどん出てきてビックリした。
「……大変、だね」
圧倒されながらそう言った私を見て、彼女はクスリと笑った。
「フツーに苦労してるよ。でもありがとう、吐き出したら少し楽になった」
「それならよかったけど……」
なにか気の利いた言葉でも出てくればよかったけど、結局浮かんだ言葉は、
「人生、色々だよね……」
何の足しになるかも分からない言葉だった。そしたら、しばらく休みたいなんて言い出すから、どうしてって聞いた。
最初は理由なんて何だっていいって言ってたけど、なんか、自分の気持ちとかけ離れた歌を歌ってると心が削れる、みたいな難しい事を言ってた。私にはそれはよく分からなかった。むしろ落ち込んでる時でも明るい曲を歌えばなんだか明るい気持ちになってくるのに。
「辛いこととかあったときにステージ嫌だな、とかならないの?」
なったことはなかった。どうしてそうなるんだろう? 私が黙り込んで考えていると、私はメンタルが強いって言われて、流石にそんなことはないって言って、それで身元引受人を親戚に断られた話をして。そしたら、
「めちゃくちゃモヤモヤしてるじゃん」
って。なんだかいま、友達みたいに話せてるなって思った。そうして話しているうちに、私が作詞をする事になっちゃって。先に私がやってみたらって勧めたせいなんだけど。
「アイのセンスって独特だし、良い歌詞書きそうじゃん。アイの歌詞見てみたいな」
全然自信なんてなかったのに、そんな風に言われたらやってみようって気持ちになっちゃうんだから不思議だ。私って実は結構チョロい? 数日かけて私が悩みながら書いた幾つかの歌詞の一つに、彼女はメロディをつけてくれた。後はアレンジャーの人とかがうまく曲に仕上げてくれて、そうして出来た「嘘つきな私」は、特に人気の曲じゃなかったけど、思い出の曲になった。
それ以降彼女との距離が縮まったとか、そんな事があったわけじゃなく、特に関係は変わらなかった。それでも、良い思い出が出来た。アイドルを始めたばかりのあの頃を思い出して、懐かしい気持ちになった。
子供たちの父親とは、紹介された劇団のワークショップで知り合った。
最初は私と彼はどこか似てると思った。だから興味が湧いたし、私がなにかやらかしても、怒らずに稽古に付き合ってくれる彼に惹かれたんだと思う。だから誰とでも一定の距離を置こうとしている彼との距離を、無理矢理縮めていった。今になって思えば、恋していたんだと思う。だから恋人になって、キスをしてみたり、体を重ねてもみた。でもそれで気付いてしまった。私は彼を愛せないって。自分がお母さんみたいになるんじゃないかと思って怖かったから。だから子供が出来たと気付いたとき、別れることにした。
彼は泣いていた。自分から近付いたくせに、すごく自分勝手な理由で彼を傷つけた。無責任だとは思うけど、彼だってまだ若いし、顔も良くて才能もあるから、きっとそのうち私なんかより良い人と出会って欲しいと思う。
母親になれば、子供たちを愛せると思った。でも、私はまだ子供たちに「愛してる」って言ったことがない。もしそれが嘘だと気付いてしまったら。そう思うと怖いから。
フォロワーは100万人を越えて、個人のお仕事も増えて、ドーム公演が決まった。社長もミヤコさんも喜んでくれて、私の引っ越し祝いの席で機嫌良くお酒を飲んでいる。私が売れると皆が嬉しそうにしてくれる。だから私も嬉しそうな顔をする。
「今更父親に会おうとするなよ?」
「もちろん」
今でもやっぱり私は嘘つき。少し前に別れた彼に連絡を取っていた。彼は寄りを戻すことを期待してたみたいだけど、私はそういうことじゃないってはっきり伝えた。きっかけは子供たちの会話を盗み聞いた事だった。
「なぁルビー、会ったこと無いけど、俺達の父親ってどんな人だと「は? 処女受胎に決まってるじゃない。男なんて最初から存在しない」……あ、うん、そっか……」
何だかおかしな結論に至っていて、これはヤバいと思った。未練タラタラっぽい彼に会うのはちょっと億劫だと思ったけど、子供たちのあの不穏な会話を聞いてしまったら、とりあえず父親に会わせてあげなきゃと思った。この人がお父さんだよって。子供たちは凄く頭が良いし、きっと私達の事情も分かってくれると思って。
アクアは父親似だと思う。成長するにつれて、段々とそう思う事が増えた。頭が良くて、どこか距離を感じて。彼の時はその距離を縮めようと頑張ったけど、その先にあったのは、残酷な事実だった。だから私はアクアの事は愛せる自信がなかった。将来はやっぱり役者さんなのかな。
ルビーは甘えん坊で、真っ直ぐ愛情を求めてくれる。何かを愛する事が苦手な私でも、愛情をたっぷり注いであげたいって思うくらいに。なでなでして欲しいとか抱っこして欲しいとかストレートに言ってくれるから、もしかしたらルビーが私に愛し方を教えてくれてるのかもしれないって思った。
エメはとても臆病な子。最初のうちは、何だか私の事を怖がってるような気がした。お母さんが怖くて、でも愛されたくて必死だった私と、似てる気がした。この子を心から愛せるようになりたかった。そんなエメも成長していくと共に、段々と自分から私に愛情を求めてくれて、喜んでくれるようになった。でもやっぱりどこか怯えがあって、それでも勇気を出して近付いて来てくれる感じが、いじらしくて可愛い。
このまま子供たちの成長を側で見ていく、そんな日々が続けばいいと思っていた。けれど、それまで嘘をつき続けた代償を支払う時がやって来てしまった。ドーム公演前日、社長達だと思って出迎えた相手はリョースケ君だった。握手会によく来てくれてた彼の事は私の記憶にも残っていた。星の砂をプレゼントしてくれて嬉しかった。なのに。
刺されるのが私だけならまだよかった。私が刺されるのは仕方ないって思えた。でも、アクアが私を守ろうとしてくれて、それで酷い怪我をした。その時になってやっと、私はアクアを愛してるんだって気付いた。アクアを傷付けたリョースケ君を、私は許せないと思った。でも、一番許せないのは私自身。あの子は何も悪くないのに、私が巻き込んだ。
私のせいでアクアが死んじゃったらって思ったら、怖くて。お見舞いに来てくれた芽依ちゃんに心配かけちゃったみたい。私が前に体調不良ということで子供を産むために長期入院した時はそっけなかった。でもこの時は私を抱き締めて心配してくれた。「今は余計な事を考えないように」って言ってくれた。
すぐに帰っちゃったけど、私は嬉しかった。アクアもきっと大丈夫。私の怪我も思ったより大した事はなかったし、きっと────
こっそりアクアの様子を見に行こうとして、病室のドアを開けてみると、ちょうどミヤコさんと社長がしゃべっていた。
「アクアは……」
「今夜が…峠だとよ」
「……えっ」
社長の言った言葉の意味が一瞬分からなかった。アクアが、なに? とうげって? アクアは死んじゃうの? 嫌だ。まだ愛してるって言えてないのに。今なら嘘じゃない本物の気持ちが言えるのに。それなのに。
それからの事はよく覚えていない。気付いたら私はベッドに寝ていた。ルビーとミヤコさんはずっと側に付いていてくれたらしい。アクアはどうなったか聞いたら、もう集中治療室を出たからもう大丈夫だって。社長が言ってたアレは何だったの? それともアレは夢? 何だか少しモヤモヤしてしまったけど、とにかくアクアが無事でよかった。
私は1ヶ月で退院して活動に復帰した。その頃からかな。時々何かが足りないような、妙な違和感を感じる事があるけど、それが何なのかは未だに分からない。アクアもリハビリが終わったし、『B小町』も延期していたドーム公演が出来て、何もかも上手くいってる気がするんだけど。ルビーとアクアの事も、私はちゃんと愛せてるって自信を持てるようになったし。
それから、芽依ちゃんは時々私の事を気にしてくれるようになった。最初の頃みたいに、とまではいかないけど。それでもたまに話が出来るのは嬉しい。
「そういえば、社長と縁組みして親子になったんだよね?」
「うん」
「いいなぁ~。それってあの双子ちゃんのお義姉ちゃんってことでしょ? あんなかわいい兄妹が居たら絶対可愛がっちゃう」
「えへへ、そうなんだよね。二人が将来成長してく姿を傍で見るのが楽しみで」
二人は社長達の子供って設定になってるから、姉弟って事になるんだなぁ。
「なんか、目線が母親っぽいね……。意外と子供産んだらいいお母さんになるのかも? アイが結婚とか想像つかないけど」
「結婚かぁ。それは私も想像できないや」
子供ならもう産んでるけどね。いいお母さん、やれてるかな? いつか本当の事を話す時が来るのかな。きっとびっくりするよね、二人が私の子だって知ったら。
私達はもう少しだけ取り留めもない話をして、DVDをミヤコさんから受け取って家に帰った。これにはあの二人の成長録の一部が入っている。
「帰ったら皆で見ようっと。……うーん……? やっぱり何か……」
また何か忘れているような気がして、家に帰るまで考えてみたけど、やっぱりそれが何かは思い出せなかった。それは挟んだ付箋のように、長い間私の心の何処かに引っ掛かっていた。
アイは何かを忘れてる気はするものの、それが何かは分からないまましばらく時が過ぎていきます。
アンケートのご協力ありがとうございます。結果がストーリーに反映出来るかは別として、たくさんの投票感謝申し上げます。
アクア達の記憶から消えてしまったエメ。再会する日は来るでしょうか?
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