推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
それから暫くして、有馬の移籍は正式に決まった。先方とは特に揉めることもなく、交渉は恙無く進んだ。壱護さんによる大胆かつ強引、それでいて業界人をも唸らせるような斬新な方針の打ち出しと、それを誠実かつ丁寧なフォローで現場へと落とし込んでいくミヤコさん。二人の阿吽の呼吸によって回る運営は、共に様々な苦難を乗り越えた夫婦の絆の強さを感じさせ、今や社内のスタッフやタレント達からも強い信頼を寄せられている。
(それにしても、有馬の事務所内での評価は明らかに実力に見合わない低さだったな。人気絶頂の頃はたっぷり稼がせて貰っておいて、人気が落ちたらもう邪魔者扱いか……)
一時天狗になっていた有馬の態度のせいもあるのかもしれないが、それだって事務所が有馬を増長させた面はなかったとは言えないだろうに。所詮彼らにとって、所属タレントは使い捨ての
だがこんなことは業界ではさして珍しいことでもない。憤ったところで何か変わるわけでもない。それは分かっているが、それでも腹が立つことに変わりはなかった。
「あんな所で、よく今まで大人しく従ってたな。もっと早く辞めてもよかったんじゃないのか?」
「そりゃ辛いときも、理不尽だって思った事もあったわ。でも、結局私の自業自得だもの。天才ぶって調子に乗った罰よ」
「だけど……」
それでも有馬に対する冷遇ぶりを思い出して腹に据えかねる思いでいると、達観したような表情をしていた有馬が、何かを懐かしむように笑った。
「いいのよ、確かに落ち込んだ時期もあったけど、色々あって今は前を向いて上を目指せるようになったのよ」
「……一体何が今のお前を支えてるんだ?」
時間回帰以前はたしか「暗闇のなかで一人藻掻いているような気持ちでいた」と語っていたが、不遇の時代は変わらなかったはず。ならば有馬の心を支えたのは一体何なのだろう。
「ふふ、気になる?」
有馬はニヤリと笑って俺を横目で見てくる。もう話したくて仕方ないとその顔には書いてあった。
「あ、ああ……」
何だか誘われているようで少し癪だったが、俺はその誘いに乗る事にした。
「しょうがないわね~。そこまで知りたいって言うなら、教えてあげるわ」
「────でね、そこにも何故か来てんのよ、あの子。「一体何処で嗅ぎつけてきた!?」って思わず聞いちゃったわ」
(マジか……)
俺は有馬の話を聞いて驚愕していた。有馬の話を要約すると、同業に有馬のガチファンが居て、そいつに地方まで付きまとわれた事もあって落ち込む暇がなかった、という内容だった。しかもそのファンというのは、よく知った名前だった。
(しかし、まさか
「で、なんて返ってきたんだ?」
聞きたいような、聞きたくないような。そんな複雑な心境で俺は続きを促した。
「普段から業界の色んな人にそれとなく聞いて回ってるんだって。今やその情報網で、大抵の情報は集まるらしいわ」
「いや、ガチ過ぎだろ……」
有馬の情報欲しさにそこまでするとは。まるで刑事か探偵のようだ。
「ホントにね。私がシングル出したときも、何故か10枚近く買ってったわよ? ……それ以外殆んど売れなかったんだけど。あんなに買って一体どうするつもりなのかしら……?」
「お、おぅ。本当にな……」
(
元カノの余りのガチなヲタクっぷりに、申し訳ないが俺は素でドン引きしていた。お陰で有馬も自己肯定感が満たされて落ち込む暇がなかったようだし、当人達にとっては悪くはない関係なんだろうが……。
「これで有馬がアイドルなんかになった日には、ストーカーも真っ青の限界オタク爆誕だな……」
「ちょっとなにそれ怖いんだけど? ってかアイドルなんか絶対やらないし!」
「有馬は顔も可愛いし、歌も上手いから売れそうなのにな……」
「か、かわ……っ? んんッ……ルビーにも誘われたことあるけど、やらないわよ? アイドルって新陳代謝激しいから、忙しさで役者の稽古と両立は難しいし、売れなかったら役者としてもやってけない。何か実績は積みたいところだけど、それにしたってリスクが高過ぎよ」
確かに有馬の指摘したとおり、アイドルをやっても人気が跳ねなければ、そのまま業界自体からフェードアウトしてしまうリスクがある。
時間回帰前は『B小町』が解散して苺プロはアイドルプロデュースから手を引いていたため、メンバー集めからしなければならなかった。その為、半ば強引に有馬を引き込んだが、今は『B小町』が現存しているため、リスクを背負わせてまで有馬を引き込まなければならないという程の切迫した事情もなくなっていた。
「……それもそうか。有馬がやりたくないって言うなら無理強いするようなつもりはない」
ステージで歌って踊る有馬を見れない事を少し残念に思いつつも、無理にリスクを背負わせるのは申し訳ない。
「ところであんた達、もうすぐ受験よね? どこ受けるの?」
「ルビーは陽東で、俺は……やっぱ陽東かな……」
「ふーん、じゃあ春から私はあんたの先輩ってわけね。よろしく、後輩」
有馬が俺の返答に喜色を示す。やけに「後輩」という言葉を強調してきたが、そんなに先輩後輩の肩書きでマウント取りたいんだろうか?
「陽東ってことは芸能科目当てでしょ? なに、役者続ける気になったわけ?」
俺が医者志望だということを有馬にも以前話したことがあった。その時の有馬は、医者を目指す事自体は反対するような事は言われなかった。それでも嬉しそうにそんなことを聞いてくるくらいには、俺の演技を買ってくれていたようだ。
「いや、そういうわけじゃない。医者を諦めたわけじゃないが、目標の大学にさえ入れれば高校なんて正直何処でもいいしな。それならルビーと一緒のとこに通っとくかって」
「うげっ、出たなシスコンムーブ」
「まぁ、何とでも言え……」
有馬がジト目で何か言ってくるが、今更そんなことを気にするつもりはない。
「傍いにいれば守ってやれるとは限らないが、何かあったときに、つまらない後悔だけはしたくはないからな」
「何かあったとき、か……。妹を大事に思ってるんならもっと……」
「ん? もっと、なんだ?」
途切れた有馬の意味深な言葉の続きが気になった俺は、その先を促した。しかし有馬は「何でもない」とそれ以降話をはぐらかし、結局答えてはくれなかった。俺も俺で、その日以来この事は忘れ去っていった。
高校受験がいよいよ差し迫ってきたある日、有馬が事務所へやって来ていた。ネットドラマ『今日は甘口で』の出演オファーが届いたのだ。苺プロへの正式な移籍は、キリ良く春の新学期に合わせて、ということになっていたためまだだが、撮影期間は移籍前後にかかってくるということで、受けるべきか相談に来たのだった。
「『きょうあま』か……」
「えっ、知ってるの?」
「そりゃあな。監督のとこで演出もかじった事がある。演出やってて知らないやつはそれこそ潜りだって言われるくらいのド名作だぞ?」
「そうなんだ? 私原作の単行本持ってるけど、確かに名作よね」
「ああ、俺も全巻揃えてる。役は?」
「ふっふっふ……。ヒロインよ!」
満面の笑みで有馬が答える。久々の主役級だ。嬉しくないわけがない。だが、蓋を開けてみればこれから売り出す若手のイケメン俳優やモデル達の宣材として消費されるだけのもので、予算もギリギリなら撮影期間もギリギリの強行スケジュール。しかも有馬以外のキャストはほとんどが演技未経験だ。
更に脚本は6話構成に収めるために継ぎ接ぎしたような強引な展開。更に出演人数を増やすためにオリジナルキャラまで投入されていた。唯一撮影スタッフ陣は優秀だったため、絵として見れないという程ではないが、満足なクオリティからは程遠い。
「でもこれ、大丈夫なのかしら……?」
「ああ、ミヤコも気付いたか。出演者はほぼ全員素人同然だな、こりゃ。駄作の予感しかしねぇぞ」
「うっ……」
役者畑はそれほど詳しくなくても、流石に二人は懸念すべき点に気付いたらしい。有馬もそれには薄々勘づいていたようで、表情を曇らせる。
「なら受ける条件に俺の派遣も付けてくれないか?」
「お前が行ってどうするつもりだ? 役はもう決まってるし、今から出せったって流石に無理があんだろ」
「そうじゃない。あくまでも俺は制作側として参加する。現場について行って、演技指導するんだ。付け焼き刃にはなるが、多少見れるものには出来る自信がある」
そう、俺は演技の指南役として参画を提案した。それが出来るのも、今の事務所の力と、アイの義弟というブランドを前面に出して利用するからだ。プロデューサーの鏑木さんには悪いが、折角の有馬の主演をただの駄作で終わらせはしない。
「お前、ちょっと俺に似てきたな……。まぁいいだろ。それで交渉してみよう」
「有馬さんもそれで良いかしら?」
「は、はい!」
かくして俺は「今日は甘口で」の演技指南役として参加することになった。
「おはよ、お兄ちゃん。そんな忙しくしてて受験の方は大丈夫なの?」
朝食前に散らかったリビングを片付けていた俺に、起きてきたルビーが声をかけてくる。
「俺の学力なら特に問題ない。そういうルビーはどうなんだ?」
「大丈夫、大丈夫。芸能科は面接重視、学力は参考程度。受験勉強頑張らなくてもいいから一石二鳥~♪」
「はー、だとしても少し位はやっとけよ? せめて一般常識はそれなりに身に付けろ。でないと……」
「んん~っ? ……あ、おはよー」
テーブルに突っ伏していたアイがのそりと身を起こした。昨日『今日あま』を俺の部屋から借りていって読んでいたが、途中でそのまま寝てしまったようだ。テーブルには読みかけの単行本とビールの空き缶、空になった高いアイスのカップが散らかっている。
「……こうなるぞ」
身内にしか見せない、アイのだらしないくらいに気の抜けた姿を指差した。たまにとはいえ、こんな不摂生をしておきながら、その美貌は崩れる事なく保たれているのだから、不思議なものだ。
「な、なるほど?」
神妙な顔をしているが、分かっているのかいないのかわからないようなルビーの相槌に、俺は一抹の不安を覚えた。
「ん~? 何の話?」
「何でもない。ホラ、水」
まだ半分夢の中にいるような状態のアイに、コップに汲んだ水を手渡す。
「じゃあ行ってくる」
「「いってらっしゃーい」」
二人の見送りを背に俺は家を出た。今日はいよいよドラマ撮影の顔合わせ。最初が肝心だ。気合いを入れないとな。
「さぁ、やってやるか」
監督のやり方は時間回帰前にも傍で見てきた。俺には0から1を生み出す事は出来ないが、1あるなら3や4くらいには出来るはずだ。脚本にまで口出しは出来ないが、有馬が少しでもやり易い環境にして見せる。そうすれば有馬は実力を再評価され、今後の仕事が増えるハズ。
「初めまして鏑木さん。苺プロのアクアです」
「きみがアクア君か。アイ君から話は色々聞いてるよ。自慢の
鏑木さんは少し警戒しながら、値踏みするような視線を投げ掛けてくる。以前は世話になったが、油断できない相手でもあった。
「そうでしたか。アイは僕にとっても自慢の
「それで、あの五反田監督の弟子なんだって?」
「ええ、まあ。監督には色々仕込まれました」
「あーその、彼は何と言うか……」
鏑木さんが少し渋い顔をして言い淀んだ。それだけで言わんとしている事は大体予想がつく。監督は芸術性へのこだわりが強すぎてビジネス的な要素、つまり採算性を疎かにしがちな嫌いがある。自分は散々「ここはビジネスの場だ」なんて言っておきながら、「15年の嘘」で何度鏑木さんと揉めたか。
「大丈夫です。技術は教わりましたが、僕はあそこまで
「ふむ。それなら良いんだけど……じゃあどうして演技指南役なんか買って出たんだい?」
「端的に言えば、投資ですね」
俺は自分の考えを伝えた。いくら宣材と言ったって、低品質な作品ではむしろ評価を下げてしまったり、後々の黒歴史となってしまう場合がある。それが教訓となってモチベーションを上げる場合もあるだろうが、トラウマになって辞められたり、原作者を敵に回すような事になるのはマイナスとなりかねない。
「俺はこれまで監督の元で培った技術を、彼等を育てることで業界に還元できればと思っています。それに彼等をレベルアップさせて付加価値を付ける事で、今後より多くのメリットが生まれます。例えば、後々のキャスティング戦争なんかでも有利に運べたり……」
出演者は仕事の幅を拡げるチャンスを、作品の質が向上することで視聴者の評価と原作者からの信用も得られる。そしてプロデューサーはタレントに恩を売れる。まさに一石で二鳥も三鳥も狙える。
「ふ、ふふっ……。君は中々どうして強欲だねえ」
「ふ。プロダクションの敏腕社長の手腕を間近で見て育ってきましたからね」
「そうか、あの斉藤社長の息子さんでもあったね、君は」
俺と鏑木さんは、互いに笑みを浮かべて握手を交わした。交渉は成立だ。
あかねはこの時間軸では反転していないため、役者として頑張りながら、厄介ヲタとして日々楽しく有馬を追い掛けています(笑)