推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
俺が赤ん坊の頃に時間回帰してから、一ヶ月が過ぎた。
三つ子の初産ということもあり、アイの産後の経過が心配だったが、彼女はいたって健康そのもので、経過は順調と言える。これも若さの為せる業か。
低体重で生まれた
(戻って少ししたらアイドル復帰か。ミヤコさん大丈夫かな? 今度は三人だしな……)
回帰前の世界ではルビーに続き、俺までたて続けに死んでしまったわけだから、子を二人失った悲しみはかなり深いだろうな。そう思うと、申し訳なく思う。社長として斉藤壱護が戻ってきてくれたから、今度は彼に支えてもらえるといいんだが……。
結局俺は、多くの人を巻き添えにした挙げ句、自分はやりたいことだけやって後始末を全部押し付け、さっさと死んでしまったのだ。こうして振り返ってみると、余りにも身勝手だった。
(今後育児に追われることになるであろう彼女には、出来るだけ優しくしないとな)
「センセ、大丈夫かな? まさか失踪なんて……心配だねぇ、ルビー?」
アイが腕に抱いた俺に向かって話しかけてくる。名前を覚えるのが本当に苦手なようだから仕方ないことだが。
「あーう?」
赤ん坊が間違いを指摘なんて出来るわけはないので、とりあえず、声に反応したフリだけ返しておく。
「どうせ女性関係で何かやらかしてトンズラしたんですよ。いつかやるとは思ってましたから、驚きはしませんケド……。おまけにロリコンだし」
「えー、すごく優しかったのに……」
「それだって、あわよくば親密な仲に……なんて下心があったんじゃないですか? ロリコンだし」
「辛辣ぅ~」
看護師の女性が、淡々と容赦ない言葉を並べる。そりゃ多少、遊んでた時期もあったけど……こうも言われるとグサグサくる。流石のアイも、彼女の辛辣さには苦笑いだ。
(というか、これ以上アイに要らんことを吹き込むな……)
酷い風評被害だと抗議したいところだが、生憎今の俺は赤ん坊だ。まだ首も座りきってない赤ん坊が流暢に喋り出したらホラーになってしまう。
「はんぎゃー!」
どうやらルビーが泣き出したようだ。見れば顔が真っ赤にして激しく手足をバタつかせている。
今回もルビーがさりなちゃんの生まれ変わりなのだろうか。だとしたらもしかして、俺の為に怒ってくれているんだろうか。
(俺にそんな資格、ないのにな……。それに、そもそもさりなちゃんなのかも分からない……)
なにしろ、身近なところだけでも恵愛羅瑠橙という前例がある。他にも回帰前の世界とは相違点があると考えて然るべきだろう。
(その辺りは追々確かめていくしかないな。あの日まで、まだ時間はある。情報を収集して、対策を練って準備しないと……。まさかとは思うが、恵愛羅瑠橙も転生者だなんて事は……)
あり得ないとは言い切れないのが怖いところだ。アイには出来れば俺みたいな
「はーい待ってねー。お腹空いたのかな?」
アイは俺をベビーベッドへ寝かせ、ルビーを抱き上げる。エメラルドはまだ眠っているようだ。まだまともに起きている姿を見た覚えがない。まぁこの時期の赤ん坊は一日のほとんどの時間を睡眠に費やすから、それが当前か。
ルビーはアイの予想した通り空腹だったようで、勢い良く母乳を吸い始めた。
やっぱり大人の倫理観が、俺が授乳を受けることを許さない。しかし、哺乳瓶で粉ミルクを飲む俺を見るアイの目が寂しそうに見えるのは気のせいだろうか?
(かといって16才アイドルに授乳などさせられん……)
やはり譲れない一線というものはある。回帰前のルビーがさりなちゃんだとわかってからも、兄妹として越えてはいけない一線だけは越えなかった。「このモラリスト」と罵倒されたのはご愛敬だ。
「粉ミルクを飲めるお子さんがいるのは良いことかも知れません。三人分は必要十分な量の母乳が出せない可能性もありますし、粉ミルクを嫌がる子も居ますからね」
「そーなんだぁ。なら良かったのかな」
思いがけない都合の良い援護射撃に、感謝する。アイもその言葉を前向きにてとらえてくれたようだ。仕事に関しては間違いなく信頼出来る。
(来週には東京か。アイの復帰ライブは楽しみだが、ミヤコさんをどうやって味方につけるか)
アイの復帰への期待感と、今後の生活への不安を抱え、俺は考えを巡らせる。しかし、現在の体力では十分に考える時間は取れない。不確定要素も多く、結局問題は未来に先送りするしかなかった。
「良い子でちゅねー、愛久愛海」
首が早くも座りはじめた(通常は3~4ヶ月かかる)俺は、アイに高い高いされていた。ルビーじゃないが、「おぎゃばぶランドはここにあった」などと考えてしまいそうになる。
勿論、今まで何もせず漫然と赤ちゃんライフを堪能していた訳ではない。周囲の目を盗んでは、来たる日へ向けて、少しずつ情報を集めてきた。
ルビーが転生者である事は早々に判明した。例によって夜な夜なアイのアンチを罵りながらツイッターで壮絶なレスバ戦を繰り広げていたのには、ある意味安心してしまった。あの熱量は、もう間違いないだろう。
しかし、どう声をかけたものか。再会できた事を嬉しいと思う反面、回帰前の俺は、ルビーを死なせてしまった。そんな俺がのうのうと一緒に暮らす事自体、許されるのだろうかと罪悪感を感じてもいる。
(向こうから話しかけて来ないということは、回帰前の記憶はない、のか? それなら、雨宮五郎の事も忘れさせてやりたい。既に死んでいる人間だしな)
エメラルドについては、今のところルビーのような奇行(?)は見受けられない。体が同時期の赤ん坊の平均よりやや小さく、鳴き声もか細いのでそういった意味では心配だな。
それでも、俺達のような特殊性による心配とは別のそれだ。どうやら普通の女の子のようでホッとしてもいる。
「ルビーが何だか難しい顔してるー」
「そっちはアクアだ。自分の子供の名前間違えてやんなよ」
「人の顔と名前覚えるの苦手なんだから、仕方ないでしょ」
名前を間違えるアイに、それでも母親かと斉藤社長が突っ込みを入れるが、相変わらず飄々としている。
「嫌でちゅねー、日本の男は母親を幻想視し過ぎて」
「パスポートも持ってない奴がグローバルな事言うな!」
ポンポンと小気味良いテンポで遠慮のない言葉で繰り広げられる会話は、これまで築いて来た信頼関係の為せるものだろう。この人はアイを娘のように思っていたそうだからな。振り回されながらも、悪い気はしていないんだろう。
「第一、海外ロケNG入れてんだろお前!」
「でも私、才能あると思った人の名前は覚えられるよ、佐藤社長」
「惜しい。俺の名前は斉藤だ、クソアイドル……」
あちゃー、とあっけらかんとした態度でペロリと下を出すアイ。テヘペロ可愛い。
「とにかく、アイドル『アイ』は本日復帰となる! 今後の活動について、話し合うぞ」
あったなー、こんな感じの話し合い。生放送出演、アイが仕事に出ている間の子供たちの世話について、話し合っていく。
予想していた通り、アイが不在の間、俺達の世話はミヤコさんが担当する。その間何度も
(まぁ、エメ────「エメラルド」は長いのでいつしか省略して呼ぶようになった────とは呼び間違わない辺り、アイは既に俺やルビーとエメの区別はついているみたいだな。身体のサイズが一回り違うせいか?)
などと考えつつも、ミヤコさん対策を練らなければ。このままだと数日で育児ノイローゼ気味になり、俺達の存在を暴露しようと暴走してしまう。
(思いきって普通に転生者であることを明かすか? 彼女を味方に付ける事が出来れば、防犯対策等にも力を入れやすい。だが、そうするとルビーには……)
実は俺が転生者である事はまだ伝えていない。先にルビーに明かして一緒にミヤコさんの説得してもらった方が良いか?
(うーん、テンション低……)
ミヤコさんは三つ子の世話をさせられる事に、明らかにブルーになっている。これは早々に手を打たねば。アイ達がリハに向かった後、俺は隙を見てルビーに接触する事に決めた。