推しの子 Reboot~三原色の子達~   作:フロストランタン

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遅くなって申し訳ありません。


22 クランクアップ

「それでも…それでも、光はあるから……!」

 

 眩しいくらいの有馬の涙と笑顔。俺にとっては顔合わせしたあの日の再現。ただ、見ている側だった俺は演者として有馬の側に、アクアは味方から敵役に変わってるけど。

 

「カット!」

 

 カットの声と共に、止まっていた時が動き出したかのような解放感に包まれる。撮影中はスタッフたちが一切のミスを許さないという視線で演者達を見つめる。モデルとしてカメラの前に立った事はあったけど、こんな重くて濃厚な空気は、今回の現場で初めて感じた。

 

 俺の中には重い疲労と、言いようのない達成感が同居していた。最初は実力不足を痛感し、途中で何度も逃げ出したくもなったけど、それでも俺は最後まで走りきったんだ。

 

「うん、これはいいシーンになるよ」

 

「…っし!」

 

 監督の言葉を聞いて、俺は小さく拳を握る。有馬には及ばなくとも、自分の中では会心の出来だった。

 

「いいじゃない。メルト、あなたがこの現場で一番成長したわね」

 

「ああ、サンキュ……」

 

 有馬はいつもより機嫌が良さそうだった。芝居に関しては素人の俺にとって、彼女という手本の存在は大きかった。

 

 具体的に俺に指導をしてくれたのはアクアだ。その指導は厳しいけど丁寧で、指先に至るまでの小さな動きや視線の送り方、シーンごとにそこに至る背景、演じる役の細かな心の動きまでも、毎回凄まじい情報量で詳細に説明してくれた。俺が一人で台本や原作を読み込んで考えてても、今一つ掴みきれなかった役の気持ち。それがアクアの説明でストンと腹に落ちていった。

 

「…………」

 

 有馬が頬を紅潮させ、潤んだ瞳で熱っぽい視線を送っている。もちろんその視線の向かう先は俺ではなく、アクア……でもなく、カメラのレンズだ。あえて形容するなら〝乙女が恋に堕ちた瞬間〟だ。

 

(やっぱ凄え……)

 

 その表情の説得力たるや、芝居だと頭では分かっているのに、本気(ガチ)で惚れられてるみたいな錯覚を起こして、脳がバグりそうになっている。こういうのを天才って言うんだろうな。

 

 彼女の芝居は、眩しいほど鮮明に俺の脳裏に焼き付いている。きっとこれからも褪せることなく。そんな予感めいた確信が俺の中にはあった。

 

「感情がしっかり乗った、良い演技だったぞ」

 

 普段厳しい表情ばかりだったアクアが、そう言って笑顔を見せた。俺なんか、アクア達にこれでもかってくらいにお膳立てしてもらって、やっと及第点に届くかもってレベルだ。それでも少しは認めてもらえたみたいで嬉しかった。

 

 ストーカー役を演じるはずだった役者がタチの悪い風邪に罹って来れなくなり、急遽アクアが代役を演じたのだ。それでもぶっつけ本番の代役とは思えない出来なんだから大したもんだ。まともな役者なら大抵これくらいは普通に出来るなんて本人は言ってたけど、ホントかよ? どっちにしろ、まだまだ俺が一人前になるまでの道のりは長そうだ。

 

「アクア……これまでホントにありがとう」

 

「おう。けどこれでようやく役者の入り口に立ったってとこだ。今後も頑張れよ」

 

 前に差し出された拳。俺はその拳に、自分の拳を合わせた。

 

「またいつか絶対共演しような。その時までに、俺、もっと上手くなってるからさ」

 

「ああ。その時は今回みたいにおんぶに抱っこはしてやらないぜ?」

 

「……っ、上等じゃん!」

 

「以上で収録終わりまーす! お疲れさまでしたー!!」

 

 現場に拍手が鳴り響く。

 

(いつかは俺も、アクアや有馬みたいに、誰かの心に俺という存在を焼き付けてみせる……!)

 

 外は生憎の雨だけど、新しい目標を見据えた俺の心は前向きだった。

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす。って、先生また床で寝てるんですかぁ? ベッドで寝ましょうよ~」

 

 フローリングの床でうたた寝していると、アシスタント達が出勤してきた。

 

「いやー、床で寝ると4時間程で起きれるんですよぉ」

 

「わー、不健康な豆知識……」

 

 私は吉祥寺頼子。私の住居兼仕事場は、今日も不健康な本人とアシスタントの挨拶で始まる。『今日あま』は既に完結して人気も落ち着き、現在は週刊誌から月間誌に移っている。週刊連載時代を思えばゆとりはあるが、それでも〆切の週に何日かは徹夜するハードな職場である。週刊連載時代にはそんな殺人的サイクルを私も毎週こなしていた。流石に今のこの歳でやったら死んでしまいそうだけど。

 

「タブレットに素材と指示入れておきました。私はドラマ見てるので、作業終わったら声かけてください」

 

「はーい。ところでまだあのドラマ見てるんですか?」

 

「あれ、皆さんは見てないんですか?」

 

 ドラマとは彼女が描いた「今日あま」の実写ドラマだ。第1話の出来を見て、アシスタント陣はリタイアしたらしい。確かにこれは……と思う出来だったけども。

 

「悔しくって見れませんよ。先生が命削って描いた作品を、あんな馬鹿にしたような……」

 

「まぁ、メディア化は過度に期待しちゃいけないってみんな言いますから。でも、現場の雰囲気自体は良かったんですよね」

 

「そうなんですか? でも役者なんか、顔が良いだけで素人丸出しの連中じゃないですか」

 

「ふふ、最初はね」

 

 私は思い出していた。自分がプロを目指して四苦八苦していた頃を。あの頃は絵を描く技術も、話を面白くする構想力もなく、ただただ良い漫画を描きたいという情熱だけがあって、がむしゃらに描きまくっていた。あの現場には、不思議とそんなあの頃の自分達を思い出させるような熱があった。

 

 はっきり言って、素人目にも明らかなほど演技は下手だった。原作を読んでくれていたことは嬉しかったが、正直なことを言えば、もっと真面目にキャスティングして欲しいと思った。ただそんな中で、あの情熱だけは評価してもいいと思えた。

 

「演技は回を追うごとに目に見えて上達してます。5話目ではもう別人っていうくらいに拙さを感じさせないですよ」

 

「えっ、ホントですか? う~ん……」

 

 私の言葉に驚いてアシスタントの手が止まる。私も正直ここまで変わるなんて驚きだった。彼女達は今からでも続きを見るべきかと思案しているようだ。

 

「ハイハイ、観るならその作業終わってからにして下さいね」

 

「うっ、はーい……」

 

 ドラマ最終回の出来は期待以上だった。私も思わず涙したけれど、皆も同じように感じたらしい。

 

「先生、これ……っ」

 

 それは間違いなく『今日あま』そのものだった。最終話に至るまでに「いい感じ」のシーンは幾度かあった。それが最終話では「完璧」と思える出来にまでなっていた。欲を言えば、最初からこれが出来ていたら……。そうしたら名作と言われていただろうな。星3つどまりじゃなく。

 

(星野アクア君、かぁ……)

 

 最終話の質をグッと引き上げたのは間違いなく彼だ。彼の迫真の演技が暗く深い闇を演出したからこそ、対となる光、ヒロイン達の輝きが際立った。

 

(たしか彼は出演はしないって聞いてたけど……)

 

 現場で予期せぬトラブルでもあったの知れない。出演する役者の顔は皆良かったけれど、私から見れば(悲しいけども)みんな小僧、小娘と言えなくもない年齢の子達。そんな役者陣の中で、彼と有馬かなの二人は、一流芸能人のオーラがあるというか、明らかに存在感が違っていた。

 

 有馬かなは以前から知っている。乳飲み子の頃から芸能界に身を起き、天才子役として一世を風靡した生粋の役者だ。そのオーラにも納得がいく。でも星野アクアはそうではなかった。私は役者に詳しいわけではないから、単に私が知らないだけで、界隈では実は有名だという可能性はあるけれど。

 

 真相はわからないけれど、最終話を見てやっぱり彼は只者じゃないと感じた。高校生なんて世間の厳しさをまだ知らないクソガキばかりだ。その中にあって、あの子からは妙な色気というか、酸いも甘いも知り尽くしたような、異様に大人びた雰囲気を感じた。何か切っ掛けさえあれば────

 

「一気に跳ねるかも……」

 

「そうですね。メルト君、目に見えて成長してましたから。このドラマを期にファンになったって人は少なくないんじゃないですか?」

 

(まぁ、彼も頑張ってたのは確かよね……)

 

 初日の現場を見た上での期待度は正直なところかなり低かったけれど、そこから目を見張る程の急激な成長をしたのも確かだ。ただそれ以上に、星野アクアという異彩が、私の心には刻まれていた。

 

 

 

 

 

 ドラマ『今日は甘口で』は最初こそ低評価だったものの、そこから作品の質がどんどんと上がり、評価は徐々に上がっていった。迎えた最終回は、界隈ではその話題でかなり盛り上がるくらい良い出来になった。

 

 打ち上げの席で、和やかに談笑する業界人達。その中には、成長株の鳴嶋メルトとヒロイン役の有馬かな、そして現場の芝居を支えた星野アクアの姿があった。

 

 嬉しい誤算だった。ただの宣材程度に考えていたドラマが、気付けばそこそこ話題を呼べる作品にまでなるとは。笑いが止まらない、と言うには些か小さな成功だが、彼の提案に乗ったことは間違いではなかったようだ。

 

(作品の質に対する拘りの強さは、流石五反田監督の弟子って感じだけど。現場の事情も汲んだ上で成果に繋げる嗅覚。あの歳でよくあそこまでコミットできるものだ)

 

 メルトもこの現場に来るまでは、よくも悪くもどこか冷めていたが、アクアに扱かれていくうちに、見たこともない表情をするようになり、情熱を目に宿し、大きな成長を遂げた。

 

(この分だと、単なる顔売りのモデルじゃ終わらないかもしれないね。いやぁ、アクア君のお陰で、楽しみが増えた)

 

 そして有馬かな。彼女の評価は大きく見直す必要があるかもしれない。確かに子役の頃の彼女は凄かった。泣きの演技が分かりやすく世間には浸透していたが、彼女の真骨頂は、見る者の目を焼くような〝巨星の輝き〟だ。周囲を巻き込み飲み込んでしまうほどの、身勝手なまでに振り切った芝居が放つ唯一無二の圧倒的な輝き。それこそが、有馬かなが天才子役として一世を風靡した所以だ。

 

(成長とともにその輝きもすっかり枯れ、今となっては聞き分けがよく使い勝手の良いだけの役者。比較的早熟な子役ではありがちな話。そう思っていたけど……)

 

 『今日あま』の最終話で見せた彼女の演技は、全盛とまではいかないが、確かにあの頃を彷彿とさせる輝きを宿していた。勿論ドラマ開始当初はそうではなかった。

 

(あえて抑えていた?メルトに合わせて?それならこれまでは?)

 

 才能が枯れてきたから、必要に迫られて業界にしがみつくために周囲との協調を学んだと思っていたが、そうではなかったとしたら。何が切っ掛けかは分からないが、周りを見るようになったのは間違いない。ただ、まだその才能が枯れたわけじゃないとしたら。そうならば……。

 

(ふふっ、これは面白くなってきたね)

 

 彼等の将来を思うと、楽しみで笑いが込み上げてくる。しかし今は、先々の為に打つべき手を打っていかなくては。

 

「さあて、まずはドラマ成功の立役者と、次のビジネスの話といこう」

 

 星野アクアが一人になる所を見計らい、私は意気揚々と彼の元へ歩き出すのだった。




『今日あま』が終わりました。
学校の話を少し入れたら、次の仕事の話に入っていく予定です。
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