推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
「おいまだかルビー、置いていくぞ?」
真新しい制服に身を包んだ俺は、玄関で靴を履いたまま、未だに身仕度が終わらない妹を待っていた。
「待ってよ~! だってこの制服かわいいけど複雑なんだもん……。でもホント可愛い♪」
何度目かの催促で、ようやくルビーが部屋から出て来る。余裕を持って登校するつもりが、結局いい時間になってしまった。
「…ちょっとスカート短すぎないか?」
駆けてきたルビーの制服を見て、気付けばそんな感想が口から洩れ出ていた。アクアとして既に見馴れた制服のはずだが、久々にルビーの健康的な脚が露出した制服姿を目にすると、我ながら────
「お兄ちゃん、相変わらずオッサンくさいよね……」
「……だな」
我ながらオッサンくさいと自覚している。だがそれでもつい口をついて出てしまうのがオジサンの
「二人ともバッチリ決まってるね! もう高校生かぁ。立派になっちゃってもう!」
「うおっ!?」
玄関まで見送りに出てきたアイが嬉しそうに抱き付こうとしてきた。この年頃になると、こういったスキンシップをされるのは本気で照れくさい。俺はギリギリのところで身を躱した。今日は朝からアイのテンションが高いな。そういえば初めて制服の袖通ししたときも、散々騒ぎながら写真を撮りまくっていた。女子はなんであんな長時間ハイテンションで写真を撮り続けられるんだろうか。
「もう
「むぅ、逃げなくてもいいじゃん。アクアの反抗期はいつ終わるのかな?」
「いや、反抗期っていうか……」
俺の申し出に、アイは不満げに唇を尖らせた。我が母ながら、これで三十路とはとても思えない。そして色々な意味でそれがマズい。
「照れなくてもいいじゃん、家族なんだし。これからも一緒になでなでぎゅーっされようよ」
ルビーは同姓だから、今も変わらず恥ずかしげもなくこうしたスキンシップを求め受け入れているが、俺はそうはいかない。小さいうちは、ルビーに誘われて一緒に頭を撫でられたりもしていた。
アイとっては愛する子供たちへの愛情表現だ。それを拒絶するような事はしたくないとは思うのだが、アイの身長を追い越したあたりから、やはり気恥ずかしさが勝り、ハグは避けがちになっていた。
「い、行くぞルビー。遅刻するなよ……」
俺は逃げるように、そそくさと玄関を後にする。
「ありゃ、逃げちゃった」
「逃げたね。……って本当に時間ヤバッ!? じゃあ私も行くね!」
「うん、いってらっしゃーい!」
「行ってきまーす!」
笑顔のアイに見送られ、ルビーが駆け足で追い付いてきた。
「あら偶然ね、後輩達」
「かなちゃんだ。おはよー!」
「よう、有馬」
校門が見えてきた頃、測ったようなタイミングで有馬と出くわした。偶然にしては出来過ぎじゃないか? いや、それは流石に邪推か。目的地は一緒なんだから本当にただ偶然かち合っただけだろう。
「あんた達……正式に先輩後輩になったんだから、先輩つけなさいよ」
いきなり先輩風を吹かせてくる有馬。しかしルビーはあっけらかんと応える。
「えー別にいいじゃーん、私達の仲なんだし。ね、お兄ちゃん?」
「同感だな。敬称とか今更だろ」
「まったく、相変わらず……。まぁ、確かに今更だけども。はー、ホント図太くて生意気な後輩なんだから♪」
有馬が雑な扱いに怒る事はなく、口では文句を垂れつつも機嫌は良さそうだ。俺達は何気無い会話を交わしながら学校の門をくぐった。
「いよいよ教室かぁ、なんだか緊張するね?」
「いや別に。有馬も言ってただろ? 変に身構える必要はない」
「うわ、完全に冷めてる。っていうか枯れてる……?」
「やかましい誰が枯れオジだ」
「そこまでは言ってない。でも……そうだよね。養成所とかじゃないんだし、堂々と入っていけばいいんだ。よーし!」
気を取り直したルビーはドアに手を掛け、教室へと入っていった。俺も続いて席を確認して向かう。俺は廊下側の真ん中辺りで、ルビーは反対に窓際の一番後ろの席だ。俺が鞄を置いてルビーの方を振り向くと……。
「…………」
「…………」
隣の席に座った少女と驚愕の視線を向け合っている所だった。お互いが凝視している場所は明らかに違うが。
「ガン見し過ぎだろ」
「「はっ!?」」
俺の声で我に帰った二人。
「すんません、めっちゃ可愛い娘おるやん思てつい……」
「私も、めちゃオッパィ………スタイルいいなって思って……」
妹が何を言いかけたのか俺だけでなく相手にも丸わかりだったが、流石にルビーもオブラートに包もうと思ったのか、スタイルが良いと言い直した。
「星野アクアだ。よろしく」
「あ、ウチ『寿みなみ』いいます。よろしくおねがいします」
柔らかそうな桃色の髪と、関西っぽい訛りのある穏やかな口調が、おっとりした彼女の雰囲気にはマッチしている。これでルビーと同い年か……。
「私は星野ルビー。アイドルだよっ☆」
そう言ってルビーがキメ顔を披露する。そう、この4月からルビーはアイドル……の卵、『B小町』の研究生になった。とはいえ、ルビーの実力は折り紙つきで、既にスーパー研究生としてメンバーにも注目されている。早ければ夏のアイドルフェスの頃に正式メンバーへ昇格すると言われているようだ。
「わぁ、やっぱり。こんな可愛ええコ、絶対そうやと思ったわ~」
「そういうみなみちゃんは……へぇ、グラビアやってるんだね」
「ちょ、おま……っ」
ルビーは全く悪びれる事無く「ことぶきみなみ」とスマホでググっていた。本人の目の前でそれはないだろ……。
「えっG!? わー、エチエチじゃん!」
「ひぃ、やめてぇぇ////」
水着などのグラビア画像でも見つけたんだろう、ルビーは赤面しながらも興味津々なようで、じっと画面に見入っている。寿みなみは恥ずかしさで耳まで真っ赤だ。時間溯行前の世界線では二人の馴れ初めについて言葉で雑な説明を聞いてはいたが、こんなやり取りが本当にあったのか。
「こら」
「あいたっ!?」
俺はルビーの頭にチョップをかます。
「初対面の相手を目の前でググるとか、失礼が過ぎるだろ。寿さん、見ての通り礼儀のなっていない妹だが、仲良くしてやってくれると嬉しい」
不要かも知れないが、一応俺からもフォローを入れておく。心証が悪ければ万一ってこともあるしな。
「ええですよ~。ルビーちゃん、仲良くしよなぁ~」
寿みなみは嫌な顔ひとつせず
「もぉ、お兄ちゃんってばすぐ保護者ぶるんだから……」
「あはは、妹さん思いなんやね」
「ウチの兄シスコンなの」
「……兄が妹を大事にするのは当たり前だろ?」
「それを世間じゃシスコンっていうんだよ」
「あはは、せやなぁ」
寿みなみは嫌みのない笑顔でルビーに同意する。中学までと同様、高校でも早速シスコンお兄ちゃんとして認知されてしまったようだ。これは最早宿命と早々に受け入れるべきか。
(まぁいいか。ルビーに邪な下心で近づこうという不届きな奴には、ある程度牽制になるしな。だけど、俺の方を篭絡しようとすり寄ってくる事もあるんだよな……)
普通に俺に友人として接してくる連中とは違い、そういう奴は姑息な下心が見え見えで、正直辟易した。
「まぁ、別にその認識でいいけどさ……」
「ふふっ、優しいお兄さんやんか」
「まぁね~♪」
「……っと、そろそろ席に戻るか」
ざっと教室を見渡した限り、中学までとは違って皆整った顔立ちをしている。しかしテレビで見かけるくらいに売れているのは、途中で遅れてやってきた不知火フリルくらいだった。
「あの不知火フリルとクラスメイトになれるなんて……はぁあああ緊張するぅ~」
ルビーは休み時間に俺の席まで来て、妙なテンションで騒ぎ立ててくる。クラスメイトなのに、こうなるともうただのファンだろ。
「お前不知火フリルのファンだったのか?」
「だって歌って踊れて演技も出来る国民的美少女、あの不知火フリルだよ? まさか知らないわけないよね?」
「そりゃ知ってるけどさ……」
「なんか反応が薄いなー。お兄ちゃん、ホント感性枯れちゃってるんじゃないの?」
「まだそんな歳じゃないっつーの。俺の推しは今も昔も変わらずアイってだけだ」
「まぁ、それは私もそうだけど……。でもそれはそれ、これはこれ! どうしよう、フリルちゃんと一緒にランチとか誘われたりしちゃうのかなぁ~」
夢見る少女のような顔をしているが、それくらいクラスメイトなんだから普通に機会はあるだろう。そういえば時間溯行前は普通科だったし、俺と不知火フリルの接点は少なかったな。
「とか言ってる間に、あそこに本人がいるぞ。挨拶しとくか……」
「えっ? あっ、ちょっとお兄ちゃん?」
俺はルビーを置いて中庭を歩く不知火フリルに近づいていく。
「よう、不知火さん」
振り返った少女は、なるほど人目を引く容姿をしている。よく手入れされた艶やかなストレートの黒髪、極め細やかで白い肌、つぶらな瞳、口元と左目の下の
「あ……。『今日あま』に出てた人?」
「……ほんの少ししか出てないのによく分かったな。星野アクアだ」
ひと目で『今日あま』の出演者と気付くとは意外だった。多少は話題になったかという程度のネットドラマで、しかも数分の出演だったにも関わらず、目敏く俺に気付いくあたり、国民的スターは情報網も侮れないということか。そういえば、前も初対面でこんなやり取りがあったような……。
「界隈で話題になってたから。あなたの演技……良かった」
「そりゃどうも……。そうだ、妹も同じクラスなんだ。仲良くしてやってくれると嬉しい。おーいルビー、そんなとこで固まってないでこっち来いよ」
「お、お兄ちゃんが不知火さんに認知されてる……!」
駆け寄って来て開口一番がそれか。突っ込んでしまいたくなるのを我慢して、フリルにルビーを紹介する。
「妹の星野ルビーだ。昔からアイドルオタクで、それが高じてか今はアイドルの卵やってる。夏ごろには正規のメンバーになるだろうな」
「そうなんだ。よろしくね」
「よろしくお願いします……」
(借りてきた猫みたくなっちまったな……)
冷静な対応のフリルに対して、反応がクラスメイトじゃなく、完全にただのファンなんだが。
「そちらは……確かミドジャンで見たような?」
フリルは静かにルビーに付いてきた人物に視線を向けた。
「あ……っ、寿みなみです」
「みなみちゃんまで認知されてた!?」
ルビーがショックを受けているようだが、今はまだ気にするようなことでもない。アイドルとして本格的に活動を始めれば、相手に認知される事なんて珍しい事でもなくなるはずだから。
「まぁ、お前も今後活躍するんだから、すぐに色んな有名人から認知されるだろ」
「そうかな? だといいな……。あぁ、早くメンバーになってライブとかやりたい~!」
「そうだな。その時は応援に行ってやるよ」
「へー、兄妹仲いいんだね。美男美女の双子カプ、いい……。視力0.2は上がったかな? 」
(……? 何か変なのが聞こえたような気がしたが……気のせい、だよな? 俺の知る不知火フリルは多少サバサバしているところはあったが、そんな面白キャラじゃないはずだ)
このときの俺はフリルの意外な本性には気付いていなかったし、後ろに付いてきていた寿みなみは息を飲んでいた事にも気付かなかった。
(ボソッとスゴいこと言うたで! ってか言うことオモロっ! フリルさん、そういうのイケるクチなんやな……)