推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
動画の再生ボタンを押すと、教室に制服姿の男女が6人、中央にかたまった机に向かい合い座っているシーンが映し出された。
「鷲見ゆきです」
最初に一人の女子が立ち上がり、挨拶をした。番組上ではそれぞれの自己紹介と共に、実績を紹介する映像も合わせて流れるらしい。ここでまずは各登場人物の第一印象を掴めるようになっているわけね。
「わ、スタイル良い」
「顔も整ってるわね」
一人目の鷲見ゆきは高校1年のファッションモデル。モデルらしく洗練された衣装で身を固め、腰まで伸びた長い黒髪を靡かせてランウェイを歩く。黒髪に白い肌は清楚な印象だけれど、モデルをしているだけあって、ルビーも認めるくらいにスタイルも良かった。
「俺は熊野ノブユキ。よろしくぅ!!」
二人目はダンサー。高校2年ということは私と
「鳴嶋メルト。モデルやってます。ヨロ」
「あっ、『今日あま』の……大根の人!」
三人目はメルトか。『今日あま』の時もそうだったけど、第一印象はそっけない感じなのよね。まぁ打ち解ければ案外年頃の男子らしい所もあるんだけど。
「……もう大根ってほどじゃないわよ。扱かれて一皮剥けたせいかしら、早速鏑木さんに気に入られたらしいわね。はーあ、私だって作品に貢献したはずなんだけどな……」
「オファーが来たら、この仕事受けてた?」
「うーん」
(こういう番組に出たところで、役者として評価はされないだろうし……。それどころかただのイロモノとして見られないとも限らないわね。自分がまだ仕事を選べるような地位にいない事は分かってるけど、私のやりたい芝居の世界とはかけ離れている。……でもアクアが出るなら……)
「んんんん……た、多分?」
「随分返答に迷ったね? もしかして、お兄ちゃんを意識してる?」
「ふぁっ!? ななな、なに言い出すのよ、この子は? アクアなんて、全然異性として意識してませんけど?」
「別に異性としてとか、そういう意味で聞いたわけじゃなかったんだけど……」
「あっ……」
しまったと思ったときにはもう遅い。ルビーは既にニヨニヨとなんとも腹の立つ笑顔を浮かべていた。これは絶対後々まで揶揄われるヤツだ。
「それにしても、何で恋愛番組なんか出ようと思ったのかな? お兄ちゃんって、少なくとも同級生の女子には全然興味無さそうに見えたけど……」
「あら、そうなの?」
(アイツって、もしかして年上好き? なら私にもチャンスが……?)
それはないと冷静な私の思考は否定する。これまで私の前ではそんな素振りなんて見せたこともない。ルックスは悪くないと自負しているけれど、性格の方は自信がない。出会った当初よりはずっとマシになったつもりだけど。
「かなちゃん?」
「あ、いや何でも……」
私としたことが、また余計なことを考えてしまった。アイツとは別にそういう関係を望んでるワケじゃないから。
(まぁ、アイツがどうしてもって言うなら? 応えてあげなくもないけどっ)
そんな可能性は薄いだろうと思ってはいる。アクアにそのつもりがあったなら、恋愛リアリティー番組なんて出たりしないだろうし。胸にモヤモヤしたものを感じながら、私はまた画面を注視する。
四人目はバンドマンの森本ケンゴ。最年長の高校3年で、熊野ノブユキとは違って落ち着きのあるタイプみたい。アッシュグレーの髪がバンドらしいと言えばらしいかしら。鏑木さんがキャスティングしているから、この後登場するはずのアクアも含め、皆顔は良いのだけど。
「なんていうか……悪い感じじゃないけど、ちょっとパンチが足りないかな」
「年上にも容赦ないわね……」
五人目はショートカットの金髪……というか、頭頂の辺りには黒い髪が見えており、グラデーションになっている。地の黒髪が伸びてきたのを染め直す暇がなかったのか、あそれともえて染めていないのか。それはそれで似合っているけども。それから何かのコスプレ要素なのか、頭に小さな黒いツノが出ていた。
「あっMEMちょだ!」
「えっ誰? めむ……?」
「MEMちょ。結構有名なYouTuberだよ」
「そうなの? ふうん、こういう系も出るのね……」
全然知らなかった。テレビや舞台は見ても、正直ユーチューブは殆ど見たことがない。流行っているのは知っているが、どうにもネット界隈はキャラビジネス感が強いという印象が否めない。
ご多分に洩れず、このMEMという娘も改造したカチューシャを使って小さな黒いツノを生やしている。つい先日まで、ネットタレントを思い切りナメていた。『ピエヨン』という苺プロ随一のネットタレントと衝撃の出会いを果たすまでは。
「ネットタレントの業界もホント色々あるのね。私は未だにピエヨンの衝撃が忘れられないわ」
「あっはは、あのときのかなちゃんは笑った。ガチでビビっちゃってさ。……ちょっと泣いてたよね?」
「うっさい! 他人事だと思って……」
仮にも新たに所属することになった事務所の先輩だから、一応失礼のないようにと思っていた。ただ、余りにも登場がアレだったせいで、思いっきり変質者呼ばわりしてしまった。
「ちょっと心配になってきたかも……。あの事根に持たれてたらどうしよう?」
あのとぼけたようなマスクの下で、どんな表情をしていたのか。想像するとちょっと怖い。
「ピエヨンはそんな心の狭い人じゃないって。心配しなくても大丈夫だよぉ!」
「う、うーん、それならいいんだけど……」
ルビーは根拠もなく励ましてくれるけど、それなら最初からそういう人だと教えてほしかった。見た目も含めて。ただ起きてしまったことを悔やんでも仕方がない。今後信用を得られるように頑張ろう。そんな事を考えながら画面を眺めていると、見覚えのある人物が映し出される。
「……うげっ?」
登場したのは黒川あかね。同年の役者で、何かと顔を合わせることの多かった相手。ただし────
「ん? この人知り合い?」
「ま、まぁ……。私のファンと言うか、厄介ファンというか、ストーカーというか……」
「要はかなちゃん推しってこと?珍しいね」
「珍しいは余計。……言っとくけど、ファンとかそんな生易しいもんじゃないわよ?自分で言うのもなんだけど、私への熱量ヤバいから。同姓なのが唯一の救いみたいなモンね。男だったら通報ものよ?」
「ふーん、もしかしたらこの人とは気が合うかもね……」
え、まさかルビーも私の事が?困っちゃうな……。
「かなちゃん……?」
「……うわぁ!?」
狂気染みた熱量で方々の現場に現れては凝視してくる二人を想像して、背筋がゾッとしてしまった。厄介ファンはあかね一人で十分よ。
(しかし、何が悲しくて自分をストーカーしてくる女の出演番組を見なきゃいけないのかしらね……)
私は特大のため息を吐きたくなった。
「どうしたの、急に」
「何でもない……。あの子は黒川あかね。私と同じく女優よ。活動は舞台中心だったし、これまでテレビじゃあまり大きな役はなかったはずだけど、演技の実力は確かよ」
「えっ、かなちゃんが認めるなんて、よっぽどだね」
「私を何だと……あー、昔は確かに酷かったものね。あかねは同世代じゃライバルになりうる数少ない相手なのよ。私の演技について来られる存在は嬉しくもあるけど、正直フクザツね……」
私とは役へのアプローチも演じ方も違うし、出会った頃は私の相手にもならないと思っていた。それがいつしか目を見張るほどに成長し、今ではその実力を認めざるを得ないところまで来てしまった。テレビでは無名に近くても、舞台演技の世界では私よりずっと有名な女優だ。
「かなちゃんのライバルか。なんかいいね、そういうのっ」
「どこが? 現場で一緒になると、私の方を穴があくんじゃないかってくらいジーッと見てくんのよ? やりにくいったら……」
「あはは、よっぽど好かれてるんだね」
「……毎回飽きもせず親しげに絡んでくるわよ」
最初はただうざかったのが、最近では麻痺してしまったのか、そんなに嫌ではなくなって来ている自分がいる。慣れって怖い。
(それにしても、慣れないカメラの前で緊張しているのかしら?)
画面越しに見る黒川あかねは、見るからに表情が硬かった。舞台やドラマとは違い、これはリアリティーショー。この番組が完全なヤラセでもない限り、台詞や台本なんて用意されていないだろう。
「明確な指示がない中じゃ、臨機応変な立ち回りが要求される。得意の「教科書通り」じゃあ、やっていけないわよ」
ヘタをうてば埋もれたり浮いたりして、そのまま最後まで全く見せ場なし……なんてことにもなりかねない。それが台本なし現場の怖いところだ。
「あっ、お兄ちゃんだ」
「ようやくお出ましね。アクアは一体どんな挨拶を────」
「うわ、緊張する……。星野アクアです。みんな、宜しくね!」
「「いや誰!?」」
私もルビーも、PCに向かって芸人のようにツッコミを入れてしまう。なにせあのアクアが、見たこともないような爽やかな笑顔で登場したのだ。
「な、なにがキンチョーよ。強面の五反田監督相手でも全く物怖じしないほど図太い神経してんでしょうがっ!」
「ホントだよ! 普段のふてぶてしいキャラはどこ置いてきちゃったの!?」
こんな風に二人して困惑と抗議の声を上げていると、YouTuberのMEMが早速ぶりっ子な態度でアクアに絡んでいく。
「役者さんカッコいい~。憧れちゃうなー」
「あーあ、お兄ちゃんぶりっ子嫌いだからなぁ」
実の妹の辛辣な評価に、私も強く頷いた。が。
「いやー、めっちゃテレる……。MEMちょも可愛いね」
「「は? 死ね」」
アクアの想定外の対応に、私とルビーの声が完全に重なった。アクアが、あのアクアが。照れ顔からの爽やかな笑顔で返した!?
(そんな表情、私には一度だって……って違うでしょうが!)
またしても過った余計な思考を振り払うように、私は頭を横に振る。
「はー、可愛い女子に囲まれて完全に浮かれポンチだわ。お兄ちゃんも所詮はオスだったんだね……」
ルビーは不機嫌なオーラを滲ませ、戻ったら説教かましてやると言わんばかりに、半目で画面を睨んでいた。
「ちょっと二人とも隣まで声が丸聴こえよ? 興奮するにしても、もう少しトーン抑えなさいね」
ドアを開けて入ってきたのは、隣室で事務処理をしていた斉藤ミヤコ副社長。美人で仕事が出来る
「ス、スミマセンでしたっ」
「ごめんなさーい」
「自宅のように寛いでくれるのは、環境を提供する側としては嬉しくもあるのだけどね。身近な男が他の女にデレデレするのを見て腹が立つ気持ちは分かるわ。でも一応あの子の名誉の為に言っておくと、アクアが本気でそんな振る舞いをしてるワケじゃないはずよ。役者として、
彼の母でもある副社長の言葉に、私もルビーも、冷静さを取り戻した。確かに、アクアの言動を見る限り、隠していた本性を表したというよりは、そういう役を演じているのだと言われた方がずっとしっくり来る。
「何にせよ、大騒ぎはしないようにね」
「「はーい」」
母親のような言葉を残して、副社長はまたデスクワークに戻っていった。
「演技……かなちゃんは本当にお兄ちゃんが演技してると思う?」
「当たり前でしょ? あんなの演技に決まってるじゃない。ハナっから分かってたわよ」
「そのわりには文句言いまくってたじゃん」
「分かっててもイラつくものはイラつくじゃない。あんただって、たとえ演技でも双子の兄のあんな姿見せられちゃフクザツでしょ?」
「それはそう……」
本当はさっきまでアクアの態度が演技かどうかなんて考える余裕もなかったのだけど、私は口八丁で上手いことルビーを納得させる事に成功した。
再度画面に目を戻すと、どうやら最後のメンバーが登場するらしい。
(全部合わせて八人。男女比を考えれば次は女子。いずれにしても、この人数じゃ見せ場を作るのも一苦労しそうね)
「あ……っ」
姿を現した少女を見て、私は幽霊でも見たような声を洩らしていた。
蜂蜜の色の髪を二つに分けた三つ編みと、真面目を絵に描いたような眼鏡の組み合わせは、どうしたって今までのメンバーからすると地味に見える。
放送を通じて多くの人に姿を見せるのだから、普通なら見た目を良く見せようとするはずなのに、何を考えているのか、少女はその素顔をあえて隠そうとしているようだった。
(なんで、あの子がこんなところに……)
「神木エメ15歳です。よろしくお願いします」
少女は優しげに微笑み、短い自己紹介をした。そんな彼女にどんな印象を持ったのか、十秒近く呼吸さえ忘れていた私には、他の出演者達の反応に気を配る余裕はなかった。
だから現場のアクアが一瞬見せた驚愕の表情も、隣で固まるルビーの表情も見落としてしまった。
『今日あま』に続き、メルトが登場です。ドラマで目覚ましい成長を遂げたため(?)原作ほど顔売り路線は強くなく、恋愛的な番組にも出して見ようという試みです。
そして、最後に登場した8人目の少女とは()