推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
この1年で、アイはモデルやラジオアシスタントなど、着実に個人の仕事を増やしていた。今回はその集大成ともいうべき、TVドラマの収録だ。
「分かってるとは思うけど、一応言っておくわ。あなた達がアイの子供であることは絶対に知られてはいけない。現場では私の子供という設定を忘れないでね」
「大丈夫。何も心配ないよ」
「そうそう、だって私の子だよ?」
「それ聞くと急に不安なんだけど」
「えー?」
俺達はミヤコさんの運転で現場に向かっていた。
時間回帰前の世界では、この撮影現場で五反田監督と出会う。それが後に、アイの躍進につながる映画出演の仕事を貰う事に繋がった。
そしてアイの死後も、俺に演技と裏方の知識を与えてくれた子供部屋おじさん、もとい恩人だ。
「マネージャーが子連れで現場にねぇ……?」
(懐かしいな。確かあの時もこんなだった)
学校の校舎を借りた現場で、アイを先頭に監督へ挨拶を行った。相変わらずガラが悪い監督が、子供の視点だと余計にそう感じるよな。
俺達連れてきた事に文句を言われたら、働き方改革の一環と言って誤魔化そう、とミヤコさんには事前に耳打ちしておいた。監督は俺達三つ子とミヤコさんを交互に睨んで来た。想定通りだ。
「は、働き方改革の一環でして……」
「おお、あれか! 時代だなぁ。まぁ、現場に犬連れてくる人もいるしな……」
予想通り、監督はすんなり納得して引き下がってくれた。アイもミヤコさんもホッと胸を撫で下ろす。
俺達三人は現場の出演者達に可愛がられた。ルビーは積極的に甘え、俺は遠慮しがちに、エメはどちらでもなくされるがままという各々のスタンスで撫でくり回されている。俺は監督とコネクションを作るべく、途中で教室を出て廊下へと歩きだす。
「お? マネージャーのガキじゃねーか」
ガキの相手は面倒くさいと言わんばかりの態度だ。狙った通り、監督と出くわす事ができた。ここで早熟さをアピール出来れば興味を引ける。そう思っていたのだが。
「居るのは構わんが、泣きだして収録止めたら……」
「…?」
監督が途中で言葉を止める。怪訝に思い監督の視線を追うと、そこには────
「…エメ?」
エメは強面の監督に怯えることなく、平然とこちらへ近寄ってくる。
「お話し中だった?」
「……別に大したことじゃねぇ。お前にも言っとくが、泣いて収録止めやがったら締め出すからな」
監督は相手がエメでも容赦なく睨み付けながら言った。子供相手に大人げない。
(そういや映画が撮れるだけで、この人中身子供だったわ)
「気を付けます。……それで、また何か悪巧み?」
「んな!? ひ、人聞きの悪い事を…! 一体誰がそんな……」
何とも心臓に悪いことを耳打ちしてくれる。
「えっと、ルビー」
「うっ、そそうかルビーか。アイツぅ……」
純粋なエメに変な事吹き込むなよ。しかしルビーにそんな風に想われてたのか。地味に結構ショックを受ける。何も企んでいないわけではないので、強く否定は出来ないのも痛い。
「ああん? ルビー? そりゃ名前か?」
「あ、はい……。僕がアクアマリンで、この子はエメラルド、もう一人がルビーです」
キラキラネーム全開のネーミング。そりゃまぁ、監督の言いたいことはわかる。
「お前ら……」
案の定、監督が何とも言えない微妙な視線を送ってくる。
「良い名前でしょ」
「ん? あーっと……」
純粋そうなエメの言葉に、監督は言葉を探すように頭を掻く。頼むからエメが傷付くような事は言わないでやって欲しい。俺だってちょっと気にしているんだ。
「良い名前……でしょ?」
「あぁそうだな、抜群にセンスが良い」
「!?」
(えっ、嘘だろ?)
改めて同意を求めたエメに、監督が意外過ぎる返事を返してきた。俺の知ってる監督なら絶対に言わないようなセリフを。思わず監督を凝視すると、彼自身、自分でも意外だったのか、思わず口を滑らせた、というような表情をしていた。
「監督…?」
「な、何でもねぇ。ところでお前、子役やってみねぇか?」
「…エメが?」
何を言い出すんだ? 監督がおかしい。まさか今ので絆された? 変な趣味に目覚めたとかじゃないよな?
「うーん……アクアも一緒なら」
「え、俺?」
「アクアは頭いいからできると思う。アクアと一緒なら、私やってみたい。……ダメ?」
自覚があるのかないのか、少し上目遣いで控え目にねだってくるエメ。普通ならあざといはずなのに、不思議とそれを全く感じさせない。ミヤコさんもだが、俺もこの目には弱いと言わざるを得ない。エメの頭を撫でながら、俺の考えを伝える。
「エメの頼みだから叶えてあげたいとは思うけど、監督の意向もあるだろうし、事務所も何て言うか……」
「はー、お前その歳でシスコンかよ。ってかお前も大概早熟だな? 周りの意向とか事務所とか、大人でもそこまで考えないやつは結構居るってのに」
呆れ顔で言ってくれるが、その歳で実家からテコでも離れない子供部屋おじさんには、歳の事をとやかく言われたくない。
「まぁ画としては面白い。俺はお前が一緒でも問題ねぇ。とりあえず名刺渡しとくから、事務所に相談して問題なかったら連絡よこせ」
「あっ、はい」
俺は監督から名刺を受け取り、ポケットにしまう。結果だけ見れば名刺は貰えたので、目的は果たせたが、すんなり事が運びすぎな気もする。考えすぎだろうか?
1か月後、アイのドラマが放送された。予想通り、アイの出演シーンはワンシーン、ホンの数秒のみ。大幅にカットされていた。
「私、演技下手だったのかなぁ……」
「そんな事ない、ママ頑張ってたもん」
声のトーンを落として、落ち込んだ様子のアイ。結構たくさん撮っていたし、MVの要領と同じなら得意分野だと自信を覗かせていただけに、ショックも大きかったんだろう。
「さては……可愛く撮れ過ぎたせいかな?」
「ん? どういう事?」
「主演は『可愛すぎる演技派女優』ってキャッチコピーで売り出してる。アイが可愛すぎて、一緒に映ったら見劣りしたんだろ。それじゃ困るって主演の事務所から泣き付かれたってトコじゃないかな?」
俺は時間回帰前に監督から聞いた裏事情を自分で推理したように語って聞かせる。
「えぇ~っ、そんなのただの僻みじゃん!」
「まぁ、そういうことも十分あり得るよね。かわいすぎるのも罪ってことかぁ、困った困った♪」
ルビーは激しく抗議の声を上げたが、アイの機嫌は急上昇。自信を取り戻したようで何よりだ。
「でもそれはそれ。だからって納得は出来ないよな。だから監督に文句言ってくる」
そういって俺はスマホ片手に部屋を抜け出した。
「監督……俺の言いたいこと、分かるよね?」
「おお、ヲタ芸ベイビー」
「ヤメロ」
ちょうど例のドラマの放送が終わった頃か。まぁ、なんか言ってくるとは思ってたが、ソッコーだな。アイには相当入れ込んでるみたいだし、気持ちは分からんではない。ライブでヲタ芸打ってるの見たときは笑っちまったが、普段とのギャップがまた面白くてツボる。
「あー、良く撮れてたのに勿体無かったな」
「事情は大体察しがつく。大方主演側の事務所から圧力がかかったってトコでしょ。だけど、少しも納得は行かないんだよね……」
そこまで分かってんのかよ。末恐ろしい奴だ。しかし感情を割りきれないところはやっぱ子供だな。
「いいか、芸能界を夢見るのは結構だが……」
「芸能界に夢は見るなって?」
「…そうだ。芸能界はアートじゃなく、ビジネスの場なんだからよ。ただ、俺も悪いとは思ってる。あのアイってのを今度映画の主演で使ってやる。これで文句ねぇだろ?」
「もちろん。条件は?」
こっちの考えもお見通しってか。ホントに頭が切れるな。
「話が早いぜ。お前かあのエメって小娘の出演と引き換えだ。なんなら両方出てくれてもいい」
「え、それ大丈夫なの? 予算とか」
「まぁよ」
(ったく、ガキが気にするトコじゃねぇっての)
ドラマの現場でも思ったが、ここまで会話が完璧に成り立つ子供は見たことがない。まるで大人と会話しているような気分にさせられる。
(あのエメって小娘からもガキとは思えねぇ妙なオーラを感じたが、コイツの早熟ぶりも十分に異質だ……)
事務所にはマネージャーである母親から話を通して貰えたらしい。撮影が今から楽しみだ。俺はジョッキに残ったビールを一気に煽り、台本の宛て書きを考えながら帰路に就いた。
エメには不思議なオーラがあるようです。
ヲタ芸打をバラしたのはエメの仕業です。悪気はないんですが、黒歴史をバラ蒔かれたアクアはダメージを負った模様。