推しの子 Reboot~三原色の子達~ 作:フロストランタン
「いいか、ヲタ芸ベイビー?」
「それマジやめて欲しいんだけど」
アクアは五反田泰志監督の呼び方に、心底嫌そうな顔をしていた。彼の嫌いなピーマンだけを炒めた野菜炒めを出されても、こんな顔はしないだろう。
(時間回帰前の世界では「早熟ベイビー」だったはずだろ?それがどうしてこうなった?)
いや、理由など分かりきっている。それもこれも、
赤ん坊と呼べる年でなくなってからは「早熟」と呼ばれるようになった事を踏まえると、「ヲタ芸ベイビー」呼びを許せば将来どうなるかなんて考えたくもない。
「アレは黒歴史だから……」
「そんな歳で黒歴史ってお前……つーか、そんな言葉どこで覚えてくるんだ?」
遠い目で黄昏れるアクアに哀れむような視線を向けながら、五反田は気になった事を聞いてみた。
「うーん、ユーチューブかな」
「はー、スゲーなユーチューブ。時代だなぁ。そんじゃまぁ……早熟ベイビーでどうだ?」
「……うん、そっちの方がずっとマシだね」
(別に良いとも思わないし愛着もないが、他の候補が「ヲタ芸ベイビー」じゃあ比べるべくもないよな)
遠いところに行っていたアクアの目に光が戻ってきたのを確認してから、五反田は話を進める。
「それで、だ。日本の場合、キャスティング権ってのは粗方上の方で決まってる。製作にコストをかけるほど、転ぶわけにはいかねぇ。確実に元を取れると踏んだキャストを引っ張ってくる。出演者によって集客は変わってくるからな。上には上の戦いがあるってワケだ」
「うん、まぁそれは分かるよ。名前も聞いたことない役者より、有名な役者が出てた方が皆見たいと思うよね」
「ただ、例外的にキャスティング権を持ってるような監督もいる。それは超大物監督か、超低予算の現場監督。さて、俺はどっちに見える?」
「超……低予算?」
「ちっ、そこは分かってても大物って言ってほしかったぜ……。可愛げがねーって言われないか?」
「男なんだから、むしろそれでいいじゃん」
「……そういうトコだぞ」
肩を竦めるアクアに、五反田が呆れたような苦笑いを浮かべた。アクアは基本的に他の大人の前では猫を被っているため、かわいげがどうだとかは本性を知ってるミヤコくらいにしか言われない。それに中身はいい大人なので「カワイイ」と言われる方が恥ずかしい。
アクアとエメは映画への出演が決まった。アイをバーター、つまり抱き合わせで起用して貰うためというのもあるが、エメが積極性を見せたことも出演を決めた理由のひとつだ。
今回撮影する「それが始まり」という映画は、容姿にとことん自信のない女が何故か山奥の村の病院へと整形を受けに訪れる。その主人公の整形後の姿をアイが演じる。
ジャンルとしてはジャパニーズホラーに分類されるが、アクアとエメが関わるのは、ホラーのあるシーンではなく、物語の最序盤だ。
村の入口で主人公が出会う「気味の悪い子供」役をアクアが演じる。エメは主人公が村へ向かう途中で偶然見かける「不思議な子供」らしい。
アクアはてっきり揃って気味の悪い子供をやらされるかと思っていたのだが、予想が外れた。兄としては気味の悪い役なんかやらせるよりも嬉しい事だが、心配の種が出来た。
(変な趣味に目覚めたわけじゃ…ないよな?)
だとしたら今後監督との付き合い方も考える必要がある。アクアはエメに監督と二人にきりにならないように言っておくことを決意した。時間回帰前の世界ではアクアと五反田の付き合いはかなり長かったし、信頼関係がそんな形に変わってしまうかも知れないと思うと気が重いが。
きっと大丈夫。そのハズだ。きっと。…多分。
疑心暗鬼になり、アクアもだんだん不安が大きくなってきた。彼とて出来るなら監督を疑いたくはない。だがもしエメの可憐さに性癖を歪められてしまったとしたら。
(そんな風に考えてしまうのは、流石に身内贔屓が過ぎるだろうか?)
五反田に限らず、多くの現場の演出家は自分の持つ正解のイメージを持っている。それを正確に読み取り、イメージにピッタリ合う演技を出来る役者は何処へ行っても重宝される。今回は逆に、彼らにインスピレーションを得た役をあてがわれているが。
「エメちゃん、凄く可愛かったわよぉ」
「うんうんっ」
「ありがと……」
ミヤコと一緒に現場に付いて来ているルビーにも誉められ、二人に頭を撫でられながら、エメがいつもの照れた表情を見せる。その微笑ましいやり取りには、アクアだけでなく周りの関係者も頬を弛めていた。
エメが演じた役は、気味の悪さとは違うベクトルで普通の子供とは思えない、不思議な雰囲気を纏う子供。それをどう表現するか、本来は非常に難しい役どころだが、エメはまさにはまり役だった。
ストーリーがある程度進んでから、主人公は彼女を思い出し、何かに気付いたようなのだが、その詳細は明らかされることなく、視聴者の想像に任せられる。
「エメは役者の才能あるんじゃないか?」
「そう、なのかな?監督がいった通りにしただけだけど……」
「だとしても凄いことだよ。初めてであんなにしっかり出来る子なんてそうそういない」
アクアはエメの頭に優しく手を置いて、心から賞賛した。監督から指示を貰ったとしても、それだけで注文通りの演技が出来る役者は決して多くはない。本読みや稽古を通じてイメージを擦り合わせ、修正しながらようやく脚本家の「正解の画」に近づいていくのが普通なのだ。
難しい言葉を覚えているルビーを見て、アイが「ヤバいぐらいの天才っぽいな」と評した事がある。それはルビーに前世の記憶があるためだ。残念ながら、天才的な頭脳の持ち主というわけではない。
雨宮五郎もまた、医師になれたのは必要な努力をひたすら積み上げただけで、才能はどうあがても凡才の域を出ない。星野愛久愛海は雨宮五郎の精神と知識を受け継いだが、アイのような特別な才能は受け継げなかった。少なくともアクアは自身をそう評価している。
その一方で、エメの才能は本物だとアクアは思った。エメの記憶力はアクアも驚愕する程であり、飲み込みも早いどころではない。平仮名と片仮名を一週間とかからず読み書きまで覚えてしまった時には、ルビーと並んで宇宙ネコの表情になってしまった。
それに加えて、エメの持つ不思議なオーラ。それはアイの持つ視線を吸い寄せる〝引力〟とは似ているようで違うとアクアは感じた。有馬かなの持つ、見る者の目に燦然とその輝きを焼き付ける〝巨星の輝き〟とも違う何か。そんなオーラを持つエメに、アクアは演技の才能の片鱗を見た。
だからこそ、迷っていた。今のうちに前世の事をエメに話した方がいいのではないか、と。きっと頭の良いエメは、そう遠くないうちにアクアとルビーに違和感をおぼえる。生涯隠し通すのは恐らく不可能で、いつかは話さなければならないとも思っている。ただ、秘密を打ち明けるその時期に迷っていた。
(今話しても話は理解出来るだろう。だとしても、それを受け入れられるかどうかは別の話だ)
「アクア?」
「あ、いや……何でもない」
アクアは思考を現実に戻し、心配そうに覗き込んでくるエメに応えた。
(時期はもう少し慎重に考える必要がある。頭はよくても精神は子供なんだ。心の傷になって取り返しのつかない事になる可能性もある。もう少し、せめて小学校に上がってから……)
この時期にエメに秘密を打ち明ける決断をしていれば、もしかすると後にする後悔が一つ減ったかも知れない。
だが、それはあくまでも、もしもの話だ。
エメのシーンを撮ったあと、他に幾つかのシーンを撮って一旦休憩に入る事になった。ここまでは滞りなく順調に進んでいる。俺達は待機所に戻り、俺の出番が近づくまでお喋りしていた。因みにルビーは「おぎゃばぶランド」発言をしていない。大人しくエメとブルーシートに座ってお喋りをしていた。普段お姉さんぶっている手前、エメの前でアレは恥じらいを感じるのだろう。成長を感じる。
(喜ばしいような、少し物足りないような……)
激しく足をバタつかせながら、「バブりたい」「おぎゃばぶランドに帰して」などと喚き散らしていたのを、いい歳して恥ずかしくないのかと呆れたものだが、実際やらないとなると、それはそれで少し寂しい気もするのだから不思議なものだ。
(さりなちゃんがアレやってたんだよな…)
思い出して微笑ましい気持ちになっていると、ソイツはやって来た。
「……」
有馬かなである。
入ってきて俺を見つけるなり、無言のまま半目で睨んでくる。俺としては現場で揉めたくないし、挨拶くらいはちゃんとしておきたいところだが。
「えっと…俺はアクア。よろしく」
「知ってるわよ、あなたコネの子でしょ?」
握手を求めようと手を差し出す俺に、有馬が開口一番放った言葉がそれだった。見下すような視線を向けられて内心イラッとしたが、表面上はそれを出さないよう、表情を取り繕う。
「ふんっ、あなたもアイドルの子も、本読みの段階では出番なかったのに……監督のごり押しってママも言ってた!そういうのいけない事なんだから!」
有馬が俺を指差しながら捲し立ててくる。だが俺は大人だ。コネで役を貰ったのは事実だし、妹達の前で言い争うつもりもない。確か有馬は言いたいことだけ言って嵐のように去っていくハズだ。
(当たり障りのない返答で適当にやり過ごすか)
「あっ、この子アレじゃない?重曹を舐める天才子役!」
頭の後ろから、ルビーが思い出したように失礼な発言を言い放つ。そういや、この頃からだったか。二人のただならぬ因縁とやらは。
「十秒で泣ける天才子役!ドラマでの泣きっぷりが凄いって皆言ってるの!凄いんだから!」
有馬が自らを天才を称した上で、聞いてもいないのに自分語りをしてきた。この時期はかなり天狗になっている有馬だが、俺に演技で負けたと思ってリテイクを求めて泣きじゃくった。当時の細かい流れをようやく鮮明に思い出してきた。
「そっちの子の演技は見てなかったけど、どうせ見る価値もないわね。監督の作ったドラマ見たけど、あのアイドルも全然出番なかったじゃ「おい」な、なによ」
「お前…それ以上ナメた口利くと潰すぞ?」
「ヒッ?な、なによ……コ、コネのくせして……ぅっ…ヒグっ…わ、悪いのはそそっちなのに……」
「見もしないで人の演技を貶せる程、天才子役とやらは偉いのか?あ?」
半泣きで言い返してくる有馬に、容赦なく詰め寄る。もう少し我慢して黙っていればトラブルなくやり過ごせたはずなのに、エメを貶されて怒りに火がついてしまった。理性を総動員し、殴りかかりたい程の激情をどうにか抑え事は出来たが、抑えきれない怒りが言葉となって出てしまっていた。
「批判するなとは言わないが、その目で実際に見てから言えよ。勝手なお前の想像で決めつけてんじゃ……あっ」
「ふ、ぐ、うぅっ、う……わあぁああん!」
目に涙を溜めながらも必死で堪えようとしていたものが、遂に溢れ出す。有馬は声を上げて泣きはじめた。
「うわ、アクアが女の子ギャン泣きさせてる……」
「…うぐっ」
背後からルビーのドン引いた声が突き刺さり、激情が一気に冷え込む。
(ガキ相手にマジで何やってんだ俺は…。こんなに感情の制御が下手だったか?子供に戻った影響で思った以上に肉体に引っ張られてるのか?)
「お兄ちゃん?」
早く何とかしろと非難するような声に、目の前の現実に引き戻される。
「ああ……お、俺が悪かった。いくらなんでもキツく言いすぎだったよな?」
「うええぇっ、えぐっ、ふうううっ」
俺は謝りながら必死に宥め続けたが、有馬は中々泣き止んではくれなかった。
「「「……」」」
泣き止んでくれたものの、黙ったままうらめしげに見てくる有馬。「マジ何やってんの」という冷めた声が聞こえてきそうな目を向けてくるルビー。そしてエメは俯いて目も合わせてくれない。
(何だこの地獄のような空気……)
五郎の時代にも三角関係で修羅場は経験しているが、こんな幼児のうちから味わうような空気ではない。
「悪かった。妹を貶されてつい頭に血が登った」
「うわ、シスコンきも」
「……」
泣かされた相手にも口が減らないレスバの強さ。小さくとも有馬かなはやっぱり有馬かなだった。
「お前だって、よく知りもしない奴に家族を悪く言われたりしたら腹立つだろ?その気持ちは理解して欲しいな」
「……そうね、酷いこと言っちゃった、ごめん。これでおあいこにしましょ」
「あぁ、ありがとう。ホント、ごめんな」
あの有馬が殊勝な事を言ってくるとは思わなかった。少し有馬らしくない気もしたが、ともあれ、和解は成った。撮影まで引きずるような事にならなくて安心した。立ち上がって部屋を出ていく背中を見送る。
「それはそれとして……」
「ん?」
有馬が壁の陰から顔を出してきた。
「演技では手加減なんかしないから。ボッコボコにされても泣くんじゃないわよ」
「……」
有馬はそんな強気な言葉を残して、今度こそ行ってしまった。
(また俺が泣かす事になりそうなんだが……)
そうなったらその時はその時だ。フォローは現場の大人たちに任せよう。それはそうと、怖がらせてしまったエメにも謝らないと。
「エメもごめん、怖がらせちゃったな。許してくれ」
「ううん、大丈夫」
まだ少し表情は暗いが、口をきいてくれる気にはなってくれたようだ。怖がってしばらく避けられるんじゃないかと不安だったが、これで憂いなく撮影に臨めそうだ。
「ありがとう、エメ」
「もう、この子は私以上に繊細なんだから、これからはホント気を付けてよね?私も、ちょっとだけ怖かったし。エメの為に怒ってくれたのは分かるから、そこはまぁ、評価するけど」
(いやどういう目線だよ)
まるで弟を叱る姉のようなルビーの態度は少し気になるが、そこは俺もやらかした身だから文句は言えない。
「っていうか、アクアって普段クールぶってるけど、実は意外と熱血なところあるよね。ヲタ芸も普段からは想像出来ない熱量だったし」
「お前もだろ……」
有馬の相手をして精神的に疲労した状態で、ルビーにニヤニヤ顔でヲタ芸をイジられるのはしんどい。というかハズい。苦し紛れの反論を反すも、ルビーには全く刺さらない。
「二人とも動きが揃っててカッコ良かった」
「エヘヘー、そう?じゃ、今度エメも一緒にやってみよっか?」
「無垢な妹に布教してんなよ、ガチヲタが」
「いーじゃん、皆でやろうよ。きっと楽しいよ?」
「……はぁ、ミヤコさんに迷惑はかけるなよ?」
不承不承ながら提案を受け入れると同時に、苦労人ミヤコさんへの配慮を怠らないよう釘を指しておく。エメも元気が出てきたみたいだ。少なくともこの時の俺はそう思っていた。