わんこ(♀)とごすと居候と   作:パイルハンドドローン

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日常・前編

「起きろ、621」

 

その声に呼応し、目を開く。体は、動かない。

瞳は目の前の男を注視する。男は足を悪くしているのか、杖をついている。

男は起きろと言ってから、十秒ほど黙ったままだった。

しかし、体は、動かない。

 

「……お前に、起きる理由を与えてやる」

 

その男は一拍置き、こう言った。

 

 

「今日の朝ご飯はハムエッグだ」

 

 

体は跳ね起きた。

 

 

 

 

 

私はパジャマ姿のまま、居間へ行く。

そこには、椅子に座ってコーヒーを飲んでいる赤髪の女性がいた。

その女性は私に気付くと、微笑んで話しかけてきた。

 

「おはようございます、レイヴン。今日のお目覚めは早いですね」

 

うん、おはよう、と私は頷いて、その女性の前にある椅子に座る。そこには既に私の分であるはずのハムエッグと白ご飯とみそ汁が置いてあった。 

私は箸を手に取り、ハムエッグを掴もうとしたその瞬間、後ろから伸びてきた手に阻止された。

振り返ってみれば、そこには起こしに来た男――『ウォルター』がいた。

何故止めたと目で訴えると、帰ってきた言葉は

 

「いただきますと言ってからにしろ」

 

だった。

一度箸を置き、手を合わせてから、私はいただきますと言った。

あ、そういえば。

 

「どうした、621」

 

ウォルターに顔を合わせて、おはようと告げた。

 

「……ああ、おはよう」

 

そしてようやく、私はハムエッグを食べ始めた。美味しい。

 

 

 

 

 

食べ終わり、食器を流しに持っていく。この家では自分が使った食器は自分で洗うルールになっている。少しめんどくさいが、ウォルターが「出来るようになっておけば、将来役に立つ」と言ったため、やる。

 

最後の一枚を洗って、乾燥機に置いた。手の水気をタオルで拭き取ってから自分の部屋に向かう。

部屋に入った後はパジャマを脱いで、動きやすい恰好に着替える。

その後は居間に戻ってさっきの自分と同じように食器を洗う女性――『エア』に近づく。

 

「……あ、レイヴン。少し待ってください、もうすぐ終わりますので……はい、どうしましたか?」

 

エア、今日も少しだけ一緒にいていい?

 

「もちろんです。少しと言わず、いくらでも。では、行きましょうか」

 

ありがとう、そう言って私はエアの手を掴んで彼女の部屋まで向かった。

 

エアの部屋の中は、家具が多いとは言えない量が置いてあり、必要最低限人が住めるようにされていると感じる部屋だった。

しかし机に置いてある、少し大きめなパソコンだけが目立つように光っていた。エアはその前にある椅子に座ってから、私の方へ声を発した。

 

「では、レイヴン。来てください」

 

私はエアの太ももの間に挟まるように座る。ここが私の定位置だ。エアはどこか満足したかのような表情をして、キーボードをかたかたし始めた。

こうして時折、エアの仕事を見学させてもらっている。何をしているのかは未だによく分からないが、多分難しいことだ。

 

「レイヴン。楽しいですか?」

 

分からない。けど、エアがかっこいいことをしているのは分かる。

 

「……そうですか。かっこいいですか」

 

たまにこうして会話をすることもある。不思議なことだが、褒めると何故かエアの手が止まる。

 

 

 

 

 

数時間ほど経った後、エアに「ウォルターのところへ行ってあげてください」と言われたため、私は部屋を出てハンドラーの部屋へ向かった。

部屋の前に立ち、三回ノックをする。ウォルターが大事なことだと言っていた。

中から入っていいぞと聞こえたため、扉を開けて入った。

部屋の中は、紙の束や本でたくさん埋まっていた。そして、その中心にある机と椅子にウォルターが座っていた。

 

「どうした、エアのところにいただろう?」

 

ハンドラーに会いに来た。

 

「そうか、だが面白いものは何もないぞ。遊んでやることも出来ない」

 

じゃあ、仕事を手伝いたい。

 

「しかし……いや、なら手伝ってもらおう。来てくれ」

 

ハンドラーの座っている横に椅子がいつの間にか増えており、私はそこに座って、ウォルターの説明受けながら、紙を分けていた。

この赤いのは、左、青いのは右……

 

「そうだ、上手く出来ているぞ」

 

そう言って頭を撫でてくれるウォルター。私は嬉しいと思った。

紙の内容は全く分からないが、重要だということは分かる。そんな仕事を手伝わせてくれるのは嬉しい。

エアの時とは違い、会話はほとんどないが、それはそれで安心する。

 

途端にぐうぅ、という音が聞こえた。私の首から下からだ。

 

「もうこんな時間か、お昼を作ってこよう」

 

ハンドラーはそう言って立ち、杖を持って部屋を出て行こうとした。だが、ふと足を止めて何かを嗅ぎ始めた。

 

「……どうやら、エアが既に作っているようだ。手伝いに行くぞ、621」

 

私も立って、ウォルターの後ろについていった。

 

 

 

 

 

キッチンにはエアが鼻歌を歌いながらフライパンを振っていた。

杖を突く音で気付いたのか、フライパンを置いて私達の方を向く。

 

「……おや、二人とも。ようやく来ましたか」

「悪い、仕事に気を取られ過ぎていた。621が手伝ってくれてな」

「えっなんですかそれうらやま……んん、今日は簡単にチャーハンですよ。お皿によそいますね」

「もう出来ていたか。ならば運ぶのは我々がやろう」

 

チャーハンは私が全部運ぶ。ウォルターはスプーンを持ってきてほしい。

 

「三つあるが、どうやって運ぶつもりだ」

 

……頭?

 

「ふふ、往復すればいいだけですよ。まあ、一つは私が持っていきます」

 

むぅ。

何とも言えない感覚を感じながら二人分のお皿を持っていく。ウォルターが置いたスプーンの位置にお皿を置いて椅子に座る。ウォルターは私の前に、エアは私の横に座った。

ウォルターが杖を近くに置き、手を合わせる。

 

「では、いただこう。いただきます」

 

ウォルターに続いて、私とエアもいただきますと言う。そしてスプーンを手に取り、チャーハンを掬って口に運ぶ。

 

「どうですか、レイヴン。美味しいですか?」

 

美味しい。

 

「それは良かった。余っていた食材で作ったのですが」

「少し味が濃くないか?」

「若者はこれくらいがちょうどいいんです。ね、レイヴン」

「お前は若いのか?」

「は?」

 

エアのも好きだけど、ウォルターの作る優しい味のチャーハンも好き。

 

「……まあ、今日のところはこのあたりにしてあげましょう」

「どうして妙に喧嘩腰なんだ……」

 

美味しい。

こうして三人で会話をしながら、お昼ご飯を食べたのだった。




621:ちょっと病弱な女の子。学校には行っていない。ウォルターとエアが大好き。
ウォルター:感情を表に出さないタイプと思っておきながら621関係だとすぐ顔に出るタイプのおじさん。621にいろんなことを教えている。エアに遠慮はしない。
エア:621に拾われた女性。多分IT関係の仕事をしている。すぐ621を甘やかしてウォルターに怒られている。ウォルターに遠慮はしない。
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