なんかちょっと違う 作:コーラル不思議
机の上に並べられた食事。リビングでお母さんと対面になって食べ始める。朝食だ。
僕は手に持った箸を使って皿の上の焼き魚を細かく崩しながら違和感を覚える。
僕はこの家で何年も過ごしてきたが、このリビングで朝食に和食を食べると言う経験が初めてだった。我が家では毎日朝から忙しいお母さんが用意してくれるのは決まってパンであった。
いつもはそれらにジャムやバターを塗って食べるのだが、今日僕の目の前に朝食として出されたのは白米に焼き魚、それに小松菜の和物と味噌汁。家庭科の教科書に出てきそうな日本の朝食だった。
切り分けた焼き魚の白身を口に運ぶ。焼きたてなのだろう、口の中に魚特有の香ばしく淡白な味が広がる。
僕はそれから味噌汁の入ったお椀を持って口に運びながら、隣に立つ
「…何か御用でしょうか?」
しかし僕のその視線は呆気なく看破されてしまう。僕はなんだか悪戯がバレた時の様な気持ちになり、慌てて首を左右に振って視線を逸らす。
何回か食事を口に運んで、それからもう一度チラッと一瞬だけ横を見る。
そこには両手をお臍の前で重ねてじっとこちらを見つめる真顔のメイドさんが居た。当然、一瞬だけ向けていた視線にも気づかれたのか、目が合う。
「ぶっ!!」
僕は思わず口に含んでいた味噌汁を吹き出す。
「大丈夫ですか!?ハルト様!」
そして横に立っていたメイドさんが表情はあまり変えず、だけども慌てて近づいてくる。
「けほっ!だ、大丈夫です…。あ、拭かなくちゃ…。」
僕がそう思い、立ち上がろうとするとメイドさんが手でそれを制す。
「少々お待ちください。」
それだけ言うとメイドさんは素早くその場を移動し、台所の方へと向かう。それから十秒もしないで戻ってきたメイドさんの手には布巾が握られていた。
どうやら急いで拭くものを用意してくれたらしい。メイドさんはそのまま無言で僕の零した味噌汁を拭いてくれる。
「す、すみません…。」
動くことも出来なかった僕はメイドさんに謝る事にした。
「いえ、構いません。」
メイドさんはそれだけ言うと机の上を拭き終え、それから再び台所の方へと向かっていった。
僕はそんなメイドさんの後ろ姿を見て、一つため息をこぼす。
「ちょっと、どうしちゃったのよ、ハルト。今朝から落ち着かないわね。」
一連の出来事を見ていたお母さんが味噌汁の入ったお椀を持ちながらそう言う。
お母さんは突然メイドさんが現れたことも、そしてそのメイドさんが朝食を作り、我が家の家事を行っている事にも大した動揺を見せないどころか、まるでそれが当然のように受け入れていた。
「う、うん。ちょっとね…。」
僕は誤魔化すようにそう言って返す。お母さんは若干不思議に思いながらも、それからは大して気にも留めず、視線はテレビの方へと移った。
今朝から、おかしいことだらけだ。
朝のあの出来事が起きてから部屋を色々と探索したけど、やっぱり僕の部屋である事に違いはなかった。
好きな漫画も本棚に入っていたし、ランドセルの中には昨日入れた通りの順番で物が入っていた。
ただ、去年使った教科書、それの表紙がちょっと違っていた。主に変わっていたのは国語と社会だった。
国語は前まで象さんの描かれた表紙だったのが、なんかちょっとかっこいい感じのドラゴンになっていた。
社会は前まで僕と同じくらいの小学生が載っていたのに、今朝見たものは僕と同い年くらいの子と、尻尾とツノが生えている子供が一緒になって並んでいた。
やっぱり何かがおかしい。僕だけが知らない世界に連れて来られたみたいに、周りは平然と塗り替えられていた。
僕は一旦食事から手を止め、お母さんが見ているテレビのニュースを見る。
普段はあんまり見ないけど、今日ばっかりは気になって仕方が無かった。
『見て下さい!こちらが最近駅前でオープンした実際にエルフの里で採られた素材のみでメニューが構築されているカフェ『エルフの森』です!』
そこにはバラエティ調で構成されるニュース番組が流れていた。マイクを持って笑顔で話すレポーターも、その番組でよく出てくるお姉さんだった。
だけど、話している内容は聞いた事の無いものばかりだった。『エルフ』当然のように話される単語は、僕はゲームの中でしか聴いたことが無かった。
それをニュースのレポーターが聞き取りやすい口調で話しているのだ。
それからニュースは例のカフェへと入っていき、店の内装について語り始める。
店内の厨房の奥から出てきたのは綺麗な緑髪のお姉さんで、まさかと思って目を凝らしてみると、その頭についている耳が異様に鋭利である事に気づいた。
ゲームで見るような架空の存在が、確かに現実で動いている事を僕は自分の目で確認した。
唖然としてテレビを眺める僕に、いつの間にか再び定位置と言わんばかりに僕の隣に立っていたメイドさんが話しかける。
「お食事、お口に合いませんでしたでしょうか?」
その言葉に再び僕は体をビクッと揺らして、それから慌てて答える。
「え、えっと。別に美味しくないとかじゃなくて、むしろすごく美味しいし…えっと…。」
僕は必死に弁明をするが、目の前にいる人物が謎の人物である事も加わって上手く言葉が出てこない。
そんな僕の様子を見兼ねたのか、お母さんが口を開く。
「本当にどうしたのよ。熱でもあるのかしら?アイリナ、少し診てあげて。」
お母さんはメイドさんに向かってそう言うと、アイリナと呼ばれたメイドさんは「かしこまりました。」と言って一礼をすると膝を屈めて姿勢を低くした。
「失礼します。」
椅子に座っている僕とお同じくらいの高さまで顔を近づけたメイドさんは黒い手袋をつけた手で僕のおでこにかかる前髪をかき上げた。
突然の行動に僕は何も出来ずにその場で座って固まるだけだった。
少しの間を置いてから、瞬き一つせず見つめてくるメイドさんの目が閉じられる。
「…体温、体内に異常は見受けられませんが、やや心拍数が高い様です。特段身体に異常は無いと判断しますが、どうでしょうか?」
メイドさんはそう言って僕に対して問い掛けてきた。どうやら今の数秒で僕の身体の状態についてチェックをしていたらしい。
僕は一度自分の体を見下ろしてから答える。
「えっと、別段異常は無いです…アイリナ?さん?」
僕がそう言うと目の前のアイリナさん?は短く「そうですか…。」と言い、再び定位置に戻った。
僕はそれから急いで机の上の食事を食べる。一通り食べ終わった頃に、机の上に肘をつけ、その手のひらに顎を乗せてジトっとした目で僕を見つめるお母さんの姿に気づいた。
「…お母さん?」
僕はその姿を覚えていた、大体、僕が何か不味いことを行った場合に向けられる目線だ。
僕は叱られるかもと怯えながらも、お母さんに問いかけた。
「あのねぇ…さっきから妙に余所余所しく無い?ハルト。ほら、アイリナが悲しんでるじゃない。」
そう言ってお母さんは顎を動かし、視線をアイリナさんに向ける様に促す。
僕はお母さんの言葉に横を向いてアイリナさんの顔を伺う。そこには真顔の表情を浮かべるアイリナさんの顔があるだけで、僕にはいまいち悲しいそうには見えなかった。
「…加奈様、私は別に悲しみを抱いてなどおりません。気に留めて頂かなくて結構です。」
アイリナさんはお母さんの言葉を否定するようにそう言った。
「はぁ…ハルト、あんたもう少し女心って奴を分かる子になりなさい。」
お母さんはそれだけ言い残すと食べ終わった食器を持って台所へと向かい、そのまま二階へと移動した。恐らく、仕事の支度をしに部屋に移動したのだろう。
リビングには僕とアイリナさんの静寂が流れ、テレビから流れるニュース番組の音だけが部屋に響いた。
僕はなんだか居た堪れない気持ちになり、アイリナさんに向かって口を開く。
「えっと、なんだかごめんなさい。アイリナ、さん。」
さん、と付けるのが正解なのか、僕は疑問に思いながらもそう言った。
「…いえ、気にしておりません。」
変わらぬ無表情で答えるアイリナさんだったが、お母さんの言葉を聞いた後だと、なんだか少し悲しそうにも見えた。
僕は食べ終わった食器を重ねて台所の流しに運んでから、逃げるように自分の部屋へと向かった。
_________
「行ってきまーす。」
久しぶりの感覚、ランドセルを背負った状態で靴を履き、玄関にて声を上げた。
家を出る前のチラッと玄関から先の廊下を見ると、リビングから出てきたであろうアイリナさんがペコリとお辞儀をしているのが目に映った。
僕もそれに倣ってペコリと一礼をして、それから家を出た。
家を出ること自体は何も久しぶりでは無いが、登校となると不思議とその景色が新鮮に思えた。今は良くわからない変化が僕の世界に起こっているため、その新鮮さは一頻りだった。
僕は家を出て、一度大きく深呼吸をすると歩道を歩く。
目的地はそう遠くは無い。数分もしないうちに僕の目には大きな家が映る。
ここら周辺の家はみんな同じくらいの大きさだけど、その家だけは特別。大きな庭に堅そうな金属の門。
その先に青いレンガの屋根ので覆われたお屋敷の様に大きな家が見えた。
僕はその家の庭の門、その横に付けられているインターフォンのボタンを押して返答が来るのを待つ。
『…はい、どちら様でしょうか。』
女の人の声、多分使用人の内の誰かの声が聞こえる。僕はレンズのみが見えるインターフォンに向かって口を開いて自分の名前を告げる。
「はい。
『…はい、ハルト君でしたか。少しお待ちを、今お呼びします。』
そう言ってインターフォンからの声は切れてしまった。
僕はアオカくんが来るまでの間に門に連なるように設置されたレンガの壁にランドセルを挟んで背中を預ける。
それから青空を眺めてこれからについて考える。
朝から色々と考えたが、それでも僕には分からない事が多すぎた。
なんで朝からメイドさん、アイリナさんが部屋にいたのか。そもそも世界はどうなってしまっているのか。これから学校に行ってどうするべきか。
色々考えたが、朝の寝ぼけた思考と、そもそもこんな状況でまともな思考を出来ない僕はやっぱり他の人を頼る事にした。
パッと思いついたのがこの家に住む僕の友達、アオカくんだった。
アオカくんは一緒に居て楽しい友達だ。一番最初に会った時は僕には興味が無いようであまり会話も弾まなかったが、去年の今頃、学校でクラスが同じになってからよく遊ぶ様になった。
アオカくんはとても頭が良い。僕達が学校で習う内容はとっくに分かっているようで、最近は高校生の勉強も飽き始めたと言っていた。
それ位知識も豊富なのだが、それ以上に考え方が僕とは全く違うのだ。一言で言って探偵の様に物事を結びつけて真実を見極めるのだ。
アオカくんの家は先祖代々名探偵であるらしく、アオカくんはその中でもとても才能溢れているとか、大人の人が話しているのを聞いた。
そんなアオカくんに現状の打破を頼むのは良い判断だと思った。
普段から色々と頼ってばかりで申し訳ないが、今は藁にでも縋りたいと言う状況だった。
そんな風に考えてアオカくんの登場を待っていると、背後から金属の擦れる門が開く音が聞こえた。
僕は凭れている壁から背中を離して、門の方へと体を向ける。
「おはよう!アオカ、く……ん?」
僕はやっと会えた頼れる友達のアオカくんの登場に笑顔を浮かべて大きく挨拶をしようとした。
が、それは目の前の異様な光景によって阻止された。
「ああ、おはよう。今日も