なんかちょっと違う 作:コーラル不思議
僕の小学校では、新学期が始まってすぐの登校日は必ず午前中に終わり、授業は行わなかった。
そのため、教室で軽い学級活動として自己紹介を終えた僕たちは体育館へと向かい始業式を行った。
変わった世界でも校長先生の長く面白くない話は変わらなかった事に少し安堵した。
だけど変わったものも当然あって、保健室の養護担当の先生がツノが生えたインマのシュゾクだったり、体育主任の先生が獣族の先生だったりしていた。
細かな変化はあっても始業式の流れは例年とあんまり変わりはなくて、新しく入った先生の自己紹介と校長先生の話が行われるだけだった。
その後は学年集会が行われ、長い間僕たちは聞きに徹さなくちゃいけない。
つい退屈になって辺りを見渡すと、何故か遠くにいる体育座りの状態のアオカちゃんと目が合った。
ちょっとだけ驚いたけど、目が合うとアオカちゃんの方が軽く手を振ってくれたから、僕も返事をするように手を振り返した。
すると、それがタカハシ先生にバレて「こらっ!話を聞くんだぞ。」と小さく怒られた。
叱られた後アオカちゃんの方を見ると、何が面白いのか体を小さく揺らして笑っている様だった。
僕は若干不満に思いながら先生たちの話を聞いていると、やがて学年集会も終わりを迎え、全員の揃った二組の中帰りの会が行われていた。
黒板の上に掛けられた時計は十一時半頃を指していた。僕は時計から視線を下ろし、朝の会と同じ教卓の前で立つタカハシ先生の話を聞いた。
「それじゃ、また明日から委員や給食係に関しても決めるから、みんなまた元気に登校する様に!それじゃ、みんな起立!」
今日は朝から色々な先生達の話を聞き続けてきた。だからか、教室の中ではもう飽きてしまったのかうんざりとした様子の子や、眠そうに欠伸をする獣族の子がいた。
やっと訪れた解放に少しの達成感を感じながら、僕は席を立ち挨拶の号令を待った。
「気をつけ!さようなら!」
「「「さようなら。」」」
張りのある号令がタカハシ先生の口から発せられる。僕たちもその声に続く様にして終礼の挨拶を告げる。
挨拶が終わってすぐ、静かだった教室から一転騒がしくなる。まだ新クラス初日だから積極的に声を掛ける事はないけど、放課後を迎えた僕たちは同じ喜びを共有する。
そんな浮かれた空気に呑まれながら、僕も今日帰ってからの事を想像する。取り敢えず家まで帰ってランドセルを置いて、それからは今日は宿題も無いから欲しかった漫画や本を見に本屋さんに行くのもいいかもしれない。
そこまで想像してみて、僕の脳裏にフッとアイリナさんの姿が浮かぶ。忘れていたけど、今の僕の家にはアイリナさんが居るのだ。
僕は今朝見たアイリナさんの姿を思い出す。とても綺麗で確かにずっと表情を変えないけど、それでもアンドロイドなんて思えなかった。
アオカちゃんが意味の無い嘘を吐くはずも無いしきっと本当の事なんだろうけど、いまいち実感が湧かなかった。
魔法やエルフだとか、そういったファンタジーは理解できなくても想像できた。でも、自分で意思を持っていて、それでいて誰かに仕えるアンドロイドだなんて想像すら難しい範疇だ。
家に帰ったらまず、アイリナさんとちゃんと話すべきなのだろうか。でも何から話せばいいのか、そもそも僕はアイリナさんをどう思っていたのか。全部が分からないままだった。
何だか考えることが難しくて、僕は肘を机について教室の外、廊下の方を眺めて思考を休めた。
すると廊下の方には今日初めて何度も見掛けた黒髪の女の子、赤いランドセルを背負ったアオカちゃんが見えた。僕の視線に気付いたのか、手のひらをひらひらと揺らしながらこちらを見つめてくる。
一緒に帰ろうと言う事だと思う。去年はほぼ毎日登下校を一緒にしていたし、クラスが変わったけどまだ僕はアオカちゃんの下校仲間らしい。
僕は待たせるのも悪いと思い、すぐ立ち上がってランドセルロッカーへと向かおうとする。
立ち上がった際、僕の目に前の席に座るセリシアちゃんが映った。頬杖をついて、目線は廊下と反対側の窓の向こう、春らしく校庭の隅に咲いた桜の木に向けられていた。
セリシアちゃんは、別に仲良くする気はないと今日の朝宣言した。だからここで一人孤立してるのも本人の望む通りだろうし、別に僕が関与する理由は無かった。
「え、えっと…セリシアちゃん?だよね。」
それでも、何だか退屈そうに、つまらなそうにしているその表情が放っておけなかった。
そう思って声を掛けたけど、やっぱり少し怖かった僕の声はぎこちなく少し揺れていた。そんな僕の声に頬杖をついてる手はそのまま、セリシアちゃんは目線だけを僕に寄せた。
「………。」
「………。」
結果は無言だった。セリシアちゃんは会話を拒否する様に無言に無表情で見てくるだけ。僕の投げた会話のボールが無情にも地面に落ちたままで、何も返せず黙り込む。
「……私、仲良くするつもりは無いと申し上げました。」
そんな奇妙な間が数秒流れ、遂に地面に転がる会話のボールが投げ返された。
「うん、でもなんか話せたらって…ほら、席も近いし、せっかくおんなじクラスになれたし…。」
僕がそう言って返すと呆れたようなため息が返され、それに連動するよう背中の翼も小さく動いた。
「一応聞いておきます。あなたは人間でしょう?私の記憶が正しければだけど。」
セリシアちゃんの問いに正真正銘人間の僕は首を縦に振る。
「なら、きちんと伝えておきますわ。私、人間が嫌いなの。今だって下の階の下駄箱に多くの人間が集まるのが嫌でここで時間が過ぎるのを待っているの。」
そこまで言ったセリシアちゃんは今度はさっきよりも鋭く睨んできた。
僕はセリシアちゃんから伝わるその圧に言葉を返せず、口篭ってしまう。
「………。」
話はこれで終わり、そう言わんばかりにセリシアちゃんは僕に向けていた視線を外して再び窓の外を眺め始める。
僕は一瞬廊下の方に視線を向け、アオカちゃんの姿を探す。
アオカちゃんはさっきと変わらない場所で手を顎に当て、興味深そうに僕の事を見ていた。
「えっと…じゃあ、また明日?」
これ以上待たせる訳にもいかないので、僕はこちらを見ないセリシアちゃんに向かって別れの挨拶を告げる。
「……。」
聞こえているとは思うけど、反応を示さないセリシアちゃんだった。僕は少し残念に思いながらもその場を離れてランドセルロッカーに自分の藍色のランドセルを取りに向かい、そのまま教室の外へ向かう。
「ごめん、アオカちゃん。待たせちゃった。」
僕は手のひらを顔の前で合わせながらそう言う。予想通りではあるけど、アオカちゃんは大して怒った様子は見せないで、爽やかな笑顔で僕を迎えてくれた。
「いや、全然構わないよ。それに君が無下に扱われる珍しい様子も見れたしね。」
そう言うアオカちゃんの言葉に僕は何だか頬の辺りがむず痒くなる。恥ずかしい光景を見られてしまった気がする。
「…あんまりいい事じゃ無いけどね…。」
僕がそう返すとアオカちゃんは「当たり前だ」と口を開いた。
「そりゃ、君が非道な目に遭うのはボクの本意ではないさ。けれどあの態度を咎める資格もボクには無いしね。」
そう言うアオカちゃんは少し遠くを見ている様だった。僕はその言葉に去年の今頃を思い出す。丁度それくらいに僕はアオカちゃん、あの時だとアオカくんとよく話すようになった。
あの時、教室の隅でつまらなそうに何かの本を読むアオカくんに僕から話しかけたんだった。その姿がどうもさっき見たセリシアちゃんと重なっていて、もしかしたら僕はそれで話しかけようと思ったのかもしれない。
アオカちゃんはそれから目線を教室の中の僕が座っていた席の前、セリシアちゃんの方を見て口を開く。
「彼女、吸血鬼だね。君も随分癖の強い知り合いばかり作ろうとするね。」
その言葉は、アオカちゃん自身が自分を癖のある人物と認めているのか。言いそうになったけど、僕はその言葉を抑える。
「セリシアちゃんって言うんだけど、なんか当たりが強いっていうか、人間の事が嫌いらしいんだけど。」
僕の言葉にアオカちゃんは「ほう」と息を漏らす。
「それは大変な近所付き合いになりそうだね。人間が嫌いな吸血鬼がこの学校に通う理由、大方人間界での滞在実績が目的だろうけど。あ、吸血鬼全員がという訳では無いけどね。」
アオカちゃんは補足するように言葉を足した。僕はその言葉に少し考える。セリシアちゃんの心の事だ。
実績の為に嫌いな人間界に行く、それはやっぱり楽しく無いだろうし、寂しく聞こえる。
「…取り敢えず、明日も挨拶してみるよ。」
僕がそう返すとアオカちゃんは呆れた笑みを浮かべて、やれやれのポーズをとった。
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「ん、ちょっと失礼するよ。」
あれから僕たちは今朝来た道を戻るようにして校舎の中を歩いて、正門の前までやって来ていた。
他愛も無い会話をして歩いていると、隣を歩くアオカちゃんのポケットから電子音が響いた。
アオカちゃんはポケットから音鳴るそれ、ケータイを取り出してから僕にそう言った。
本来学校に関係の無い物を持ち込むと怒られちゃうけど、アオカちゃんは先生を説き伏せ納得させた上、特別にケータイの持ち込みを許されている。
少しずるいんじゃ無いかと思うかもしれないが、別に遊びだったり自慢の為に持っている訳じゃないし、事実僕はそんな用途でケータイを使っているアオカちゃんを見た事が無かった。
「……本当か?……そうか、ああ、分かったよ。一応父さんに伝えといてくれ…ああ、それじゃあ。」
アオカちゃんは眉間に皺を寄せて電話の先の相手と話すと、耳元からケータイを離し、通話を切ってから大きくため息を吐いた。
「どうしたの?」
僕がそう聞くとアオカちゃんはつまらなそうに言った。
「いや、近くで事件が起きたってね。別に難解な事件も謎も大好きだけど、今は君との下校だろう?急を要するらしいからボクも向かう事にしたんだ…はぁ。」
アオカちゃんはため息を吐きながら、割とすごい事を平然と言い放った。
「そうなんだ。頑張ってね。」
僕は残念がるアオカちゃんを励ますようにそう言った。何だかすごく冷静なやりとりだけど、こんな感じの事態は初めてじゃないし、週一であるくらいだ。
アオカちゃんは本当に凄い探偵の卵らしくて、今の時期から沢山の事件を解決する、凄腕小学校探偵だと、アオカちゃん家の使用人さんが褒めていたのを思い出した。
よくよく考えたらアオカちゃんのこの実績の方がよっぽどファンタジーな気もするけど、僕にとってはもう既に通過点だった。
「ありがとう。君の激励が励みになるよ。そうだ、君も付いて来るのはどうだい?意外に興味深いものだよ?」
アオカちゃんは閃いた様にそう言う。
僕は少しだけ面白いかもと考えるけど、普段の事件に関する話を聞くと、凶悪犯を追い詰めるために逃亡劇を繰り広げたり、爆弾を解除したりしてるらしく、とてもじゃ無いけど僕には荷が重かった。
「い、いいよ。遠慮する。」
「そうか。まぁ、確かに今のボクじゃ君を守って事件の解決をするにはまだ力不足かな。」
僕がそう返すと納得した表情でアオカちゃんは言った。
僕は小走りで手を振りながら去って行くアオカちゃんを見送った。きっと明日は面白い事件の話が聞けるのだろう。
そうして一人になってしまった僕は、一度大きく伸びをしてリラックスする。
「あ!ハル兄!!」
そしていざ進もうと足を上げた途端、背後から元気の良い声が聞こえた。聞き覚えのある僕を呼ぶ声に振り返ると、そこには大きく手を振って走ってくる女の子の姿があった。
「アマネ!」
声に応えるよう、僕も目の前の笑顔で近づいてくる明るい栗色の髪を左右でハーフツインに結んだ女の子、アマネに向かってそう呼びかけた。
もう今後言わないかもなので、ここで意思表明させて頂きます。
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拙い文や間違った箇所があると思いますが、今後も一人でも多く楽しんで頂けたら幸いです。
それだけです。