なんかちょっと違う 作:コーラル不思議
世界がちょっと変わってしまう前の事。僕が二年生なりたてくらいの頃、僕は少しだけ大変な状態だった。
僕はお父さんの顔も風貌もよく覚えてる、よく笑う、優しい人だった。
お母さんとも仲が良く、幼いながらにいい夫婦だと感じた事を覚えている。
そんな二人が、唐突に離れ離れになった。
離婚とか、シンケンとか、難しい話は分からなかったけど、引っ越しを決めた日のとても苦しそうな顔をしてたお母さんの姿が今も忘れられなかった。
僕は色々お母さんから聞かされて、お母さんと一緒に引っ越しをする事を決めた。
結局その決定から一度も僕はお父さんに会っていないし、今になってもどうなったのかは分からない。
けど、大事な、大事な決断だったんだと思う。正解か間違いかは、些細な事な気がした。
それからお母さんは一度も弱った姿は見せずにいつも通りのお母さんで居続けてくれた。
でもお母さんは忙しくなった。主に住む場所が変わった事で仕事が大変になったらしい。僕は家で一人で過ごす事が増えていた。
一人は、正直ちょっぴり辛かった。前の場所で仲の良かった友達はみんな居なくなって、それから通う予定の小学校も家からは遠く、近くにアオカくんを除いた同級生は居なかった。
当時は顔を一度合わす程度でしか無かったアオカくんと遊ぶ事もなく、大抵は家の中で本を読んだり、テレビを見たり。一人であんまり気が進まなかったけど、夕方になる前に近くの公園に行ったりしていた。
まとめると当時の僕には友達と呼べる存在がいなかった訳だ。この話を誰かにする事は無いけど、僕みたいな子はあんまり見なかった。
でも僕は改めて自分の事を振り返って、運が良い方だったと思う。その理由は簡単で、単純に独りぼっちの期間は短かったからだ。
アオカくんと仲良くなったのは四年生の頃で、それより二年前の、確か引っ越して二ヶ月後くらいだった。
僕は学校の帰りでまだ新鮮な通学路を歩いて帰っていた。その日は日直の仕事で帰るのがちょっとだけ遅くなった日だった。
僕は少しづつ赤みを帯びていく空の色の下、家の近くの公園でその子と出会った。
「えっ…えんっ…ひっ…んぐ…。」
公園のベンチの上で、ランドセルを横に置いて一人座る女の子が居た。その公園はあんまり人気が無かったが、誰も居ない程では無かった。
その日はその誰かがその女の子だった。僕は公園の柵の外からその子の姿と聞こえる嗚咽から泣いているのだと察した。
僕だって泣いた事はある。それも何回もだ。恥ずかしいから声を大にして言える事じゃ無いけど。
大抵何か嫌な事があって、それで不貞腐れたり、怒ったりして泣く。それをお母さんが厳しかったり、優しかったりして慰めてくれる。
みんなそんなものだろう。だから泣くってこと自体は特別な事じゃない。
でもその日の公園にはその子だけだった。僕が泣いた時はお母さんだったり先生だったり、あんまり見られたくないけど友達だっていた。
泣く時は誰か慰めてくれないと嫌な気持ちが延々と続くのだ。慰めるのは誰だって良いけど、いないのはフェアじゃない気がした。
その日は偶然、それが僕だっただけだ。
「大丈夫?何かあったの?」
あと、お母さんに女の子は泣かすなって言われてたから。僕は公園の中でその女の子に声をかけた。
「ひっ…ん、だ、だれ?」
涙を拭って、赤く腫れた目の女の子が見上げるように警戒してそう言った。
それから軽い自己紹介、お互いに名乗って、それから女の子の事情を聞いた。
その子は丁度昨日が誕生日だったらしく、今日はお母さんから貰ったシュシュを着けて学校に行ったらしい。
それから友達と一緒に帰って、途中でこの公園に寄ったらしい。夕暮れが近づいてきたから今日は解散したとの事だった。
「それで、あたしもおうちに帰ったの。でも、途中でお母さんのシュシュがないって思って…ぐす…。」
僕は話を聞きながらその子の頭を見たけど、シュシュらしきものは見つからなかった。どうやらその失くしものが涙の理由らしい。
ランドセルの中は?聞いてから二人で見たけどそれらしきものは見つからなかった。
歩いてる途中に落としたりは?うーんと頭を抱えて思い出す女の子だったけど、結局心当たりはなさそうだった。
だとしたら、もうこの公園で遊んでる最中に落としたくらいしか考えられないけど。そう言うと女の子は首を何度も縦に振った。
「そう思って、ずっと探してるの。でも、見つからなくて…。」
女の子の表情が暗くなる。泣き出してしまいそうだ。僕は慌てて元気づけるように言った。
「もう一回探そう!一緒に!」
それから人員の一人増えたシュシュ捜索が始まった。ベンチの下、ブランコの上、砂場の砂の中、草むらの中。
有り得そうなところは全部探して、それでも見つからなくて、時間だけが過ぎていった。
成果なしで二人ベンチの上でくたびれている中公園の時計を見ると五時を二十分ほど過ぎた後だった。
しまった、と思った。僕は破ったことはないけど、五時になる前には帰って来いとお母さんに言われていることに気づいた。
このままじゃお母さんに怒られてしまう、けれど肝心のシュシュはまだ見つかっていない。
何だか僕の方が泣きたいくらいだった。
「……つかれちゃった。」
そんな風に僕が内心落ち込んでると隣で女の子がそう言った。また泣き出さないか。僕は懸念しながら横を見るけど、そこに暗い表情はなくて、代わりに夕日に照らされて若干の赤みを帯びた笑顔があった。
「…泣かないの?」
僕は思わずそう言った。そうすると女の子は笑顔のままで言った。
「うん!今はハルトお兄ちゃんがいるから!」
なんだそれ。僕は変に肩の力が抜けたのを覚えてる。
そのまま一先ず家に帰る事にしたら公園の入り口から小走りでこちらに向かって来る女の人が現れて、それが女の子のお母さんだったと聞いた。
焦った様な、安心した様な表情で女の子を叱ったその人は僕にお礼を言うと危ないからと言う理由で車で送って行ってくれると言った。
僕はそのまま女の子のお母さんが運転する車で家の近くまで連れて行ってもらった。
「た、ただいま…。」
それから家に帰って、怒られるだろうと思ってビクビクしてリビングに入った。
「ん。おかえり、ハルト。どこ行ってたのよ、探しに行くところだったのよ。」
案外怒ってなさそうなお母さんに驚いた。それから公園での出来事を話すと。
「やるじゃん。」
と褒められたのだ。僕は怒られるものだと思っていたから、想定外の褒められた結果に何だか得した気分になった。
「で、知らない人の車にまんまと乗ったと。」
それから怒られたから、すごい損した気持ちになった。
しょぼくれた僕は若干の涙を目尻に残してお母さんの作ったご飯を食べた。
「で、その女の子の名前は?」
その最中説教モードから戻ったお母さんが女の子の名前を尋ねてきた。
「んー…アマネ!アマネちゃんだった。」
女の子との会話を振り返ってそう言うと、お母さんにため息を吐かれた。
「上の名前じゃなきゃご近所さんかわからないじゃない。」
そんな事言われても困る僕だった。
翌日、僕は普通に学校に行って授業を受けて、それからまた同じ通学路で帰った。
公園には昨日と同じようにランドセルとアマネが座っていて、近づくと僕に気付いたのか、ベンチから飛び降りて話しかけてきた。
「シュシュ!あった!」
「え?」
第一声にそう言われ、アマネの頭を見ると確かに薄桃色のシュシュが着けてあった。
話を詳しく聞くと、そもそも公園では着けてなくて学校に置いてあったとの事だった。
その日は今度は五時に間に合うように二人で公園で遊んだ。
これが僕とアマネの出会いだった。
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アマネは引っ越してから出会った最初の友達、僕より一つ下の四年生だった。
「それでねー新しいクラスの先生…えっと、アサマ先生がねー」
身振り手振りで今日の出来事を僕に伝えてくるアマネの話を聞いていつもはアオカくんと歩く通学路を進む。
「それで、あ!クラスに私と同じイチゴシューリンが好きな子が居てね、その子の着けてた靴下がシューリンのだったの!」
イチゴシューリンと言うのはエンジェラーランドに住む妖精で、頭が苺を模して女の子が好きそうな見た目のキャラクターのことだ。
僕は戦隊派だったからあんまり詳しくないけど、前の世界でもアマネが大好きなキャラクターだったはずだ。
僕は動かす口と腕を止める事なく話し続けるアマネを見て確信する、アマネもまた前の世界通りの状態だと。
なんやかんや色々有り過ぎて、僕は出会う全てのものに驚いてばかりだったけど、教室で出会ったコウタくんや今年も担任だったタカハシ先生も、変わらない存在も居た。
朝起きて見知らぬメイドさんにファンタジーなニュース、終いには隣の家の友達が女の子になっていたのだ。
出会うもの全てに何かしらの変化があってもおかしくない、そう考えてしまう僕だったけど案外変わらないものも多いのかもしれない。
「でさ、ハル兄はちゃんとお友達できたの?」
アマネは友達の多い、所謂クラスの人気者なのだろう。僕は普段登下校を一緒にするのはアオカちゃんくらいしかいないけど、アマネはいつも五人くらいの友達に囲まれて帰っている。
それを羨ましいとは思わないけど、僕だったら何だか疲れちゃいそうだし、そもそもそんなに沢山の友達と一斉に話せそうに無かった。
そんなアマネは登校日初日の今日も早速多くのクラスメイト達と友達になったらしい。僕はそんなアマネからの報告に今日の自分を振り返るけど、その結果は良いものとは言えなかった。
「うーん…それなりに?」
「…嘘だね!ハル兄!」
僕がそう言うとアマネはニヤリと笑って犯人を前にした探偵の様にビシッと指を立ててそう宣言した。
何か言い返そうとするも、今日の僕が行ったのは前の席の女の子に一度話しかけるだけだった。コウタくんとも話したけど、元から友達だったし、新しく仲良くなったとは言えなかった。
僕が何も言わずに考えているのを肯定ととったのか、アマネは得意気に話す。
「ふっふーん、やっぱりハル兄には荷が重かったみたいだね!」
満面お笑顔が清々しいくらいだったけど、言っている内容は割と傷つく内容だった。
僕は反抗の意を込めて口を尖らせてその笑顔を見つめるが、僕の視線に全く気づく様子の無いアマネは前を向いたまま言葉を続けた。
「しょうがないから今日はお友だちのいないハル兄と遊んであげましょう!」
そこまで言ってアマネはチラッと片目で僕の様子を見てきた。僕は了承の代わりに笑って答えた。
「やったーーー!じゃじゃあ!今日は何する?お絵描き?トランプ?ゲームとか?」
飛び跳ねて嬉しそうに喜ぶアマネは矢継ぎ早に色々な遊びを提案する。挙げてくれた遊びはどれも楽しそうだけど、折角まだお日様が高い所にいるのだから、公園や街でできる事がしたい気分だった。
それに家にはアイリナさんがいるし、羽目を外して遊んでいる様子を見られるのは何だか恥ずかしい様に思えた。
「折角だしさ、公園とかで遊ぼうよ。それかお店に行ったり、僕漫画とか見たいし。」
そこまで言ってアマネの反応を伺うと、目を大きめに開いてこちらを見てくる、驚いた表情があった。
「…え、いいの?」
その反応に僕は小さく首を傾げる。
「え、別に良いけど、っていうか僕がやりたいんだけど。」
そこまで言うと驚き固まっていた表情を溶かし、やがていつもの様な元気な表情で話し始めた。
「へー!ハル兄が言うとなんか意外!いつも私が言うとちょっぴり残念そうな反応するのに。」
どうやら普段と違う僕からの言葉に意外性を感じていたらしいけど、僕は前からアマネと遊ぶ時はそんな事をしたりしなかったりだったはずだ。それも一度も残念に思ったりはしなかった。
「じゃあ、今日泡の小径タワーに行きたい!あそこに今日出来た友達が買ったシューリンの靴下があるらしいの!」
胸に残った少しの違和感。それも嬉しそうにこれからについて語るアマネの姿に掻き消えた。
泡の小径タワーはここからだとちょっと遠い、駅に近づいた所にある中にご飯屋さんや洋服屋さんがあるビルみたいな建物だ。
土曜日や日曜日のお休みの日にお母さんやアマネと買い物について行くことが多かったけど、こんな風に学校から帰った後に行くのは今までに無かった気がする。
泡の小径タワーは駅の方にあるから、今から僕たちが行くには自転車か車に乗せてもらうかだけど、自転車で行くのは少し危ない様な気がした。
僕はもう五年生である程度一人で遠くに行くのも許されてるけど、アマネはまだ危ないだろう。
となると車。当然僕たちは運転出来ないからどちらかの家の親に頼んで行くしかないけど、そもそも家にいるかが分からない。少なくとも僕の方はいない。
バスを使うと当たり前だけどお金がかかる。お買い物に行くのに移動にお金を使っちゃえば僕たちのお小遣いじゃ足りないだろう。
「ど、どうしよう…ハル兄…。」
そこまで相談した所でアマネが不安そうにこちらを見つめてくる。このまま今回は辞める流れになりそうだったけど、喜んだ表情から暗くなったアマネの感情の落差が僕に往生際の悪さを与える。
悩みながら歩いて、二人であーでもないこうでもないと話してる中道の曲がり角を曲がる。
「ハルト様。ちょうどお帰りでしたか。」
僕の目の前に空の買い物袋を両手に持つ銀色の髪の綺麗なメイド姿のお姉さん、アイリナさんが現れた。
「あ!アイリナさん!」
驚く僕より早く、隣のアマネが手を振って挨拶をする。僕も遅れて手を振ると、アイリナさんは恭しく頭を下げた。
「えっと、ただいま?です…。」
僕はそれから頭を上げてこちらを向くアイリナさんに向かってそう言った。だけどここは全くもって僕の家じゃないし、多分使い方は間違っている。
「はい、お帰りなさい。ハルト様。」
それでもアイリナさんは丁寧に挨拶を返してくれた。
アオカちゃんの話だとアイリナさんは僕の家でお仕事をしてくれるアンドロイドらしいけど、それがどうしてここで出会ったのか。
僕はお母さん愛用の青い買い物バックを見てから口を開く。
「それ、お買い物、ですか?」
僕がそう尋ねるとアイリナさんは一度視線を自分の手に持つバックへと落とし、それから答えた。
「はい。本日の夕食の調達に加奈様から預かった資金で商店街に向かっていました。」
そう言ってアイリナさんは買い物袋の中から財布を取り出し僕に見せてきた。
今更だけど、加奈ってのは僕のお母さんの名前で、あんまり聞き慣れないけどアイリナさんはその名前でお母さんを呼ぶ。
アイリナさんは家の中のお手伝い以外にも色々やってくれているらしい。
僕はそこまで考えた所でピンと閃く。
迷惑な話になるかもだから言わないほうが良いかもしれないけど。
僕はそう考えて横のアマネの顔を見る。さっきまでのうーんと首を傾げて悩んでいた表情とは異なる、元気の良い明るい表情があった。
僕はそれから意を決して、アイリナさんの方へと向き直る。それから口を開いた。
「あの、今日これからお時間ってありますか?」
僕は若干の緊張を孕んだ声色でそう言った。