なんかちょっと違う   作:コーラル不思議

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なんかちょっと違う買い物

 細かく揺れる地面。僕は車窓から見え始めてきたビルを眺めて、目的の泡の小径タワーが近づいて来た事を感じる。

 

 「あの、ありがとうございます。アイリナさん。」

 

 僕は窓の外へと向けていた視線を車内に戻し、それから運転席に座るアイリナさんに向かってそう言う。

 

 車内には運転席にアイリナさん、隣の助手席には青い買い物袋が置いてあって、後ろの後部座席に僕とアマネが藍色と水色のランドセルを挟んで二人で座っている。

 

 「…いえ、私の意思でハルト様の命令に従ったまでです。お気になさらず。」

 

 黒い手袋越しにハンドルを握ったアイリナさんがそう返す。僕はミラー越しにアイリナさんの表情を伺うけど、相変わらずの無表情だ。

 

 「…ねぇねぇ、ハル兄。アイリナさんと喧嘩した?」

 

 さっきまで窓の外の景色を追っていたアマネが重ねられたランドセルの上に乗り出し、小声でそう囁く。

 

 「えっと、してない、と思うけど…なんで?」

 

 僕は突然尋ねられた突飛な質問にそう返すけど、いまいち自信は持てなかった。

 

 実際、僕はアイリナさんと出会ってから喧嘩なんてして無かった、けど今朝以前の僕がどうだったのかは知らない。

 

 もしかしたら世界が変わる前夜、僕はアイリナさんと大喧嘩したのかもしれない。そこまで考えて、今日の朝お母さんからも同じような事を聞かれた事を思い出した。

 

 「えー。なんでって、明らかに変だよ、ハル兄の感じ。」

 

 分からないの?とさも当然の事のように聞かれるけど、僕には全くもって分からなかった。

 

 僕はもう一度ミラーに映るアイリナさんの様子を伺う。運転中だから当たり前だけど、その目線はずっと前を向いていた。

 

 会話が聞かれてないことを確認してから、僕もアマネの耳元に口を寄せて小声で話す。

 

 「あの、変な事聞くけどさ、僕とアイリナさんって、こう、どう変な感じ?」

 

 そう聞くとアマネは信じられないものを見たような顔になって言う。

 

 「それは…うーん、どこから言えば良いんだろ。」

 

 そう言ってからアマネは腕を組んで顔を俯かせながらぶつぶつと呟き始める。

 

 「そもそも、話し方がへん。いちいち丁寧っていうか、なんか今日初めて会いましたって感じの話し方。」

 

 アマネは腕を組んでいる状態から右手の人差し指を立ててそう言った。

 

 「あ、あと全体的なふいんき?話す時にずっといつもの状態より一歩くらい離れてるし。喧嘩じゃないならなんで?」

 

 アマネは不思議そうに聞いてくるけど、そんな理由僕からしたら今日初めて会ったからなんだけど。

 

 僕はそのまま全部曝け出してアマネに話したい気持ちを抑える。今言ったところで信じてもらえないだろうし、僕だってまだ理解しきれてないのだ。

 

 「……わかんないや。」

 

 僕はため息まじりにそう言った。

 

 「どうかなさいましたか。ハルト様。」

 

 僕が落ち込んでいると感じたのか、アイリナさんがミラー越しにチラッと視線を向けてそう言ってきた。

 

 僕はさっきまでの会話も聞かれたんじゃないかと思い、焦って両手をうろうろ動かしながら話す。

 

 「え、えっと!なんでもないです。うん、大丈夫です…。」

 

 僕がそう伝えると僕の方に向けていた視線をスッと外し、そのまま運転の方に意識を集中させたようだった。

 

 「…そうですか。」

 

 僕は無表情に見えるアイリナさんの顔を見て、少しの違和感、なんと言うか、噛み合わなさを感じる。

 

 今の世界ではアンドロイドはコヨウ関係にあると言われた。僕とアイリナさんも同じような関係なんだろう。だから、アイリナさんも基本的に僕には敬語を使ってくれるし、さっきみたいにちょっとしたお願いにも応えてくれる。

 

 それがきっと僕たちの関係に相応しい在り方なんだろう。だけど、それでもなんだか違和感があって、これじゃないって誰かが言ってくるみたいだった。

 

 僕は一体アイリナさんから見て何処にいるのか。正しい距離って、何歩分離れた位置なんだろうか。

 

 「…なんだかなぁ。」

 

 ランドセルの上に肘を置いて手のひらの上に顎を乗せたアマネがそう呟いた。

 

________

 

 「着きました。ハルト様、アマネ様。」

 

 十数分間車の中で揺れてたら、僕たちは目的地だった泡の小径タワーの側の駐車場にたどり着いた。

 

 それから僕とアマネは買い物ついでについて来てくれるアイリナさんと一緒に色々と歩き回った。

 

 アマネが行きたいと言ったイチゴシューリンの玩具や服が売ってるお店、僕が欲しかった漫画や本を色々見て回って、一冊だけアイリナさんの許可をもらって買った。

 

 それから三階でアイスクリームを買って、いちご味とキャラメル味のカップとコーンをアマネとそれぞれ食べた。

 

 近所のスーパーや商店街よりも全然広くて色々な物が売ってて、沢山買ってる訳じゃないの想像より多くの時間が経っていた。

 

 「では最後に今日の買い出しを…」

 

 最後にアイリナさんの目的の今日の食材を買うため、地下のデパートに向かっている時だった。

 

 『緊急!緊急!魔人発生の予兆が確認されました!一般のお客様は直ちに避難を!これは訓練ではありません!繰り返します……。』

 

 僕の耳にうるさいくらいの音量でアナウンスが聞こえた。僕は思わぬ出来事に体を硬直させてしまう。

 

 学校で行われる避難訓練を連想させる。さっきまで聞こえていた楽しげな騒がしさが一転、ざわざわとした不安そうな声に切り替わる。

 

 いまいち状況が理解できないでいる僕の手首が、バシッと誰かに掴まれる。

 

 ぎゅうっとした強い握力にびっくりして僕の手首を掴む腕の元を辿ると、そこにはアイリナさんの姿があった。

 

 「……地上電波を受信。魔人の発生は丁度泡の小径タワーの上空と検知。既に魔獣やエルフへの排除協力の要請が行われていますが、それもすぐには間に合いません。」

 

 そこまで一息に言い切ったアイリナさんは僕の方を見て再び口を開く。

 

 「逃げましょう。ハルト様。」

 

 僕の手首を掴むアイリナさんの手が離れて、それから手のひらへと移動して再び強く握られる。

 

 僕の頭は未だ平常に動かない、衝撃に麻痺した状態だったけど、アイリナさんの見開かれた目から事態の変化を段々と理解する。

 

 周りの他の人たちも早足でエレベータやエスカレータの方へ移動し始めたり、警備員らしき目つきの鋭い獣族の人たちが大きな声で冷静な避難を促す声が聞こえる。

 

 「は、はい!」

 

 僕がそう返事をすると、アイリナさんは素早く僕の手を引いて歩き始める。危険な状況でも焦りを表情に見せないアイリナさんに少しの安堵を覚える。

 

 なんだか凄い事態に巻き込まれた僕は人混みの中に入っていく。僕はその中にいる子供を抱える女の人を見て、それから立ち止まる。

 

 「アイリナさん!あ、アマネ!アマネがいない!」

 

 僕は握られた手を引っ張るようにして止まってから訴えかける。僕からの声にアイリナさんは振り返って止まる。

 

 「……近くに反応はありません。記憶フォルダを再生しましたが、私が電波を受信している間に階段方面に駆けていく姿を記録しています…。」

 

 アイリナさんは思い出すように目を閉じてそう言う。それから目を開き申し訳なさそうに眉を下げて話した。

 

 「…現状、私のセンサーで探知出来ない以上、もう付近にはいません。今からの捜索はこの状況下では混乱を招きます。階段方面に向かったことから避難したと判断し、この場から離れる事が最善と計算します。」

 

 どうやらさっきのアナウンスを聞いた直後、アマネは何処かへと行ってしまったらしい。

 

 アイリナさんが告げる判断は正しいのだろう。だけど、僕はどうしても不安そうな顔を浮かべるアマネを思い出してしまう。

 

 僕がその場から動かず、見つめ続けてるとアイリナさんが口元を小さく広げて告げた。

 

 「ハルト様、今は自身の安全を…。」

 

 抑揚の少ない声にも、もう聞き慣れてきた頃だった。だけど、その声には確かな真剣さが籠っているようで、僕もその言葉の圧に目を伏せてしまう。

 

 僕はそれから、周りに響く様々な焦りや悲しみの声に重ねて声を出す。

 

 「でも…アマネが、アマネが見つからないと…だめなんです。」

 

 僕は自分のその言葉に何故か昔の事を思い出した。それは、何年も前、アマネと出会ったそれよりちょっと前の、お父さんの事だった。

 

 お父さんとお母さんは仲が良くて、言葉にする事は無かったけど、ずっと一緒にいるものだと思っていた。

 

  でもそんな事考えている内に、僕はお父さんと会えなくなった。

 

 お母さんは泣いたのだろうか。僕はそんなお母さんを見た事は無かったけど、その一歩手前、辛そうな顔をするお母さんを僕は見た。

 

 僕は泣かなかった。むしろ、お母さんのその表情に不思議に思ったくらいだった。

 

 それはお父さんが嫌いだったり、思い入れが無かった訳では無かった。ただ単に、それでお別れになるなんて考えなかっただけだ。

 

 また近いうちに会える。お父さんの存在が当たり前のことすぎて、僕はその事に気づかなかったんだ。

 

 ただ単に泣くタイミングを失っただけ。でも不思議な事で、その事に気づいた時には涙が流れることは無かった。

 

 変化は、案外なんの前触れも無く訪れる。

 

 それはずっと居たお母さんとお父さんの関係が消えた様に、明日登校だと考えて眠ると、次の日には世界が変わってしまった様に。

 

 もしかしたらってのは考えてもない時に起きるし、それは今日になるかもしれない。

 

 アマネが、いなくなってしまうかもしれない。僕はそれが心底怖かった。

 

 僕は思い切って握られたその手を振り解く。

 

 「……っ!」

 

 アイリナさんは驚いた様にして目を見開く。僕は申し訳ないような、でも謝る訳にはいかない風に思う。

 

 気まずい空気が流れてる。周りは慌ただしく動いている中。

 

 深呼吸をした。それは僕じゃなくてアイリナさんの方だった。

 

 「…ハルト様の身の危険を考えるなら、私は今すぐにでもその手を引いてこの場を離れなくてはいけません。それが私の使命であり、意思です。」

 

 アイリナさんは膝を曲げて身を屈める、それから両手を僕の方に伸ばす。

 

 僕は伸びてくるその手に、思わずギュッと目を閉じる。

 

 「…同時に、私はハルト様の意思を尊重して、その外敵を排除する事を使命と意志と心得ています。」

 

 アイリナさんの手は振り払った僕の手に伸びて、再び掴まれる。だけどそれは強いものじゃなくて、目を開くとアイリナさんの黒い手袋を着けた両手が僕の手を包んでいるのが見えた。

 

 「…情報によると、魔人出現は今から十五分後。残り五分になって安全圏までの避難が叶う場所にいる事。私の手の届く範囲にいる事が絶対条件です。」

 

 アイリナさんは僕の手を両手で握って目を見て言う。

 

 「私の探索範囲にいないのなら、アマネ様はここから下層か上層です。」

 

 今僕たちが居るのは二階で、それより下だと避難方向の一階か地下一階だ。

 

 「探索できる範囲を考えて、どちらか一方を一階だけ見ます。いいですね。」

 

 つまり一階か三階だ。僕はその言葉に大きく頷いてから答えた。

 

 「上!三階でお願いします!」

 

 僕史上一番危険な救出劇が始まろうとしていた。

 

 

 

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