くいなちゃんに案内された部屋にはベッドメイキングしている女の子がいた。メイド服を着ているのでもしかしたら従業員なのかもしれない。つまり、ここは古本屋や喫茶店の他にホテルも経営しているのだろうか。
「あ、初めまして!
「え、あ、ひな子です……真雪ちゃん?」
「まゆでいいよ!」
「うん、よろしくね、まゆちゃん……って住み込み?」
「ここの住人はお店で働く決まりなんですよ。学業優先なので休日だけですけど」
まゆちゃんと握手しつつ、自己紹介していると後ろからくいなちゃんが部屋の扉を閉めながら捕捉してくれた。確か、住所と一緒に届いた下宿のルールにそんなことが書かれていたような気がする。
「なるほどー。だから、まゆちゃんはメイドさんしてるんだね」
「ううん、私は喫茶店の従業員だよ?」
てっきり、メイド服が制服だと思ったのだがまゆちゃんは『どうして?』と首を傾げた。きっと、あの反応を見るに喫茶店の制服がメイド服ではないのだろう。それってつまり――。
「これ普段着なんだけど」
「え、私服!?」
おかしいかな、と言いたげにメイド服の裾を持ち上げる。田舎に住んでいたので今時の流行はわからないが、さすがにメイド服が流行っていることはないだろう。いや、まさか私が知らないだけで都会に住む女の子はメイド服を普段から着ている可能性も?
『それはないから安心したまえ』
「まゆちゃんはお姫様に憧れてるんですよね?」
「ち、違うもん! 子供扱いしないで! これは将来、ダンスに誘われた時に裾を踏まないように練習してるの!」
脳裏に響く彼の言葉が正しいと証明するようにまゆちゃんは腕を組みながら頬を膨らませる。その仕草はまさに怒る子供のようで少し口が緩んでしまった。
「そういえば、ひなちゃんも春から藤宮高なんだよね? 後輩が増えて嬉しいな」
「……後輩?」
確かに私の進学先は【藤宮女子高校】――通称、【藤宮高】だが、まゆちゃんは
「あ、同じ一年生だと思ってたでしょ! これでも二年生なんだよ?」
「す、すみません……」
「もう……昔から年下に見られることが多くて。でも、気にしてないから大丈夫だよ!」
(小学生だと思ってたなんて言えない……)
『荷物、こっちにまとめておくね』とパタパタとお世話を焼いてくれるまゆちゃんに私は心の中で謝罪する。これからは人の年齢を見た目で判断しないようにしなければ。
それからある程度、荷物の整理が終わったのでまゆちゃんが先導となって、トイレの場所やお風呂の注意事項などを教えてくれる。それを心のメモに書き込みながら彼女の後をついていきながら
『うーん、やっぱり、家の中じゃ無理そうかな』
『当たり前だ』
『だって、家でできなかったら別の場所を探さなきゃならないから……』
そして、迷子になる。ただでさえ、
『それは後で私が探しておく。だから、そろそろ腹ペコ少女を助けてやれ』
「え?」
そう言われて『ぐー』とくいなちゃんのお腹が鳴った。そう言えば、まゆちゃんの説明の最中にも同じような音が何度も聞こえたような気がする。
「くーちゃん、はしたないよ!」
「だって、朝ご飯食べかけだったので……」
まゆちゃんもくいなちゃん――くーちゃん(可愛いから私もそう呼ぶことにした)のお腹の音に気付いたようで注意すると音を出した本人はお腹に手を当てて声を漏らした。もしかして私が窓の外からくーちゃんを見た時、本当に食事中だったのかもしれない。
「じゃあ、ちょうどお昼だし、昼食でも食べる?」
「わーい!」
呆れながらもどこか微笑ましそうに笑うまゆちゃんの言葉にくーちゃんは両手を挙げて喜んだ。そして、二人は連れ立って一階へと降りていった。まゆちゃんは喫茶店の従業員をしているらしいのでそこへ向かっているのだろう。
「おー」
その予想は当たっていたようで古本屋の奥はオシャレな喫茶店になっており、感嘆の声を漏らした。こじんまりとしているが、落ち着いた雰囲気も相まってゆっくりと過ごせそうである。古本屋で本を買った後、ここで読む人もいそうだ。
「はい、ひなちゃん、これ」
「あ、ありがとう……」
従業員らしく、私とくーちゃんを席に案内したまゆちゃんが一冊の薄い本を差し出す。反射的に受け取ったが、その直後、古本屋でくーちゃんが本を食べていた光景を思い出してしまう。まさか、これが昼食?
『よく見ろ。表紙にmenuと書いているだろう』
『あ、本当だ』
喫茶店に入ったことがなかったのですぐに気づかなかった。メニュー表を開くとところどころに料理の写真が貼ってあってとてもわかりやすく、喫茶店初心者の私でも気軽に頼めそうだ。とりあえず、目に入ったパスタ(オシャレすぎてよくわからなかった)を注文。くーちゃんはよほどお腹が空いていたのか、3品ほど頼んでいた。
「はい、召し上がれー」
そして、注文してから少ししてまゆちゃんが料理を運んでくる。さすがにくーちゃんの分は全部できていないようだがそれでも早かった。私も料理はそれなりに練習しているが、これほど素早く完成させることはできない。そもそも、私は彼の影響でどちらかというと和食の方が得意だ。パスタもミートソースやカルボナーラなどのポピュラーなものは作れるものの、喫茶店で出てくるオシャレパスタは専門外である。
『きっと、客を待たせないように工夫をしてあるのだろう。少し厨房を覗いてみたが器具もきちんと手入れされていた』
テーブルに置かれたパスタを眺めているとどこか嬉しそうに彼は感想を漏らした。私もあとで見せてもらおう。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
私たちはほぼ同時に食前の挨拶を済ませ、フォークを手に取る。因みにくーちゃんの一品目はホットサンドなのでフォークを持ったのは私だけだった。
クルクルとフォークで麺を絡め取り、解けないうちに口の中へ。正直、オシャレパスタなので味の予想は全く付かなかったが、どうやらこのパスタはレモンを使っているようで程よい酸味が口内に広がった。
「どう?」
「――うん、美味しいよ」
パスタの美味しさはもちろん、メニュー表に書かれていた値段と出てくるまでの時間、更に喫茶店で食べるという環境を
「よかった! じゃあ、くーちゃんの分、用意してくるね!」
私の返答に満足したのか、まゆちゃんはパタパタと駆け足気味に厨房へと消えていく。隣に座るくーちゃんを見ればすでにホットサンドを食べ終えてしまいそうだった。
「いやぁ、今日もまゆちゃんの料理は美味しいですねー」
「う、うん、そうだね」
大食漢の女性は
「はーい、おまたせー」
「わーい」
もりもりと昼食を食べるくーちゃんの隣でチュルチュルとパスタを食べていると次の料理が到着する。今度は2品目と3品目を同時に持ってきたようでまゆちゃんの両手にはそれぞれお皿が乗っていた。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「大丈夫です!」
そんな店員さんとお客さんのようなやり取りをした二人はクスクスと楽しそうに笑い、『自分の分、持ってくるね』と言って再びまゆちゃんは厨房に戻っていく。そして、すぐに私と同じパスタを持って帰って来た。
「私もひなちゃんと同じものにしちゃった。これ、美味しいんだよね」
「むむ、そう言われてしまうと食べたくなるのが人間の
「え、えっと……うん、いいよ」
家族の元を離れ、慣れない都会での生活に不安を覚えていた私だが、会ったばかりなのに親切にしてくれるくーちゃんとまゆちゃんを見ていると自然と笑顔を浮かべていた。
「それじゃ、いただきまーす」
「あ、くーちゃん! それは一口じゃないよ!」
『……やれやれ』
パスタの大半を食べられそうになり、慌てて止めようとする私を見て彼は呆れたように――それでいてどこかホッとした様子でため息を吐いていた。