藤宮女子高校の演劇部は廃部になった。
その事実を知った私は予想以上にショックを受けてしまったらしく、荷物整理を理由に自室に戻り、ベッドに倒れ込む。
私の夢は彼の物語をこの世に残すこと。たとえ、有名にならなくてもいい。どんな形でもいい。別世界の出来事だったとしても『確かにそういう男がいたのだ』と皆に知って欲しかった。
(それだけのはずだったんだけどなぁ……)
あくまで藤宮高の学校見学で見た演劇は夢を見つけるきっかけになっただけだと思っていた。しかし、どうも私は自分でも思った以上に演劇に興味を持っていたようだ。そうでなければこれほどショックを受けるはずがない。
「あー……廃部だなんて聞いてないよぉ」
誰も聞いていないとわかっていながら独り言を漏らしてしまうほどには落ち込んでいた。どうして、こういう時に限って彼はいないのだろうか。
『呼んだかね?』
「ッ……い、いたならいたって言ってよ!」
『マスターである君なら私の気配はわかるだろう』
「それはそうだけど!」
『それと大きな声は出さない方がいい。初日から変人扱いされてしまうからな』
そんな彼の忠告に私は逃げるように顔を枕に埋める。彼の皮肉には慣れているが、それでも落ち込んでいる時に聞くと無性に腹が立つ。しかし、彼の言っていることはいつだって正しい。だから、こうやって不貞腐れることしかできないのである。
『……すまない。さすがに無神経だった』
『……ううん、こっちこそごめんなさい』
私の様子を見てやりすぎたと思ったのか、すぐに謝罪してきたので私も顔を上げた。確かに彼の言うとおり、周囲の散策から帰ってきていたようで気配を感じる。
『霊体化は解除しないの?』
『彼女たちがいつ来るかもわからないからな。用心しておくに越したことはない』
『……』
『不満そうだな』
「だってぇ……」
あえて声に出しながら再び枕へ顔を埋めた。実家にいた頃では
「……はぁ、これでいいか?」
泣きながらジッと彼がいる方を見つめ続けると根負けしたように彼――アーチャーさんが実体化する。
英霊。英雄が死後、人々に祀り上げられた結果、英霊化した存在。彼らは世界の外側にある『英霊の座』に登録され、世界からの要請によって過去・現在・未来を問わずに召喚される。
また、英霊はサーヴァントとして紹介された際、基本的に7つのクラスに分類され、目の前に立つ彼もその一騎であり、クラスは
本来、サーヴァントを召喚できるのは世界だけなのだが、条件を満たすと人間でも召喚することができるらしいのだが、私の場合、偶然が重なった結果、10年ほど前に召喚してしまったのである。
褐色の肌。色が抜けてしまったような白い髪。普段の赤を基調とした外套ではなく、男物のジャケットとジーパンを着こなしたアーチャーさんはこちらを見ながら腕を組んで壁に背中を預けていた。
因みに『霊体化』に関してだが、彼らは基本的に実体を持った幽霊のような存在なので物質的な肉体を魔力分解し、物理的に消えることが可能なのである。
「アーチャーさーん……」
「まったく、初日からこれだと先が思いやられる……演劇部が廃部になったとしてもまだ諦める段階ではないだろう」
呆れたようにそう呟いた彼は壁から背中を離し、私が寝ているベッドに腰をかける。スプリングが軋む音がやけに部屋に響いた。
「廃部になった原因は不明だが、それを取り除けば復活させることもできるだろう。他にも部活という形に拘らなければ外部のところに入るという手もある」
「……それは、そうだけど」
「君の夢は演劇部が廃部なっただけで諦めるようなものなのか?」
「そんなこと――あうっ」
彼の言葉に慌てて体を起こし、否定しようとするがその前に彼が私の頭に手を乗せた。大きくて温かい手。皮肉交じりの厳しい言葉とは裏腹に優しく私の頭を撫でるこの手が昔から好きだった。
「まだ上京したばかりで始まってすらいない。君にはまだ時間がある。ゆっくり考えるといい。私にできることがあるのなら協力は惜しまない」
「……うん、ありがと。アーチャーさん」
「――っと」
そこで私の頭から手を離した彼は再び霊体化してしまう。それから少ししてノックの音が聞こえた。どうやら、人の気配を感じて消えたようだ。
「あ、はーい」
「ひなちゃん、大丈夫?」
返事をすると心配そうにドアの隙間から顔を覗かせたのはまゆちゃんだった。その後ろにはくーちゃんもいる。二人とも私のことを心配して様子を見てきてくれたようだ。
「うん、大丈夫。あ、荷物の整理、だいたい終わったよ」
「それならいいんだけど……」
「……あ、そうです! もしよかったら気分転換に外に出かけませんか? 近所に大きな公園があるんです」
「緑もいっぱいでひなちゃん、きっと気に入るよ」
『彼女の言うとおり、緑豊かなところだったな。あそこなら
周辺の様子を見た時に公園も確認してきたのだろう。アーチャーさんがくーちゃんとまゆちゃんの言葉に頷いた。
『よかったぁ、一日でもやらないとすぐになまっちゃうから心配してたの』
実家にいた頃は森の中に行けば多少、大きな声や音を出しても他の人にばれることはなかったが、都会だと話が違う。まずは場所を探すところから始めると思っていたので明日にでも鍛錬ができそうだとホッと安堵のため息を吐いた。
『……前から言っているが、必要ないだろう?』
『アーチャーさんを演じる時、必要になるよ?』
『君の起源を思ってすれば仕方ない。しかし、あれは本格的過ぎる。もう少し、抑えても――』
『――もー、その話は始めた頃に終わったでしょ!』
アーチャーさんは心配性すぎる。確かに怪我をする時もあるが、かすり傷程度だし、鍛錬そのものも真剣に付き合ってくれているのだが、止めさせようとするのを止めてほしい。
「ひなちゃん?」
「ぁ、こ、公園! 行ってみたい! どんなところなんだろうなー!」
「それでしたらお勧めは売店のお団子でしょうか? 近くに美味しい焼き鳥屋もあって、アイスも」
「……公園の紹介じゃないんだね」
「くーちゃんまだお腹空いてるの?」
私たちの言葉に返事をするようにくーちゃんのお腹が鳴った。
このお話で書き溜めがなくなりましたので次回以降、書き終え次第投稿します。
気長にお待ちください。